どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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c0219972_10492350.jpg■…「テレビ局は盛んに『節電』を訴えるが、電車やエスカレーターを
止めるならテレビ局を止めよう。6局も7局もいらない」~Ejieさん(k-1の柳田先生のメルマガから転載)
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わが家は、ほとんどTVをつけないので、まったく同感だ。TVと固定電話はもっとも不要な電化製品になりつつある。

 「ちょうど地震や火事で、家の外装が剥がれたときに、家の構造が露出するように、危機的なときにはじめてシステムの基本構造はあらわになる」「おそらくあと数年のうちに、新聞やテレビという既成のメディアは深刻な危機に遭遇するでしょう」――こう語るのは、ベストセラー『街場のメディア論』(光文社新書)で現代日本のマスコミの本質的な限界を“予言”した神戸女学院大学名誉教授・ 内田樹氏だ。そんな同氏が、震災後のテレビ・新聞報道の問題点を論じる。

 最近のマスコミについての私見を述べよというのが編集部からの依頼ですが、実は僕はもう何年も前からテレビをほとんど見なくなっています。放送されるコンテンツの質は下がる一方で、どの局も同じような内容ばかり流していて識別不能だからです。
 
 本来、メディアはピアー・レビュー、すなわち同じ専門領域をカバーしている同僚(ピアー)による相互的な査定(レビュー)を通じてその質を担保するはずなんですが、テレビではそれが行なわれていない。テレビのレベルを維持するのは、新聞など他のメディアの責任でもあると思うのですが、新聞社はどこも、系列のテレビ局と繋がっているから、番組宣伝を垂れ流すだけで内容的な批判は一切しない。メディア相互の批判がないのだから、劣化するのは当然なんです。

 今回の震災・原発事故・政局報道でも、マスコミの自己批評・自己点検能力の劣化が浮き彫りになったと思います。

 たとえば、15%節電。電力不足問題について、テレビはまるで市民的常識を代表するような口調で節電を呼びかけていますが、そのテレビ放送自体が莫大な電力を使用していることについては触れない。

 テレビ局が制作放送にかける電力も巨大な量ですし、各家庭の受像機も大量の電気を食っている。それほど節電が緊急だと思うなら、テレビ放送そのものを抑制すればいいというアイディアは誰も出さないのですか。「クーラーの設定温度を調整して、なんとか乗り切りましょう」とか被害者面して言うんじゃなくて、各局で話し合って放送しない時間を設定すればいいじゃないですか。

 電車を間引き運転したり、駅のエスカレーターを止めたりすれば、ダイレクトに市民生活に影響が出ます。そのせいで生活に支障が出る人はたくさんいる。でも昼間のテレビ放送なんかチャンネルが二つ三つ減ったからと言って、それで市民生活に深刻な支障が出て困る人なんかいないでしょう?

 電車やエスカレーターを止めるぐらいだったら、まずテレビを止めればいい。僕が子どもの頃はテレビ放送は朝と夕方以降だけでした。昼間はテストパターンが流れていた。それでいいじゃないですか。午後2時が消費電力のピークだというなら、午後2時前後に交替で放送を自粛すれば、ずいぶん節電になるんじゃないですか。そんなことはできないし、すべきではないという言い分があるならテレビ自身がその理由を視聴者に開示すればいい。

 だいたい、国民が今、一番知りたがっている震災や原発についてのニュースは、どの局も官邸、東京電力、原子力安全・保安院といったソースからの情報をそのまま流しているし、その分析解説に局ごとの個性や特色があるわけでもない。みんな横並びじゃないですか。だったら民放とNHKを合わせて6局も7局も要らないじゃないですか。

 テレビの人たちは「テレビ局はこんな数要らない」ということをもうわかっていると思います。横並びで、個体識別できないような番組を作っているんですから。みんな横並びで同じ程度に質が悪いから、どこの局から淘汰されるべきかが決められない。

 今のテレビの相互模倣を見ていると、群れにまぎれこんで見分けがたくなることで生き延びようとしているようにしか僕には見えない。どんなことがあっても日本国民のために、わが局だけは石に囓りついても放送を続けたいと真剣に考えているテレビ局があるように僕には思えません。 ※SAPIO2011年8月3日号 」
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by issei_tachikawa | 2011-07-31 10:44 | 脱原発・自然エネルギー産業の拡大 | Comments(0)
c0219972_10175967.jpgいやー感無量でした。佐藤さんの印象は自治会長というより、キューバのカストロ、あるいは人気歌舞伎役者か演歌歌手のよう、
つまり、信頼されていて人望厚い、決断と実行力、ユーモアいっぱいでした。

大山団地は都営集合住宅で、我が家からチャリで5分、足元の宝を知しってさらに地域イメージがプラスになりました。人口3900人、世帯=会員数1200名、65歳以上は900名を超し高齢化率は30%に接近です。
しかし今では孤独死ゼロ、福島県からの避難者を、20世帯、60名受け入れています。三宅島の爆発後も、17世帯、49名を受け入れました。ボランテイア登録者数は、176名、専従職員も雇用し、各部屋の安否確認を毎日(!)徹底しているそうです。

このような活動が何故可能なのか?これを保障している仕組みはなにか?1回話を聞いただけではわからない部分がたくさん残りますが、とりあえずこれかな?と思った答えを話します。

1つ、地域の企業、行政、周辺の住民、その他いろんなネットワークを巻き込むことがうまい。例えば、ガス、電気、水道の検針時とか新聞、郵便の配達時に安否確認してもらい、少しでも異常を感じたら管理室に連絡をしていただくようにしています。組織と組織の話をつけるには、長期にわたる信頼関係の構築とその瞬間の押しが必要でした。

2つ、収入をしっかり確保しています。自治会加入率は100%、自治会費、管理費、委託業務等の収入を合計すると、年収3300万円以上になります。これで専従の職員も雇用できるし、会長本人の24時間対応用のケータイ電話料金も支払える。

3つ、しっかりした内部の仕組みをつくっています。役員会、副会長が5名もいる、全体10名の世代貫通的構成が特徴。そして区長29名、専門部長6名合わせて43名の役員会は「毎月定例開催で、欠席はほとんどありません。」!?とのこと。なんでや?「そこで入手する情報は日頃の活動や生活に必要不可欠で出ないと損する。そして役員会は大変面白い。」からだそうですが、この辺は何かもっとためになる話が聞けそうです。

4つ、その他です。徹底した広報。自治会だより毎月発行、生ごみ分別・資源化モデル事業、大山MSC(ママさんサポートセンター)が子育て支援に取り組んでいます。自治会葬もやっている。安いあったかい、終焉ノート300円。

◎佐藤さんのお話を聞いていて、自治会は何故必要なのだろうか?セカンドリーグは何故必要なのだろうか?『のんびる』って何をめざしている雑誌なのだろうか・改めて考えました。
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by issei_tachikawa | 2011-07-31 09:45 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
c0219972_81052.jpg光太が明け方に帰ってきた。
聞けば、会社の帰りに酔いつぶれて終電高尾駅のベンチで寝ていたら、誰かに声かけられて目が覚めた。その人はタクシーの運転手さんだった。
やばー!タクシーしかねーなーと考えていると・・・
「おにいちゃん新入社員?かっこいいねー、何処までかえんの?」と聞かれて
「タマジョー(玉川上水)」と答えると「料金1万円だ」という。
「すんません、お金ないんで。」というと
「じゃー、太ももさわらせてくれれば5000円でいいよ。」といわれた。
なんと、運転手さんは58歳のゲイらしい。お孫さんもいるという。抑圧された本能、深夜にお目覚めか。
オレだったら、この時点で逃げただろうね。でも、彼は余裕だった。
「いいすよ、でもおれの太もも高いっすよ。それにあした女の子と会うんで、できれば3000円で。」と見積もり交渉、ショウダンを進める。
そしたら、最後は
「にいちゃん面白いなー。じゃー2000円でいいよ。」ということになり、8000円のコストカットに成功したという。いやー立派なもんや。負けたぜ。
因みに、立川駅からタクシーだと2200円かかる。高尾からの距離は、約5倍だから、1万円だって安いくらいなのに、2000円で帰れたのは、とても立派なことだと思う。大人んなったんだね。もしかすると血液型Bで営業向きかも。神経図太いのは頼もしい。(でも生保レデイの勧誘には乗らん方がええ、・・生命の見積書は廃棄したよ)

野花(ののか)は進吾の後追って、海の家でバイト中。毎晩、オカアに10分刻みで電話してきてぐちる。「関西からきてる女二人とからめなくてへこんでる。」らしい。でも、他の人は親切で、進吾も成績が芳しくない野花をかばって自分のポイントを分けてくれるという。「進吾人気で救われてるよ。」という。

兄貴は、一通り話し終わると満足したのか、シャワーを浴びて寝にいった。後には、にんにくの強いにおいが漂っている。でも嫌な臭いではないのが不思議でした。(ベジタリアンのイッセーは、にんにく、にら、らっきょう、貝類、甲殻類も原則として食べないのです。腎臓保護、放射能内部被爆対策のため)
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by issei_tachikawa | 2011-07-30 08:10 | 家族、地域家族 | Comments(0)
c0219972_20473289.jpg2007年度からのセカンド〈ステージ)リーグ=パルが係わる中間支援組織作りが進んで、埼玉、千葉、神奈川で地域セカンドリーグ〈県内の民官学の連携協働推進中間支援)が誕生し、茨城でも準備が始まっています。それはそれで嬉しいことであり、地域の暮らし課題解決のために生協が本格的に経営資源を投入しながら「ここに暮らしてよかった暮らしたくなる地域」造りが進んでいるともいえます。
そこでこの辺で改めて原則的な問を投げかけてみます。試しに答えてください。答えは各自の生活と行動の中にあるはずです。イッセーがセカンドリーグ入試センター長ではありません。KING〈主役)はみなさん各自です。

Q1セカンドの意味は何ですか?
  
Q2セカンドステージとは何ですか?セカンドライフとのつながりはありますか?そもそもステージって、日本語で言うと何でしょうか?

Q3なぜ、今、あなたの地域で、パルシステムがセカンドステージ事業なのですか?

Q5セカンドリーグを地域の中間支援組織として独立させて自立運営させるメリットは何ですか?地域の諸団体にとって、パルにとって、組合員にとって、生産者にとって、職員にとって

Q6パルシステムが経営資源を投入・開放させて作る中間支援と他の中間支援との違いは何ですか?
  
Q7他の中間支援との協働連携事例を説明してください。NPOサポートセンター、NPO法人コミュニテイビジネスサポートセンターなど

Q82007年度からの食・農等CBモデル事業における連携協働事例(アウトプット、アウトカム)を1つ以上説明してください。

Q9セカンドの前のステージにつける枕言葉は、ファーストですか? 答え=いいえでしたら、それは何ステージですか?

Q10あなたはどんな地域に住みたいですか?そこには何があると良いですか?「ここに住み続けたい、ここで暮らして良かった」と思う地域のイメージ、要件は何ですか?

Q11上記のような地域づくりに『のんびる』は貢献できますか?そのために何をしますか?
他の同種メディア(かがり火、多摩ら・び、BIG ISSUE、ALTERNA、POCO21いずれか1冊を選び)と比べて、『のんびる』の特徴、強み、弱みを説明してください。特に昨年夏以降について。地域活動支援の行動促進媒体として再評価すること。

Q12セカンドリーグ支援室の役割、各地域のセカンドリーグの役割は何ですか?支援室と地域セカンドリーグの役割分担について、具体的な事例をあげて説明してください。

10年先のことを考えてみよう。自分、パル、地域、それぞれでイメージしたものを出し合うと楽しくなる、へたに力まないこと。のんびりのびるさ。地域はゆっくりいいかげんでシビアだから。

◎8月10日パルシステム茨城理事セミナーにて、NPO法人 コミュニテイビジネスサポートセンター 代表理事 永沢映さんのお話を聞きますが、以上の質問に答えを出していどむとさらに効果があがるに違いないと思って作成しました。各自でチャレンジしてください。
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by issei_tachikawa | 2011-07-29 20:43 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
http://www.youtube.com/watch?v=DcDs4woeplI&feature=youtube_gdata_player
肝臓移植した病気の妻を看病しながら、福島県の相馬市などに毎週のように除染活動に行く科学者、東京大学アイソトープ研究所 所長の児玉龍彦さんの息子さんが父を語っています。


c0219972_19535895.jpg「a_kodama  親父が厚労委員会に参考人として招致されました。東大放射線センター長として、毎週末南相馬に400km車を走らせて、自身で除染にあたったうえでの訴えです。どうか見てやってください。

 俺は、この人の息子で良かった。

 とても多くの方から父の参考人招致について激励の言葉をいただき、感謝の言葉もありません。全ての皆さんにお返事するのが難しいほどですが、全て拝見していますし、父にも伝えます。本当にありがとうございます。

 父は、3.11の前に東大のアイソトープセンター長に内定しており、放射線の研究が本業というわけではないのですが、このタイミングで父がなっていたのも何かの巡り合わせか、という気がします

 ちょうど一年前に父から肝臓移植をした母は、おかげさまでかなり体調が回復し、今度仕事にでることになりました。あの時もいろいろな方に激励をいただきました。この一年間本当にいろいろなことがありますが、家族一同支え合ってなんとかやっています。

 親父からはいつも、勇気ということを教えられてきた。親父の立場で、公開の場でああしたことをいうのは、どれだけの勇気がいったことだろう。まずはそれをねぎらってあげたい。

 親父のスピーチを通して、どうか学者にも社会のため、人のために真摯に仕事をしている人間がいると伝わればと思っています。利権やポジションにとらわれた人間の多さに嫌気がさすこともあると思いますが、物事をよくするために行動することをどうかあきらめないでください。

 繰り返しになりますが、父のスピーチに激励をくださった皆様、本当にありがとうございます。きちんと伝えます。

 親父のスピーチを見ていただいた方に、一つだけお願いさせてください。父は影響力のある科学者ですが、同時に病気の妻を抱えた58歳のただの男です。一人ですべてを解決できるわけではありません。本当に状況が良くなるために、一人一人ができることがあると思います。」
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by issei_tachikawa | 2011-07-29 19:48 | 家族、地域家族 | Comments(0)
僕は人生をマラソンに例えます。60歳以降は復路、往復等距離にすると、60+60=120歳で昇天計画です。あと2050年カレンダーを永沢先生からいただいて毎日オレンジマーカーでつぶすのが楽しみ。
ところが、平均寿命は86歳と79歳、復路のGDH(GDPではなく)は、ひとそれぞれです。
以下人生の往復路は、それぞれ往路、復路と省略して話します。

元気な高齢者が目に付きます。日野原重明さん〈知る人ぞ知る、100歳)、新藤兼人さん(映画監督、96歳)、中島トドムさん(土壌改良家、94才)伊藤喜久雄(義兄、90歳)、女性は?今思い出せません。長寿記録男性世界1は泉重千代さん(九州人、鹿児島?120歳) 女性の方が長生きだというのは生活・労働習慣と人間関係メンタル、数字のアヤ(神話)の問題で、地域によっては男女の平均寿命で逆転しているところもあります。
他方で若くしていってしまう人もいて残念です。特に気になるのは、高齢者のがん治療の間違いを見抜けないで、医者のいいなりになって、寿命を縮めたのではないかと思われる事例、そして明らかに交感神経過剰ではないかと思われる、高齢活動家の癌死亡を知ると心が痛みます。何とかしてさしあげたい。

人は誰でも本当は長生きしたいはずです。なのに故あって自ら命〈天寿)を縮めてしまうことの少なくなるように、ぼくの往路経験が少しでもお役に立てたらお互いに幸せかなと思います。

日生協の亀山さん(CFP)からは、3M+アルファが大事だよ教わりました。つまり、年取ったら健康(メディスン)、金(マネイ)、友達や趣味や生きがい〈マインド)だということ。ではどうしたら健康で長持ちする体と心を養成できるのか、世の中に参考となる事例はないのかとなります。
この10年間くらいの体験と学習のポイントをまとめると①カット、②シンプル、③レアー、④スローとなります。

①減らすこと、断つことです。世の中は逆を行っています。食いすぎ、働きすぎ、動きすぎ、気を使いすぎ、金も無駄に使いすぎの状態です。お腹が出てくるのは、病気です。インプットとアウトプットのバランスが、何らかの理由で崩れているのです。自分で「食いすぎていない」と思っていても、腹が出てくる原因について考える価値は多いにあります。体重がBMI20位にキープできれば、歩いたりするのが楽しくなり、身体全体、生活と労働と趣味の全体への良い影響が体感できるようになります。
因みにイッセーは、BMI18~20を、高校生時代からキープしています。今までの最高体重66.5kg、最低体重は、57kg、今は60kgくらい。風邪もひかない。この10年間は、肩こり、腰痛、腹痛、落ち込み、夏ばて、熱中症などまったく無縁です。では、食の量を減らすポイントは何でしょうか?断食、減食はやってみるものです。体調如何でだれでもできるとはいえません。(やれる人にはやりかたについて別途お話します)

他の人は、ただ我慢するのか?違います。食べたい、呑みたい、吸いたい、やりたい、遊びたい、仕事したい、人の役に立ちたいなどの諸欲、108以上の煩悩と仲良くしながら、スリムになれる方法があります。(放射能は別物ですが)  今日は、11:00から大山団地自治会長 佐藤良子さんのお話を聞いてから、午後は学校給食の放射能汚染調査などについて市長との交渉、その後に記者会見です。 続きは明日に。

(つぶやき)
それぞれ勝手なことをいっておるなー。それぞれの交流はわずか。例、中島トドム、森下敬一、甲田光雄など
西勝造の影響を受けた人同士は比較的つながっている? 石塚左玄の先見の明!
世の東西、歴史貫通的に通用する手順などはない。かといって全てが個人的ということでもない。普遍性〈モデルになりうる)、個別性、特殊性事例という分類は可能。しかしその意義は?
長寿者の共通性は、粗食、適度な運動、適度なストレス、孤立していない、何でもありがたく感謝していただくなどの共通性を感じる。しかし、放射能、農薬(?)、添加物、利権、国家権力(ウソとペテン)、戦争政治、軍事基地、弱者差別、原発などありがたくないものが多すぎるな。やはり、生涯タタカイか、愛と革命と慈愛・・・
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by issei_tachikawa | 2011-07-29 08:49 | 自分史(1946-2066) | Comments(0)
c0219972_727388.jpg立川職安で日雇い労働していた頃、雨降りで仕事にあぶれた日の食堂テレビで、パリ在住の藤田トウジ展を案内していた。「山梨の県立美術館までいってみよう。」ということになり、トシ(GPSの小川さん)の車でかけつけた。
しかし、なぜか藤田ではなくて、クールベの「水辺の鹿」に目線が吸い寄せられて張り付いてしまいコピーを買ってきた。今でも家のどこかにしまってあるはず。
クールべは1970年パリコミューンに参加してスイスに亡命し、58歳で亡くなっている。ワインの飲みすぎかビヤダルのように肥えていた写真をたまに思い出す。

いきなりですが、何でも見てしまうとその対象から臭いや音や肌触りなどが失せてしまうような気がする。逆に音だけ聴いていると、5感を刺激するとても豊かな時空間で遊べるような気がする。
2つの事例。1つめ、『泥の河』〈宮本輝)を読む。川岸に止めた屋形船で春を売り生計の資をかせぐ女性役は、加賀まりこ、主人公信雄がキッチャンちに遊びにいくと船の中はなんだかすえた臭いがだだよっている。万年床の?それともいつもセックスの?あるいは泥の河の?と想像してしまう。
2つめ、1950年代の初め、まだテレビはない。ラジオで川上哲治の弾丸ライナーが見えた!「川上打ちました打ちましたボールはファーストのグラブかすめてライトスタンドにつきささりました逆転スリーラン」となる。小さい頃からテレビに洗脳されている人は、ほんまかいなと思うでしょうが、テレビを見ないと想像力が豊かになり、感受性もバツグンに鋭く磨かれてきます。想像力は瞑想世界にも通じて、感受性と快感など人をいつまでも生き生きとさせてくれる大切な力、それを磨くためにはテレビを自己管理することも1つの方法です。

目が見えないで何かに触ると、やはり目明きが触るよりもはるかに豊かな想像世界が広がるようです。快感もすごいかも。そして聴覚でも触れましたが、目が見えない奏者の音とか歌手の声には独特の響きがある。必死に求める事の大切さにも通じているかもしれません。

目が見えると、目に前の人やモノを比較してしまう。大小、美醜、明暗などなどを比べて、分析評価し、優劣序列をつけていくのは西側(?)の発想。天空から眺めれば、所詮人間世界から見た論理と価値判断のなせるわざに過ぎないと見える。万物の命の平等性、たすけあい分かち合いの地域が見えてくる。目明きでありながら盲目の人の感受性に近づける可能性はあるか?あると思う。(昨日の多摩CBNWオフ会、堀池さん、菱沼さん、石原さんのプレゼン、刺激的でしたー。賑やかな地域、くらしたすけあい、パルシステム東京さんも出てくれたのは頼もしい。)

◎蛇足ですが、『泥の河』小説の出版は1977年、映画化は1982年、監督は、小栗コウヘイ、配役で印象に残るのは、
主人公飯屋の母:藤田弓子
のぶチャンこと信雄:朝原靖貴
館船の女性:加賀まりこ
キッチャンこと松本喜一:桜井稔
姉銀子:柴田真生子
巡査:蟹江敬三!(立川生協時は配達でときたまお会いしてましたが、奥様と2人役者志望で上京したが食えなかった頃の話に励まされました。改めてグラーシャス)
荷車の男:芦屋雁之助〈橋の上で荷車の下敷きになり轢死)
柚岡くんと馬場駅前映画館で視て、ラストシーンで耐えられずに大声で泣いた。ホールに響きわたる2人の号泣か、なつかしー。リメンバー ライク ザ(アかな?) イエスタデイ シーン
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by issei_tachikawa | 2011-07-28 07:25 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)
c0219972_820682.jpg音に関する記憶、どこまで辿れますか?イッセーの場合は、4歳から5歳くらいかな?
一日の中では、夜とか明け方が多い。夜烏の鳴く声、「どこかで人が死んだのかもしれないよ。」とおふくろが言っていた。池の方からウシガエル(食用がえる、学名?)の鳴く声、まさに牛の鳴き声にそっくり。裏山からはふくろう、みみずくの声。トタン屋根に雨が当たる音が「ポツリ」とくると、だんだん雨脚が速くなるのが聞こえる。遠くの路面電車の走る音や踏切の信号、電車の警笛も聞こえる。夜は周囲が静かになるので右脳神経が集中するのでよく覚えているのだろう。

フォルクローレ(アンデス音楽)を演奏するようになって約25年、盲目叉は目の不自由な〈弱視?)奏者の音が澄み切っていることに驚く。男女2名のグループで、男性がギター、女性が笛(ケーナなど)を吹く。2007年の3月31日、神奈川公会堂の合同研修支援コンサートでぼくら(ワイナマユ)の前に演奏してくれた「オリャンタイ」にしびれた。目が見えないことの可能性、逆に目明きの奏者の限界ってあるのかも。音楽で伝わる何か、メッセージを媒介する感受性とか想像力の違いだろうか?

目明きの人でも、目をつむりながら吹く人がいる。ぼくも目を閉じてしまうこともある。「顔暗いよ」などと冗談で言われてハッっとすることもある。ケーナって実は悲しい楽器、不幸の歴史を累積させているのかもしれない。
人が人と繋がりながら、違いを残しつつ大道について世の中を変えて行く過程の辛さと充実感を思い出す。「逃げるな!進んで地獄、下がっても地獄だ。だったら前に出ろ。命とられるわけじゃなし。」と自分を励ます。
リャキルナが脳裏を流れる。「地獄への道は人々の善意によって、さらに悪意によっても敷き詰められている。」

酒、タバコ、セックス(6S中の3S)を断つと、聴覚が鋭くなる。リヅムに自然に乗りやすくなるし、音のハーモニーの快感を感じやすくなり、鼓膜に響く音や自分が繰り出す音に芯が入るように感じる。禁欲とエクスタシーの関係かな?これも自己コントロールできるようになると面白い。

「良いものは良い」、ジャンルではない。オリジナルでもコピーでもそうだとおもう。音楽は世界だし、言葉が通じなくても人人をつなぐ力を発揮する。言葉を失うような場面で、音に助けられることがある。9.11は近所に来ている浪江町(福島県)のみなさんと、ステッチで交流する。ピアノ、バクパイプ、ケーナ、サンポーニャ、ギター、チャランゴ、他にも何かでてきそう。人を励ます、支援する形をとりながら、実は自分たちも励まされていることを実感するのだろう。人は社会、人は愛と協働で地域を拓く。命が続く限り表現活動の出会いを楽しもう。
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by issei_tachikawa | 2011-07-27 07:05 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)
c0219972_13115417.jpg・臭いものにはふたを、といわれる。耐えられないからだろうが、今の生活改めて見直してみると、どこにいっても無臭なのが気になる。何かの臭いで記憶が一挙によみがえることがある。臭いは海馬にインプットされるのか?ということは無臭だと別の記憶装置を動員することになるのか。

・アジア、アフリカ、南アメリカにいったことがある人は、多くがその土地の「臭い」をしっかりと記憶し、文章化もしているのではないか。人がまとまってくらすということは、匂う、臭うということと同義のはずなのだが、東京は無臭空間になれてしまっているので、たまに有臭空間に出会うと、何か不吉な予感になってしまうので少し怖い。この辺は今の時期書きづらいので、各自の想像にお任せします。

・いづれは昔の日本、江戸(時代)地域の研究をしてみたいが今は無理なので、1940~1960年代に遡ってみる。新宿の西口「しょんべん横丁」、なるほど臭かった。山手線の脇にある戦後の焼け跡みたいな飲み屋街なのだが、店は何処も狭いのでトイレがない。だからもよおすと客は外に出てタチションするしかないのだ。
あとは、公園のトイレ、家のトイレも臭ってた。しかし田んぼのあぜ道付近の「肥溜め」の悪臭は記憶がない。もしかして発酵していたのかもしれない。

・というと男っぽい話だが、花の匂いで復活するほろ苦い思い出というのもある。中学1年の時、卓球部先輩のNさんにほれていた。その人はくちなしの花の香りが大好きだといっていた。いっしょに練習するのが楽しみだった。毎日のように彼女といいなかになる妄想に苦しんだ。今でも道端でくちなしの匂いがすると、その記憶がよみがえってくる。これは初恋ではなくて、2回目の恋の話。連れ合いは金木犀にもせつない思い出があるという。

・ところで、嫌な臭い、好きな匂いというのを、意図的に変えられるのだろうか?または、誰かによって「自己変革」を迫られた時に、自分が我慢することで全体というか関係性を人間的な方向にかえていくことができるのだろうか?

・ぼくはその答えは有りだと思っている。臭いの背景、理由を考える、その人の人間性を知る努力をする、なれる、いっしょに生きて行く、などなど。臭いに耐えることの共同性も有りかなと思う。少なくとも男同士の場合はありである。次は、聴覚にいきます。
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by issei_tachikawa | 2011-07-26 07:09 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)
c0219972_134861.jpg・意外に注目されていないような気がするのだが、いかが?情けの日本人、得意領域のはずなのだがなぜ?

・最初は味覚(食習慣)について。
何が好きですか?甘党ですか辛党ですか、両党づかいですか?今日、何食べましたか?食習慣を辿って行くと、結局記憶可能年齢のきりぎりまで行ってしまう事が多い。なんだ、結局はお袋やオヤジ(父母、両親、叉は1人の親とか育ててくれた人)の食育の影響が意外に強いことに気がつく。

それと、味覚ってやつが意外に保守的な事にも気づく。身についた好みを変えるにはそれなりのきっかけ・理由が前提要件となる。だから食育は難しいのだが、理屈よりも物は試しで、楽しい雰囲気の中でいろいろ食べてみることを進めたい。逆にここを変えたら強い基盤になることも確実。変革は若いほど容易である。しかしいくつになっても人は変り得る。あきらめない、あせらない。

1人きりでは寂しい。友達といっしょだと楽しくなる。(もちろん苦痛も含めての話)人間は社会的動物だからね。食の知恵を交換しながら、だんだん自分が変って行くことを楽しめるようになる。無理を強いることはリスクもあるが、変に妥協しないことも必要だと思う。

最初に言ったように、味覚は5感のなかでチョー保守的なのだから。でもそれが正しい選択(ショクイクの第1要件が何を食べるか)かどうかは別で、大なり小なり好みは周りからの影響で決まっており、自分の判断は洗脳されてなされ、本人も無自覚であることが多いからなのだ。こっちの方が美味しいよと方向指示したり、インセンテイブ(食習慣の革命がどれほどのメリットを生み出すか提示する)を提供してあげることが必要である。

ここをどうやって突破するか?
突破口は、理性(聴覚、視覚⇒左脳)よりも、感受性(嗅覚、触覚、味覚⇒右脳)にあるような気がする。そして自分で作る〈農)の喜びを協働で体験することがとても良い変革を促す。
事例:玉葱嫌いで、カレーに入っていると食べなかった子ども〈小学校5年生)が、課外授業で玉葱の植え付けと収穫体験してから大好きになった。(2007年度「食・農等CBモデル事業「大井町食育ステーションで)
人はミライという舌にある突起でおいしいまずいを判断しているらしい。ミライは、未来とも書ける。なんかいい感じだなー。(美雷もいいか?)

・今日は味覚だけにします。市民大学〈来年春?)では、4回に分けて総括的にお話しする計画です。3月11日以降、放射能対応が必須になってしまったので、2006年度からつくってきた「食・運・気交の手順書」を全面的に書き換えなくてはならなくなりました。
とくに、小さな子をもつ女性と、退職してから地域で何してよいのか考えている男性からの強い要望に答えたいと思っています。5感+直感(=第6感)が働くように。今朝は、BIG ISSUEだよ、ドントフォゲットミーナッツ午前1時半 おやすみなさい
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by issei_tachikawa | 2011-07-26 01:33 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)