どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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平泉さんたちの日本画展

世田谷美術館(砧緑地公園内)で開催、彼女らの作品と対話しながら、楽しい時を過ごしました。いけなかった方のためにブログ美術館です。
c0219972_1013961.jpg どうぞお座りください、がんばらなくてもいいんんだよ。
c0219972_101332.jpg故郷の井戸をのぞきこんでいるような、中学生の頃の希望と不安の入り混じる自分の心象風景をみているような、不思議な気分に浸れる絵です。

c0219972_1021072.jpg他の作品もとてもすてきでした。トシと山梨県立博物館にかけつけた自分に帰れました。

c0219972_1023727.jpg波打ち際に打ち寄せられたサンダルたち、所有権の喪失が普遍的共有権=新しい公共資本のようなものにつながる?

c0219972_1025433.jpgここにたったのはなんと50年ぶり!緑地公園は中学生時の遊び場でした。実家(岡本2丁目)まで歩いてもさほどではない。このイッセーでも故郷というのがあったのは不思議な気分です。自主学校「遊」の生徒のおかあさんにも会えました。こみ上げる感謝の気持ち、平泉さん、さそってくれてありがとう。
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by issei_tachikawa | 2013-04-30 10:11 | 絵画 | Comments(1)
新メンバー、パーカッションの田中くん入れて、トラのマリアちゃんも花をそえてくれて盛り上がりました。驚いたことは、リハに注いでいる熱情の量と質、計4回、20時間以上かな?それでも本番間違いがあるんだとさ。だからライブは面白い。近所の組愛員さんも含めて、43名が聴いてくださいました。ありがとう!
c0219972_9584761.jpgあっちゃんこと佐野篤さんが最近始めたチェロ、ひき始めたとたんにぼくはナミダボロボロになってしましました。
c0219972_9592755.jpgジェンベも登場、カキランベ(地の神様と勝手にイッセーがイメージしている)もよろこんでくださったかな?ラリちゃんの無表情さがユーモラスでしたが、初めての太鼓オンリーなので「緊張してただけ」らしい。
c0219972_959465.jpg同じくラリちゃんの指笛、聴衆の皆さんの不思議そうな表情みるのが面白い。鈴木さん、デジカメとりまくってたね。
c0219972_1002095.jpgこぶらのマーク、今日始めて伝わったよ、俺の心の中に。新宿の路上生活者の心情をおもいやった詩なんだね。あっちゃんがそういっていた。BIG ISSUEも沢山売れてよかった。金子さんおつかれさま!
c0219972_1005670.jpgもう終了まであとわずかの時に外から眺めていた車椅子の高齢女性をさそったら聴いてくださいました。感想聞きたかったなー。
c0219972_102899.jpgステッチホール前庭のケヤキの枝からあお虫が下りてきて、というより風で吹っ飛ばされ手落ちたらしく、必死に雲の糸を手繰り寄せながら上に這い上がろうとしている。昼飯くいながらみんなで応援、がんばれ!
c0219972_1021869.jpg打ち上げはニシコクン(ゆるきゃら)で有名になったKINGの故郷、西国分寺の庄屋、「いちご白書・・・」と「終わらない歌」(ブルーハーツ)を合唱しました。ここでもラリちゃんの「合コンなんとか」にショッキングぴんくでした。みなさん、おつかれさま、ライブ・フェスタ・inステッチまたやろうぜ。命絶えるまで
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by issei_tachikawa | 2013-04-29 10:20 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
55歳の人生、早すぎて残念無念ですが、路上でなく暖かい部屋でみんなの支援をうけながら昇天されたのがせめてもの救いです。

佐藤さんは青森県八戸のご出身で、大沢さんを通じて連絡がとれたお兄さんのお嫁さんによれば、中学でてから行方不明だったらしい。その間何があったのか、辛いこと楽しいこと人生喜怒哀楽いろいろあったでしょうけれど、去年大沢さんと3人で近所の蕎麦屋で一緒に飯食ったときの会話を思い出します。

青森駅前にあった(今はわかりませんが)津軽三味線ライブハウス兼飲み屋のことをよくおぼえていました。音楽って魂にのこるんだよな。

そういえば昔ケーナを吹き始めのころ、玉川上水駅近くの公園で路上生活らしき男性から「荒城の月」をリクエストされたことがあります。日本人が西洋音階初めて作った曲、ぼくも好きな曲なので心こめて吹いてあげたら、「中学の授業で習ったよ。」といって喜んでいる笑顔の目がうるんでいました。

佐藤さんにケーナ吹いてあげたかった。

でも、福生の病院に入院されているときに「石川さゆりが聴きたい。」といわれるので、近所のリサイクル屋でCDラジカセと「津軽海峡冬景色」の入ったCDをプレゼントしました。きっと喜んでくれたでしょう。

佐藤さんからは生きるということのすさまじさについて、そのエネルギー・それを支えるりゆうについて、本当に信じられない力を人間はもっているんだなーということを教わりました。糖尿病で両足に壊疽を起こして、車椅子生活だったにもかかわらず、病院から逃げて路上生活に戻ったり、つじつまのあわないこともしゃべったりして、僕はかれのことを思い出しながら、この出会いの不思議さを味わっています。

つきなみのおくる言葉は出てきませんが、たくさんの思い出が一挙に脳裏を駆け巡ります。真冬の山谷越冬で電車の枕木を燃やして(よく燃えるはずが無いのに!)煙い煙い空気を突き破るように、誰かが「みんな幸せになろうぜ!」って叫んだ。誰も返事をしなかったが、それぞれのむねのうちでいろんな声が飛んだのでしょう。人生は長く短い。みんなリャキルナ(悲しい人)なのかもしれない。仲良く生きていこう。とにもかくにもおれたちは今日も命をさずかってしまった。ありがたいことです。これを生かしましょう。大切なことは「人のえがお」、万人は一人のために、督さんも、一枝さんもがんばれ!

◎須釜さんの読経(法華経らしい)に期待しつつ、『歎異抄』を読み返したりしています。「親鸞は父母の孝養のためとて念仏申したることいまだそうらわず。その故は一切の有情はみなもてせせしょうしょうの父母兄弟なり。いずれもいずれも順次生に仏になりて父母もたすけそうらわめ。ただ自力を捨てていそぎ悟りをひらきなば、六道・4生の間いかなる業苦にしずめりとも、まず有縁をどすべきなりと云々」
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by issei_tachikawa | 2013-04-19 08:53 | さんきゅうハウス活動 | Comments(0)
c0219972_14353598.jpg現行制度では保険料未納だと年金は出ない。保険料納付の期間が短すぎても受給資格がもらえない。Aさんは34年間先生されていたので65歳から満額支給となる。

というわけで今日口座に振込まれたはずなのだが、これはレアケースではないか。何度も失敗してやりなおしがきかない身体と心になってしまい、家族親戚友人からも見捨てられて路上生活になれてしまうと、コンビニで1000円出してタバコかっておつりもらうことすらうとくなってしまう人もいるらしい。友達に金貸しっても回収する知恵すらない人もいる。

Aさんだって仮にいままでのような路上生活がそのまま続いていたら?と考えるとぞっとする。おそらく年金受給資格に達していることすら気づかなかった可能性は高い。年金手帳だって紛失していただろうし、再発行手続きなども彼一人では無理だったと思う。

それが今回さんきゅうハウスに保護されることになり、多くの善意による食事と入浴、買い物サポートのおかげでなんとか年金受給を実現したわけである。

「やりなおしができる社会」をつくるってことは、こうのようなたすけあい・わかちあいを地域で実践できる人間関係(縁)をつくって、広げていくことなのだと思う。

Aさんはたまたま立川市内にいたからさんきゅうハウスとであえたのだが、他の地域で支援ネットワークの存在しないとこだったらどうなっていただろうか?貧困ビジネスにひっかかったり、路上で暴行を受けたりも考えられる。これからもっと広域の連携協働できる仲間を発見し、つながり手を差し伸べあいながら、貧困根絶に向けてスクラムくんでいこう。

Aさん、さんきゅうハウスの仲間と出会えてほんとうによかったね。
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by issei_tachikawa | 2013-04-15 14:33 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
昨日のAさん食事と風呂介助しながら星さんと話していたら、『社会観の探求』や『プロレタリア的人間の論理』
(著者は知る人ぞ知る、知らない人はたぶん永遠にであわないでしょうが、それでも良いかなと思える政治的哲学者、黒田寛一氏)を思い出した。

僕は高校3年終了間際にいろいろな意味で「周囲から孤立」したので、今自分は何のために生きているのか、これからの生涯をなんのために費やすべきなのか、自分の身体や心、そして欲望と社会全体・他者のそれらとはどのようなつながりがあるのか?などについて考えていた。

どうも個体と共同体の利害はひとつではなさそうな気がした。そこに資本主義や戦争(侵略)の問題を絡ませざる終えない状況があった。いろいろかんがえると、今まで自分が無意識に、所与の前提として信じていた人や関係性(人のつながり)が否定と変革の対称にしか過ぎないと思えてきた。

あれから50年も過ぎて、このようにさらっと文章にしてしまうことがいったいなんなのか、かなり躊躇したり悩んだりすることもあったが、あのころにけんけんごーごーかんかんがくがく論議した相手もしだいにあの世にいってしまう。論議の始末くらいはつけてあげたいので少しづつ文章化していこうとおもう。

ユーチューブで「三島由紀夫と東大全共闘の討論集会」を見た。今のおれからすれば、とんでもない頭の良い人たちどうしの観念的な論議のように聞こえてくるのだが、あれも「個体的所有」の次元での論議だったとすれば、まんざら無駄な論議でもなかったような気がしてくる。

戦後の知識人(政治家、官僚、企業経営者、さまざまの専門家、大学教授、マスコミにでてくる評論家、小説家、学校の先生、子どもにとっての親、子どもや若者にとっての大人たちなど)たちが、ベトナム戦争や大学改革・企業改革のテーマについていかに無力で無責任なそんざいでしかなかったのかがバリケードを通じて見えてきていた。

「もしかするともしかするかもしれない」と感じてしまう雰囲気が世の中にあふれてきていた。でも客観的な状況はまだまだ経済高度成長がつづいていて、マイホーム・マイカー・マイテレビだって普及の渦中だった。そのさいに政治革命の課題を人間存在につきつけて提起したことには無理があったのかもしれないが、あのころの純粋な魂の輝きは、いつまでも今とこれからの課題に置き換えて提出され続けるべきではないかとも思える。あさからなんかこむずかしいことをかんがえてしまいました。
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by issei_tachikawa | 2013-04-15 10:03 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
c0219972_21465380.jpgインカの戒律によれば、その1は、「うそをついてはならない」、続いて、盗むな、怠けるな、裏切るな、殺すなとなる。

他方で、うそは方便ともいわれる。生まれてからいっかいも嘘をついたことない人っているのだろうか?と友達に聞いたら、「自分はいっかいも悪いことをしていない。」という。

親鸞はいう。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人おや。」と。本願他力の趣旨に従うのであれば、「善人だにこそ往生すれ、まして悪人は」となるらしい。

Aさんはさんきゅうハウス(旧館)に寝泊りしていて、期間限定で毎日ボランテイアがかけつけてくれる。今日は俺の当番なので、パルの冷凍うどんもって夕飯つくりにでむいた。

ちょうど星さんもきていて、3人で8次元の話を出来たので楽しかった。

「Aさん年金がおりるんですよ。しかも明日の15日に。」という情報を入手したので聞いてみた。
「何年金なんですか?ロウレイ?それともショウガイ?」
「キョウサイ・・・」
「いくらでるんですか?」
「30万」
「えーっつ!俺より多いじゃん。何年働いてたんですか?」
答えは34年でした。感無量ですよこれは。

さっそく鉄ちゃんでこのことを報告した。「元センセーだったってはなし、うそじゃなかったんだ!うれしい。」ぼくは本気でこう感じました。何度もいろんな人にだまされてるんで、つい自己防衛してしまっているのですがいつもできればホントであってほしいと祈っています。今日はとても救われた気持ちで帰ってきました。
◎写真は高松町のケヤキの大木。道路の中央にどうどうと生き延びている。彼らには嘘も誠もない。柏小学校の卒業式で「木と話ができるんですよ。鳥や猫やいろんな生き物ともはなせます。たのしいよ。」と話したことをおぼえていてくれる元生徒が何人かいる。
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by issei_tachikawa | 2013-04-14 21:17 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)

癒しのシロくん

c0219972_22173318.jpg窓の外の電線に鳥が止まっているのを見つけると、なにやらけたたましくミャロミャロいっている。もうどうにも止まらない野生に帰っているのだ。その姿をみると不思議にこころがやすまる。まわりのひとはみな時間を忘れて仲良くなる。

毎日が家の周り数十メーターからせいぜい50m程度の行動半径の領域で過ぎ去っていく。人間では耐えられないだろうに、彼らはいっこうにあきる様子はない。四季の変化、野草の動き、鳥虫ヤモリなどの動きにも心ときめかせて年月がたっていく。


c0219972_22182285.jpg3人とも昭島で拾われてきてから約5年立っている。人間だと10代後半?それとも20代かな。いや生後の年に7倍かけたのが人の年齢に相当するとすれば5年×7だから35歳くらいか。シロくんは、メスなのに・・くんといわれる。他の2人(クロにゃ、マロ)に比べると2歳くらいはうえなので、人間だったら7×7=49才、ほーもう50歳が見えてきているのか。

規則正しく夜型の生活で、昼間はほとんど丸くなったり(シロトマロ)、仰向けになったりして(くろ)寝ている。夜はズーっとそとでシゴトをしているようだ。朝方に帰って来ると缶詰食べたらすぐに寝てしまう。でもたまに昼間おきて外に出たり、夜出たかと思ったらすぐに帰ってくることもある。


要するに、飼われてるとかすみませんなどとは感じていない。腹減ったら帰って来て泣き叫ぶし、外に出たくなると玄関で大騒ぎである。彼らはぼくらのことを何だとかんじているのでしょうか?共同生活者?

c0219972_2218455.jpg本郷3丁目の和田コーヒーさんの奥様が創った盆栽、門前の小僧面目躍如、時間を忘れて盆栽談義に興じた。隣にいた女性はなんと館山の出身で、鵜沢を知っていた。彼は法性寺(ほっしょうじ)住職、元は法政第二高校の野球部エースである。「山口良子さんしってる?」とも聞いてしまった。残念ながら「やまぐちって沢山いますから」ということでした。残念。出会いと話は面白かったが、コーヒーの味はアウトオブクエッション、アンビリーボーでした。それでも隣の女性は「おいしいですねー。」とほめていた。この感想も嘘とかおせじだったのではなくて、ほんjとうにおいしかったんだと思う。味ってのはそういうもんなんだな。
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by issei_tachikawa | 2013-04-13 22:14 | 家族、地域家族 | Comments(0)
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ひろばサラで陶器の展示即売会、去年は信楽焼き風の湯飲みを2つとお銚子1っポンを求めた。今年はなんとなく花瓶に眼がいく。底に「3500円」の値札が。出来ばえ見ても高いとは思わない。なのに、作者はチョー控えめで、「これが今日の出展物で最高値です。」という。売り込もうという姿勢が全く感じられないどころか、「今年はもうあきられたのか売れ行きもかんばしくないんです。」と弱気さえ感じさせる。

聞いていたら急に欲しくなった。なんでか?自分でも不思議な力が背後から意思決定の心臓を押し出した。彼女のやる気を鼓舞したい気もあったので、ニューロンの共生感覚誘発と言うほうがよいかな。

作者の女性はかってレストラン・さらで働いていた栄養士さん。怒らせると怖そうだが、正直もんで好き嫌いがはっきりしていて裏表が作れない気持ちの良い人だと思う。すぐに、買いますといったらとても驚いて、信じられませんと言う表情。「これで私も造り続けていいんだと励まされます。」ともいっていた。いやいやこちらこそですよ。逆に元気をいただきました。

大昔、新大久保のアパートで、イッ・ミョンハの彼氏がラッパがほしいと言うので、貯金はたいて15万円でかってあげたらえらいよろこばれたことを思いだした。彼氏は広島被爆者2世で、新宿のアシベにでていたハードロックミュージシャン。無愛想だがなんか人をひきつける魅力があった。ぼくは彼が世に出れるように励ましているようでじつは励まされていた。「ありがと、おめーこそしっかりな。」

今日も良い日だったな。金曜日Aさん食事介助スタッフ見つかるかもしれないよ。今日Fさんに話して、返事待ち状態です。長くなった首がさらに伸びていく。とりあえず、日曜日はおれがやることにしました。5月18日、年金おりたらお祝いしようぜ。
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by issei_tachikawa | 2013-04-12 21:17 | 足元地域から政治を変える(ライフワーク) | Comments(0)

癒し癒され今日も生きる

朝、島崎さんから電話、「Aさんのところいけるようになったので今日は替わります。」とのこと。正直木曜日2往復はちょっと辛い。サラの弁当配達もあるので、1日にチャリを3時間くらいこぎ、さらに+アルファとなるので。

でもよう考えてみれば、Aさんと付き合うのはすっごく面白いし、逆に励まされ、癒されている部分が多い。島崎さんも同感だという。

このところを意識的に心理コントロールできると何もかもが世界が違って見えてくるような気がする。

てなことを考えていたら、山梨と茨城でとくさん(賀川督明さん)から聞いた「万人は1人のために」の意味がよみがえる。過ぎさったむかしも、これからの苦難も全てが他者の笑顔で救われていく。宗教的というより哲学的というかな。

目の前の、足元の傷ついいているひとをほっておかないこと。さんきゅうハウスは、行政・企業がやらないことできないことでも人の力でやり抜いていきます。毎日の行動が癒し癒されたすけあいのチイキ創造につながりますように。

これから弁当配達⇒Aさん介助⇒WAM助成金申請打ち合わせです。Aさん、酵素玄米もってくからねー。あとおかずは何にしようか?サラのあまりがでるとありがたいのですが・・・
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by issei_tachikawa | 2013-04-11 15:13 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
c0219972_13244783.jpgいい風景だなー。きっと吹きたくてしょうがないんだろーなー。頭の中には曲のイメージがつまっていて、どこをどうすればどんな音がでるのかもわからないのに、だからよけいに面白い。最初は単音すらまともにでないのに、だんだん音がつながりメロディになっていく。でもなかなか上達しないので、1つの音を繰り返して練習する。腹式呼吸、タンギング、ロングトーン、気が付いたら何時間もたっていたとか。

あの子みたいな感動がいまのおれにあるのだろうか?答えは否。国立南口の桜並木の露店で、多田勝美(故人)からケーナを買って、吹き始めたころの感動はもうない。

でも、吹き始めてまもなく、何も曲が吹けないで、1人で手探りの練習をしているころとは質的に違う感動は味逢うことができる。先日の「帽子の女」もよかったし、六本木のレストランやビヤガーデンの演奏もよかった。ステッチホールで福島支援コンサートをしたときには参加者のKさんからほめていただいたことも。

ときどきなぜ続けてるのか?と考えることもあるが、これからやりたいことはやまほどでてくる。音楽に何か社会性を付与して考えていたのは20代、いったんは捨てた楽器(テナーサックス)を再び手にしたのは40代、それからはスーッとはまってしまってきっと死ぬまでやるんだろーなーと思う。

だから「なぜ」と聞かれても、答えは「生活の一部」とでてくる。これなしでは生きていけない。そしてせっかくやるのだから人の役に立てればうれしい。よろこんでいただければさらにはずみがついてきて、もうやめられないと確信する。

今晩の練習は6:30から始めて早めにきりあげてから代々木上原のベトナム料理レストランで演奏する。ユリさんが「ユリ(故郷)」を聞きたいらしい。改めてアワテーニャスを聞く。いい曲だね。今日も生かされている。本願他力、合掌
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by issei_tachikawa | 2013-04-10 13:18 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)