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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

シールズ・突撃インタビューを見て考えました

突撃インタビューを、国会前でやったとのこと。6つの質問に「副司令官」の数人が答えました。ぼくが戦争と自分、社会や天下国家について思い悩み閉じこもって考え始めたのが1964年の夏からですから、今のシールズと60年代の学生運動との比較考察になってしまいます。いちおうあれから50年、つかずはなれず「個人を基盤に」考えて、行動してきていますので、なにか日本の政治的文化、地域社会づくりに貢献できればうれしいです。
前置きが長い!すみません本題に入ります。
1つめの質問「運営資金は何からですか」の答えは「カンパ」でした。ぼくらはクローズドショップ学生自治会を「実力で」掌握していましたので、年間1千万円くらいの予算はもっていたはずです。1人当りの年間自治会費いくらだったけなー?
2つめ、「グループの構成メンバーの実数は何で把握していますか?」、答えは「ラインで、スタンプのやりとり」でした。ぼくらは、いちおう党組織でしたから、決意表明書いて政治局に提出し、日々の集会・デモ・学習会などの参加者で把握していましたが、実数よりも多めに報告されていたかもしれません。
3つめ、「タブー(禁止事項)ありますか」の答えは「スピーチ中に泣く事」でした。ぼくらにとっては?何しろ体はって戦争とめるのに一所懸命な日々でしたから、とんでもないことたくさんやったからなー。
4つめ、「リーダーは誰ですか、メンバーは何人ですか」の答えは、「副司令官15名いますが、統括リーダーはいません。メンバー数は、東京200、関西150、東北20、北海道や九州にまで、沖縄にもあわせて50名くらい」でした。因みに、新左翼はそれぞれが「理論的・粗相的な支柱的存在」をもっていました。ブントだけでは1万人くらいだったかなー。
5つめ、「役割分担」「については、「デモ、パンフレットデザインと配布、映像、コンテンツ(文章)、出版、サロン(読書会)、広報などの班がります。」という答えでした。ブントは、中央集権的体質と個人重視の自由なところと多様な魅力を持っていたように記憶していますが。いつも東大、早稲田、慶応、京大、同志社などのインテリがリーダーシップを発揮していたような記憶もあります。日大や法政はちょっと違う体質だったなー。おれは「全共闘」については、余り知りません。
6つめ、「何故さんかしたのですか、出会いを求めて参加するい人はいますか、コレ終ったらどうしますか」への答えは、一番面白かった。「出会い?なにそれ」って感じね。これは僕らにも共通です。「今目の前に進行している自由と民主主義、憲法蹂躪の政治に抗議して立ち上がりました。」という。「一人一人が自分に問いかけてここに(国会前)きています。誰に指示されたわけでもなく、戦争をしなくても良い平和な国際関係を作る努力をする政治を求めているのです。」という副司令官の女性のコメントに痛く共感しました。
ご精読、ありがとう!今日は、さんきゅうハウスで「長岡式酵素玄米」炊いて、みんなと交流です。最近毎日いってるよなー。
by issei_tachikawa | 2015-09-01 08:32 | 足元地域から政治を変える(ライフワーク) | Comments(0)