どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:パルシステムで愛と協働の地域社会を( 89 )

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一枝さん
おめでとう!うれしいうれしいうれしいなー。
ぼくは、立川地区で総代続けていますんで
今までとは違う場で会えることを
心待ちにしています。
天国の督さん、あったことはありませんが豊彦さんたち
も喜んで応援しています。
霊魂不滅、組合精神(愛と協働(協同)も不滅です
「現実を変える運動そのもの、人と人とのつながりの中にこそ
理念は生き続けるのです。ただし、状況(生活・政治・文化・軍事)が人を変え、
組織の在り方を問い直させてくれます。
我々は常にセカンドステージに立たされています。
4つの問い
このままで良いのか
何とかしたいのか
何をしたいのか、何ができるのか?」
共に歩まん。
再見(サイチェン) イッセー


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by issei_tachikawa | 2017-06-16 01:13 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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5月13日(土)昼頃から夕方までやります。男女8名ずつの参加申し込みをいただいていますが、山田さんご夫妻含めて18名、特別ゲストという乱入組というか、連絡ないしでくるんではないかなーという人含めて20名位になると思われます。
思い切って、チャンプルーの会(レストランサラ)のオードブル、たのんじゃいました。ですが、自慢の手料理や呑みたいお酒(ワインあるといいなー)持ち込み大歓迎であります。
駐車場は1台分しかないので、なるべく電車でおねがいしたいですが、どうしてもという方は事前に連絡くださいね。
かっての本部事務所電話番号、042-535-1101だったけ、みごとでいいわいたちかわせーきょーだったな。たかし&たつや&きむらなんかは、4万円ではたらいてたんだからな、よくやったよ。こんなんなるとは夢にも・・だな。
わいわいがやがや、やりませう。

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by issei_tachikawa | 2017-05-10 23:41 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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昨日のコミュニテイワーク連絡会は、ぼくにとって、さんきゅう(ハウスの事、以下同じ)にとってもブレイクスルー(課題解決、問題突破、一点突破)でした。
新年会で稲城里山代表の小林さんから言われました。「今まではなんかうさんくさい人だなーとおもってたけど違ったなー。」って。爆笑ですね。「小林さん、そのことばそのまんまあなたにお返ししたいです。」、今までのおれだったらそういってたかもね。でも、きのうは笑ってスルーできました。
そのわけは、おそらく、お互いの信頼関係が生まれてきたということだとおもいます。不信、嫌悪、上っ面の付き合いしかできない関係性の根源には、相互不理解があるようです。
かって、何人かの年下上司や同年上司(なんと万年係長だった俺は、連合会移籍後の20年間、ずーっと年上上司に直属経験がない!)と感情的にうまくしっくりいかないことはありましたけれど、今はとても親密な付き合いができていることにも似ています。
お互いが、相手の立場に立って、そうかーわかるわかるの実感をもてれば、人間関係も改善されてきます。時間がかかりますが、とても大事な営みの1つかとおもいます。
そこで今年の標語です。「どうせやるなら気持ちよく」
次に面白かったのは、世田谷区の「行政書士」の男性との会話。ブレイクスルーの切っ掛けは、こちらから作りました。パルシステムやNPOや、さまざまのセーキョーかつどーかが話題にすること以外の、笑えるテーマ(会話の引き出し)、その1つが「野球」なのです。
「おれってさー、どうおもわれてるかしらんけど、じつは18まで体育系で、勉強しないで野球、マラソン、卓球ばっかしだったんですよ。」というと、行政書士の顔が急変して、和やかな眼になり、「ぼくも野球でしたよ。高校生までですけど。」ってきた。
彼は北野高校だと!えっ!?「大阪弁でませんねー、かくしてるんでしょ。」というジョークにつなげて「ぼくは大学で田淵・山本こーじ・富田・鶴岡・岡本らといっしょだったんですよ。」といったら、「北野高校も甲子園で優勝したことあるんですよ。」ときた。それがなんと、昭和22年のできごとですと、ははははは!笑いの渦巻きが会場を席捲(?)しました。
いつのまにか、ぼくは大阪ことばでしゃべっておりました。
次に(3つめ、これで終わりにしときます)面白かったのは、「ゆうゆうふれあい食堂」(3月15日(水)から、月1回ペースでスタートの話。連絡会メンバーの、村上朋子さん(ウイッシュ・プロジェクト代表)いわく「子ども食堂の限界を超えたい」ですと。
その志におれの身体が反応し、「おれも見学しにいっていいかなー。」といってしまった。彼女大喜びで、「楽器演奏してください。」ときた。よっしゃ、人肌ぬぐぜ。
このような楽しい充実した時をくださった、パルシステムとさんきゅうの神々にありがとう!
◎稲城里山代表の小林さんが、「桑原さん来ないの?」っていってたぜ。4月22日のCW連絡会シンポジウムには、さんきゅうハウスもパネラーだすことになりました。誰を出すかな?3年、5年、7年先のことも考えて人選しようね。
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by issei_tachikawa | 2017-01-12 12:06 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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15日朝から夕方までつきあいました。午前の部の最後は、ビッグ・ベアーズのコーラス、全盲の方が中心です。3曲ともに素敵で、心をうたれましたが、2曲目「時には昔のことを・・」(加藤登紀子)聴きながら泣きました。やはり、1つ失うことは、他のすべてを獲得することなのかもね。特に感動においてはそうだと思う。俺は眼もみえる、耳聞こえる、何でも好きなことできるけれど、ベアーズのみなさんのように澄み切った声は出せないなー。てなことを彼女らに伝えましたら、即「いっせーさんすてきなかたですねー」だってさ。照れるぜ。

●色平さん(佐久総合病院、医師)の話で印象的だったフレーズを紹介しますね。「医者も坊主も人を見送ること(不幸)を生業としている。」
「(農民)ニーズに答えて続けていたら規模がでかくなって有名になって続いている。」
「できるだけアホな医者をとれっていってます。最近はエリート病院になってしまってやばい。」
「人間の死亡率は100%、死なない人はおらん。」
◎『ヘルプマン』ていうコミックがおもしろいらしい。色平さんおすすめの介護時代を楽しく生き抜くための1冊。てっちゃん(K)のことよくご存じでした。同じ病院勤務なんだから当たり前だけど

●鈴木律子さん(山梨の組合員の、ならは何とか隊)の言葉で印象的だったこと。
「生産者交流会で食べかけのぱんもらってうれしかった。」
「鍋でごはんたくとその都度出来上がりが違ってたのしいですよ。」
「経営が厳しいていいながら、シャンデリゼ下がってる豪華ホテルで総代会なんかやるって矛盾してません?わたしなんか体育館で満足ですけど。」(ふむふむ・・・イッセー挿入)
彼女が持ってきた2017カレンダー2冊買ってあげました。

●ロジカル専務とは久しぶり。昔共済キャンペーンで蕨センター所長だった蜂谷さん、元気だとのこと何よりです。アシスト魂永遠なれ。ぼくは当時1年間で100回以上(たぶん120回くらい)トラック同乗していっしょにキャンペーンやり切りました。青春だな!危機意識は現場から、改革の知恵も現場から、ぼくはいまでもこう思っていて、だから原点に還って「立川地区総代」やってます。

『のんびる』編集長前田和男さんの最後の言葉、「しつこさではまけない。」、これを信頼して今日も地域の『のんびる』配達にいきます。この集まり企画してくださった支援課のみなさま、編集のシータス&ゼネぷれのみなさん、でんこさん、けいこさん、おみつさん、よしともさん、鈴江さん、藤井さん、そしてライターの山木さん、カメラさん、浜田さん、斉藤さんほんとうにありがとうございました。懐かしい同志とあえてうれしかった。セカンドステージ万歳!セカンドリーグ永久に。セカンド=オルタナテイブです。出会い・つながり・変えてゆく、楽しい旅へ
「これでいいのか?なんとかしたい、なにかしたい、なんとかしよう」と地域で動ける人は、みなさん仲間ですよー

ぼくは「さんきゅうハウス」の事業と活動をやりながら、セカンドステージを豊かにしていきたいです。寺子屋、フードバンク、さんきゅうカフェ、おいでやすよろしく!
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by issei_tachikawa | 2016-11-17 10:00 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)

「つながり」NOW

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えいさんが、市内の老人ホームの守衛バイトを週3回続けて金ためて、長い「路上」ならぬ24時間マック生活に終止符を打ち、さんきゅうハウスから徒歩5分のアパート暮らし始めて、もう1か月以上たつ。緊急連絡先になっているいのだが、毎日「安否確認専門請負会社」からメールが来る。
パターンは2つだけ。「元気」か「連絡不能」だけ。2日間連絡不能が続くと心配なので、こちらから電話を入れる。それでも通じないと部屋まで行って、安否確認する。
きょうもそうだった。おれが電話してでなかったことはないのに、会社からの電話では出ないことが多い。そのたびにかれからいわれる。「しんぱいしないでよ。だいじょうぶ。」って。でもなー、かって1人の生協職員(立川生協7人の侍の1人)を孤立させて(?)失ってしまった苦い経験があるので、電話に出ないと現場に直行の気分で電話する。これを続けることに意味がある。やめたらもとのもくあみ。死ぬまでやるのだ。さらっとね。
さんきゅうハウスの問題、山ほどあるし、1つ解決したらほっとする隙もなしに、次々と問題が生まれてくる。いや、生まれるというより、己が気づかなかっただけのことが多い。
その一つが、利用者、とくに生活保護受給者の健康問題ですが、会うたびに同じ冗談かますひとがいる。「これでさいごかもしれないからね。たのしくやろうぜ。」
そうだなーとおもう。いつ死んでも不思議ではない状態で、にこにこ暮らしている。底つき体験したひとの居直り、強さと弱さ、両方フォーヒムなのだ。でもさ
今嬉しいことの1つは、アルコール依存症とレッテル張られて、はたも自分も、どーしょーもねー状態だったみやちゃんが、3月から6月までの、3か月間トレーニングコース(某専門病院)をクリアして、退院後半年間ノンアルコール(たばこも半分に減った、狙い通りの成果)を貫いていることだ。
決して「断酒会」に通っている人で、必死に頑張っているような感じではない。どうやらアルコールから「卒業」できそうなのだ。「終酒」といってもよい。
金曜日のカフェで、調理人としての腕を振るっている。毎日のコミニケーションが楽しいのは、俺だけではないと信じたい。つながりの実感が持てる場、さんきゅうハウスをみんなで育てていきたいね。今日で最後や、と思えばなんでもできるぜ、ステーブもそういってたなー。
★★★大切なこと
信頼すること(信頼と信用はちがうんだよ)みつめられつづけること、自己肯定感、ほめあう体験、マイナス思考の日本社会への「愛と協働」宣言、敵は作らない、味方もいらない、仲間を増やす、これらのすべてが「希望格差社会への対案」になっていきます。希望は絶望コインをひっくり返すと、しっかり裏側に印字されているのです。人生は思い通りにしかならない、一寸先は光の世界でこっちのみずはうまいぜ。
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by issei_tachikawa | 2016-10-12 13:19 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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3次会まであったそうですね。若いなー。元気な人はげんきだ。でも逆の人もいるのでやや複雑な心境です。できれば「まだまだこれから、あと30年」ビジョンでつきあいたいですが、これだけではあまりのも自分本位なので、「今日が最後だ今日1日完全燃焼」のステイーブジョブス路線も入れましょう。
画像は、桑島さんがその場で書いてくれたもの。くわちゃん、ありがとう、おおきに。彼はパルミート卒業して、ヨーロッパ旅行満喫直後の熱気を会場に届けてくれました。会う人、見た人、その場で似顔絵かきまくってたなー。永沢さん(CBS代表理事、イッセーの恩師)のお父さんみたいだなー。これだったらニューヨークの地下鉄でバイトもできるんちゃう?
あと、勇さん(てっぱん主人)のコメントを読んで、なかなかだなーと感じました。さすが人望があついわ。あと、のぶさん(山本)のまとめもなかなかありがたい。参加できなかった人で、今の連合会を知る材料をもらえてありがたいと感じるひとも多いであろう。
山根さんの司会も絶妙のマイク回し、すごいすごい。どのタイミングで、誰にまいくもっていくかって、実は大変な労働なんですよね。パル連は、元の首都圏コープの発展したそしきですから、一口にOB会といってもいろんな立場の人がいる。
役員だって、100人100様、1つの船に船頭が50名くらいは乗っている感じ。ぼくも1986年から連合会に移籍(その前に出向)するまでは、立川生協の常務でしたから、地域から生協を語るにおいては、かなり個性的な(手前みそな)判断と動きをしていました。
ですから、最初に「あわせ」をやり始めた時には、やむ
にやまれずはじめたわけですが、周囲は「傍観、反対」が多くて、共鳴してくれた人はほんの少数でした。(このへんの「事実」は、10月30日のさんきゅう寺子屋でおはなしします)
でも、あれから30年、パルシステムやめないでよかったなーと感じます。俺みたいな人間を定年まで雇ってくれたパルシステム、この多様性のエネルギーと生産者のみなさんと、買ってくださっている組合員さんと、ストレスとたたかいながら日々の事業を推進されている役職員のみなさま、そして協力会や委託先のパートナー企業の皆様、さらに現場で苦労されているみなさんに、心の奥底からありがとう、おおきに、まだまだこれからやねとつぶやきながら書いています。
◎ちなみに、イッセーが入協した1986年の供給高は、9600万円。組合員数の実数不明!名簿が見つかったのは12月、オフコン導入時。整理してみたら「公表数値1200だったのに、実稼働数は639名」、負債が5000万円くらい?以降の供給高は覚えてませんでしたが、専務の原さんに聞いたら、1987年⇒2.7億、1988年⇒3.9億、1989年⇒5.9、1990年⇒10.8億だったそうです。さすが、よーおぼえとるわ。すごいぜ。1986年の計画が「3年で5億」だったから、まあなんとかいけたんちやうか?連合会ベースでの2015年度供給高実績は、1998億、30年間で2000倍以上になったのか!災害発生時の義援金、東北で4億、熊本では2.7億、これも大きくなった成果の1つだな~。
1986年の暮れ、ある組合員理事からファミレスに呼ばれていったら、「大きくなると組員の意見が届きにくくなりますから、拡大にははんたいです。」とつめよられた。おれたちより大きい他生協の事例と比較しながら、規模と意思伝達はかならずしも反比例ではないのですという説明をしたが、納得してもらえなかった。自分の内面での議論は今でも続いています。まじに・・・
◎OBの集い、次はいつかなー、楽しみやね。2次会での談さんほか職員のみなさんの働きぶりに頭が下がりました。1日おせわになりました、ありがとう!
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by issei_tachikawa | 2016-10-08 09:54 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
「身近な貧困 いま私たちに何ができるか」(共催:パルシステム東京、生活サポート生協・東京)は東新宿のパルシステム本部ビル7階で開催され、報告者の1人として参加しました。
以下のことに配慮しました。
1つ、時間に遅れないようにしよう。(笑いごとではない)さんきゅう時間はアンデス時間です。待ち合わせは12時にグランヂュオ入り口の時計真下にしましたが、なんとMさんがきてくれた!申し込み無し。ひげ面、普段着、ええなー。あと、信昭もきた。逆に、くまさんがこなかっらた。コレは残念でしたがなんとか、1:50に到着したのですが、出口間違えたりで、会場到着は2時40分でした。ちょうど、早苗さんの話が終わり、ロジカルの専務、久保さんの話が始まるところでした。事務局さんにご心配おかけして済みませんでしたが、かえって「さんきゅうハウス」の話に注目して頂く効果もあったかな?
2つ、臨場感あふれるライブ形式の報告にしました。そのために、スタッフ4名、利用者5名、立川市社会福祉協議会職員2名を巻き込んで参加しました。途中のハプニング対応も効果的だったかな?メイビーイエス。利用者2名が途中でいなくなり、帰ってきたのをみてぼくは「なにやってたんだ、1じかんは我慢してくれといったじゃないか。」と突っ込みましたら、答えは「腹減ったんで飯食いに」で、会場に笑いの渦が!きよし&大輔の「金曜カフェ」、信昭のそばカフェ(12/7)、BAKA大11月授業の宣伝も、明るくやりきりました。
3つ、いつも話していない人と利用者を交流させようと努力しました。でも、なかなかバリアフリー店がみつからずに困っていたら、かっての餃子屋(今は定食や)がみつかり、利用者と主催者をまぜこぜに座らせて、みんな自己紹介すすめて、交流しました。◎チャンがなにもしゃべれないのが、逆に受けてましたね。みんなやさしいね。
◎良い機会なので、NPOのNは、not forのNと解釈するべきで、nonのNではないのではないかという持論を説明し、CBのCとBの関係は、掛け算であるという秋山さんの説を使わせていただきました。1995年の大震災におけるボランテイア活躍、1998年のNPO法の制定の背景、さんきゅうハウスが、特定非営利活動法人(NPO法人ではなくて)で登記してある意味の説明もしました。おおむね納得していただいたのかな。
◎用意した資料のうちのアウトカム(地域波及効果)論については、ほとんど説明できなくて残念でしたが、またの機会に。
☆☆☆最後に、野々山さん(パルシステム東京理事長)が質問してくださいました。「もしもイッセーさんがパルの職員だったらこの課題についてナニをしたいですか?」と。待ってましたの渡りに船、答えました。「瀬戸さんに頼んでNPOの現場に出向させてもらいます。」と。現場で課題解決の対策を練る姿勢は大切だと思います。パルシステム東京にとっても、人材育成、情報収集、組織活性化の動力源の1つになり、生協とNPOのウイン・WINの関係づくりにつながると確信します。
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会場入り口で、さんきゅうジャム売りながら、さんきゅうハウスの説明をしている大輔&きよしコンビ、近々ヨシモトデビュー(ウソです、笑い)
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by issei_tachikawa | 2015-10-25 10:38 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
一寸先は闇なので手探りですすむ。予期しなかった障害物にぶつかってきずつくことも。コレまでの常識でしか先を読めない人も必ずいる。つまり反対意見が出ないで、行け行けドンドンなんてありえないのです。
例えば、1986年立川生協時代、世の中「共同購入」しか考えられなかった時。ぼくが最初にむかついたのは、職員の言葉使いがえらそーだったこと。
「組合員教育」とかいっていた。えっ!?「あんたらがおっかさんからおそわるべきだよ。」って思ったが何もいえなかった。
あと、「1人班」って言葉を職員の多くが無媒介に使っていた。つまり生協事業で1人加入をを認めれば次のような結果になると言われていた。
1つは、愛と協働の仕組みが崩れる。
2つは、採算があわなくなる。コストがかさむので。
3つは、生協はつぶれる。
ぼくは何となくむかついていた。生協業界の常識は一定の真理をもちつつも、すでにゲンバでは共同購入の高邁な理想は崩れているのではない、いやもう十分にくずれていると気づいた。1986年の夏のことである。
もひとつの判断。1人でも仲間にしたい人がたくさんいた。桜ヶ丘団地のSさん、ムサムラのFさん、高松町のMさんなどなど。「友達がいないけれど入りたい。4万から5万はとる。」と約束して入っていただいた。
しかし職員会議では不評であった。反対ではないが「よっちゃんしかたねーなー、かってに1人班ふやして。」とよくいわれた。腹はたたなかったが、不思議にいうこと聞くきになれなかった。でもコハイはこんなに伸びるとは想像だにで来ませんでしたが。
そこで採った対策は主に3つ。
1つは、1人班と共同班を上手く組み合わせてコースを再編する。(タコ糸、待ち針=赤・黄・緑三色で班の所在地にピンポイント、ゼンリン地図コピー張り合わせ)
2つは、受注は1人用で取る。例えば、卵は1パック=10個で。発注と納品は、5kgで。届いたケースから10個ずつだして、パック詰め作業はすべて自分でやった。
3つめは、請求、1人分に分けて手入力していた。(だと思う)
たしか、東村山センターで丹治・瀧・長谷川3人がはりついてパルシステム(コハイ)の実験やりだしたときもこのスタイルに似ていたのではないかなー。
まあいずれにしても新しい事業と運動に抵抗はつきものです。成功に確信もって、ゆっくりむりしないで楽々歩みましょう。本日、月曜カフェ用の酵素玄米仕込んできました。えいさん&みやちゃんたのむよ!
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by issei_tachikawa | 2015-06-20 14:39 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)

チョー出会いの日

朝から晩まで楽しかったニャー。最初はパルシステム東京第23回総代会に立川地区総代の1人として出席し、最後に少し意見を言わせて頂きました。
要は3つ、1つは、コハイの次の事業の柱を企画提案して欲しいという要望。これは亡くなった中澤さんからの引導です。成功事例は調べればたくさん在ります。グリーンコープの福祉基金、ホウボク館、オレンジコープのリビングハウス、セークラのワーコレによる「もうひとつの配達システム、BIG ISSUEの基金などなど。
2つは、生協事業活動の原点とも言える賀川豊彦⇒賀川督明さんから受け継いでいる「痛みのシェア」について。
3つめは「事実」認識の大切さです。とくに3つめにはこだわっています。事実といっても数値を出せば良いのではありません。「思い込み」で提案するのではお互いにイデオロギーだけに流される危険があります。例エバ、「委託会社のドライバーさんの労働条件の改善が遅れてます。」という善意あふれる組合員の言葉に、ぼくはあえて質問しました。「委託のドライバーとハグしたことありますか?トラックに同乗したことはありますか?」と。答えはノーでした。「センター長に頼めば乗せてくれますよ。」と背中を押しました。
因みに、ぼくは現役のころ、2004年?に100回以上トラック同乗しました。ゲンバのテンションが実感できました。午後の食事会では、会うべき友と再会でき、新しい仲間には「7/24ワンデイシェフ説明会」のチラシを渡せました。3人が参加してくれそうです。
帰りのタマジョー駅下りると、ご近所の「すながわ男かい?」の松尾さんから「呑み会」提案があり、その場で8月8日末広がりの会を決めました。さらに、まめ吉さんでも「会うべき」友に再会し、鉄っちゃんに向う途中で再会した中村さんと、柏小学校PTA同窓会(8.6)を決めました。んで、ラストは鉄ちゃん、客はおれだけ。でも3人でもりあがれました。おやすみなさい(いやほとんどの人には「おはようさん」かな?)
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by issei_tachikawa | 2015-06-16 23:50 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)

地区総代1年生スタート

昨年から総代になった。今年2年目の最初の総代会議、立川RISURUホール5階で10時から13:00まで意外に(?)ハラハラドキドキわくわくでした。要はこっち側(自分自身の感受性)の問題なのかなーと思う。
ABC3つのグループ(6名ずつ)に生協役職員1~2名で話が進んだ。最初は自己紹介、それぞれのお気に入り生協食材の話し。絞込みが難しいのですが、今日は米と水にした。米は予約玄米、今おおがた村の5kgを頼んでいる。長岡式で白色のやつとか選別するのだが、最近のはほとんど問題なし。かっての新潟コシに比べるとレベルが違う。あと水ですが、20年くらい白州町からの自然水を愛用している。この話しをした。伝わったかなー?
第1回なのでざっくばらんなんでもありのゆるやか話し合い。1ついわせていただいた。「反貧困を福祉政策に入れるべき」と。和歌山のオレンジコープ、北九州ホームレス支援機構とグリーンコープとの連携協働事例について調べる価値ありとも言った。「路上で寝ている人を生協がほっておけるのですか」「立川では路上生活者はゼロにしたい。」ともいいました。さんきゅうハウスのスタッフの50%は、パルの組合員です。生協本体より先に組合員が地域で動いています。ここが肝腎なところではないか。
今日は、山形県置玉で小翠力発電所開所式だとか。総代会議途中で佐藤さんと福浦さんがあわただしくでかけていかれた。こちらはゆっくりお弁当を食べながら雑談、総代1年生スタートです。「死ぬまでパル地域連携」これでいきます。賀川精神に立ち返り、地域ベースで愛と協働ですね。


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by issei_tachikawa | 2014-10-25 22:48 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)