どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:生物学と医学( 3 )

「ゆずりは」みたいに

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この木を庭に連れてきたのは、2007年でした。セカンドステージ事業でチャンプルーの会から教わり始めた頃、内海さんからいただきました。
「幸学習館前の林で見つけたんです。」といわれた木の高さは、10cmにもみたない苗木でした。どんぐりか「なら」か、くぬぎか?わかりませんでした。
あれから9年たって、その木は大きく大きくなってついに、屋根を超えて大空に舞い上がりそう。とても不思議だなーと思うことあり。落葉樹ってふつー、冬になれば葉が散るでしょ。それが、この子は春になって、新芽が出てくるまで散らないんです。不思議だなー、なんでやろ?
ずーっと疑問でした。
そのうち、SANTAMAフードバンクが6団体(そのうちの1団体の名称が『ゆずりは』です)で立ち上がり、4年目を迎えた、一昨日のこと。林くんちに「いっせー通信」を届けに行って、話し込んでいるとき、この子のことが話題になって、治代さんから「それはきっと『杠』(ゆずりは)だよ。」と教えてもらいました。
枯葉が落ちない理由を聴けば、新芽を守ってるんだそうです。新芽が大きくなって、もう自分はいらないんだな、役割を果たし終えたから土にかえろうということなのらしい。
ぼくらもそうありたいですね。そのためには、どうしても後の世代に残したくない、残しては不安なものは、すべてデリートして死にたいもんです。
「ほぴの予言」に従います。「地中に深く眠っているものを掘り出して使ってはいけないよ。」
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☆☆☆連休ですが、さんきゅうカフェ元気にあけてるよ。あそびにおいでやす。あそびせんとやうまれけむ
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by issei_tachikawa | 2016-05-02 07:37 | 生物学と医学 | Comments(0)
c0219972_13353226.jpgiPS細胞というネーミングは、アイパッドをイメージしてつけられた?らしい。彼って、冗談のわかる人なんですね、メイビー(たぶん)

それにしても発見から受賞までの期間が異様に早いのは、それだけ期待が大きいということなのでしょうね。この細胞が、患者本人の皮膚から採取した細胞に4つの因子(山中因子、4つの遺伝子)を添加してできあがり、人体の他の部分に移植可能になれば、多くの難病患者の方が救われるでしょう。

好奇心をゆすぶられた点は、数万個あるヒトやラットの遺伝子から、約100個の有力遺伝子を選び出し、さらにそれらから4つの最優先遺伝子を選び出すやり方でした。あるヒトは「研究室にはたくさん人がいるんだから、作業分担したんじゃないの?」といってましたが、実際には、高橋利行さんが発見したらしい。その彼のやり方は、「100の遺伝子から1つずつを取り除いて固まり具合を確かめる」というやりかたなんだと。

これで親近感が沸いてきます。最初に100番目を取り除いて確かめる。固まらなかったら、100番目はあってもなくても良い(この世に存在価値が無いという意味ではない!)遺伝子だということになる。次次と同じ作業をしていけば、4つの遺伝子の発見は時間の問題となる。

だから一番面白いのは、周囲から袋叩きの状況下で、予算も大して無い環境に負けないで、実験を継続できた動力というか要因は何だったのかということになります。仮説ですが、目の前に困っている患者を見つめながら彼が何を考えていたのか、ある種のゲーム感覚もあったのではないか、家族に支えられていたなどなどたくさんの答えが出てきます。

新しいことをやるときに、「そんなことやって何になるの?」と自他から聞かれて、即答できないときに何が自分(たち)の行動を支えるのか?個配の仕組みをつくる組織合意ができる前の1987年から1990年ころの立川生協でのあわせ配送のことなども思い出します。1990年に出た『精神と物質・・・分子生物学はどこまで命の謎を解けるのか』(利根川進1978年度ノーベル生理学・医学賞受賞と立花隆=当時文藝春秋編集長との対談、)を読み返してみました。第7章に「遺伝子組み換え4つのモデル」が示されている。それと今回の4つの遺伝子とは何か縁があるのだろうか?

いろんな疑問が解けないままですが、「触らぬ神に祟り無し」とならないように祈ります。原子力発電のようになってはもともこもありません。それと、かれの研究成果はとても評価されて当然ですが、日本人の誇りにしてしまう気にはなれないなー。大事なのは一般論より個別現実論でしょう。表彰されたのは日本とか日本人一般に属する山中さんではなくて、「じゃまなか」といわれながらも頑張ってきた彼なのですから。

後すごいなと思うのは、彼のおやじさんですね。息子は中小企業の企業経営には向いていないと判断して「別の道を歩むように」提言されたとか。親子の間柄もノーベル賞だね。(あっと、ノーベル賞そのもののへの疑問とか批判を感じてる方にはすみませんが、とりあえず中立的な立場から感想を書きましたので悪しからず)
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by issei_tachikawa | 2012-10-10 10:39 | 生物学と医学 | Comments(0)
・古くて新しい論点です。病気の主原因は、細菌やウイルスなどの微生物の進入なのか、環境衛生の悪条件(下水道未完、飲料水の汚染)なのかという論争の勝者はコッホだった。細菌やウイルス及び異物の体内進入と免疫力の論議が無い。この点について問いかけないのが今の西洋医学(一般論としての病院と医者)なのではないかと思う。
・当時(19世紀中葉)コレラの流行で2人は真剣に論争した。ペッテンコーファーはコレラ菌を呑んでも自分が発病しなかったことで自説の正しさを補強的に実証したつもりだったのだが、弟子の一人は発症し、他の1人はしなかった。多くの医者もコッホ説を支持したのではないか。
・毎年のようにインフルエンザが流行り、職場で多くの人が感染してやすむ。なのに、自分と家族は何も発症しない。発熱、咳、食欲不振などどうゆう症状なのか忘れたくらいに感染しない。いや正確に言うと、感染はしていても気が付かないままに治癒してしまうのかもしれない。おかしい?ウイルスは体内に入っていることは疑いない。マスクも何もしないし、仮にしても同じ職場の周りが発症しているのだから自分だけが無菌室暮らしできるはずがない。なのに発症しないのはなぜだろうか。
・安保徹『病気は自分で治す・・・免疫学101の処方箋』(新潮文庫)にその答えを見つけてにんまりする。ペッテンコーファーは、コッホ理論の弱いところ、西洋医学の根本問題について良い指摘をしていたと思うが、結局不幸な結末で人生を終える。彼の時代に免疫学が発展していれば・・・と考えると気の毒に思う。
・自律神経:交感神経と副交感神経:白血球(マクロファージ、顆粒球、リンパ球):NKキラー細胞、T細胞、B細胞)が、外部から進入する細菌、ウイルス、内部から生まれるがん細胞などにどのような連携協働プレーで対応して健康を維持しているのかの自然生態系の神秘に触れれば論争はもっと深まったろうし、不幸な結末も避けられたかもしれない。
・癌がわかってくると不思議に可愛く思えてくる。人体の細胞の組成・再生とがん細胞の関係は、イエスキリストとユダの関係に似ている。敵扱いしてはならないのだ。定期健康診断を受けているうちは注意する方が良い。脅かされても素直に従うことが、本当の健康にとってどうなのかという問いかけ、自分の健康は自分で決めるのだという強い意志を失わないこと。
医食同源、薬食同根、病は気から、腹八分目医者不要
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by issei_tachikawa | 2010-08-31 20:42 | 生物学と医学 | Comments(0)