どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

パルシステム東京代21回通常総代会にて

c0219972_11214754.jpg昨年のこともあって老婆心で代理出席したのですが、若干の論議はあったものの結果は第1号から第9号議案まで全て成立で、新しい理事・監事体制で新年度スタートになりました。

思い起こせば1986年3月、誘われるがままにあまり深い考えもなしに立川生協再建活動に係りだしてから27年がたち、その間組織名称も、立川生協⇒ジョイコープ⇒東京マイコープ⇒パルシステム東京と変りました。

会議終了後帰ろうとしたら、隣にいた松本さん(辰巳の方?やはり同じく代理出席)に誘われて食事会にいったら、なんと東京都消費者フェスタでお世話になった水越さんが隣に!さらに前理事長の増田さんもごいっしょ。3人がたまたま同じ地域で活動を共有されていたので、昔話に花満開でした。

更に驚いたことが1つ。水越さんがかって協働社(これでよいのか?ですが)経営再建に係っていたころ、丁度「3年で5億円生協」を目指していた立川生協の見学メンバーだったことを知りました。ぼくは配達かカクダイに出ていて直接対応していなかったのですが、夜の職員会議での報告は今でも覚えています。

「いかがですか・何か参考になりましたか?」と聞かれて、協働社のかたが言った言葉。「貧困の平等が経費削減と売り上げ拡大による再建の基礎だということがわかりましたが、私たちにまねできるか?自信ありません。」というのが身につまされて印象的でした。

ぼくら職員6名は、全員がフツーの市民生活からは異次元の行動でしたから、「給料は全員15万ぽっきり、社会保険料は払えないので、各自国民健保でやってください。」という条件提示も何の違和感なく受け入れたのでした。当時の売り上げ9千6百万くらい、負債が5000万円程度、組合員数500名弱だったころからみると、京王プラザホテルの大広間借りての総代会などゆめのようですが、姿が変わってもオンリーワン生協としての社会的責任(SR)は不変だと思います。

まだまだこれから問題やまつみですが、1つ1つできることを積み重ねて地域を暮らしやすく変えていきましょう。吉森さんはじめ退任された役員のみなさま、大変お疲れ様でした。そして佐藤専務など継続されるかたや、新しく理事・監事になられたみなさまには福祉のまちづくりに向けてセカンドステージ事業の推進、よろしくお願いいたします。俺は死ぬまでパルだな、改めて自分に言い聞かせました。イッセーの恩返し
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by issei_tachikawa | 2013-06-12 11:05 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)