どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

<   2013年 03月 ( 23 )   > この月の画像一覧

サバドスの田村さんのチャランゴのA弦が1+2本=3本もついていたのらしい!ひえーっ!こんなんはじめてです。ありえなくないありえない、なんともはやです。でもきづいてよかった。

昼間の加藤兼雄さん86歳お誕生日パーテイ、まてどくらせど主賓きたらず。ズーさんにお宅まで迎えにいってもらいましたが、鍵がかかっていて誰もお出にならない。電話してもどなたも出ない。おかしいなー。心配です。明日様子見にいってみようか。

というわけで大変残念でしたが、主賓が抜けた穴を、柏町団地に引越し予定の五味正彦さんの歓迎会で埋めていただきました。なしくづし的とはいえ、五味さんとの不思議なエニシに感謝いたします。飛び交う昔話に花が咲き、桜満開でした。佐渡のM君(在学当時Lのまるせん)、社自のM君など共通の友人がどっさり。なんと府中派遣村のMさんもそうでした。いかにも60年代中頃の活動家ネットワークですね。セクトの壁なんてあってないようなものだったのです。

主賓不在と言う話で思い出すのは、ある友人の結婚式場でのうそのようなホントの話。親戚家族友人、新郎までそろっているのに、新婦が来ない。まてどくらせど・・・ついに式は中止となり破談になってしまいました。気の毒な話です。笑って済ませては気の毒かも。しかしいかんともしがたい、心の傷を共有するしかないか

明日は、芳郎さんの墓参りです。進吾、ののかが無事参加してくれることを祈りながらゴーツーベッド。

◎いよいよ明日から新事業年度開始。沢山の方が任を降りられます。CBSの永沢さん、GPSの小川さん、ゆめコープの大信さんは6月で専務理事退任ですね。それぞれの方が、セカンドステージで何をされるのか楽しみです。長い間おつかれさま、そして公私共にお世話になりました、これからも末永くよろしくお願いいたします。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-30 21:58 | 自分史(1946-2066) | Comments(0)
3/31までは何とかなりそうです。一度に3名もの介助を行うというのは至難の業ですがなんとかなりそうです。これで僕らの自信もできてきます。

今日は朝から久しぶりの東新宿、午後は竹さん(吉村竹彦、童話作家)のグループ展に顔を出す。帰り道、うまそうなてんぷら老舗を見つけた。江戸川乱歩や井伏鱒二なんかも常連だったらしい。神田小川町交差点の西側、三省堂の裏、東京堂の隣なので覚えやすい。こんどいってみようか。

帰りの中央線で爆睡、ぱっと眼が覚めて国立と思っておりたらなんか違う。気が付いたらそこはまだ武蔵小金井の南口だった。吉村さーんとこえかけられて振り向けばそこには樋口さんが。彼はタベケン(三多摩食べもの研究会)の営業、近所の自然食品店(ロバ屋)に行く途中だとのこと。不思議な出会い。

そして夕方はサラのお弁当配達してから鉄ちゃんでのんでいたら、『のんびる』記者ライターの山木さんからうれしいでんわ。「月、水ならやれますけどー」だって!渡りに船です。早速4月1日からお願いしました。最初は僕も行きます。なれたら1人でこなしていただきます。

そのあとすぐに島崎さん(さんきゅうハウススタッフ)にこのことを連絡すると、すぐにメーリングリストで流れてきました。いいよなーほっとなつながり。これさえあれば、なんでもこいやね。おれたちはまけない。さんきゅうハウスは永遠です。

さんきゅうハウス通信VOL7号(?)、パルシステム連合会&パルシステム東京本部で20枚配布、食べ研樋口さん、まめ吉山口さんにも配布しました。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-29 22:07 | さんきゅうハウス活動 | Comments(0)
c0219972_10501373.jpg

・2011年3月11日までは54基動いていたが、福島の4基がオシャカになり、残るは50基、再稼動させた1基含めた維持経費に1兆2000億円も予算を組むと言う。他方で火力発電やLNG使用でかさむ経費が2兆円弱、火力だけでも前年比1.1兆円の増額だという。

・改めて何のための再稼動(大飯原発)だったのか?安全性を確認してからの約束はどうなったのか?再稼動しなくても電力はあまっているではないか!産業界、メーカー(日立、東芝、三菱、GE、ウエステイングハウスなど)、自民党安倍政権、通産省、電力企業9社の労働組合、地元利害関係者の意図が見え隠れする。

・電気代値上げについて:認めないと言う人は何らかの意思表示をするべきだと思う。このままでは消費者は完全になめられています。せめて、電気代の自動振り替え支払いは解除すること。これでおわりではありませんが何とかなるのです。

・野田民主党政権が手をつけた2030年脱原発方針は、自民党政権によって完全に白紙に戻されました。おまけに、発電・送電分離もうやむやにされて、このままでは次の福島がどこになるのかという心配が強まります。「故障しない機械は無い、ミスしない労働者はいない」のですから、危機感を全国民で共有して、参議院選挙では改めて脱原発を争点にしていきましょう。みどりの党もがんばります。

・余談ですが、脱原発集会のポスター賛同人として、あの亀田興毅さんが載っています。

・脱原発署名は、1000万に近づいている?原子力破壊発電による事故被害、放射能被害は全国・全世界に及びます。選挙はいくらやってもマスコミの下馬評どおりの結果しか出ないし、小選挙区と比例区合わせても30%程度の支持率しかない政権に任せるのではなくて、国民投票でと言う法制度をつくりましょう。

・代替エネルギーと原子力を天秤にかける発想は根本的に間違いです。なぜあなたは脱原発なのですか?なぜ推進なのですか?改めて根本的な問いかけをしていきましょう。「被爆労働」を前提するエネルギー産生の仕組みは即刻変えるべきです。自国で動かせない原発輸出など論外です。福島原発では労働者があつまらなくなってきている。当然です。まだまにあうのですから、これを機会に日本全体の生命循環の仕組みを変えて生きましょう。

・「福島の子どもの幸せを願う会」は、昨日初めて呼びかけ人のお宅に集まり、今年度のカンパ活動スタートを誓いました。3月11日を忘れない、それぞれが自分にできることを続ける、子ども福島ネットワークとの交流、西砂川の有機農家、茂字山さんの野菜と二本松の佐々木住職通じた産直関係の推進も楽しみです。追い詰められているのはどちらでしょうか?敵か味方かではなくて、脱原発の仲間を増やしましょう。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-24 10:49 | 脱原発・自然エネルギー産業の拡大 | Comments(0)
大学出ても就職する気になれなかった。あっというまに6月になった。先輩から電話で「しばらくうちにわらじを脱がないか。」と誘われて、ダイアモンド社(週間ダイアモンドとかプレジデントを発行)入社、就職ガイドブックでは2000社から出稿料=A4モノクロ1ページ100万円いただいていた。20億の事業高、当時大卒初任給平均が4万くらい(今は20万円超)、物価は3分の一だったからそれなりの売り上げだったと思う。

そこでやめなければ人生どうなっていたのか?よくわかりませんが、いまのようにならなかったことは間違いない。辞めた理由は、自分も周りも許せなくなってきたから。ダイアモンド社といえば出版業界では有名ですが、開発事業部にはモト活動家が集まっており、仕事の合間や呑んだ時には学生運動や労働運動の延長戦的な話が飛び交う。ぼくにはこの感覚が耐えがたかった。

自分だけがいいかっこするつもりはなかったが、1人になってもう一度考え直してやり直そうと決めて、専務に辞意を伝えた。その人と大学ゼミの同窓会で4月6日に会うのは何かとても不思議な感じがする。おれもしぶといが彼もなかなかだ。労働争議激化⇒労組が会社にバリケード⇒専務はヨーロッパに逃亡⇒帰国後再起(同業で)、今に至る。

僕のほうは20代はずーっとそのひぐらし。キャバレーバンド生活、貯金なし、高田馬場で日雇い。西村ケンタさんの『苦役列車』(芥川賞受賞)そのものみたいな生活の連続。今でも朝の仕事に遅れてどなられる夢とか帰る家がない夢を見る。手渡し作業中に足場板を落下させて、鳶の世話役(現場リーダー)の崎山さんに怒鳴られたこともある。帰りの総武線車中で突然、「おまえなんか顔もにとーもない、声もききとーない。」と怒鳴られたのにはびっくりした。

まさにどん底生活。財産も地位も定職ももたず、家族も友達も、1人の女性(人生の恩人、母親以上の存在感学生運動の同志)以外は何もいなかった。アパートに帰れば深夜になっても「追求」されたり「励まされたり」がおわらなかった。期待にこたえられない、なさけない、やけくそになる。明日の希望も何もない。そのときのおれが今の野宿者に重なって見える。「助けてるんじゃないなー、むしろ励まされ助けられてる。」と感じてしまう。他のスタッフはどうなんだろうか?

旧さんきゅうハウスで暮らすAさん、歯が全部抜けてしまってものをかめない。歩行も困難。下の世話も大変。毎日交代で食事を作りにいく。僕の当番日は木曜日だが、精一杯彼の命を支えようと思う。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-23 21:43 | 自分史(1946-2066) | Comments(0)
c0219972_933151.jpg
生協でLPA(ライフプランアドバイザー)が育っている。人生の各ステージごとに「必要保障額」を参加者が自分で計算して、万が一の時(不測の事態、病気・怪我・死亡・自然災害などのリスク対応)にも困らないように、結婚・出産・育児・教育・住宅ローン・定年退職準備・退職後の人生設計をアドバイスするのが仕事です。

かって共済とFP事業を担当していた頃から疑問に思っていたことが最近になってまた脳裏に浮かんでくることが増えています。

「(お金って)ほんとのところそんなに必要なの?もしかしたらもっと違う視点で人生設計するほうが、楽しく暮らせるし地域にも貢献できるのではないか」と考えるのです。

論点の1つは「必要保障額」です。郵便局の学資保険の案内などには「定年後には最低30万豊かに暮らすには・・万」とか書いてある。でもあれは保険業協会の試算ベースですから、できるだけ保険料が高くなるようなコースに誘い込む狙いを感じます。因みにイッセーの年金は毎月14万円くらい、生活保護受けるほうが楽かもしれない。相方のパート収入足したって20万チョい。これだけでも何とかやりくりは可能です。

ただし2人が「健康」であることが前提です。要するにFP(ファイナンシャルプランニング)の立て方に「健康づくり」(気=心=コミニケーション・血=食・動=運動)のやりかた指導が欠かせないはずなのです。しかし現状では、金に関する講義しか行われないのが実態なのではありませんか?ちがってるかな?

そして論点の2つめは、ライフステージとライフプランそのものに、「原則と例外」を設けるべきだと思います。例外的な人生、誰もが歩めないかもしれない。しかしどう考えても、FP教育で教えられる計画通りに歩んできても(そんな人ってどれだけいらっしゃるのか?)面白い人生にならないような気がします。

人生を面白くするための要件は、「型を破る」ことではないでしょうか。社会通念、常識に従うだけではつまらない一生で終わる恐れが強い。たとえば、60歳または65歳定年して、人生後半スタートとしても、自分が本当にやりたいことをしながら食べていけて、それが何らかの社会革命につながるような生き方をFPがおしえられるとすれば、とても素敵な仕事ができそうな気がするのです。そのよう意味では、イッセーの人生今はまだ準備期間です。70歳越えるあたりから本番スタートかもしれません。LPFPとは、L=ローカル=チイキ、P=パーソナル(家計)のファイナンシャルプランニングのこと、いわゆるFPをLPFPに進化させると人生(仕事も生活も)さらに面白くなるのではないかと思います。

◎生協のFP、共済、LPAの部門とセカンドステージ部門、それに福祉医療介護の部署はチイキベースで、医・食・職・農連携協働してすすめてほしいなーと期待しています。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-22 09:31 | ライフプラン(FPの)を疑ってみる | Comments(0)
c0219972_20235840.jpgその人の何が嫌だったのだろうか?声、肌、考え方(一方的、専制君主的、自己中)、感じなどなどいろいろ考えられるのですが、これといって決めてはない。・・・だからいやということでもない。「なんかこうそのひとといると自分が不自然な言動を取ってしまっていることに気づいて嫌な感じがする。」そういうことなのかもしれない。

ついでに今までにあまり良い思いでのない人をピックアップしてみました。22名思い出しました。もっとも古いのは高校生時代に出会った人、10代1名、30代1名、あとは40代から今まで、生協に入ったのが40歳ですから明らかに常勤職とストレスが人間関係の悪化に関係しているといえます。

電話帳に記載されている人を数えたら550名、そのうちの4%ですから、「嫌率」は低い?でしょうか。39歳になるまで嫌なやつと2人しか出会っていないと言うのは何を意味しているのか?答えは、自分の生き方にあるのではないかというのが仮説です。

要するにイッセーは好きなことややりたいこと中心に生きてきたので、フツーのサラリーマンの悲哀というようなものを経験しないままに40歳を迎えたと言うことなのかもしれません。ストレスはあったがその根源には政治的タタカイがあったのだから、逃げないで課題を背負って生きることが人間としての道だったのです。

ま、いずれにしても生協に入ってからの27年間で、嫌だと感じた人が自分の周りに20名現れたと言おうことなのですが、まあ上下関係や職場の和を保つためのストレスも人の半分くらいは経験したのかもしれません。今はどうなの?今でも嫌いなの?と自分に問いかけてみたら、答えはなんと全員がプラス評価に転じている「事実」にきが付いたのです。身近にいてあれほど表や裏で対立していた相手が、しばらくはなれていたら真逆の親友のように感じられたことも。そこで3月19日のような、えらそーブログ「」を掲載したのです。人生喜怒哀楽、人はすべてが社会的な諸関係のアンサンブル(総体)、たすけあい・分かち合いで生きていけたらいいなーと思います。人生うれしいのは人の笑顔ですから。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-21 20:21 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
c0219972_21203373.jpg杉並区をに流れる善福寺川は中野区の中野富士見台駅付近で神田川に合流し隅田川に注いでいる。神田川と言えば真鯉、この魚はチョーしぶとくて雑魚がすめないような川でも生き延びている。ただしいつまでもつのかわからない。神田川を見ていると、京都の鴨川、ソウルのチョンゲチョン、玉川上水などは別世界のように美しい。

井荻小学校の校庭を流れているらしい。当時5年の生徒達は住谷先生の環境授業をつうじて、「鴨川は地域住民の活動もあって綺麗になったらしいけれど、善福寺川がどうなんだろう?」と言う疑問をもった。そこで先生が(メイビー)、地元の環境NPOに依頼して、話を聞いた。川が汚れていて、ひとと川が切り離されてしまっている現状に対して、さらに生徒達の疑問が強くなっていった。

それで彼らは自分達でできることをやろうとはじめた。今の川がどうなっているのか調べて、ごみなどを拾ってやれることをやる。川に入って生きもの調査などを続ける、仲間を増やす、楽しんでやるの積み重ね。 好き・嫌いだけではなく、不思議・秘密というテーマへの子供の感受性が育ってゆく。

今では6年生から5年生へのバトンタッチ、全校生徒への関心の広がりが実現し、全学年でプロジェクトが組まれている。2010年杉並区から青少年表彰されたのも励みになったという。続いて2011年区主催のシンポジウムでの発表も生徒達のやる気を鼓舞することになった。井荻小学校の住谷先生たち、NPO法人杉並環境ネットワークの境原さん、九州大学の島谷教授、地域のもなさんなど沢山のおとなもこの活動を応援している。

比較)京都の鴨川、熊野寮祭、鴨川レース、商店街から資金カンパ
ソウルのチョンゲチョン
玉川上水、小平市内と立川市内(風景の違いは住民運動と行政の姿勢の違い)これらの点は、改めて時間があるときに補足いたします。

◎今日の記事は、『水の文化』(ミツカン水の文化センター、2013年2月号)編集長 賀川一枝さんから提供していただきました。賀川さんからは毎日のようにメール通信も拝受しています。情報提供・啓発についてこころから感謝の意を表します。ありがとう!
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-19 15:18 | 共育、子育ち、おやじの背中 | Comments(0)
これは真理だと思うよ。あなたにとって嫌だと感じる人から見ると、あなもけっこううっとうしいのかもしれませんよ。その理由は何か?考えてもわからないことが多い。考えてすっきりと答えがでるくらいなら、泥仕合にはならないのかも。考えてもすぐに答えがでないから問題がややこしくなるのではないかと思う。

そこでぼくは発想を転換する。「もしかしたらこっちに問題があるのかもしれない。」と。そこまで冷静になったら次にやることは笑顔を見せるのです。その嫌なやつに話しかける時には、必ず笑顔で話しかけるのです。たったこれだけで関係が改善したことが何度もあります。

これはなかなおりとか喧嘩両成敗とは違います。言い争ったり、喧嘩したり、ののしられたりする関係は、まだまだ良いほうです。最悪なのは陰にこもってしまうことです。そうなりそうだったら敢えて笑顔で話しかけてみることです。以外に良い反応が得られてびっくりすることがありますよ。

それから相手のいやなとこにはあえてふたをしてみないようにして、良い点を探してあげることも関係改善につながります。誰でもほめられて悪い気はしない。ほめる時には徹底して褒めちぎるのです。第三者に良いうわさを流すのも有効ですよ。

被害者意識に凝り固まると出口が見つからなくなる事も。その場合は逆方向からこちらを見つめてみると良い。自分もある意味加害者であること、その理由などを事実関係整理しながら掘り下げていくと、関係改善の糸口が見つかるかもしれません。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-18 22:06 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
・安岡さんの店でサンカの「ラ」菅を探したが、無かった。よく考えてみれば、葦やトトラで節目から1mもの菅があるはずはない?のかもしれない。安岡さんから「つなぐしかないよ。」と励まされたが、つなぎにたえる在庫もないとのことで、次は「ボリビヤ」(福岡さんの店、小平駅北口)でさがすかなーと思いながら福岡さんとの出会いについて店番の女性と話がはずむ。

・20年以上前の思い出。当時はソロで吹きまくっていた。立川南口にあったヤマハで買った楽譜で、ボリビアの電話を調べて電話したのだが、無愛想な対応にむかつく。でもめげないで行ってみたらすごく親切に「会員台帳(B4ファイル)から渡辺さんの存在を知らされた。立川南口に会った井上さん経営の「ラバンバ」も紹介していただいた。

・後で気がついたのだが、マユミさんが亡くなった直後のことで、福岡さんは精神的に底付きの真っ最中だったのだと思うと、電話対応の無愛想にむかついたことも本当に申し訳なかったなーと反省した。そのときに福岡さんいわく「遅くに始めた人はみんなはまって足抜けなくなってますよ。」といわれてぴんとこなかったのですが、彼の予想通りに67歳になっても足が抜けないどころか、死ぬまでやる雰囲気になっているところが面白い、てなことを話すと、店番の女性は大いに微笑んでいた。

・これで帰ろうかなとも思ったのだが、以前から自分のサンカとチュリがほしかったので、今月の生活費10万のなかからえいやで買ってしまった。子供の教育費がゼロになり、それなりの生活はでき始めているので何とかなるだろうという楽天主義。テンションが高まり大きなサンポーニャを吹きまくりながら国立駅で降りて、「ばんだい」に向かう途中で大輔にばったり。これも何かの縁だろう。

・金子さんとの話は尽きることが無かった。1つ違いの友達、苦労してきた人の話はいくら聞いても地下水から泉のように枯れることが無い。網走⇒立川の転換、「大沢さんは命の恩人です。」と語る。同感だね。帰りはバスをやめて歩く。高松町の旧さんきゅうハウスに寄ると、Kさんがすやすやお休み中だった。星さんと支援者の人がいてしばらく話込む。さんきゅうハウスは縁結びの場、おれたちは家族のようにつながり始めている。上っ面の助け合いではなくて、目の前に倒れていてなすすべの無い人たちをほっておかない、やりなおしができる地域は各自ができることを少しずつやりきればできてくるのだと思う。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-18 14:05 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
ある日ふと考えた。おれっていろんな呼ばれ方してるよなー。でも英語のように、あなたとかお前とか呼ばれたことはないよなー。

思いつくままに羅列してみる。イッセー(さん)、カズマサ(さん、または「くん」)、カズマサン、ヨシムラさん、ヨシムラくん、よっさん、ヨシムラ、かずちゃん、おとう(子供の頃は、カズちゃん、ヨッチ、よっちゃん、ボゾ、ゴリ、青年期はワンワン、グレート、Gさん、ジーヤン、定年前は、ヨンシー、イッセーさんなどなど)

イッセーは名刺にドアップで印字してあるので、最近はこう呼んでくれる人が多い。これはこれでうれしいことだし、シメシメでもある。CB(コミュニテイビジネスやセカンドステージ事業関係の集まりでは、あえて「イッセーです!」という切り出しトークで笑いを取り、『イッセーって呼び捨てのほうがいいなー。』」と誘うのですが、なかなかみんな遠慮して呼び捨てにはしてくれません。1人例外が!マイケルこと有馬さんは、カクダイ(今は営業)場面で会ったときから、ずーっと一貫して(笑い、彼女らしー)イッセーで通している。なんらかの目的意識性、自覚的な使用なのか、無意識なのかわかりませんが面白い。

カズマサと呼ぶジンシュはチョー限られていて、司郎にいさん、一重姉さん、多美姉さん以外では、光太(長男)の同級生や小学校から付き合っている彼の友人だけである。モノレールのプラットホームでかなり遠方からそう呼ばれたこともアル。「このやろーため口きくならまだしも、目下扱いとは、おれはな元柏小PTA会長様なんだぞー」(笑い)通常の日本的・東京的人間関係においては発生し得ない呼称が、息子の友人との間で継続しているということは何を意味しているのか?ここにとても面白い文化人類学的なテーマが隠されている、なんてね。親父が地域で目立つと子供や妻(とくに長男)にとても精神的なストレスになるいことは自覚して、オポノポノしなくてはいけない場合もあるのだなー。

カズマサに「さん」や「くん」を付けてくるのは親戚である。たぶんそれ以外は無い。国分寺のおばあちゃん、玉川のヨシコ姉さん、タカさんなどである。これはこれで安定感がある。なんでー?と言う疑問は生じ得ない。庶民の歴史のベースであろう。父はイッセーで出生届け出したのに、なぜカズマサに変ってしまったのかについては了解した。

カズマサンというのは、我が家のJUNKOだけだろう。これも関係性と使用者の気質をうまく表しているので面白い。

よしむらさん、これは特に限定するひつようはないでしょうね。こう呼んでくれる人とはフツーの市民同士のかんけいでしょうね。よしむら+くんを使う人は、小沼さんだな、俺はじつに年上部下でありながら、彼にとってドウシ=ダチでもあるんです。だからこういう呼称になる。いやーいろいろとお世話になり続けております。改めてありがとう!

「よっさん」というのも結構気に入っています。これ使う人はたぶん1人だけ。よっちゃんこと山崎康男、音楽と生協ダチです。深く強い関係だよ(笑い)

ヨシムラって呼び捨てにできるひとはかなり少ないだろーなー。ベニさんだけじゃないのかなー。これもおれは水平思考のフェアな関係の象徴として理解しています。彼からこう呼ばれるとなんかすっきりするんだよな。でも彼以外の人からいきなりヨシムラって呼ばれたらむかつく、かみつく?かもな。メイビー

カズちゃんって呼ぶのは、イクコとトキちゃん、あとマーくん(楽天のじゃないよ、次子姉さんの長男=甥です)くらいかなー。この関係性も気楽で楽しいな。「おとう」って呼ぶのは、進吾(二男)と彼の友人達。野花(ののか、長女)もオトー路線だな。

今日の話をまとめてみます。日本語における二人称固有名詞の使い方は実に多様で、その多様性によってそのひとたちの人間関係の広がり(範囲)や関係性、新密度が伝わってくるような気がします。これがすべてYOUに転換するとしたら、殺伐とした人間関係になると解釈するか、または地縁血縁から自由な生活が生まれると解釈するか?経済高度成長してきた日本の地域で失われてきた人情がどうすれば後世に伝えられるのか、チャレンジ課題ですね。以上、ご精読感謝します。
[PR]
by issei_tachikawa | 2013-03-17 09:00 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)