どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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c0219972_11241785.jpg通常のチラシ配布よりも対象を絞り込んでポステイング・手渡し・郵送しています。

ポステイング先は気持ち通じる(とイッセーが勝手に思い込んでいる)人です。
①パルシステム組合員でコミニケーションしたことがあり、気心知れている人。最近の「都民投票条例制定要求署名活動」を共にやってくださったかたとかぶります。
②たまり場とかコミカフェ(まめ吉、ステッチ、レストランサラ、樹まぐれ、鉄ちゃん、めだかや)
③『のんびる』読者
④さかえの住宅(イッセーが生息する47戸で自治会を形成しています)
⑤大沢豊と共に地域を変える会メンバー
⑥ジェンベ教室メンバー

そして郵送先は、年賀状交換者の中で、こういうことに関心があり読んでくれると期待できる友達とか恩人です。中でも先方からも通信をいただいている山田周司さん、晴美さんとは30年のお付合いで、立川生協以来お世話になっている恩人です。そのほかの郵送相手もそれぞれ大事な友達です。(ただしインターネットをやっていることがわかっている友達にはあえて送りません。経費を抑えたいので)

ということだったのですが、今朝のポステイング終えての帰り道、新規開拓を思い立ちました。「現状維持ってことは縮小再生産になる恐れが」とも思えますし、ぼくにとってパルシステムの消費財でも一定の政治主張でも自分が良いと思えることを自分達だけで独占していてはだめだよという自分の声が聞こえるのです。

というわけで次号は新しいお宅にも拡げようと思います。とりあえず20部(庭で野菜売ってる家、上水沿いのナチュラルハウスなど)増やして、100にしようかな。「手書きのイッセー通信」欲しい方はおしらせくださればお届けします。次号は8月下旬を予定しています。月1回くらいで50年出し続けると通産604号か(笑)林さんの「めだかや通信」(ただいま800号?)に比べるとまだまだですね。
◎写真右側は、勝手に吾が師と尊敬する中島常允(とどむ)氏、93歳で現役の「土と農・食の研究者&実践家」。地湧社から良い本がいくつか出ています。微量ミネラルと酵素のつながりが人体の代謝にどう係るかについてわかりやすく説明されています。体験談に裏打ちされていることがとても説得力を増しています。
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by issei_tachikawa | 2013-07-31 11:15 | イッセー通信 | Comments(0)

病気と怪我もありがたい

c0219972_78684.jpg小さいころは人並みによく病気・怪我したもんだ。風邪もひいたし、腹痛、頭痛も起きた。おたふくかぜ、はしか、中耳炎、おしりにできものなんかも経験した。

掛かりつけのお医者さんにもお世話になった。行徳医院、菊池医院、佐藤医院、飯島歯科など。当然のように薬を飲んだし、注射も打った。健康診断のときには、「病気は早期発見早期治療」の原則を信じていた。

人生最初の病気らしい病気(ほっといて直らない悪化していく)は、18才時の「十二指腸潰瘍」だった。胸焼け、飽満感、げっぷが続いて、いつもおなかがごろごろいって、食欲がない。一重姉に相談したら、大塚癌センターの斉藤先生を紹介してくれてさっそく診断を受けて、薬で(今では自然治癒ではないかと思うが)治した。原因は「気の病」、つまりいろいろ考えすぎだといわれた。

そういわれてもなー対処に困っただろう。自分は何をするべきか?ベトナム侵略戦争に加担する政府や既成政党、大もうけしている商社や武器・戦争関連商品輸出企業を見過ごして良いのか?周囲との違和感、もう一人の自分との対話など考えることだらけだったのだから。いずれにしても学生運動に積極的に乗り出してから病気のことは忘れてしまった。

30代でも2回倒れた。最初はN病院に入院、「急性胆のう炎」と診断されて、大学病院の集中治療室に予約されて手術の予定だったが、なぜか気がすすまないのですっぽかしたらいつのまにか治ってしまった。「肋間神経痛」に間違いない、ソフトボール1日3試合がきつすぎたのだと確信をもっていた。それから数ヶ月たって、帰京途中の新幹線で背中に痛みが走り、祖師谷の姉宅に倒れこみ、3日間水だけ飲んで寝ていたら治った。このときは頭の天辺からコンクリートを注入されたようで身体が全く動かなかったので、さすがにやばいと思ったが朝の目覚めに差込む日差しを見ながら生きていることのありがたさを感じ取った。

40代から50代には、「右下腹部そけいヘルニア」で手術入院1週間、右あご下に「がんもどき」で手術をすすめられたが、これもきがすすまないので、食の改善(油ものの排除、長ネギ湯抜き)で治した。これが後の「自分にとって最良の掛かりつけは自分自身である。」の確信を生み出すことになる。医療機関、お医者さんとの賢いつきあいかたも次第にわかってくる。いいなりになってはいけないのだ。かえって命を奪われることにもなりかねない。

最近はまったく病気をしなくなったので、怪我が気になる。車にはねられたり、道路で前のめりに転倒して右の額からコンクリに激突したり、左足のふくらはぎにチャリが倒れてきて内出血しパンパンに腫れたり、でもまったく医者には頼らないでほっておいたら自然治癒してしまった。もちろん心配はつきないのですが、これも修行だと割り切って、忍者トレーニングや長島茂雄さんのリハビリトレを参考にして、回復成功しました。

これで心身ともに自立訓練ができる。病気したり、怪我したりも自立へのチャンスの1つだと思えれば大丈夫、薬や医療に頼るのはよっぽどのときだろうなーと思う今日この頃でした。
◎写真は近所の向日葵(ひまわり)群生。名のごとく日の後回るか此花は?答えはノーなのでした。
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by issei_tachikawa | 2013-07-31 06:26 | 気・血・道 | Comments(0)
c0219972_1926206.jpg今回は80枚刷りました。配達は1日がかり。点が線になり面に広がります。

最初は幸町と若葉町から、布団やさんの青木さん、通信見るなりつぶやく。
「殺すな、盗むな、・・・・・だまされるなか、当然だよなー。」
ついでに、布団の打ち直しについて聞きました。「羽毛はできないんですか?」と。答えは「うちではできないんで外注に出すと2万円くらいかかる」とのこと。だめだなこれは自己破産してしまう。

同じくエルロード商店街の和菓子屋さんでみたらしだんごと最中買って、交換に通信お届け、もちろん金は払いますよ。通信は地域通貨ではないから。だんごは芳郎さんにお土産だ。

レストランサラとデイサービスさらにも数部ずつお届け。先日の激励会のお礼も忘れない。店長に「わざわざきてくださったんですかーごていねいにどうも。」といわれたので恐縮でした。ちょうど寄付された折りたたみ笠10本のうち3本もいただいちゃいました。ちょうど日傘にも使えるのでありがたい。

柏町の組合員宅にポステイングしたときに立川センター所属の営業担当(女性)に声かけ。「近所に引っ越してきた家があるよ。・・・などなど」みみうち。喜んでましたよ。生涯営業のイッセーでした。昔連合会の事業支援部で成田課長が課員に「なんで拡大するのか?」を問いかけていましたが、ぼくはむしろ「えっつ、なんで増やさないの?」と聞きたいところです。

午後は砂川7丁目、8丁目を中心に、市外(武蔵村山、東大和)にもポステイングしました。前回のポステイング時に25年ぶりでお会いしたMさんと話せるかなーと楽しみでしたが留守で残念でした。八丁目は「立川生協村」ともいえるなつかしのエリアなので歩いてゆっくりゆっくり回ります。過去への追憶と現状打開の想いが重なって、「自立あっての協働だよな。」とつぶやきながら・・・。

◎内容がいかにもローカルなので、主に地域配達ですが、いつも通信をいただいているみなさまには郵送でもお届けしています。中には岩手の山奥とか大阪の八尾市、岐阜県、千葉県の仲間もいます。みんな、勝負はまだまだこれからだぜ。
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by issei_tachikawa | 2013-07-30 16:46 | イッセー通信 | Comments(0)
c0219972_6571981.jpg■参議院議員選挙東京選挙区「山本太郎」見事に当選、脱原発票集めれば140万票、三宅洋平(緑の党グリーンズジャパン)も17万7千票ゲット、緑全体で45万票、投票してくれたみなさんに改めてありがとう!イッセーは基本の目標さえ合えば、どんな政党や個人でも手を取り合って動きます。生活は政治の基礎、選挙はある意味お祭りです。楽々おもしろおかしく若い人、とくに我が家の3人もやりたくなる活動を広げたいです。投票は政治の一部に過ぎない。やっぱ直接かかわるほうが面白い。来夏の立川市議会議員選挙を面白くしよう。1人1人が地域縁結びの主人公です。


■.毎週土日の朝6時~7時 勝手にイッセー体操やってます(見学自由、砂川公園にて)
家から公園までは、ヨガマット・箒・ストレッチ&武術棒を小脇に抱えて、はだしで歩いていきます。110番しないでね。(笑い)たくさんの出会いが楽しめます。マーシーのワンチャン、チャタロー、ありんこの行列などなど。公園でうつぶせになって国立音大方面を眺めると、アリや鳥さん気分になります。人間の信じがたい傲慢な暮らしぶりの反省にもなります。地球は苦しんでいる。なんとかしたい、なんとかしよう、1人1人の力で。

■イッセーの食運心(気血動、医食農) ステッチ日記帳vol.5にまとめてみました。
全10篇、残りは「生活習慣病の予防方法」です。病気体験を活かして、対処方法のポイントを抑えれば、癌・心臓疾患・脳疾患などは防げるのです。
とりあえず、4つがポイントです。①動物性たんぱく質を取りすぎないこと ②繊維質をたくさんとって酵素と微量ミネラル、ビタミンの補給をこころがけること ③塩分を取りすぎないこと ④ストレスに負けない工夫(生活術)を体得すること。詳細に関しては、コミカフェ「ステッチ」の落書き帳を読んでいただくか、直接イッセーに相談してください。

■8月ジャンベ教室
8/6(火)、8/26(月)6:30~8:30 場所はいずれもステッチギャラリー&ホールです。
くそ暑い夏をジェンベたたいて楽しく乗り切ろう。センセーは、宇宙ロックバンドの佐野篤さん、同津田悠佑さんです。初心者でも一発で開眼です。リアリー?イエス
■8月~9月のフォルクローレライブ情報
8/31(金)4時から with遊(荻窪南口徒歩5分のコミレス)でマルキチャイ&セレシータス久々のジョイントコンサートに、ワイナマユもお客で勝手にジョイントします。
9/28(土)JR恵比寿駅北口下車徒歩3分の「エル・リンコン・デ・サム」にて演奏します。(ワイナマユで)ベリーダンス、ラテン、日本民謡と協演です。

■さんきゅうカフェ9/21~9/23 オープンイベント、珈琲豆はフェアトレードで地場熱風焙煎(まめ吉さんから)活動開始から4年目、
立川市や社会福祉協議会、羽衣3丁目自治会の皆様からも暖かい励ましをいただきながら
ようやく地域に根を張る憩いの場に脱皮していくチャンス到来です。手作りうどんや気功とヨガ教室などを始める予定です。お手伝い(ボランテイア)を求めています。そして
みなさまからのあたたかい志金提供を切望いたします。
〔振込先〕郵便振替口座
00190-2-306646  口座名義人:さんきゅうハウス
◎玉川上水さかえの住宅内でも高齢者の一人暮らしが増えています。集会所を憩いとおしゃべり・気分転換の場にできるといいなーと思う今日この頃です。

◎レストランサラからのお弁当配達支援活動に区切りをつけました。7年間励まされ勉強になり、激励会までやっていただきました。改めましてチャンプルーの会のみなさま、ありがとう!今後も会員として係り続けますのでよろしくお願いいたします。

督さん還暦おめでとう!これからもハラハラどきどき共に歩まん
考えてみればとても不思議な運命的出会いでした。
賀川豊彦献身100周年記念イベントをやることになり、生まれて初めて!賀川さんの本を読みました。出会いについてはブログ(2011年1月16日)でも書きましたが、その人のお孫さん(督明さん)とこんなに親しく付き合うようになるとは考えても見ませんでした。「故人のお引き合わせ」?そうだと思います。さらにたまげたのは彼が悪性リンパ種(癌)宣告を受けたこと。家族ぐるみのタタカイが続いています。でもなぜか雰囲気は暗くない。ぼくはあれは癌ではなく、「がんもどき」(近藤誠『医者に殺されない47の心得』)だと信じています。還暦のお祝いで餃子食べながらサッポロ黒生をうまそうに飲んでいる彼からはこれから世の中を愛と協働の活動で包み込んでいくエネルギー(気の力)が伝わってきます。山梨県の都留市とこちら砂川町で心ひとつに生きています。
イッセーの携帯 080-5192-1463
自宅メール:a064kysac.auone-net.jp
ブログ:issei2nd.exblog.jp/
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by issei_tachikawa | 2013-07-30 06:57 | イッセー通信 | Comments(0)
c0219972_8483584.jpg6時頃におきてご唱念(神様への感謝・祈り・あいさつ)を済ませてから近くの公園まで裸足で歩く。全米ベアフット協会の記事をジャパンタイムスで読んでまねしたのです。足の裏に異物が当たると頭にまで刺激が伝わる。末端同士の気(血)を交流させることが、細胞代謝を促進するのではないかという仮説の実験です。

理屈はさておきやはり外ヨガ(といってもイッセー風アレンジ)は気持ちが良い。耳元を通り過ぎていくそよ風、根元に仰向けのポーズで見上げたケヤキの葉が揺れる風景、逆にうつぶせで眺める路上を歩くありんこなどが五感と第六感を刺激してくれる。

犬の散歩中の女性や男性と友達になれる。ここでステッチマルシェ出展者とであった。2011年の夏は小さな女の子を連れた若いお母さんのとても大胆な言葉にこころときめかせたことも。今日は「ちゃたろう」(画像のわんちゃん)と二度目の出会い。ちゃんとお座りもできるんだよ。

昨日のことも思い出しながら身体を自然に溶け込ませていく。久しぶりに友達と暑気払い設定したのだが約束時刻より遅れて現れる。顔の様子がなんかおかしい。経験上の直感でこれは鬱に違いないと思って確かめたらやはりそうだった。でも突然になぜ?

しばらくしたらだんなが合流。彼とは初対面なので「おつとめはどんな分野なんですか?」と聞いてしまった。「実は・・・」と切り出されて気の毒なことをしたと反省したのだが後の祭り、だんなは・・・・の社員でした。「幸い僕は火力のほうなのですが、このたびは取り返しようのないことをしてしまいまして本当に・・・」と謝り続ける。

日ごろの敵意は消えてしまった。「たいへんですよね。がんばって・・・」というしかなかった。

もしかすると奥さんの病気も原発爆発に関係しているのかもしれない。だとしたら「この人たちもある意味被害者になるのか?、いややっぱり福島の人と一緒にはできない。」とか結論のでない感情がぼくの身体に走り続ける。

それは昨日のことだ。問題は解決していないのですが、今日は今日でまた新しい命の循環が始まる。自分で体験した感情のこもった情報(ことば)が最高の伝承力をもつのではないか。だからハンデイのある人たちの言葉にはおもみがあるし、不幸な体験を生きるエネジーに転換出来ると良い。そうなるには一定時間の経過も必要だろう。・・さんがんばれと自分のハートでつぶやく。
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by issei_tachikawa | 2013-07-27 08:29 | 気・血・道 | Comments(0)
c0219972_13253799.jpg盆栽づくり(家業)のお手伝い、強(教)育、玉電の石垣にこけ採り、兄と

肥料団子づくり、貝殻・こっぷん・腐葉土まぜて、悪臭我慢

年末に、年賀用の福寿草セット(笹、やぶこうじ、雪割り草、しだ、福寿草など)、正座して仕事する父の姿、生涯現役(84歳)、道具を磨く表情と手つきから盆栽職人の魂を感じ取る

近所の米屋さん(河野商店)で持ちつきのバイト、蒸篭から立ち上る湯気、小屋いっぱいの笑い声、ギーボウ、ドン、のんたん、なべちゃん、兄貴(川辺の)、米屋の叔父さんおばさん

買い物(おつかい)はほとんどなかたかな?御用聞きが多かったので。創世記のコープ神戸(灘神戸生協)みたいだな。

(近所のうちで)
電気冷蔵庫の立派な様、バナナとゴールデンデリシャスに驚いた。我が家は氷冷蔵庫。トヨタ自工社長、神谷庄吉さんたくで、あきおちゃんと、でかい錦鯉にも羨望の気持ちが?

西村さんちで卓球練習 小学校4年から

(泥棒も遊びのうち?)
精華堂文庫の敷地(6万坪以上?)の柿木から、柿をもいで、ズボンでつくった袋に入れてもってくる。今なら警察ざたでおなわになる

(なんと交番のおまわりさんも友達)
金田さんは親切だった

(木登りが楽しみだったなー)
岡本神社の下のつばきは今も健在?岡本民家園の上にある

(自然を眺めているだけでも十分わくわく楽しかった)
裏山に寝に帰る鷺の大群、羽音、轟音、杉の木に数百羽がとまると花が咲いたよう
庭に突然侵入してくる何十匹もの野犬か野良犬か身元不明犬の群れ
◎画像は復活した自然の象徴(ソウルの川、チョンゲチョン=清渓川)、神田川、善福寺川もぜひ、まだまにあいます。
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by issei_tachikawa | 2013-07-26 13:21 | 共育、子育ち、おやじの背中 | Comments(0)
c0219972_8154880.jpgアソビ場は東京都の世田谷区岡本でした。保坂くんが区長になって脱原発の運動が盛んな世田谷区で僕が生まれ育ったという事実も何かの縁、だろ!

自然が豊かだったので1人でも時間を忘れて遊びました。たとえば魚とり、網で取る、せき止めてとる甲斐掘り方式と2つあった。網は、三角網と丸網、三角だと収獲量が多い。川下の方からあがってくるのがこつ。水がよごれるからね。こういうことはやりながら学習したということと、誰かに教わったということだと思う。先輩とか兄貴とか同級生とかだろうね。(取れた魚は、フナ、たなご、ぜにたなご、はや、雷魚、うなぎ、鯰、鰌など)

獲った魚どうしたのか?一部は七輪で焼いて食べたが、大部分は自宅の池に放したのだと思う。だから命は絶やさない。洪水でイケが溢れると魚は川に戻れる。しかしかわせみや鷺などの野鳥に食われてしまうこともある。これも命の循環だな。環境都市江戸を思い起こさせる。

夏の早朝は、岡本神社の裏山の斜面まで約5分あるいて昆虫採集に行く。比較的若い、育ち盛りの栗の木の地面から1mあたりにたくさんいたような気がする。カブトムシ、鍬形(クワガタムシ)、紙きり虫、都蜆(みやこしじみ)、かなぶんもたくさんいたが雑魚のように無視された。これが夏休みの宿題活動をかねていたところが実に合理的だと思う。そしていちいち大人が指図しないから、自分で調査して考えて判断する、森林の中で生息地を発見するのを自分だけでやりながら、「全体を見て先を読む」原初的な力、動物的な本能磨けたのではないかと思う。

あと、毎年違うアソビがはやった。伝書鳩の飼育訓練レース出場、船(戦艦、大和・武蔵)や飛行機(たぶんゼロ戦や紫電)のプラモデルづくり、切手収集などなど。伝書鳩の餌や水やりはじぶんでやるし、はと小屋だって自分で修理する。レースにでたことがなかったが、日本地図を見ながら青森-東京間600km(?)レースをイメージしたりするのは子どもごころをときめかしたのだと思う。ブルーハーツが飛び出してきそうだ。

はとの餌は溝の口(JR南武線と田園都市線)までチャリで買いに行く。これは良い運動にもなったし、まち歩きの原点にもなった。

兄貴達が遊んでいるのを見るのもアソビ=勉強になっていた。野球、水泳(家の前の川=ジダユウ堀は水深深くて綺麗だったので泳げた)、なんとマージャンは小学生で覚えてしまった。兄貴(かねちゃん)のおかげだな。

友達(ドン、ヤンジ、吉井)の家に泊まって将来を語り合うのも楽しみだったがこれは中学生の頃だったと思う。しかし家と家の間を隔てる敷居はあってないようなものだった。少なくとも子供にとってはね。地域共同体がそこに実在していること、大人にとってそれは共同体維持に関するさまざまの約束事や分担労働をかせるもので、辛い義務的要素もあったのだろうが、子どもの共同性を養うにはありがたいことだったと思う。

遊びと書いてみたが、実は学習だったこと、計算や暗記などの勉強は全くしていないこと、豊かな自然と交流できて幸せだったことを思い出しながら、「10歳までは夢のなか」(R・シュタイナー)を思い出しています。イッセーの自己採点、日本の小学校では落第生でもシュタイナー学校だったら優等生、だろー?!(国立の自主学校「遊」と連帯しながらともに歩み続けます。寺下君の行動にもいつも連帯しています。)「明日に向かって撃て!」そうすれば、なくなりそうな明日を何とか住み続けられる地球として残せるのだと信じています。
◎画像は、最近出した「ベトナム反戦闘争in砂川」(新泉社)の写真集です。ぼくもちょこっと文書書かせてもらいました。懐かしくもあり現在的意義ある写真が96葉(早大カメルポ研提供)、見たい方は連絡ください、待ってます。金がない方にはただで見せます。販売価格は2000円。
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by issei_tachikawa | 2013-07-26 06:11 | 共育、子育ち、おやじの背中 | Comments(0)
c0219972_21304934.jpg思い出深いのは「Sケン」または「エス型」、校庭に棒枯れ枝などでS字を書く。グループを2つに分ける。敵と味方、叉は赤組と白組。Sの中に入れば陣地なので、両足付いても良いが、一歩外に出たら島以外ではケンケン(片足跳び)で動かなくてはならない。手を自由に使って相手を倒したら勝ち。一定時間に何人の相手を倒すか、逆に言えば何人が倒されないで生き残るかが勝敗を分ける。たくさん残った組が勝ち。

次は「ベーゴマ」、朝早く通学途中の友達の家の庭でやる。たるの上に皮のシートを張って、リングにする。駒は紐でまわす。紐の先端に2つの結び目を作るのが特徴。1対1の勝負、平たいのと背の高いおしりがとんがったのとがあって、後者はガチャに使う。平たいのを上からぶつけて、リング外にはじき出すのだ。リングアウトしたり、リング内でさかさまにひっくりかえったら負け。買ったほうのベーゴマが増えていく。

あと、「かくれんぼ」、「かんけり」、「零歩一歩」なんかもやったな。

途中で禁止になったのが馬跳び。馬になるグループは4~5人組、その馬に後ろから飛び乗ってつぶすほうも同数。じゃんけんで勝ったほうが飛び乗るほうになる。これがもりあがりすぎて、どこかで誰かが骨折ったりしたんだと思う。あるときから禁止されてしまった。

ちゃんばらもよくやったなー。刀は木を切って自分で作る。ということは小刀を各自がもっていたということ。これを今の小学校で生徒に自由化(というか義務化)して成功した校長がいた。元柏小学校校長、とおるちゃんこと宇都宮透氏、例の豚の校長、真壁繁樹さんの同志だった。

今考えればやばいこともやっていたな。誰かをお宮の急斜面から突き落とすのだ。やられる子は決まっていたと思う。少なくともおれはやられたことがない。なぜか?ひどい話だが当時は「いじめ」という言葉すらなかったし、やられても親や教師や警察が出てくることはなかった。やられ役の子供はどうなったのだろうか?ぼくはいじめっ子よりも数倍強い大人になったのではないかと思いたい。(証明できませんがそう信じたい。希望の原理、ヘーゲル『精神現象学』主と奴)

集団で取っ組み合いの喧嘩も遊びのうちだった。必ずグループにはガキ大将(ダイショウ)がいて、グループの動きを取り仕切っていた。ニコタマ小4年3組Fくん、他方でそのリーダーシップをよしとしない少数派(4人組)もいて、イッセーはこちら側だった。実践対決になると4人組が勝ってしまった。学年同士の乱闘も、正々堂々校舎の廊下でやっていた。5年のときに6年生からはねごしで床に叩き付けられたりした。

今の子供たちにこういう遊びは許されないのでしょう。それをどう見るかは大きな問題ですね。いい悪いではなくて、当時の男の子の遊びを通じて、やられてもやり返す強い心身が鍛えられたという側面もあると思います。あと殴り合いの喧嘩も、痛みを共有できる、手心くわえるこつをつかむという利点もあったような気がします。「男女7歳にして席をおなじゅうせず」ではありましたが。

女性グループに入ってゴムとびしただけで、男グループから村八分になったやつもいたなー(笑い)
◎画像は、イッセーにケーナと出会わせてくれた多田さんの音具たち。永久に大切にしたい子供性とはなにか?
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by issei_tachikawa | 2013-07-25 20:09 | 共育、子育ち、おやじの背中 | Comments(0)
元将棋名人、連盟会長、米長邦雄氏いわく

「謙虚さと笑いとおもいやりですね。」と

謙虚さ、ふむふむ

笑い、そうだなー

思いやり、なるほど

たまたまスイッチ入れた徹子の部屋で、既出演者で今年亡くなった方々の追悼番組をやっていました。

話変りますが、今回参議院議員選挙で緑の党の比例代表候補10番目にノミネートされ、17万6000票を獲得した「三宅洋平」(よーへい)が、本日7/23(火)夜7:30のNHKTVに出るそうです。

彼には勝利の女神は微笑んでくださるでしょうか?アイシンクソー

笑いと知性と批判精神がある人。

イチローに似ている。イチローの出し方も彼らしい。カリスマ化していない。聞いているヤング、失敗の連続者、人生に落語しそうな人を励まそうと努力している。

「3割打者っていいますが、考えてみれば10回の打席で7回はスカだったということですよね。でもそれなしでは3回の成功は手に入らない。要は失敗、敗北にめげるなということですよ。」

言われてわが人生振り返り見れば、40歳までは失敗と不幸、敗北の歴史みたいだったな。そんときにめんどうみてくれた男女の友達には頭が上がりません。みんなまとめて、あ・り・が・と・う
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by issei_tachikawa | 2013-07-23 14:06 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
c0219972_1015835.jpgまめ吉さんで合った4人連れ、80代2人、70代1人、60代、いきなり仲良しになった。参議院選挙投票結果について「入れた人が落選した。」と悔しがる。「うちの息子は選挙なんかやっても全く変らないので棄権だといっているので、『ならおめーがでろよ。』と励ましたんですよ。」と話したら、「だったら支持しますよ。」といってくれて大笑い。

c0219972_109658.jpg最近はときどきかすみとんぼ(うすばかげろう?)を見かけるようになった。本当は「こじゅけいも」(チョッコホイの鳴き声でけたたましくあるきまわる、地鶏なので猫などにやられて都内では絶滅品種)3羽見かけた。1950年代初めの世田谷にはたくさんいたんだけどなー

c0219972_10184614.jpgかもさんが10匹昼休み中。鴨川のアベック(死語か?若い男女2人連れのこと)を連想するなー。

c0219972_10201741.jpgかぶとむしさん、真昼間からさかんですね。うらやましか。背の高い不要なフェンスも彼らにとってはセイフテイグッズ?

c0219972_10225920.jpg幸町団地北側の上水には魚や亀が集結する交流場がある。鯉以外のはやとか小魚もいる。

c0219972_1025284.jpg日本、東京にもイッミョンパクさんのような決断力ある政治家(都知事や市長)が誕生してくれるように願っています。(ソウルではどぶ川だった清渓川(チョンゲチョン)の自然が行政のリーダーシップで復活しています。日本でも善福寺川浄化運動が根気強く続けられている。賀川一枝さん、賀川督明さんも係っています。
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by issei_tachikawa | 2013-07-23 10:13 | 脱原発・自然エネルギー産業の拡大 | Comments(0)