どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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c0219972_1046589.jpg2007年度「食・農コミュニテイビジネス・モデル事業」開始以来やってきたこと、考えたことをまとめてみます。
「ハンズオン」(hand’s on)とはウェブスター(英英辞辞典)によれば、「現場に出て活動しながら行う支援活動や教育訓練のこと」である。
Q1.誰が誰を支援するのか?
〈答え)
パルシステムが地域の皆さんといっしょに地域で地域のために提案する「セカンドステージ事業」の一環として、外部化した中間支援組織(地域セカンドリーグ)が、地域のCB/SBを支援するのです。支援の主体は本来は地域セカンドリーグです。支援室で企画立案し、これまで経営資源を投入してきましたが、これは過度的な対応だと思います。主旨を徹底して効果を高めるために、今後は役割分担等が問われます。
Q2.何を狙っているのですか?モデル事業の目的は何ですか?
〈答え)
モデルですから、それにふさわしい事業活動(その主体=プロヂューサー、プレーヤー、サポーター、つながる諸個人・諸団体)をつくることです。
Q3.何に役立つのですか?
〈答え)
支援するNPOさんが、事業継続に必要な経営資源を育てることに繋がります。継続=マネジメント+人間力、アウトプット(直接的な成果、経営資源的)、アウトカム(間接的・中長期的な地域力の変革、改革成果、知り合う・つながる・誘われる・変る=他動詞的変化⇒見つける、出会う、つなげる、動く、変える=自動詞的変化)
他の地域のCB/SBプレーヤーにとっての参考モデルになります。
セカンドリーグ(地域と支援室)にとっては、パルシステムが培ってきた産直のネットワーク、組合員活動、経営資源を地域に開放して連携協働のCB/SB支援を行う際のモデルになります。
Q4.具体的には何を提供するのですか
〈答え)
これまでの成功事例、経営アドバイス(専門家派遣)、支援金、中間報告会、成果報告会などです。「あったかいお金」を回す仕組みはまだ実験段階です。「個配のセカンドステージ的供給の仕組み」提案もまだこれからです。
Q5.他の支援事業との違いを教えてください。
〈答え)
1.長いつきあいでの信頼関係を育める⇒双方の事業継続力が強くなる
2.生データが入手可能になり経営の中身がわかる(守秘義務発生)
3.NPO自身が自分らの活動、経営資源のすばらしさ(光り輝く部分)に気がつくことも多い(支援者自身も)
4.地域の人と人とのつながり、付き合いの感情のひだまで5覚+直感的ひらめきで感じることができる。
5.認識され理解され移植されるモデルは、つねにING(現在進行形、変化している=生き物)として説明可能になる。
◎カネだけ出して(助成金)、現場に行かないで(行っても1回から数回だけで)、CBの何がわかるでしょうか?「資金提供はありがたいですが口は出さないで欲しい。」といわれるのは、契約社会での市民意識を超えていないからかもしれません。CB世界で、ウインウインの関係などともいわれますが、フィフテイフィフテイとは意味が違うと思います。
地域で成功する経営者は、損して元取る以上のかかわりをしています。
事例1:NPO法人 高齢社会の食と職を『考えるチャンプルーの会の紀平さん、田中さん、本田さん、小圷さんはリーダー(経営トップ)として表からも見えやすいですが、ハンズオン支援していると、数十名のスタッフやボランテイアさん、サポーターの地域・家庭でのつながりまで見えてくる。なぜ13年間存続できたのか、これから10年間何やりたいのか、どうするか、希望(暮らし課題解決事業のセカンドステージ、愛と協働の道筋)がみえてくる、それを現場と活動の主体と中間支援のメンバーが共有できることがハンズオン支援のすばらしさであり、そうなってほしいというのがイッセーの願いです。
10年後のサラを想像すると、胸がワクワクしてくる。
事例2:NPO法人 すぎとSOHOくらぶ 押切りさん、セカンドリーグ埼玉副理事長で活躍、支援室WEBでもお世話になっています。豊島さんも実践起業塾などで繋がっています。飲み会、里山整備支援、選挙応援などモデル事業以外でもハンズオンのお付き合いで信頼関係を育んできました。
◎ラストのシビアなテーマ。経営事業体としての内と外。この差異、壁は消せません。でも限りなく薄く、透明にして聞く努力が必要です。身体を張って、身を粉にして、損して得を度外視、捨て身、他力本願、気に入ってもらえ、子どもには手を振れ、仲良くなれ、3Qトーク、習うより慣れろ。
「善人なをもて往生とぐ、いかにいわんや悪人をや」 
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by issei_tachikawa | 2011-06-30 09:13 | NPO,CB,SB論 | Comments(0)
c0219972_2013320.jpg銭湯がテーマだったんですね、なるほど。身体を温めると、心もあたたかくなる。
ライターは山木さん、聞きづらいことも大胆に勇気を出して笑顔で聞いていく。プロだね。
応対は、スタッフの大川さん、スタッフになる以前は利用者だった。写真撮影も快く受け入れてくれた。
最初の質問:ホームレスの頃はお風呂に入ってましたか?
応え:河原とか、公園とかね。風呂屋で断られたこともあった。
質問2:市は何かやってるんですか?
応え:風呂券出したりしてますが
質問3:都内でこういう場所は他にあるんですか?
応え:ないんじゃないですか。府中の派遣村、生存の家はありますが、入浴・食事・洗濯・生保申請・入院通院・緊急対応(死亡、病気、体調悪化など)までやってるとこはないでしょ。

(イッセー)
そういう意味では「自立支援モデル」にならないといけないな。やめらんないぞこれは。継続命。
後で大沢議員に聞いたら「三多摩でホームレスの厚生施設はつくらないという行政間の取り決めがある。」とのこと。「つくるとしても繁華街は避けて、川とか海近くが多い。」ともいう。なんだか原発立地決定の背景を連想してしまう。

取材中にも利用者が訪れる。あっ!けんちゃんだ。「こないだはお疲れ様!」ステッチ祭りの店番をしてくれた人だ。いきなり「これ(報酬)どうなってるの?」と聞かれる。「おれわかんないし」とはいえない。「大沢さん来るまでまってて。」と頼む。会計スタッフとの相談で、イッセーが一時立替で事なきを得た。
次回のステッチマルシェ9月24日土曜日、売上目標10000円かな。弁当とかも売れると良いのだが、11月まで待つ方が良いかも。(品質管理上)

12:30過ぎに大沢議員さんきゅうハウスに到着。取材も佳境に入った。山木さんの人柄がにじみでていてとても幸せな気がハウスに広がってくる。『のんびる』(暮らし課題解決応援誌)9月号8月20日販売、お楽しみに。
取材が終わってから、2人でレストラン・サラに行き、お昼を食べながら楽しい時を過ごせました。さんきゅうハウス取材してくれた山木さんお疲れ様でした、提案してくださった『のんびる』編集部のみなさんに、こころからありがとう!
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by issei_tachikawa | 2011-06-28 12:59 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
c0219972_10373844.jpg市ヶ谷は1965年4月から70年3月まで5年間通ったので懐かしいところ、でも会場の東京家政学院キャンパスには初めて入りました。
参加者には、新しいボリビア大使(着任後3ヶ月)、アルゼンチン大使館員の方も、そして中南米音楽センターの卒業生グループのみなさんにも再会しました。エンクエントロ、トマドーレス、ワイナマユ、風の精などなど。
出演したミュージシャンは、、木下尊遵、菱本こうじ、ルシア塩満、寺沢睦、グルーポ・カンタティ(島田静江、エルネスト河本、武田耕平)、ロス・トレス・アミーゴス(ルイス・カルロス・セベリッチ⇒ボリビア出身、リッキイ・ロドリゲス⇒ペルー、ルイス・サルトール⇒アルゼンチン)
(感想)
感じるとこの多い演奏でした。やはり状況が、そして人の思いやりが楽器〈ツールというより身体の一部)をつうじて離れた存在をつなげるのだと思う。満月の夜(ラノーチェデラリュナジェナ)武田さん、モーリンド・カフェ菱本さん、新鮮に感じました。カンタテイのビバ・サンタクルス、全員でやったアミーゴス、これもよく乗っていたし、最後の花祭りでは、周りを輪になって踊り回り歌いまくりました。
川俣町からも行政の方含めて5名参加されました。市ヶ谷と川俣が長い復興過程ではつかの間でありましたが1つになって元気になれたのは幸いでした。やっぱりいってよかった。
(なぜ川俣なのか再考)
コスキンエンハポンに付き合いがあったからですね。今年も10月8日(土)から3日間中央公民館大ホールで160名以上のグループ参加で深夜まで行われます。ぼくもワイナマユのメンバーとして、5年連続で出場しました。1グループ2曲しか演奏できないのに、こんだけ集まる理由?ここに来ると友達に会える、都会のせわしない生活から解放されて心が癒される、公然と外で集団で大きな音が出せる、夜の飲み会も楽しい、要するにここがすきなんだろうね。
愛する大地の川俣は、アンデスによく似ている。阿武隈山地、乾いた空気、心地よい風、真夏でも夜は冷え込む、人々はシャイですっごいなまるひともいるけど根はやさしい。そんな川俣が放射能で計画的避難(なんといういい加減な分類だ!)に指定され、去ってもとどまっても地獄状態。友達のためになんとかしたい。なにかできることはないのか、考えた末にコンサート開催になった。
入場料金収入125万円(概算)、支出は運営、会場費は恐らく必要最小限度で、出演者はノーギャラだから、寄付も含めて、何とかまとまったお金を送れる。でも、よく考えてみると、こちらが逆に元気をいただいている気がする。このての位相転換は、立川での野宿者支援、サラの弁当配達、野口さんの介助などで何度も感じていること。
1つの不幸が天啓になり、新しい希望を育んでくれる。生きてるものみんなひとつになれ。捨て身、他力本願

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by issei_tachikawa | 2011-06-27 10:05 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
c0219972_1736294.jpgその1:BMI神話=ボデーマスインデックスのこと。適正体重として健康診断の際に報告書に記載される。肥りすぎ、痩せすぎといわれてヤバイと感じて努力する人も。因みに、イッセーは体重59kg、身長178だからBMI計算すると18.93、理想は22~25なんだと。しかし高校時代に66kgでmaxだったが、以降45年間で6kg減少し、健康状態最高、仮にBMI基準まで増量すれば、イッセーは69kg~70kgになる。なぜこんなに理想と現実に開きがあるのか?答は、肉食高脂肪食生活で悩む西欧人の健康ベースに考えられたのではないか?に潜む。向こう側からの反論、「統計学的な計算に基づく指導基準です。」なるほど、ただの目安か。
ひとそれぞれだと居直るほうがすてきではないかとイッセーは考える。
その2:3食神話。朝飯も食わないとおこられる。子どもに真剣にお説教する親の顔。でも親自身が夜遅いので朝は食欲が無い人が多い。強迫観念、習慣で3食食べているといつの間にか食いすぎている。その兆候が出てきた人に「食いすぎは万病の元ですよ。小食断食健康の世界に」と誘っても、付いて来ない。でも日本社会全体が食いすぎていることは間違いない。1日何食にとらわれないで、腹が減ってなんでもうまい状態に自己コントロールできる心身を鍛え上げると長持ちする。そういう人のアフター60は花が咲くに違いない。
その3:平均寿命神話。女性86歳超、男性79歳超、女のほうが長生きだと思い込んでいる人が多い。これも神話の一つ。泉重千代を出すまでもなく、近藤正二先生のフィールドワークで分かった事実=男女の平均寿命、女性の方が短い村もある。理由は、女性の食生活など生活習慣が、男性化していたからだということ。粗食、野菜摂取、大豆、海藻などを良く食べる村は寿命が長くなる。男女比より生活習慣と心(人間関係)のおおらかさ、適度な労働強度、自然の豊かさ(水、空気、緑など)が長寿のポイント。
その4:バランスの良い食事神話。これはかなり罪が深い。バランスの良い人、バランス感覚豊かといわれるとプラスに考えるのが常識だから疑いづらい。でも蛋白質を例に挙げると、動物性無しで植物性中心の生活だって環境を考えると説得力が強くなる。それでも肉が食いたい人は止めないが、バランス論は余り意味が無いと思う。人間が勝手につくりあげてきた神話の一つであろう。植物性の蛋白質で最重要なのは、玄米(長岡式酵素)、国産の大豆、豆腐、ナッツ(アーモンド、クルミ、カシューナッツ)系の蛋白、カマンベールチーズなどの乳製品である。
その5:健康診断、早期発見早期治療神話。癌などはかえって有害だと思う。脅迫に負けて効く筈のない抗がん剤と称する「免疫力破壊の毒薬」のまされるか、刃物で肉体を切られるに任せるか、放射線をあびる(被爆治療)かになる。それならむしろ、自分の健康は自分でわかるように鍛えればだれでも出来るようになる。例えば、毎朝のお通じ、肩こり有無、頭痛腹痛歯痛腰痛などはわかりやすい。医者にかかる必要があるとすれば、歯医者と外科、なぐらくらいだろう。要するに健康も病気も、ほとんどがなるべくしてなる、要は自分自身の食・運・気・交の自己管理=社会的コントロールの話なのだ。

健康を語る前提の食について要点をまとめると以下のようになる。
シンプルイズベター(長岡式酵素玄米、白州の水、米麹漬物、若布の味噌汁、焼き魚)
星野式人参・レモン・柑橘・りんご+生野菜ジュース
減塩・動物性脂肪削除
大豆製品(三澤さんの豆腐、梶の屋納豆、国産大豆みそ)
こんせん牛乳・プレーンヨーグルト・カマンベールチーズ
最近こっているのは、ブロッコリー、種無しプルーン
チャイ(しょうがを効かせて)
旬の野菜、果物、魚〈好きなのは、ウド、生わさび、谷中しょうが、八峰園かゴールド農園のりんご)
地場産直(身土不二、小松菜とキャベツ、大根とかぶファン)
好きなもの、食べたいものを控えめに感謝していただく
大地、太陽への信仰(ぱちゃまま、神道=日の教え)
万物共生(特に野草木々犬猫鳥虫魚にはやさしく)
◎「まごたちはやさしい」(かあさんやすめははきとく)のキーワードも単純丸暗記無理やり健康にでは続くまい。要は思い込みではなく、心の奥底から沸き出る諸欲に従うこと。他力本願。

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賀川さんちのエバとお父さん、ツーショット。かわいいにゃー(冒頭のハートは我が家のシロ姉さん)
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by issei_tachikawa | 2011-06-24 17:34 | 気・血・道 | Comments(0)
40歳の青春か、うらやましい。かって世界ランク4位のころ、新聞に載った写真を見た瞬間、斉藤一(新撰組、長刀使い、実力no1といわれた、浅田次郎の小説『壬生義士伝』で)か吉村貫一郎(南部盛岡藩出身とされる新撰組の指南役、千葉周作に習う北辰一刀流免許皆伝)をイメージした。
つまり、バックで切り替えした表情、全身から流れる気はもうほとんど侍、テニスというよりチャンバラする彼女であったのだ。
今回は2回戦でウイリアムス(ウインブルドン5回連続優勝)だから負けてもしゃーない。2-1だし、よくがんばった。
で、大笑いだったのは、インタビューに応じた伊達さん、表情崩してもうほとんどヤワラちゃんだったこと。
伊達さん、原発について考えてるかなー?
今度会ったらきいてみよう、なんてね。
明日はセカンドリーグ推進会議(セカンドステージ事業の)経営会議で出勤です。夜は激励会やってくれるらしいので楽しみ。支援室のみなさま、よろしくおねがいしまーす。
◎因みに、ぼくが好きな運動(スポーツ、武道、ストレッチなど)は
イッセー体操
シンガーソングウオーク
シャドウ野球(ラジオ時代の巨人=ジャイアンツファン、今は面影なし)
テニス
ついでにマラソン
チャンバラ剣道
サッカー(本田と中田ファン) です。
苦手は、短距離競争
水泳(水に顔つけるのがだめ、息吸えない、ハナに水はいるのいや)
アメフット
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by issei_tachikawa | 2011-06-23 08:04 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
c0219972_23235100.jpg京都の脱原発集会講師の一人は、槌田劭(たかし)さん、元理化学研の敦(あつし)さんの弟です。元京都大学冶金工学教授、全共闘バリストをつぶそうとする教授会に抗議して京大をやめ、精華大学で教えていましたが、使い捨て時代を考える会を主催しています。会の立ち上げは1970年代の中ごろでしょうか。食の安全と自給、環境保全を実践する市民運動の走りでしょう。

彼は市内でリヤカー引いてクズヤもやっていました。大阪の学会まで歩きます。車はおろかチャリも乗らない。冬でもポロシャツ1枚で生活し、1日の摂取カロリー1000~1200だといってました。学生からは「エコファシスト」などというジョークもでました。〈笑い〉

彼とマサホ(鈴木マサホ=京都市議会議員、6期目)、舞田の3人で市民定例デモを始めたのが1982年、ぼくも「熊野寮コンビブ集団」で参加しました。毎月末に市役所前に集まって、円山公園の大きな朗〈老〉桜までデモというより歩いていました。少ない時でも10名くらい、多いときは3千人も参加したのです。
「うまい水がのみてー!」「青い空を見たい!」こんな調子で叫びながら歩きます。四条川原町大通でダイインしたことも。夏は、タンクトップとパンツ、そしてビーサンスタイルでした。

定例デモは13年間も続きました。これってすごい!(おれは故あって1983年?に地下へ)
槌田さんは、いつも笑顔を絶やしませんでした。デモの後飲み会で今日が乗ると歌ってました、「若者よ身体を鍛えておけー」って。
ぼくが京都を離れてから2回会いましたね。1度目は日比谷野音の集会で、2度目は目高舎の集まりで。板の間で仰向けストレッチしてたっけな。

常連だった飛鳥井さんは後に市議会議員になり今も活動中。袖岡君は部落解放の理論的サポートしています。フォーク歌手、古川ゴウもいた。定例デモ参加者には多彩な人がいたんだな。

槌田さん、エネルギーシフトのチャンスを逃さないように、いっしょにコツコツ歩みましょう。
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by issei_tachikawa | 2011-06-22 23:00 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
c0219972_12453552.jpg(崩壊したシンワ叉は疑問視されはじめた習慣)
・安全性神話(竣工時検査、定期点検、耐用年数を超える運転、5重の防御、3つの対応=止めて、冷やして、封じ込める、廃棄物処理・保管失敗、廃炉計画無し、プルサーマル破綻)
・クリーンエネジー、温暖化防止の主力
・安価な電気、実は揚水発電のつぎに割高、政界最高電気代、デンマークの  倍
・戊辰戦争で幕府側についた地域への差別的くにづくり(例、東京など都市で使う電気を海辺の過疎地でつくる、目だった産業がない=雇用がない、飯が食えないという人の弱みに付け込む原発推進、電源三法交付金と固定資産税収入、箱物、「札束」で土地買収)
・経済界(10大地域独占電気産業、電磁連、関連産業)東大などの工学部原子力関連研究者、経済産業省、原子力委員会・安全委員会・保安院の原子力村、県知事から市町村長、地元の利権やまでの自民党⇒民主党、原子力村体制
・高度経済成長(すさまじき自然破壊、環境(空気、地下水、河川、木々、トリ虫サカナ動物)破壊、世界市場グローバリぜーション、北米追随キリスト十字軍諸国の侵略戦争美化)、金融工学にもとづく市場原理主義・新自由主義経済。社会的に必要な消費財、生産財をベースにしない大量生産大量消費と廃棄物社会。
・明るすぎる照明社会、ニューヨークと比べてみよう。
・地域の共同体的絆をこわして個室志向の拝金地域社会の形成。孤独死、若者とじこもり、高齢者、障害者孤立の背景になった。商店街は大店舗に負けて閉鎖店舗が増えていった。
(これから生まれようとしているのは何か)
・電気に限らずエネルギー、生活必需品の地産地消の仕組み
発電、送電、配電の分離体制、自家発電電気の長期固定価格での買い取り制度、再生可能で持続可能なエネルギーの生産供給地域。
・市民が主体の政治的文化、国民投票制、第3の政党(環境、グリーン、地域主権)
・人が安心して住み続けられるチャンプルー(ごったまぜ)の地域、小学校区に3つ以上の溜まり場、市内で50以上100、都会でも農業=食や子育ちNPOと連携、音楽と祭りで楽しい地域、野宿者の社会復帰拠点を行政資金で継続する地域社会。
1000万脱原発署名推進の背景には、以上のような(まだいい足りませんが)背景と思いがあります。
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by issei_tachikawa | 2011-06-20 12:42 | 脱原発・自然エネルギー産業の拡大 | Comments(0)
c0219972_12573476.jpg・原発について推進か反対か、地元の議員に聞いてみよう。因みに、沈黙は推進と変らない。市議会には脱原発議員を送り込もう。市民が主体の政治的な文化をつくろう。各自治体に脱原発議員連盟加盟の議員がいるはずなのでコンタクトを取ろう。
・家電を買う時には、原発を造らない会社の製品にしよう。テレビならシャープ。東芝、日立、三菱はあかん。
・庭のコンクリートをひっぺ換えして大地に戻そう。美しい庭には、いろんな生き物が共生している。野草、ちょうちょ、やもり&とかげ、蟻、野鳥、木々などなど。そうすれば、周りの家より室温が3度くらい低くなる。真夏だっては散水すればエアコンはいらない。要するにコンクリートを敷き詰めるからエアコンに頼ることになる。(注)高齢者、障害者、病者でエアコンが必要な人は無理なさらないでください。
・金がある人はソーラーパネルを作ろう。家の屋根だと200万くらいか、何年で元が取れるか計算は自分で。
小さなパネルだと5から7万円でできる。携帯の充電くらいはOK、デモのときに車椅子に乗せて歩くと良い宣伝になる。
・被爆野菜とか魚介類・海藻類をくい続ける?これはすすめられないな。昨日いなげやでわかめを買った。岩手産、中国産、その他と3つ並んでいる。岩手が売れない。悲しいことだが現実だ。おれでも避けてしまう。これを風評被害に短絡させるのは???損害賠償、被災生産者の救援について考え続けること。パルを通じて支援行動すること。おれにはこれくらいしか出来ない。本当に申し訳ない。
・カネは出せるだけ出す。でも生活費までけづるのは無理。できるだけということになる。義援金と支援金。26日には、フォルクローレで支援のコンサートに2500円だす。12日には中学生の支援コンサートをボランテイアで応援した。
このての応援なら息長くできる。久しぶりの出会い再会にもなるし一石二鳥かも。
・そして脱原発、再生エネルギー法案の1000万人署名なら誰にもできる。
「もしも福島に原発がなかったら、地震と津波だけでも大変だが、支援活動と復興はもっとはかどっていたはず」
事故被曝危険・放射能汚染・末代迷惑・税金無駄使い・世界一高い電気代・差別労働と過疎地差別の原発から卒業しよう。
次の大地震、大津波、火山爆発、テロ攻撃、機械の部品破損、故障、事故が来ない前に全54基止めよう。
がんばっていただきたいのは、原発立地県の知事さんです。「安全宣言」にごまかされないで!
安全基準など嘘っぱちです。核分裂や地震等自然の力を予知したり統御できる科学などありえません。国際基準に比べてゆるすぎるといっても、IAEAの基準が安全なのではありません。
斉藤和義じゃないけれど原発については「みんなウソだった」んです。真実を署名で表現しよう。
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by issei_tachikawa | 2011-06-20 11:34 | 3.11が問かけること(自然災害、原発) | Comments(0)
c0219972_15333785.jpg石井ゆかりさんの日記から。イタリア原発是非国民投票前の誰か(イタリア人、たぶん女性)のつぶやき。「日本人にだって管理できないものを、イタリア人が管理できるはずないじゃないの。」

日生協に来ていたイタリア語先生(ダンナは日生協職員)がいっていた。
「買い物するとレジでテープ張られる。失礼ですよこれって。『買ったものにテープ張らないでください。』っていったら若い女性店員がにらみましたよ。日本人って本当に素直なんですね。イタリアだった信じられない。」と。

ぼくは彼女と出会う以前から「袋もテープも要りません」キャンペーンを20年以上している。当初はにらまれたり、「困ります、張らせてください。」といわれたりしたが、明らかに最近のセブンイレブンは変ってきた。地元のスーパーだって「レジ袋不要の方はこのカードをおいてください。」のカードをかごの中に入れてレジに出せば、テープは張らないようになってきた。セブンイレブンは、他の地域の店でも「袋要らないよ。」といっても、勝手に無理やり買ったものにテープ張ることはしない店が増えてきた。

ぼくはこの事実を、他の店で情報化し続けている。ファミマーで買う時に「セブンイレブンはテープやめましたよ。」とさりげなく伝える。最近はその活動を楽しみながらやる余裕が出てきている。
冗談も頭にインプットしている。
例えば、3.11以降の話。ファミマーの若い女性店員が反射的にテープを張ろうとするまさにその瞬間に、僕が買った商品を指差しながら「ピーピーピー3ミリシーベルト」と笑顔で喋る。この笑顔がポイント。
または「大丈夫だよ万引きしないから」と、これも笑顔で言う。

地域の文化の変革には時間がかかる。原発についての立川市の人々の皮膚感覚はまだまだ表面的だ。身につまされていない。かといって今までのような他人事でもないが、自分で何とかしたい、なんとかしよう、なんとかなる、ぜってー原発いやだとはなっていない。でもね、セブンイレブンやコープの店の店員さんの対応が変ってきたという事例は、今後の脱原発のやりかたを考える励みになる。ゆっくりだが確実に社会は成熟していくのだ。戦争、差別、孤独死、原発のない社会、それはセカンド・リアリテイ(もうひとつの現実)になる。農林漁業が基幹産業になり、人々は祭りで憂さ晴らし、地域のくらしたすけあいが日常になっていく。キョーシロウのイマジン、みんなで歌おう。脱原発の歌を。
イタリア、ドイツ、デンマーク、スエーデン、スイス、台湾、オーストリア、韓国だってそろそろ脱原発の方向に向かっている。「イタリア人のようにはできなくてもあんたのやりかたでやればいいんだよ。」
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by issei_tachikawa | 2011-06-20 09:26 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
c0219972_22292679.jpgc0219972_22294732.jpg1967年だったか、68年だったか、毎日毎日朝から晩まで反戦反戦の活動をしていたころ、夢を見た。2つの夢。
1つは、雪山をオレが登って行くと、上から白馬に乗っって降りてくる老僧らしき人物とすれ違いざまに目が合った。白い髭、長い髪の老僧がなにやら語りかけた。「この先に何があるのかご存知なのか?」と聞かれたような気がした。何かをつぶやいたのだが忘れてしまった。
2つ目は、枯れ草の上に大の字に寝そべって青空を見つめていたら睡魔に襲われて眠りに落ちて行く夢。紺碧の青空に白い雲がゆっくりと渦を巻いている。気持ちがいい。久しぶりの休息。
毎日朝チラシを刷って(ガリ版と謄写版で)クラスに討論に入る。途中でたタテカンバンをつくる。デモの日に日比谷公園ベンチで仲良くデート中のカップルを見ながら、こちら側との温度差を感じていた。決してうらやましいとか「あいつらはあほや」などと感じたことはない。ただ目の前の異質な風景として脳内にインプットされているだけ。
さて、1000万人脱原発署名が始まった。はやる気持ちを抑えながら何人かの友人と話した。
1人は過ぎ去りし過去の思い出よりも今の幸せが優先される雰囲気であった。
1人は、横田基地関係のチラシを駅頭で配っていて、「吉村さんがこえかけてくださいよー。」とオレ任せの口調だった。
1人は、「本当に危ないよね。早くやめさせようと思う。」といってくれたので、今度署名してもらうことになった。
1人(4人目)は、「就職決まりましたー。」という吉報に引きづりこまれて、話題にできなかった。
ようするに、この温度差が現実なのだと思う。あわてない、いそがない、こつこつと集めよう。丁寧に説明しながら。
何度も自分に言い聞かせていること。署名は手段のひとつであって、目的ではない。民主主義の実態をえぐりだして、庶民が政治に依存したり、過度に期待してカリスマを願望するのではなく、絶望的な状況の中に「希望」(サルトル、そうじしょう)を透視して、再生可能なエネルギーを地域での議論からつくりだして行くきっかけ(人のつながり)を創ろう。
あまりにも悲惨な、可愛そうな「事実」を見聞きしても投げやりになることなく、これを社会変革のエネルギーに転換していこう。
年賀状と住所録を整理してみた。これから友達に発送する。署名用紙届いたら頼むよ。

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by issei_tachikawa | 2011-06-19 22:24 | 自分史(1946-2066) | Comments(0)