どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:パルシステムで愛と協働の地域社会を( 92 )

改めてパルに感謝です。イッセーのようなやつ(どんなやつかはひとそれぞれ、笑い)が31年間もつきあえている仕事場をつくってくださっているみなさまに、心の奥底からありがとう・おおきに・グラーシャス。

ありがたいことの1つは、何10年ぶりかの出会いを楽しめたということ。無茶ちゃ園の創設者片山さんは、ベトナム・ホーチミン市で地域活動に余念がない。ベトナムは僕らの青春の原点、民族独立戦争で北米とキリスト教十字軍をこてんぱんにやっつけた。ぼくも死ぬまでにはぜひ行きたい国。彼は、あいかわらず、裸足でサンダル姿、60年代の学生運動からのつきあいだとすれば50年だね。

あと、野中章久さん(東北農業研究センター)とは30年ぶりかな?かって「首都圏コープ」本部が御茶ノ水の総評会館に曲がりしていた頃、彼は明治大学の大学院生で、未法人の連合会に係っておられた。今は福島の原発放射能汚染調査・対策にも係っておられるらしい。元気で何より。

とても全員紹介は無理ですが、あと1名は、瀬戸修一さん。1990年に会ったきりだと思うから、27年ぶり、かっては「さきたまグリーン生協」(埼玉県、今は合併してパルシステム埼玉のセンターになっている)の専務で、連合会ではシステム部にいた。今は札幌で果樹園経営、奥さまはアジアの方だと思う。彼と特別に親しい理由はいくつかりますが、当時は21生協ものが事業連合していて、営業会議の報告会に行くと成績がばれる。びりっけつ(つまり事業規模は小さい順で底辺3生協)がさきたま・立川・花見川だったので、自然に仲良くなっていたということもおおきいかな、めいびー。

他にも宮醤油さんの先代と後継者の息子さん、沃土会の息子さん、かっての旭愛農会(今は?)の金谷さん、納豆のカジノヤさん専務等の元気な姿を確認できたのはうれしい。三澤さん(共生食品2代目)もあいかわらずだ。農業生産者や漁業、林業関係の方は息が長いね。やっぱり「生きる」とは土(大地、海、空)に人が交わるということなんだね。

2番目に良かったのは、パルブレッドの橋本さんにお願いして、今年度の経営者の方(井口さんと寺尾さん)にお礼がいえたこと。三多摩フードバンク4年目ですが、パルのパンを生活困窮されている方々に届けつづけられるのもパルブレッドさんのおかげなのです。

あとも一つは、流通業者の経営者にもあいさつできることはありがたい。流通サービスの奥山さんとも20年ぶりくらいかなー。稲城のセンターで2年ほどお付き合いしていただいた。身体の相談にも乗ったことがある。パルシステム個配は生協内部や世間からも「共同購入の破壊になる」として猛反対されたのに、なんとかここまでこれたのも、ひといえに配達部門を担っていただいた流通企業さんあってのことです。だからぼくらは、彼らを「同志(パートナーさん)」と呼びます。若いドライバーのすさまじい離職率だった、2000年代初頭の経験が、頭を横切ります。いつも身を引き締めて経営しないとね。

というわけで、大変有意義なOB会でしたので、準備してくださった皆様に心から御礼申し上げますが、出てこないOB職員たちのために「1時間くらいなんでもありフリートーク」の時間帯を設けても良いかなーと感じました。つまり昔ばなしばかりではなく、かといって元気を声高に叫ぶのでもなく、身体が弱ってる仲間や故人にも思いやりの気持ちをこめたトークタイムがあると会自体がもっと面白くなる。

僕らは身体と心しだいでまだまだこれから10~30年くらいの地域活動をできるのです。課題は、協同組合(生協だけではなく、ワーカーズとか農林水産、信用・住宅・福祉・エネルギー、大道芸などの分野)社会の創造です。埼玉の太田さん、山梨の五辻さんもすでに活動されていて、五辻さんはテレビ出演もされたとか。

「ゆりかごから墓場まで」地域の暮らし課題に責任持てる生協のいっかくとして、しっかり役割りを果たしていきたいなーと感じながら帰ってきました。

成長の限界、人口減・少子化時代、グローバリゼーションの矛盾の付けを無理な成長路線(インフレ2%なんて!)に頼るのではなく、地域の本源的なニーズを動きながら掘り起こしていくことが、これからの独立国家としての日本を豊かにしていく道だと思います。

●最後になりますが、多くのパルシステムOBの方が、さんきゅうハウスNPO活動会員になって下さっています。その方々にも直接日頃からのご支援のお礼を言えて、他の方にも「さんきゅうだより」を渡すことができました。とても有意義な一日になりました、事務局の皆様に御礼申し上げます。


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by issei_tachikawa | 2017-10-31 09:20 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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さんきゅうハウスとして、神馬さんと2人で、コーヒー(フェアトレード、自家ガス焙煎、地場産直)販売しました。なんと、1ッぱい100円、これも地域のご縁があればこその話。53杯売れました。おいしいという感想をたくさんいただきました。改めて、まめ吉さんにありがとう。
入場者は550名、組合員だけではない。200名近くの新規出会いがありました。9名が新しく組合員になられました。ぼくがここにきたのは1986年、31年前、その時の供給高は9600万円位、組合員数は不明ですが、おそらく150名程度。1家で月に53000円くらい買っていた?1週で13000円か!1985年までは幌付きで薄汚れた(笑い)トラック3台しかありませんでしたが、1986年に職員6名と倍に増やして、拡大命路線を歩んだのでした。
このあたりの詳細に関しては、当ブログ( )にお寄りください。
3時に終了しても、センター内の水たまりに石を投げこんだり、手でカイ彫りしたりして遊んでいる男の子がいました。
時々こっちを見るので、手を振る。向こうは無視して、いつまでも遊んでいる。誰も止めに入らない。いい感じやなーおもいながら、ぼくは大沢さんが迎えに来てくれるのを待っていましたが、センター内でカンパ食品の試食会やっていたので見に行ったら、そのこの母様に会えました。おおらかな感じでした。だんなもいっしょ。いいねー。
立川センターは、引越しで昭島センターとして再スタートするそうです。車が60台くらいあるのをみながら、時間の流れを楽しみました。
出店されたのは、青果では沃土会、食品関係では共生食品、カジノ屋さんなど、左隣はご近所のNPO「シニアメートサービス」さん、右となりは「ハートのんびる」さん、おつかれさまでした。
また来年も会えますように。さんきゅう
ガーデンに新しい花が咲きました。ほととぎす、鳴きつる方をながむれば、ただ「さんきゅう」の寮ぞ残れる。(イッセーでまかせ)新選組の歌が聞こえてくるぜ。明治は遠きにありて近くにもあり。あきらめない急がない、20年アクション。
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by issei_tachikawa | 2017-10-07 16:55 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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昨日11時半から夜の10時過ぎ(なんと!二次会は鉄っちゃんで)までごいっしょしました。このアットホームさ(俺の家に帰ったみたいな)は何なんだろうか?今まで考えてました。
ともだちがいっぺーおるゆうこともそうですが、「・・・歩み」(パンフレットの22頁)見ると、1986年に今の形(連合会)に移行することを決定した。んで今年超党派の協同組合信仰研究議員連盟ができて、協働労働法制化に向けた議論が開始されるとあります。
正直感動です!1986年、ぼくは長年の「フリーター(ホウムレス)」から立川生協の職員になりました。1970年代中頃、「サラリーマンになれない」自分と対話し続けて「大学院進学」を決意して、東大と京大に挑戦しました。
その傍ら大阪の港地区での全国金属関係の自主生産・自主管理運動の支援もしていました。また、東大センセー4人、明大1名、法政1名などで「生産組合研究会」をやっていました。
問題意識を一言でいうと、「そこから近未来社会が見えるのでは」ということでした。運動論で言えば企業倒産後の資本家・技術者・営業などの逃亡と、金属何十人で逃げ場のない高齢労働者の「ここで働き続けたい」というエネルギーに依拠して、自主生産・自主管理企業の横への連帯を強め、点線面とエリアを拡大していくというもの。
労働運動の全国展開では、総評がなくなり同盟が多数派になり、労組の組織率が落ちていき、全国金属とか全造船などは、少数派の労働運動としてあまり評価されなかった時代に、「地域多数派」を目指して田中機械、細川鉄工、大阪亜鉛などの自主生産が頑張っていました。もうなくなりましたが大和田さん(田中機械の労組委員長)、未だに印象深いです。友人はいまでもあそこの縁業で活躍中。
当時、いかなる企業形態で再建が望ましいのかを考え、南ヨーロッパ(リップ)やイギリス(アッパークライド造船)、日本(ペトリカメラ、パラマウント製靴)の運動を調査し、大事な事実に気づきました。「南欧には一般的な労働者の協同組合が日本にはない」という気づきです。
なんでやろ?ぼくの仮説ですが、「日本ではアナーキズム(無政府主義などという翻訳は間違いで、絶対自由=究極の秩序を追求する思想、あらゆる権力に抵抗続ける)やアソシィアションの運動が弱い。個人の自由や幸せのまえに、行政・会社・国家・裏返しの地域がかたられてきたのではないか」というのが答えです。とくにアナ・ボル論争へのかかわりの間違いは、歴史的な制約がありやむ負えなかった側面もありますが、いまようやく次が見えてきたのかなーという感じです。
森野君(ゲゼル研究会)から「日本人で『地域』を理論的・実証的に最初に扱ったのは権藤盛郷」と教えられてなるほどとふにおちました。
さてワーカーズ、法制化されて、その次にどんなチャーミングな運動と事業を展開してくれるでしょうか、共にこの地域で働き生きるを楽しみましょう。パネラーとして最後の3分で申し上げたことが、小生のメッセージでした。
改めまして、労働者協同組合(ワーカーズコープ)の30周年を心の奥底からお祝い申し上げます。

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by issei_tachikawa | 2017-09-24 12:15 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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一枝さん
おめでとう!うれしいうれしいうれしいなー。
ぼくは、立川地区で総代続けていますんで
今までとは違う場で会えることを
心待ちにしています。
天国の督さん、あったことはありませんが豊彦さんたち
も喜んで応援しています。
霊魂不滅、組合精神(愛と協働(協同)も不滅です
「現実を変える運動そのもの、人と人とのつながりの中にこそ
理念は生き続けるのです。ただし、状況(生活・政治・文化・軍事)が人を変え、
組織の在り方を問い直させてくれます。
我々は常にセカンドステージに立たされています。
4つの問い
このままで良いのか
何とかしたいのか
何をしたいのか、何ができるのか?」
共に歩まん。
再見(サイチェン) イッセー


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by issei_tachikawa | 2017-06-16 01:13 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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5月13日(土)昼頃から夕方までやります。男女8名ずつの参加申し込みをいただいていますが、山田さんご夫妻含めて18名、特別ゲストという乱入組というか、連絡ないしでくるんではないかなーという人含めて20名位になると思われます。
思い切って、チャンプルーの会(レストランサラ)のオードブル、たのんじゃいました。ですが、自慢の手料理や呑みたいお酒(ワインあるといいなー)持ち込み大歓迎であります。
駐車場は1台分しかないので、なるべく電車でおねがいしたいですが、どうしてもという方は事前に連絡くださいね。
かっての本部事務所電話番号、042-535-1101だったけ、みごとでいいわいたちかわせーきょーだったな。たかし&たつや&きむらなんかは、4万円ではたらいてたんだからな、よくやったよ。こんなんなるとは夢にも・・だな。
わいわいがやがや、やりませう。

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by issei_tachikawa | 2017-05-10 23:41 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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昨日のコミュニテイワーク連絡会は、ぼくにとって、さんきゅう(ハウスの事、以下同じ)にとってもブレイクスルー(課題解決、問題突破、一点突破)でした。
新年会で稲城里山代表の小林さんから言われました。「今まではなんかうさんくさい人だなーとおもってたけど違ったなー。」って。爆笑ですね。「小林さん、そのことばそのまんまあなたにお返ししたいです。」、今までのおれだったらそういってたかもね。でも、きのうは笑ってスルーできました。
そのわけは、おそらく、お互いの信頼関係が生まれてきたということだとおもいます。不信、嫌悪、上っ面の付き合いしかできない関係性の根源には、相互不理解があるようです。
かって、何人かの年下上司や同年上司(なんと万年係長だった俺は、連合会移籍後の20年間、ずーっと年上上司に直属経験がない!)と感情的にうまくしっくりいかないことはありましたけれど、今はとても親密な付き合いができていることにも似ています。
お互いが、相手の立場に立って、そうかーわかるわかるの実感をもてれば、人間関係も改善されてきます。時間がかかりますが、とても大事な営みの1つかとおもいます。
そこで今年の標語です。「どうせやるなら気持ちよく」
次に面白かったのは、世田谷区の「行政書士」の男性との会話。ブレイクスルーの切っ掛けは、こちらから作りました。パルシステムやNPOや、さまざまのセーキョーかつどーかが話題にすること以外の、笑えるテーマ(会話の引き出し)、その1つが「野球」なのです。
「おれってさー、どうおもわれてるかしらんけど、じつは18まで体育系で、勉強しないで野球、マラソン、卓球ばっかしだったんですよ。」というと、行政書士の顔が急変して、和やかな眼になり、「ぼくも野球でしたよ。高校生までですけど。」ってきた。
彼は北野高校だと!えっ!?「大阪弁でませんねー、かくしてるんでしょ。」というジョークにつなげて「ぼくは大学で田淵・山本こーじ・富田・鶴岡・岡本らといっしょだったんですよ。」といったら、「北野高校も甲子園で優勝したことあるんですよ。」ときた。それがなんと、昭和22年のできごとですと、ははははは!笑いの渦巻きが会場を席捲(?)しました。
いつのまにか、ぼくは大阪ことばでしゃべっておりました。
次に(3つめ、これで終わりにしときます)面白かったのは、「ゆうゆうふれあい食堂」(3月15日(水)から、月1回ペースでスタートの話。連絡会メンバーの、村上朋子さん(ウイッシュ・プロジェクト代表)いわく「子ども食堂の限界を超えたい」ですと。
その志におれの身体が反応し、「おれも見学しにいっていいかなー。」といってしまった。彼女大喜びで、「楽器演奏してください。」ときた。よっしゃ、人肌ぬぐぜ。
このような楽しい充実した時をくださった、パルシステムとさんきゅうの神々にありがとう!
◎稲城里山代表の小林さんが、「桑原さん来ないの?」っていってたぜ。4月22日のCW連絡会シンポジウムには、さんきゅうハウスもパネラーだすことになりました。誰を出すかな?3年、5年、7年先のことも考えて人選しようね。
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by issei_tachikawa | 2017-01-12 12:06 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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15日朝から夕方までつきあいました。午前の部の最後は、ビッグ・ベアーズのコーラス、全盲の方が中心です。3曲ともに素敵で、心をうたれましたが、2曲目「時には昔のことを・・」(加藤登紀子)聴きながら泣きました。やはり、1つ失うことは、他のすべてを獲得することなのかもね。特に感動においてはそうだと思う。俺は眼もみえる、耳聞こえる、何でも好きなことできるけれど、ベアーズのみなさんのように澄み切った声は出せないなー。てなことを彼女らに伝えましたら、即「いっせーさんすてきなかたですねー」だってさ。照れるぜ。

●色平さん(佐久総合病院、医師)の話で印象的だったフレーズを紹介しますね。「医者も坊主も人を見送ること(不幸)を生業としている。」
「(農民)ニーズに答えて続けていたら規模がでかくなって有名になって続いている。」
「できるだけアホな医者をとれっていってます。最近はエリート病院になってしまってやばい。」
「人間の死亡率は100%、死なない人はおらん。」
◎『ヘルプマン』ていうコミックがおもしろいらしい。色平さんおすすめの介護時代を楽しく生き抜くための1冊。てっちゃん(K)のことよくご存じでした。同じ病院勤務なんだから当たり前だけど

●鈴木律子さん(山梨の組合員の、ならは何とか隊)の言葉で印象的だったこと。
「生産者交流会で食べかけのぱんもらってうれしかった。」
「鍋でごはんたくとその都度出来上がりが違ってたのしいですよ。」
「経営が厳しいていいながら、シャンデリゼ下がってる豪華ホテルで総代会なんかやるって矛盾してません?わたしなんか体育館で満足ですけど。」(ふむふむ・・・イッセー挿入)
彼女が持ってきた2017カレンダー2冊買ってあげました。

●ロジカル専務とは久しぶり。昔共済キャンペーンで蕨センター所長だった蜂谷さん、元気だとのこと何よりです。アシスト魂永遠なれ。ぼくは当時1年間で100回以上(たぶん120回くらい)トラック同乗していっしょにキャンペーンやり切りました。青春だな!危機意識は現場から、改革の知恵も現場から、ぼくはいまでもこう思っていて、だから原点に還って「立川地区総代」やってます。

『のんびる』編集長前田和男さんの最後の言葉、「しつこさではまけない。」、これを信頼して今日も地域の『のんびる』配達にいきます。この集まり企画してくださった支援課のみなさま、編集のシータス&ゼネぷれのみなさん、でんこさん、けいこさん、おみつさん、よしともさん、鈴江さん、藤井さん、そしてライターの山木さん、カメラさん、浜田さん、斉藤さんほんとうにありがとうございました。懐かしい同志とあえてうれしかった。セカンドステージ万歳!セカンドリーグ永久に。セカンド=オルタナテイブです。出会い・つながり・変えてゆく、楽しい旅へ
「これでいいのか?なんとかしたい、なにかしたい、なんとかしよう」と地域で動ける人は、みなさん仲間ですよー

ぼくは「さんきゅうハウス」の事業と活動をやりながら、セカンドステージを豊かにしていきたいです。寺子屋、フードバンク、さんきゅうカフェ、おいでやすよろしく!
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by issei_tachikawa | 2016-11-17 10:00 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)

「つながり」NOW

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えいさんが、市内の老人ホームの守衛バイトを週3回続けて金ためて、長い「路上」ならぬ24時間マック生活に終止符を打ち、さんきゅうハウスから徒歩5分のアパート暮らし始めて、もう1か月以上たつ。緊急連絡先になっているいのだが、毎日「安否確認専門請負会社」からメールが来る。
パターンは2つだけ。「元気」か「連絡不能」だけ。2日間連絡不能が続くと心配なので、こちらから電話を入れる。それでも通じないと部屋まで行って、安否確認する。
きょうもそうだった。おれが電話してでなかったことはないのに、会社からの電話では出ないことが多い。そのたびにかれからいわれる。「しんぱいしないでよ。だいじょうぶ。」って。でもなー、かって1人の生協職員(立川生協7人の侍の1人)を孤立させて(?)失ってしまった苦い経験があるので、電話に出ないと現場に直行の気分で電話する。これを続けることに意味がある。やめたらもとのもくあみ。死ぬまでやるのだ。さらっとね。
さんきゅうハウスの問題、山ほどあるし、1つ解決したらほっとする隙もなしに、次々と問題が生まれてくる。いや、生まれるというより、己が気づかなかっただけのことが多い。
その一つが、利用者、とくに生活保護受給者の健康問題ですが、会うたびに同じ冗談かますひとがいる。「これでさいごかもしれないからね。たのしくやろうぜ。」
そうだなーとおもう。いつ死んでも不思議ではない状態で、にこにこ暮らしている。底つき体験したひとの居直り、強さと弱さ、両方フォーヒムなのだ。でもさ
今嬉しいことの1つは、アルコール依存症とレッテル張られて、はたも自分も、どーしょーもねー状態だったみやちゃんが、3月から6月までの、3か月間トレーニングコース(某専門病院)をクリアして、退院後半年間ノンアルコール(たばこも半分に減った、狙い通りの成果)を貫いていることだ。
決して「断酒会」に通っている人で、必死に頑張っているような感じではない。どうやらアルコールから「卒業」できそうなのだ。「終酒」といってもよい。
金曜日のカフェで、調理人としての腕を振るっている。毎日のコミニケーションが楽しいのは、俺だけではないと信じたい。つながりの実感が持てる場、さんきゅうハウスをみんなで育てていきたいね。今日で最後や、と思えばなんでもできるぜ、ステーブもそういってたなー。
★★★大切なこと
信頼すること(信頼と信用はちがうんだよ)みつめられつづけること、自己肯定感、ほめあう体験、マイナス思考の日本社会への「愛と協働」宣言、敵は作らない、味方もいらない、仲間を増やす、これらのすべてが「希望格差社会への対案」になっていきます。希望は絶望コインをひっくり返すと、しっかり裏側に印字されているのです。人生は思い通りにしかならない、一寸先は光の世界でこっちのみずはうまいぜ。
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by issei_tachikawa | 2016-10-12 13:19 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
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3次会まであったそうですね。若いなー。元気な人はげんきだ。でも逆の人もいるのでやや複雑な心境です。できれば「まだまだこれから、あと30年」ビジョンでつきあいたいですが、これだけではあまりのも自分本位なので、「今日が最後だ今日1日完全燃焼」のステイーブジョブス路線も入れましょう。
画像は、桑島さんがその場で書いてくれたもの。くわちゃん、ありがとう、おおきに。彼はパルミート卒業して、ヨーロッパ旅行満喫直後の熱気を会場に届けてくれました。会う人、見た人、その場で似顔絵かきまくってたなー。永沢さん(CBS代表理事、イッセーの恩師)のお父さんみたいだなー。これだったらニューヨークの地下鉄でバイトもできるんちゃう?
あと、勇さん(てっぱん主人)のコメントを読んで、なかなかだなーと感じました。さすが人望があついわ。あと、のぶさん(山本)のまとめもなかなかありがたい。参加できなかった人で、今の連合会を知る材料をもらえてありがたいと感じるひとも多いであろう。
山根さんの司会も絶妙のマイク回し、すごいすごい。どのタイミングで、誰にまいくもっていくかって、実は大変な労働なんですよね。パル連は、元の首都圏コープの発展したそしきですから、一口にOB会といってもいろんな立場の人がいる。
役員だって、100人100様、1つの船に船頭が50名くらいは乗っている感じ。ぼくも1986年から連合会に移籍(その前に出向)するまでは、立川生協の常務でしたから、地域から生協を語るにおいては、かなり個性的な(手前みそな)判断と動きをしていました。
ですから、最初に「あわせ」をやり始めた時には、やむ
にやまれずはじめたわけですが、周囲は「傍観、反対」が多くて、共鳴してくれた人はほんの少数でした。(このへんの「事実」は、10月30日のさんきゅう寺子屋でおはなしします)
でも、あれから30年、パルシステムやめないでよかったなーと感じます。俺みたいな人間を定年まで雇ってくれたパルシステム、この多様性のエネルギーと生産者のみなさんと、買ってくださっている組合員さんと、ストレスとたたかいながら日々の事業を推進されている役職員のみなさま、そして協力会や委託先のパートナー企業の皆様、さらに現場で苦労されているみなさんに、心の奥底からありがとう、おおきに、まだまだこれからやねとつぶやきながら書いています。
◎ちなみに、イッセーが入協した1986年の供給高は、9600万円。組合員数の実数不明!名簿が見つかったのは12月、オフコン導入時。整理してみたら「公表数値1200だったのに、実稼働数は639名」、負債が5000万円くらい?以降の供給高は覚えてませんでしたが、専務の原さんに聞いたら、1987年⇒2.7億、1988年⇒3.9億、1989年⇒5.9、1990年⇒10.8億だったそうです。さすが、よーおぼえとるわ。すごいぜ。1986年の計画が「3年で5億」だったから、まあなんとかいけたんちやうか?連合会ベースでの2015年度供給高実績は、1998億、30年間で2000倍以上になったのか!災害発生時の義援金、東北で4億、熊本では2.7億、これも大きくなった成果の1つだな~。
1986年の暮れ、ある組合員理事からファミレスに呼ばれていったら、「大きくなると組員の意見が届きにくくなりますから、拡大にははんたいです。」とつめよられた。おれたちより大きい他生協の事例と比較しながら、規模と意思伝達はかならずしも反比例ではないのですという説明をしたが、納得してもらえなかった。自分の内面での議論は今でも続いています。まじに・・・
◎OBの集い、次はいつかなー、楽しみやね。2次会での談さんほか職員のみなさんの働きぶりに頭が下がりました。1日おせわになりました、ありがとう!
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by issei_tachikawa | 2016-10-08 09:54 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
「身近な貧困 いま私たちに何ができるか」(共催:パルシステム東京、生活サポート生協・東京)は東新宿のパルシステム本部ビル7階で開催され、報告者の1人として参加しました。
以下のことに配慮しました。
1つ、時間に遅れないようにしよう。(笑いごとではない)さんきゅう時間はアンデス時間です。待ち合わせは12時にグランヂュオ入り口の時計真下にしましたが、なんとMさんがきてくれた!申し込み無し。ひげ面、普段着、ええなー。あと、信昭もきた。逆に、くまさんがこなかっらた。コレは残念でしたがなんとか、1:50に到着したのですが、出口間違えたりで、会場到着は2時40分でした。ちょうど、早苗さんの話が終わり、ロジカルの専務、久保さんの話が始まるところでした。事務局さんにご心配おかけして済みませんでしたが、かえって「さんきゅうハウス」の話に注目して頂く効果もあったかな?
2つ、臨場感あふれるライブ形式の報告にしました。そのために、スタッフ4名、利用者5名、立川市社会福祉協議会職員2名を巻き込んで参加しました。途中のハプニング対応も効果的だったかな?メイビーイエス。利用者2名が途中でいなくなり、帰ってきたのをみてぼくは「なにやってたんだ、1じかんは我慢してくれといったじゃないか。」と突っ込みましたら、答えは「腹減ったんで飯食いに」で、会場に笑いの渦が!きよし&大輔の「金曜カフェ」、信昭のそばカフェ(12/7)、BAKA大11月授業の宣伝も、明るくやりきりました。
3つ、いつも話していない人と利用者を交流させようと努力しました。でも、なかなかバリアフリー店がみつからずに困っていたら、かっての餃子屋(今は定食や)がみつかり、利用者と主催者をまぜこぜに座らせて、みんな自己紹介すすめて、交流しました。◎チャンがなにもしゃべれないのが、逆に受けてましたね。みんなやさしいね。
◎良い機会なので、NPOのNは、not forのNと解釈するべきで、nonのNではないのではないかという持論を説明し、CBのCとBの関係は、掛け算であるという秋山さんの説を使わせていただきました。1995年の大震災におけるボランテイア活躍、1998年のNPO法の制定の背景、さんきゅうハウスが、特定非営利活動法人(NPO法人ではなくて)で登記してある意味の説明もしました。おおむね納得していただいたのかな。
◎用意した資料のうちのアウトカム(地域波及効果)論については、ほとんど説明できなくて残念でしたが、またの機会に。
☆☆☆最後に、野々山さん(パルシステム東京理事長)が質問してくださいました。「もしもイッセーさんがパルの職員だったらこの課題についてナニをしたいですか?」と。待ってましたの渡りに船、答えました。「瀬戸さんに頼んでNPOの現場に出向させてもらいます。」と。現場で課題解決の対策を練る姿勢は大切だと思います。パルシステム東京にとっても、人材育成、情報収集、組織活性化の動力源の1つになり、生協とNPOのウイン・WINの関係づくりにつながると確信します。
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会場入り口で、さんきゅうジャム売りながら、さんきゅうハウスの説明をしている大輔&きよしコンビ、近々ヨシモトデビュー(ウソです、笑い)
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by issei_tachikawa | 2015-10-25 10:38 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)