どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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老いはめこし(歯目腰)

c0219972_11563391.jpg・今更反省してもしょうがないのですが、小さい頃、甘いもん食いすぎたな。中耕地の駄菓子やに行って買い食いするのが楽しみだった。家では子供のお菓子(おやつ、10時、3時)しっかり管理されていて、いつもはガラスの大きな丸ビンに入れて子供の手が届かない棚の上に置かれていた。だから反動で甘いモンを食いすぎたといって親を攻めるは親不孝。だめだめ・・・
・小学校2年生で等々力の歯医者に通いはじめてから何件行っただろうか。F、K、T、Hそして今の須川先生で初めて気の合う先生とであった。彼の診療の特徴は、予約時刻通りに始まらないこと。理由は単純で、開けてびっくり玉手箱状態の芯まできれいにしてくれるので、予定が狂うことが多いからだと思う。つまり自分の計画通りに工場生産よろしく診療を進めるのでなく患者サイドに立って診療するので予定通りいかなくてもプラス評価してよいと思う。
・土壇場で保険診療にするかどうかを聞く歯医者がいるが須川さんは何も聞かないで保険を適用させてくれる。患者は妙な見栄を張ったり、不安になったりで高い治療費を負担することにならないで済む。
・それと、やたらと抜きたがる歯医者はろくでもないと見る方が良いと思う。須川先生は時間がかかっても根の治療を徹底的にやってくれるのでありがたい。
・須川歯科に紹介した連合会の職員や他の友達の評判もおおむね◎のようです。
・30本中の27本が残っている。このまま何歳までいけるか。歯の管理は、目立たないが案外健康管理の土台だと思う。デンタルフロス、デンタルピック、3度の「歯揺すり」は欠かせない。「歯磨き」より「歯ゆすり」が良いと聞く。「歯と歯茎の間に歯ブラシを当てて軽く左右にゆするだけ」で血行が良くなり歯の健康が保たれる。磨いてしまっては歯茎を減らして結局歯を傷めてしまうらしい。それと市販の歯磨きは合成界面活性剤なのであまり使わない方が良いと思う。どうしても何か付けたい人は塩がおすすめ。肉食過多を改めるのも良い。玄米菜食だと食後でも口の中はすっきりしているので、歯磨き粉などは要らなくなる。
・毎日の習慣でお勧めしたいのは、寝る前の入浴中の歯ゆすりですね。最低5分、できれば10分以上ゆらゆらゆらとゆらして明日のプランを練ると良い。きっとステキな出会いがあるよなんてね自分を励ます
●安保徹さんが歯について面白いエッセーを書いている。「歯は、食べるためだけでなく、人間らしい自己表現、自己主張、忍耐力などの能力ともつながっている・・・(中略)・・・人間の尊厳と歯や口の機能はつながってる」といわれる。「寝たきりのお年寄りに入れ歯を入れてあげたら、その瞬間から立って歩き出した」とか「最近の子供は親知らずが生えてこない」などというのも不思議な現象だね。
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by issei_tachikawa | 2010-08-31 22:03 | 気・血・道 | Comments(0)
・古くて新しい論点です。病気の主原因は、細菌やウイルスなどの微生物の進入なのか、環境衛生の悪条件(下水道未完、飲料水の汚染)なのかという論争の勝者はコッホだった。細菌やウイルス及び異物の体内進入と免疫力の論議が無い。この点について問いかけないのが今の西洋医学(一般論としての病院と医者)なのではないかと思う。
・当時(19世紀中葉)コレラの流行で2人は真剣に論争した。ペッテンコーファーはコレラ菌を呑んでも自分が発病しなかったことで自説の正しさを補強的に実証したつもりだったのだが、弟子の一人は発症し、他の1人はしなかった。多くの医者もコッホ説を支持したのではないか。
・毎年のようにインフルエンザが流行り、職場で多くの人が感染してやすむ。なのに、自分と家族は何も発症しない。発熱、咳、食欲不振などどうゆう症状なのか忘れたくらいに感染しない。いや正確に言うと、感染はしていても気が付かないままに治癒してしまうのかもしれない。おかしい?ウイルスは体内に入っていることは疑いない。マスクも何もしないし、仮にしても同じ職場の周りが発症しているのだから自分だけが無菌室暮らしできるはずがない。なのに発症しないのはなぜだろうか。
・安保徹『病気は自分で治す・・・免疫学101の処方箋』(新潮文庫)にその答えを見つけてにんまりする。ペッテンコーファーは、コッホ理論の弱いところ、西洋医学の根本問題について良い指摘をしていたと思うが、結局不幸な結末で人生を終える。彼の時代に免疫学が発展していれば・・・と考えると気の毒に思う。
・自律神経:交感神経と副交感神経:白血球(マクロファージ、顆粒球、リンパ球):NKキラー細胞、T細胞、B細胞)が、外部から進入する細菌、ウイルス、内部から生まれるがん細胞などにどのような連携協働プレーで対応して健康を維持しているのかの自然生態系の神秘に触れれば論争はもっと深まったろうし、不幸な結末も避けられたかもしれない。
・癌がわかってくると不思議に可愛く思えてくる。人体の細胞の組成・再生とがん細胞の関係は、イエスキリストとユダの関係に似ている。敵扱いしてはならないのだ。定期健康診断を受けているうちは注意する方が良い。脅かされても素直に従うことが、本当の健康にとってどうなのかという問いかけ、自分の健康は自分で決めるのだという強い意志を失わないこと。
医食同源、薬食同根、病は気から、腹八分目医者不要
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by issei_tachikawa | 2010-08-31 20:42 | 生物学と医学 | Comments(0)

必要保障額について

c0219972_14513799.jpg・郵便局に行くと、学資保険や長いき君(個人年金ぷらん)などのパンフと一緒に「定年退職後夫婦2人で最低いくら必要か」を掲載したパンフがおいてある。生命保険文化協会(?)の統計数値をそのまま載せているのだろう。30万円以上になる。おかしい。オレの年収はどう気張っても300万円くらい。パートナー分入れても400万はいかない。子供3人私学に通わせているからどっからみても赤字だ。
・なのに何とかやれている大きな理由は健康だと思う。5人家族で誰も病気しないのだ。もちろん過去形の話だから、これから何があるかわかりませんよといって心配されたり、最低限の保障は必要でしょうといってくれる友人もいる。それ自体はありがたい言葉です。
・がしかし、健康でありつづけることが、最重要の保障であるという考えは変わらない。病気も健康もなるべくしてなる。とすれば、かなりの範囲で自己コントロール可能ということだ。そのために金・知恵・時間を投入することで「必要と思われる生活費」も変わってくるはずである。結論からいえば、30万は多すぎる。夫婦2人ならせいぜい15万もあれば、税金・社会保険料払って生活継続できる。
・必要保障額を考える前に必要なのは、生活で想定できるリスク(チャンス、リターン)のことであるが、大別すると、1.生命・健康リスク、2.資金リスク、3.やる気リスク、4.大震災、洪水などの災害である。1.の内訳は、病気、ケガ(ジバク、運動、交通事故などに起因)、障害、死亡。病気をしない、仮にしても医者にかからないと医療費はほとんどかからない。我が家の場合医療費は、歯の治療、ケガ通院費くらいで月間2から3万円である。
・あとfpのライフプラン理論の問題について少し言わせてもらいます。前提となるライフステージの設定があまりにも原則的すぎる。22歳で大学卒業から結婚、出産、住宅購入=ローン返済、教育などと、車購入、外国旅行などの費用が見込まれている。この通り生きてきた生協職員が何人いるだろうか。これからは別にして今の課長以上の人に聞いてみたい。おそらく答えは強いノーだろう。敷かれたレールの上を走るだけの人生なんて何の面白みもない。胸がわくわくしたり、こころがときめいたりして生きるのが楽しい人生だと思う。
・地域のくらし課題解決のことを想定して保障理論を組み立てなおす必要がある。健康の次に肝心な保障は、友達の輪だと思う。家族とか個人に分断された保障理論だけでは、いくら貯金があっても不安が消えない。以前相談に来た組合員の貯蓄金額を知って愕然としたことを思い出す。母と妹と3人暮らしの女性、来年定年1億円以上の預貯金があるのに不安だという。そのときの我が家の預金額は、1300万円くらいだった。3年でパーになるという前提でライフプランを立てたが不安はまったくなかった。予想通り来年3月末日で預貯金ゼロになるが、年金も少し出るのでまったく不安はない。健康・友達・パルシステム、保障の3銃士でOKだ。
・失敗を恐れるな。fpのライフプラン(キャッシュフロー表の作成含む)は知らないより知っている方が安心だが、とらわれてはいけない。他者や社会に心開いて損得抜きにやりたいことやって生きていけるかどうか挑戦してみるのも人生ではないか。好きなことをやって生きていく、これが幸せの前提である。パルシステムでセカンドステージまで来れてよかったと思う。これから56年間(120歳まで)が本番、パルへの恩返しもしなくては・・・。
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by issei_tachikawa | 2010-08-28 21:24 | ライフプラン(FPの)を疑ってみる | Comments(0)
c0219972_1343556.jpg今まで何の不自由も無く動いていた身体・精神の一部が稼動停止してしまうとしたら、コミニケーション不可能は相当こたえる障がいだと思う。
・変な例えですが、自分で自由に本や活字が読めているときは、自分がこれほどまでに活字に飢えるとは想像だにしなかった。
・初めて活字飢餓になったのは、23日間の留置・拘置生活だった。独房ではなかったので同居者とはコミニケーションができたが、字は差し入れ禁止でまったく読めなかった。そのときどうしたか。看守が座っている左後ろの壁に貼ってある留置所内規を何度も何度も読み返すのである。終いに暗記してしまうくらい読んでもまだ終わりが無い。外からの情報がまったく入らなくなった状態だと、それらが自分の生活にどんだけ必要不可欠なのかを実感する。
・別の事例:50歳前後で外鼠系ヘルニア(右下腹部の脱腸)のため1週間入院した。手術は成功したものの直ぐには排便、排尿、食事ができない。これはつらいよ。ペニスの先端からチューブを挿入して排尿する。それから部分麻酔が聞いている間は、頭の中で右足のひざを立てたまま寝ている。つまり、実際には右足も左足もまっすぐ伸びて天井見ながら寝ている状態なのに、意識の上では右足が立てひざしたままでとても辛いのだ。このときに身体障害について介助している相手の立場にすこしは立てる可能性をつかんだのかもしれない。しばらくして自分で排便・排尿できた時の快感はいわくいいがたしだった。
・食べるについては、三宅島帰島支援体験、5日間のハンガーストライキ体験で話したので今日は割愛。
・交流する=人とコミュニケーションする喜びを実感するための手法として、シャットアウト体験の共生というのも成立すると思う。僕のような豚箱入りは無理だとしても、なにか手はあると思う。昔、ちばコープの高橋理事長は、言争いばかりしている女性理事2名をあるホテルに数日間同宿させて、徹底的に2人だけのコミニケーションを求めた。そしたら2人は見事に同志になってしまったという。何が話されたのかがわからないが、人と人はお互いに相手の事実・真実(本意)を知らないままに仮想敵になりあってしまうリスクを背負っている。生産性(事業)プレッシャーで働いているので、多数の人間が我慢しあって目的・目標を追っている職場では必然的に発生する事実なのだ。
・そこがポイントだ。職場で生じるイレギュラー・トラブル・人間関係のイザコザを「ありがとう」の関係にしていくためのマネジメントはあると思う。数値管理だけでは、本当のマネジメントは達成し得ないのだ。
・「ありがとう」と実感込めて言い合える関係性をつくるための前提要件は、欠乏・飢餓状態の意識的な創出だと思う。離れたところから客観的に見るのも1つの対策かもしれない。旅をして家に帰ってきたときに初めて家族のありがたみがわかる。夏の間、パルのおいしいりんごが食えないのでそろそろ飢えてきている。八蜂園、ゴールド農園、雄勝、木村さんなどのことを考えながら飢えています。待っています。秋が来るのを。
・求めよ
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by issei_tachikawa | 2010-08-18 10:02 | 気・血・道 | Comments(0)
c0219972_12433861.jpg光太(21歳、玉川大学農学部応用生物学科4年、就職活動中)がipadを欲しいというので立川駅北口のビッグカメラへ。
いつもはほとんど話さないが車に乗るとお互い顔が見えないので照れ臭感情減少でよく話す。
小学校の思い出ばなし。柏町団地の広場から家に帰る途中、オレは近道した。青木さんの畑道をチャリで飛ばす。進吾が後にくっついてくる。
こういうときに兄貴は絶対付いてこないのだ。1人正道を走り、吉沢商店を右折して後から家に到着する。怒られるとやばいと感じるとリスクを避けてしまうのだ。オレと進吾は似たようなやんちゃくれなのでそんときはそん時という楽天主義。
進吾は中学校、高校と破天荒人生で今もどこかの海に行って好き勝手しているのに、兄貴は20以上の会社に断られての就活と先の読めない(?おそらく)担当教授の実験授業などで毎日胃の痛くなる思いに耐えている。この2人の対照的生き方を見ていると、複雑な思いにかられる。
兄貴の方に親だけでなく周りの注目が強く集まるが、比較的クールに育てられた方が先に自立する。2番目はしっかり生きているのに長男がいつまでも親離れできないで苦しみ先に逝ってしまう例もある。とすればやばいと心配することもあった。がしかし、今は違う。
兄貴はじつにやさしい。弟や妹、友達や実家のことも良く考えている。自分のことよりも周りの幸せを優先させて考えている。これって大事なことだろ。
光太が小さい頃、毎日お風呂に入れてから寝付くまで、抱っこして歩きながら口笛で「グリーフィールズ」を聞かせる、毎日毎晩。あの記憶は人にやさしい、生き物にやさしい光太になってよみがえるに違いない。やさしくなれ。人の気持ちがわかる人になれ、人の痛みに共感できる人になれ、金、地位、名誉などにはとらわれるな。就職活動全力でやってだめなら自分で起業しろ!
こころの友達を増やそう。おれより先に死ぬなよ! イッセー100歳、光太57歳、イッセー120歳、光太77歳、これくらいならいけるじゃろ。

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by issei_tachikawa | 2010-08-15 15:13 | 共育、子育ち、おやじの背中 | Comments(0)
c0219972_12474217.jpg・正式名称は、NPO法人 高齢社会の食と職を考えるチャンプルーの会、愛称は、サラ。
今年で12年目に入りました。
・2009年度の事業高は約3000万円、会員数は70名超、活動エリアは、立川市と国分寺市の一部。けやき台団地の北側エルロード商店街(24店舗)の3つの閉鎖店舗を借りて3つの事業(レストラン、デイケア、ひろば)を運営しています。有償スタッフ、ボランテイア入れて約40名が係わっています。
・ぼくの係わりは、2007年度のモデル事業(食・農・福祉・子育てなどをCBとして継続する)で始まります。立川に定住したのが1986年ですから、21年目の出会い(!)ということです。週3回から4回、夕方だけ高齢者、障がい者などにお弁当配達しています。有償
・経営される側は本当にいろいろと苦労が耐えなかったと察しますが、外野(会員で、週3回弁当配達はしていますが)から見ていると行くたびに何かを感じたり、教えられたりします。とても新鮮な元気をもらえる場所だと思います。
・NPOにとっての成功を継続という言葉に置き換えるなら、その継続の源泉は何なのか?思いつくままに書いてみます。
【その1.人に始まり人に終わる】やっぱりこれだと思う。代表の紀平さんの他理事10名、運営委員6名(4名は理事兼任)は全員女性、男性はお弁当配達スタッフ4名、時々デイの移動サービス1名、かってはサラ農園で1名のみ。調理・デイ・ひろばのスタッフも全員女性です。やはり地域での女性パワーに圧倒されますね。ぼくも巻き込まれている感じですね。
【その2.地域力:地産地消費、地域ネットワーク、行政とのつながり】レストランの定食、サラ弁当などの野菜はNPOから自転車で5分位の清水農園から届く。有機野菜づくりでは熱意のあるベテラン農家との良い関係ができている。ケーキは近所の「くろねこ軒」(自宅製造)から来る。魚は、福生の魚屋さんに頼むと一緒に仕入れて帰路で置いてくれるので新鮮(築地から直送!)。親子食育講座では近所の酪農家中里さんを見学した。サラの通信、HP、出版物などは、アンテイ多摩(NPO法人)に業務委託している(人事的なつながりも親密で強い)立川市役所の産業文化部産業推進課の部長とも地域をつくるための協働連携(というよりもっと親密で人間的な温かい関係)ができている。社会福祉協議会の地域包括センターの担当者はまめに寄ってくれるし、逆も真なりでたすけあいの関係ができている。
【その3.事業的な気配り、地域のニーズを調べてそれに答えようとする誠実さ】サラのお弁当のお米の炊き方は4種類、お米の量とかおかず(肉か魚か、野菜たっぷりかなど)も個人対応、これからは高齢者とこどもが共生できるケアハウスを構想している。これも地域ニーズにこたえたいという切実な思いの具現(見える化)だと思う。「高齢者とは・・・」という常識や書物の知識にとらわれることなく、試食会を開いたり、ケアマネの現場情報を参考にしているところもすばらしい。
【その4.資金形成力】創業期   百万、閉鎖店舗再開への行政補助金、パルシステムのモデル事業委託金、その他の様々の団体からの資金を助成金・融資・出資・寄付などという形で申請し活用している。でも事業体としての自立は損なわれていない。つまり依存ではなくて活用なのである。
【その5.広報力】この点では、アンテイ多摩の存在が大きい。HPについては何年間かのブランク(未更新)があったが、2008年以降はしっかりと広報機能を果たすようになっている。サラ通信は25号になったが、活用方法はこれからの課題かもしれない。自分は、いつもバックに入れて広めてきたし、配達時に読みたいという人に渡したりしている。これと会員の拡大、お弁当を必要な人に届けて、家事代行・安否確認・ケアタウンなどの構想を実現することはこれからの楽しみになると思う。
詳細に関しては、『サラばあさんの覚めない夢』(2009年5月31日発行)を読んでくださいね。
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by issei_tachikawa | 2010-08-14 10:21 | NPO,CB,SB論 | Comments(0)

たかが朝飯、されど朝飯

c0219972_1257194.jpg・朝飯抜きの人が増えているといわれる。その理由は、食べられない、食べたくない、食べないなどなど。
・食べられない理由を探ると、腹が減らない、時間が無いなどが出てくる。「昨日の夕飯何時に食ったのかな?」って聞くと、答えは「11:00」とかくる。これじゃあ食えねえのが当然ジャン。時間が無いってのには、もっと早く起きられないのかと聞きたくなる。
・食べたくないってのにも、似たような背景を考えてしまう。
・ただし問題は、「食べない」という理由についてである。俺の場合、土曜日曜とか、休みの日は朝を抜いて体調を整える。11:00過ぎる頃には腹が減って何でもいいから食いたくなる。ポイントはここなのだよ!腹が減っていても食えない状況にいると確かにつらいのだが、身体は飢えに耐えるようにつくられている。自然の神様の仕業なのかもしれない。
・昔1980年代前半京都で、5日間のハンガーストライキ(断食闘争)を5人でやったが、日常生活を今までと同じにやりながら無事故で貫徹できた。このとき初めて飢える事の辛さと意義(価値)を体得した。食べることの喜びと、食べ物を作る人への感謝の気持ちもリアルに感じた。要するに、朝飯を積極的に食べるということと食べないということの間には、とても大切な意味があるのだと思う。
・別の表現をすると、1日3食食えている人なんてのは、60億分の?(5%?)だと思う。食べたくても食えない人が絶対的な多数の世の中なんだから、おれは2食または1食で良いというのも説得力のある選択だと思う。この点で、85歳まで、1日1食主義を貫き通した甲田光雄先生を尊敬してやまない。渡辺正先生は、1日2食の西式食道で高齢者のサークルを運営されているが、甲田先生ともども西勝造先生の影響を強く受けている。
・今日の朝ごはんのおかずは、なすの炒めものに本物わさびすりおろし。わさびとごま油は合うな。他に、あおじそ、しょうがをのせても良かったけど、最近はシンプルイズベターを基本にしている。わかめと豆腐の味噌汁、小松菜・しらすのあえものもおいしかった。最近カブにもこっている。寝る前に1個分を米麹につけておいて翌朝タッパーに移して何回かにわけて食べる。長岡式酵素玄米には米麹漬物が合うようだ。ぬかは合わないかも?パルの漬物も最近は買っていない。要するに酵素、微生物の相性の問題なのだと思う。そういえば、納豆と玄米酵素とは仲が良くないかもしれない。納豆なら白米の方がダントツにうまいな。
・わさびには、神秘的な効能があるみたいだね。専門的な研究をしてる人もいるが、ぼくは中野のまとい寿司に行って食いすぎ呑み過ぎしても翌朝すっきりしていた体験とか、翌朝の「お便り」の出具合などで観察している。今のところは、◎だね。100歳の時に同じことが言えたら本物かな・・・
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by issei_tachikawa | 2010-08-12 11:23 | 気・血・道 | Comments(0)

友達って?

c0219972_100227.jpg3冊の本が参考になります。というかこれらが僕の友達感覚の原点かもしれません。
その1 工藤直子、長新太 絵『ともだちは海のにおい』(1984年 理論社)いるかとくじらの物語、164-167「いるかはしる」を読み返してみるだけで、心がほのぼのとしてきます。時間がゆっくりと流れる付き合いっていいね。そいつといるとほっと一息つける、これはありがたいことです。
その2. 『親切な友達』絵本です。大雪の夜、ウサギさんがひもじい思いしてるとかわいそうだと思って、ヤギさんはウサギさんのいえに1束のカブをくわえていきましたが、ウサギさんは留守でした。「きっと外で何か食べ物をさがしてるんだろう。」と思って、机の上において帰りました。ウサギは帰ってくるとカブに気づきましたが、自分では食べないでサルさんにという具合に次から次へと友達の輪を回って、やぎさんが家に帰ってドアを開けると、ウサギさんちにもっていったはずのカブが置いてあって、置手紙が・・・という話です。
その3. 映画「千と千尋」のハクとチヒロの友情の話。昔、河でおぼれそうになったチヒロを救ったのがハク(川の守り神、龍神)この広い世界、人々が私的な利害を追求するばかりで個人が孤立し、孤独の中で出会う一人の友達は、100万人の味方にもなりますね。
あと、とんでもないやつだったけど、テッチャン(コミカフェのではないよ)は、金がなくなると電話してくる。または救急車でなくてオレの車で病院に運ばなくてはならないこともあった。ときどきとまりにくるが、窓全開、大の字になって、大いびきかいて寝ている。ライブハウスにいたら演奏中に最前列でいびきをかいている。師匠(カンタテイ)のバンドだったんで気い使ったぜ。やつからしてもらったことってあったけな?でもオレにとって愉快な友達であることは間違いない。
つまり、友達関係と仕事関係、地域のCB関係では、この辺がビみょーに区別と連関しているようです。すっきりと線引きしづらいのが日本社会の特徴なのです。
お互い様、もちつもたれつ、しょうがねーやるぜが友達のキーワードかな。(たすけあいってのともちょっと違うな)
◎生協職員が、若いころから土曜日曜日に地域で友達をつくるしかけがほしいな。これってコツがあるような気がする。
◎やっぱり最初は、笑いをとる、OPENまいんど(ぶっちゃけ)&3Q(サンキュートーク、難しくいうと傾聴)でしょ。
◎◎喧嘩できるってのも案外大切かもね。おれが間違った時しかってくれるとか、逆とか。

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by issei_tachikawa | 2010-08-08 21:02 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)

ギリヤークのこと

c0219972_12163236.jpg京都で『鬼の踊り』(ギリヤーク尼崎の写真集)と出会った。1985年、上野の美術館前で本物にバッタリ会ってしまった。一仕事した直後でなぜか急いで道具や衣装を片付けている。このときの会話。
「あれ!日本にいたの?」
「うん、今終わったとこ。警察が来るとまずいんで。」
「こんどどこでやるんですか?」
「これから北海道、タイにも行って、10月は新宿です。」
「連絡欲しいんですけど。」といって住所を書いたメモを渡した。
それから、新宿住友ビル前の広場、国立一橋大学正門前などで大道芸のライブを体験して、彼に電話をした。「こんどビデオをとってもいいですか?」
なんと、断られた!その理由の要は、「何かに残すと思うとテンションが下がってしまうし、ぼくのはライブですから。」ということだったのではないか。
残念だったけど彼が大道芸の一瞬にかける真剣さが伝わってきた。もちろんビデオどころかカメラも撮れなかった。こそっと・・・なんてとんでもない。モラルが許さない。
2010年8月7日、ギリヤークのことが気になって検索したら、でるわでるは、・・・com.もできてるし、映画にも出てたんだと知って、うれしいというより複雑な思いがした。
あのテンションが懐かしい。昔には戻れないけど、街頭で表現し続けることの価値って何だろうか。集まる投げ銭、放り投げる人々の思い、感謝して受け取り何かに使う彼の志、なんとなく「あったかいお金」をイメージしてしまう。
・出す人の気持ち
・使う人の志
・仲立ちする組織のメンバーの思い
・出てくる結果、成果の社会的な影響
原始的であればこそ伝わるもの、これからの人に伝えたい大切なもの、人と人との間に生まれ育ち動いていく信頼関係、身の回りから出て行って、再び帰ってくる信頼の心(あったかいお金)
◎ギリヤーク尼崎のHPによれば、7月4日に大阪で公演したという。僕の期待は、8月北海道、10月10日新宿住友ビル前広場ですが、まだ公表されていない。彼は79歳、心臓にペースメーカー付けてのパフォーマンスなので心配です。無理しないでともいえないし。
◎電話には若い男性が出る。「いま駒沢公園で練習してます。」これは吉報だ
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by issei_tachikawa | 2010-08-08 08:24 | 音楽大道芸活動 | Comments(0)
c0219972_12274739.jpg出会い:きっかけは、立川生協の拡大チラシの返信はがきでした。「説明希望」に◎を頼りに行ってみたら、長居をしてしまってお昼ご飯をいただいてしまって友達に。なんで?空気が同じだったからでしょうか。それからすぐに目高舎会員になりました。会費4000円で畑ができた。生ごみは捨てないでコンポストに入れれば堆肥化できるのも嬉しかった。

共同耕作:武蔵村山市を流れる空堀川のそばに3角形の土地を借りて共同耕作してました。市民農園との違いは、個人分断されていないこと。熱心な人は毎日のように来て、自分の作物を育てます。収穫はいいかげんでよいといわれていましたが、そんなに人の育てたものごそっともってく人なんかはいなかったのではないか、いやいなかったと断言できます。もっといえばいてもいない、いないと思えばいないのです。だから自由(おおらか)で自然の規律もあったわけ。信頼関係が強かったのです。

旅行:いろんなとこに近所の子も連れて、20から30人の集団で出かけたりもしました。よく思い出すのは桧原村キャンプ。夜のバーベキューで、鉄ちゃんが焼くサケカマに舌鼓をうちました。枕ぶつけ合うこどもらのはしゃぎ声が今も聞こえてくる。
喜代三さんと治代さんは、タメ年、オレも同じ。2人は旧姓も林、生年月日も10月8日の木の日で同じ!仲いいんだな。

セイゼンソウ(生前葬):1人50歳2人で100歳の時に、公民館の2階でやった。ワイナマユで友情演奏、素焼きの瓶には力がこもっていたな。外は大嵐(台風)、中は熱狂だった。ユリを演奏した後で高橋百合子さんがいった。「フォルクローレって賑やかそうで物悲しい、でも聞いてると不思議に元気が出てくる。」といってくれた。鋭い!
病気?:喜代三さんは通院しています。60歳前後で体調が悪くなった。なぜこうなってしまったのか。身体の変調が心に、生真面目で裏切れない性格、世代(全共闘運動の社会化継続のつけ)。本当に病気なのか?ただ調子が悪い、人と会いたくない、落ち込んでいる状態が長いだけだと良いのですが。火曜日はカフェ目高舎を林さんの自宅でやっています。地域のくらし課題には、精神障害問題のとらえなおしも入っています。チャンプルー生活が万物の救いですから。ちょっと前の日本人にバックツーザフューチャー。
救い:治代さんの存在。彼女は何十年もの間、武蔵村山の環境・子育て・農と食などの市民運動、生協活動をリードしてきました。花が大好き。笑顔がステキな人です。人間性に対する限りない信頼の象徴のような表情をしています。あっけらかんの気質(心中穏やかならずのときでも)に喜代三さんは救われていると思う。ありがとうの気持ちがみえるといいな。

☆希望:『目高舎通信』不定期で700号に近づいている。図書館やアンテイ多摩の資料室にもおいてあるくらい地元では知る人ぞ知る。『文集』も年に数回出し続けている。会員って何人いるのか?会員証もないし。林さんも掌握していないのかも。
市議選補選に出て、2人ともあとちょっとで次点に終わったが、きちんとやるべきことをやれば勝てるだけの支持基盤はあると思う。イフユートライアゲイン・アイ・ウイッシュ&アイウオナサポート。ゆっくりと楽しみながら変えていこう。これからが本番だよ。

(市民活動などの詳細に関して興味ある方は)ぜひ『目高舎文集』を読んでください。
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by issei_tachikawa | 2010-08-06 22:51 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)