どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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c0219972_15551043.jpg◆さんきゅうカフェはコミュニテイカフェをめざします
9月22日にオープンしてから毎週木曜日、11:00~17:00に営業中。お勧めメニューは「おまかせセット」、パンの上にミートソースとチーズを乗せて焼き上げ、パセリを振るなど。生野菜サラダと地場産直自家焙煎&フェアートレードの珈琲セットで500円は地域奉仕価格です。なべさんの手作り餃子入りのさんきゅううどんも好評です。お客様は多くても1日20名とまだまだ少ないですが、徐々にご近所の方が増えています。てづくりうどん教室等も始まります。羽衣地域のカルチャーセンターとして、各種の講座や遊び、集まりにも利用していただけたらと願います。ちょっと工夫したのが「シェア珈琲」、余裕のある方が生活困窮者のためにもう1杯の珈琲分を寄付していただき貯金箱にためています。地域活動情報掲示板も設置していますので、チラシやパンフレット持込み大歓迎、さらに地域に開かれたさんきゅうカフェに、みんなの力で盛り上げましょう。

◆さんきゅうハウス&カフェの運営は地域力で続いています
てづくりうどん講師をお願いしている気功師の藤田さん
道具や原材料を手配してくださった真壁さん(麦の会主宰)
ヨガ教室の指導は、菊池びよさん(舞踏家)
機織講座の提案と指導は、地域活動コーディネーター荒金さん(ステッチサポート倶楽部)
フェアトレード珈琲を自家(ガス熱風)焙煎してくださる「まめ吉」の山口さん
立川市役所、社会福祉協議会、子ども未来センター、ワーカーズコープのみなさん
災害医療センター、立川相互病院のみなさん
さんきゅう食堂の運営もおおくのみなさんのボランテイア労働で継続できます。
そして300名近い寄付者の方、助成金支給団体(真如苑さん、パルシステム東京さん)のことはいつも忘れません。本当にありがとうございます。

(さんきゅうカフェには南武線で立川から一駅です。地図はhpで見てください)

◆特定秘密保護法案、あっというまに衆議院!国民無視では霞むが席
秘密っていいますが国民は何でも知る権利があるのですよ。だってこちらが主権者なんですから。思い出すのは3.11以降のスピーディ情報、とてもスローな公表だった。そのために避けられた被爆をしてしまった人もいるはず。

◆世界最悪レベル 福島の子の甲状腺ガン
 (「食品と暮らしの安全」2013.12 NO.296⇒「たんぽぽ舎通信」より了解を得て転載)
 福島県の県民健康管理調査結果が11月12日に公表されました。18歳以下で甲状腺ガンが確定した子は、8月の「18人」から「26人」に。検査を受けた子は24万人弱ですから、9000人に一人の割合です。
 3.11以前の日本の小児甲状腺がん発生率は、100万人に1~2人。チェルノブイリの高汚染地帯でも事故から5年後で5万人に一人でした。福島の子の甲状腺がんは、世界最悪レベルの異常な発生率になったといえます。
(食品と暮らしの安全 http://tabemono.info/gekkan/saishin.html )

◆お子達はそれぞれ自立に向かって成長しています
もう直ぐ成人式 ののか(野花)
独立起業の進吾
サラリーマン3年目の兄貴、光太

(12月の活動予定表)毎週火曜日朝はBIGISSUE支援、昼間は食事当番
4日(水)11時深大寺、7時ワイナ・マユ(25日まで毎週水曜日)
5日(木)11~5時さんきゅうカフェ営業、7時からてづくりうどん予行演習
9日(月)10時半から 柴田さんちでマージャン大会、夜はステッチでジェンベ教室
10日(火)3~4時 さんきゅうカフェ ヨガ教室(講師:菊池びよさん
14日(土)午後 小平福祉園クリスマスで演奏(ロス・サバドス)
15日(日)2~4時 さんきゅうカフェ てづくりうどん教室(講師:藤田さん)
16日(月)子ども未来センターとさんきゅうハウスの合同忘年会
20日(金)夜、コナミ財務本部忘年会で演奏(ワイナ・マユ)
22日(日)昼間、大沢豊と市政を考える会、夜は荻窪でライブ
23日(月)4~6時 ギターレッスン
29日(日)年末物資配布(河原その他)
☆元旦には、恒例の雑煮会をやります。昼ごろからモノレール付近の公園で。
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by issei_tachikawa | 2013-11-30 15:40 | イッセー通信 | Comments(0)
c0219972_1845581.jpgやっと干し柿ができそう。今まで失敗したのは、なんと皮をむかずに干していたのです。あほやし

c0219972_18475812.jpg荻窪のコミカフェ「with遊」に12.22のチラシをお届け、1年ぶりのきりたんぽ定食に舌づつみ、オウナー奥様は秋田の出身、ご主人は東京。おっとそうだ!野菜の一部はパルシステム産直です。田辺さん、いつもとってくれてありがとう!

c0219972_18502272.jpgカフェの前庭にも秋が、さんきゅうカフェもがんばろうね。これからこれから。

c0219972_18514927.jpg帰りは、荻窪⇒国分寺⇒鷹の台で下りて、タマジョー(玉川上水)を約1時間半歩く。ラムサール条約締結対象候補になるそうです。

c0219972_18545110.jpg紅葉真っ盛りの1本が気に止まりました。

c0219972_18554295.jpgイヤー今日も夕焼けだ。明日も天気にナーれ。明日は久しぶりに「ロス・サバドス」にいけるな。楽しみ。
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by issei_tachikawa | 2013-11-29 18:57 | エッセイNOW | Comments(0)
c0219972_1742061.jpg白倉さんから「ムベ食べますか?」との電話をいただいたので、さっそく駆けつけてみてびっくり、屋根までムベなのだ。世田谷の実家の庭では生垣に生えていて、高さはせいぜい1.5mくらいだったので、この成長振りにはたまげた。もっとも考えてみれば、蔓だから上に伸ばせば屋根まで行っても不思議ではないのですが。

小さい頃腹がすくと自分で採って食べていた。中身はほとんど種ですが、口に含めばかすかに甘い。あめやチョコが少ない頃のこどもにとっては、貴重な甘味だったのだろう。親もわざわざお菓子を挙げなくて済んだのだから一石二鳥、自然の贈り物だ。

インターネットで調べるといろいろ由来が説明されている。この植物の語源の主は、天智天皇だったとも言われている。
「 琵琶湖のほとりに位置する滋賀県近江八幡市の北津田町には古い伝説が残っている。蒲生野に狩りに出かけた天智天皇がこの地で、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。
 「汝ら如何(いか)に斯(か)く長寿ぞ」と尋ねたところ、夫婦はこの地で取れる珍しい果物が無病長寿の霊果であり、毎年秋にこれを食するためと答えた。賞味した天皇は「むべなるかな」(もっともなことだなあ。いかにもそのとおりだなあ)と得心して、「斯くの如き霊果は例年貢進せよ」と命じた。」とあります。

次のような説明もある。「また、この木の葉は、幼木のときは3枚、その後5枚、実が成る頃には7枚になるので、「七五三の縁起木」ともいわれています。 」面白いね。

10個いただいたので、2つは鉄ちゃんに、残りはまめ吉さんにおすそわけ。野末さんの分も置いてきました。近いうちにきてくれるといいね。

寒くなって来ましたがこれからワイナマユ練習です。特製サンカが鳴り響くアルテイプラーノ(アンデスの高原、土くれと石、こけ、野生動物、風のすみか、雲がともだち、耳元で雷)が面白くなってきました。改めて製作者にムチョ・グラーシャス。
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by issei_tachikawa | 2013-11-27 16:55 | 農、林、水産 | Comments(0)
何が変ったのか?何を変えたいのか?

1つ、生活保護など収入のあるひとからは、1食100円いただくことになった。無収入の人は今までどおり無料。熊野寮の負担区分撤回闘争の現状(月4000円寮費を払うようになるまで30年以上もかかった!)を思い出した。

2つ、寮長におんぶにだっこ体制から、週4回の輪番制にしたこと。しかも4チーム(3×4=12名)の中には、利用者が3名含まれている。自発的なのかどうかはわからないが(これは余りたいした問題ではないと思うので不問)今までとは違うオーラが、ハウスの壁や屋根から出て来たような気がする。

今日は朝9:00~夕方17:00まで、寮長からの的確なアドバイスもあって順調な滑り出しでした。利用者の笑顔も身近に見られて楽しかった。和気藹々

やられキャラのkさん、推定体重80kg?みなから「おまえなんて1日2日くわなくたってしなねーだろ。」とかからかわれている。14:20ごろになって、飯が1人前しか残っていない。「あと何人くるのかなー?」と聞いたら「3人でしょ。」と言う答え。

心配になってきたら、23分に2人来た!やば!どうするか?約束では、「昼食時間は2時半まで」となっている。約束は守らねばと思って、ライスのみを買いに出たが、セブンイレブンには普通の弁当しかない。チャリを10分ほど走らせれば、ディスカウントストアでライスだけうっているということだが、まにあわないので350円の弁当2つ購入、自腹を切った。

あとパルシステムの消費財を出来るだけ持ち込むことにした。天然醸造醤油、こだわりつゆ、バージンオリーブオイル、ツナ缶、リサイクルティッシューなど。これだけでも少しは気持ちが楽になる。何しろ心苦しいのは、利用者の食べるものの安全性が担保できてい無いという悔しさなのだ。何年生協やってるなだ?!と自分に問いかけながら歩んでいます。

でも1つの進歩は、岡田さんに聞いたドレッシングをつくって出したこと。今日はカレーだけではなくて、サラダがついたのです。キャベツ、きゅうり、かぶ、みんな千切りにしてドレッシングを自分でかけるようにしました。すべて完食でした。そうだ梅野みかんもだした。これらは、すべてパルシステムからの野菜です。

いきなりパーフェクトは無理なので、ベターを追及していきます。ポコアポコ(すこしずつ)
◎そうだ、これはぜひ書かなくては、青木さんから真壁さんがいただいたサトイモがさんきゅうハウスにプレゼントされたのです。これぞまさしく地場産直です。これをどうすれば継続的仕組みにできるか?楽しみです。
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by issei_tachikawa | 2013-11-26 22:21 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
かたや生協、かたやNPOなので違いも多いが、職場の雰囲気や展望で似通っているところがある。

組織が固まっていない。どうなるかやってみないとわからない。おれの役割を強く意識できる。俺がいたほうが良い、いつのまにか愛がはぐくまれている。

それもこれも争いごと(意見対立と言うより感情的なやりとり)が多いこと。隠さないでぶつかるぶつける。方向性がみえないがやって見る。歩いていて振り返ったら道が出来ている。もうあとにはもどせない。

立川生協の木村VS奥田のやり取りはすさまじかった。やたら労働時間が長かったことも基底にあった。いつも奥田がいわれっぱなしだったが、最後に逆転満塁ホームランみたいな捨て台詞が出た。

そばで聞いていたら、いきなりぼくにも「マルソはゆうたことはやりや!」といわれてぎくっとした。

さんきゅうでもいろんな言葉が飛び交う。なんでやろー?と考え続けている。答えはまだ見つからないのですが、はっきりしたことが1つある。「信頼関係ができていないんだ。」ということ。今作っているんだと言うことでもあります。

ではそうすればもっとこころ1つになれるのだろうか?OPENまいんど、ハウツー

BIG ISSUEなんかは、実に上手くみんなのガス抜きを親睦交流イベントをきかくしているようだ。畑に行って収穫祭もいい。フードバンクやまなしさんの、フードファーム、フードカフェ見学に大型バスでいくのも面白い。

いずれにしても明日から新体制の実験展開が始まります。最初のチームはT&Yチーム、不足する炊事道具も買い足して9:00に集合です。
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by issei_tachikawa | 2013-11-25 22:34 | パルシステムで愛と協働の地域社会を | Comments(0)
c0219972_2259044.jpg前にブログ掲載したものです。小澤さん(写真左)が語るブラジルもなかなか面白かった。

「ベクトル先生こと、小沢俊哉さんは、KINGで打楽器を担当している。今日は熊で呑みながら、ブラジルの話を聞いた。
・道を聞くと、知らんふりしたりそっけない顔しないで、親切に教えてくれるのだが、そのとおりに行ってもなかなか目的地に到達できない体験をしてわかったこと。「ブラジル人は判ってなくても精一杯教えようとする。当たってるかどうかよりも、誠心誠意のほうが重要視される」という。ほんまかいな、と思いながらみんな大声で笑っている。ぼくも15年位前に長野県内で同じような体験をしたことがあります。
・ブラジルといえばサッカーだが、「手以外は何処使ってもいいんだよ。」と教えるらしい。日本ではどうかな?もしかすると「手を使うとだめだよ。」と言って禁止事項から入る指導者が多い?これもほんまかいな?ですが、判るような気もする。プラス思考vsマイナス思考、メダルの表裏的社会心理学、あれかこれかではなく。
・あと極めつけは駐車場の空きスペースが車の長さぎりぎりだということ。前の車のバックナンバーがつぶれている。どうやら向こうでは、ナンバープレートは消耗品扱いなので、誰もが前の車を押して自分の車を止めるらしい。これは、ローマなどでの体験談とも合致するし、ブラジル以外でもよく見受ける風景らしい。日本の都会車社会文化のほうが世界の例外なのかもしれない。

・途中で、らりちゃんのフルートとベクトル先生のパンヂーロのセッションが始まった。パンデイーロはタンバリンのことで、ブラジルに有名な奏者がいて、彼は直で教わったという。単純な楽器なのだが、とても豊かで多様なリズムを繰り出してくる。「単純だから可能性も無限」というのが彼の持論、サッカーボールの使い方もそうだという。これはうなずける。最も単純なものの中に、最も複雑なものの原型=細胞があるのは当然なのだが、それが奏者の力で表現されてくるところが面白い。その日の気分でいろいろなリズムが聴ける。幸せな気分に浸れたのでした。
・大きなスプーンを2つ、片手で持って膝とか頭に当てながら手のひらでたたいてリズムを繰り出すのも面白い。何でも楽器になるんだーというのは、ロバの音楽座もそうだった。身近な形あるものだけでなくて、風とか空気とか、星や月さえも音楽に巻き込んでしまえるとしたら楽しいな。こんばんは十六夜(いざよい)月でしたね。
・一期一会の熊会でした。参加されたみなさん、面白かったですよね。また呑もう」

・チューリンガっていったけ?ブラジルの一弦の楽器、石で叩いて音をだす。ベクトル先生のおはこだったな。
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by issei_tachikawa | 2013-11-19 20:51 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
音喜多(オトキタ)さんギター教室主宰のイベントに呼ばれて前座で2曲、とりで2曲演奏しました。福岡さんに作っていただいたサンカ+2音好評でした。自分でも曲相の変化を感じました。アンデスの山並み、風の声、土くれの肌が今まで以上に鮮明に見えるようです。霊的な雰囲気も強くなります。

c0219972_21105287.jpgサリリ演奏中のワイナマユ、いけねー右端ギターのベニート、ポンチョしか写ってない。10枚の中から選んだつもりが酔った勢いで大切なショットをデリートしてしまいました。ベニさん、みなさんごめんなさい。ゆるして

c0219972_2111991.jpgコミカフェ「帽子と少女」のオウナー、ご主人の思い出びわをかなでる。「好きなことをやっていきてくのが一番ね。」とおっしゃる。同感。大野和男(土方巽に影響受けた舞踏家、90才超えても踊り続けた。)さんのファンだったそうな。

c0219972_2113344.jpgオウナー・イン・イギリス、このとき彼女は既に70歳だと!波乱万丈の生涯、幸せの種族だな。ミ・ラサ

c0219972_2114139.jpgたぶん左が音喜多さんの母上85歳、右の方は仙田さんの母上90才、元気矍鑠3次会までお付合い。次回もお会いできるのが楽しみです。

c0219972_2115293.jpg参加者の面々、一人の男性から「あんた石橋レンジにそっくりだよ。かっこいい。」といわれましたが、似てるのはやくざっぽいとこ?それともチンピラの雰囲気かも?(笑い)

c0219972_21161894.jpg中島みゆきの「アザミ譲のララバイ」やってくださった坂井さん、奥多摩の軍畑駅付近でレストラン経営、元プロのフォークシンガーでCDもだされているとか。
写真撮るの忘れましたが、音喜多さんギター、鈴木さんと高田さんのパーカッションで奏でるモーリン度カフェの乗り、サイコーでした。12月22日のコンサートには、このトリオも出演してくれます。楽しみ。

◎今日の芭蕉、「やがて死ぬ 景色は見えず 蝉の声」
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by issei_tachikawa | 2013-11-16 21:18 | 音楽大道芸活動 | Comments(0)
c0219972_22242550.jpg逆から話そう。伝わらない話し方。くどい、ながい、何が言いたいのか焦点がぼけている、声が拡散してでかい(しまりのない声)、理屈っぽい、たいそうな話し方、洋行自慢型、今や世界の情勢は型などなど。

これらに比べると、小中学校で教わった先生方は熱血漢が多かったのか、おれがワルすぎたのか?聞いてみたいところですが、とりあえず今日は自己分析です。

小学校4年~中学校3年まで、全ての担任に殴られた。原因についての詳細は省略しますが、非は自分の言動にあり。それと野球部の顧問にも、枯れた竹の鞭のようなもので顔面をめがけてやられそうになったが、これは避けられた、というよりさすがに当てるつもりはなかったのだろうとは思うが。

いずれにしても、かけられた言葉は覚えていないが、彼らが身体をはって何かを伝えようとしていたことはくっきりと体が覚えている。親に垂れ込むことはなかった。教育委員会もノータッチだった。もちろん職員会議で問題になることだってなかったのだと思う。先生になぐられて自殺する子もいなかったと思う。

3人からの心に染み入る話(林竹二さん、奥崎謙三さん、渡辺正さん=仮名)
林さん(故人)は、60年代末宮城教育大学学長だったが、全共闘に連帯して職を辞されてから、小学校・夜間中学高校、朝鮮高校などを巡回授業していた。なんとテーマは「ソクラテス哲学の現代的な意義」、子供に伝わるはずが無いというのは、大人の認識不足で、子ども達が先生の話に食い入るような目が印象的でした。

この授業体験を大学祭で聞いた。講演に集中していて先生が「あっ時間がありませんね。」とおっしゃってご自分の時計に目をやった瞬間ぼくも実時間を意識したのですが、何と3時間たっていたのです。「教えることは学ぶこと」、「学んだことの証しは、ただ一つで、何かがかわることである。」これが話のエキスでした。

奥崎さんは、皇居パチンコ玉闘争の主でしたが、神戸大学正門前で、自動車のパーツ販売をしていました。店の前には、安保粉砕・天皇制打倒、ベトナム戦争阻止と書かれたたて看板がたっていました。これで商売になったのだから時代ですねー。

彼も大学祭に呼びましたが、「すきなだけしゃべらせないといかない。」ということだったので、彼の意向に沿って始めたら、何と5時間以上、おそらく6時間くらいしゃべり続けて、大講堂に300人くらいいた聴衆のうちで、最後まで残ったのは7名、そのうち2名はうつぶせに寝ていましたし、5名中の2名は主催者だったというすさまじい結末でした。

最後になりますが、渡辺さんからは、元特攻隊員の彼が転じて共産党員になり、生涯(今でも)熱心などぶ板的日常活動に専念されている話を伺いました。

こういう話は、学校の授業ではなかなか聞けませんね。レールから脱線して進んできたヤクザもんの特権でしょうか.
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by issei_tachikawa | 2013-11-12 22:14 | 尊敬する日本人(そんにち)シリーズ | Comments(0)
c0219972_10153921.jpg2012年11月7日、87歳の人生を終えて昇天されました。昨日は一周忌、家族・親戚40名ほどが八王子の都営霊園に集まりました。

終了後立川駅北口の「・・・」にて故人を偲びながら会食しました。

印象に残る話を少し。芳郎さんは女1人男5人の6人兄弟、末っ子で長野県諏訪の生まれ。4男の哲朗さんは92歳ですが、足腰しっかり記憶も鮮明、いつも参加者の心に染み入る話をしてくださいます。

昨日は、「感謝」について。芳郎さんは妻子にとってはある意味家族の長として絶対的な愛情と権限を発揮していましたが、いかんせんシャイなひとで、瑠璃子さん(義母)に「ありがとう」のひとことも言ったことがなかったが、もう余命いくばくもないと感じるようになった頃、哲郎さんに頼んだそうです。

「兄さん、おれが死んだら瑠璃子にありがとういってやってくれませんか。」と。ぼくは哲郎兄さんの話を聞きながら目頭があつくなりました。

さらに哲郎兄さんは、2人の娘と合いかた(つまり祐子姉さんと順子、草野孝毅さんと僕)にも「ありがとうをいってくれるように頼まれました。」とおっしゃいました。身に余る光栄です。

芳郎さんからは物に換えられない人生の価値を教えて頂きました。石橋をたたいて渡る後姿に、玉川の父(鋭治)にも共通し、さらに山本の遺伝子に固有の切なさと力を感じ取れました。もっとリラックスしたらよいのにと感じる場面でも、彼は自分なりにパーフェクトな生き方を追求していました。

結婚には理路整然と反対されました。住宅ローンを組み間違えた時には徹底して怒られました。でもあとで出来る限りの応援をいただきました。白樺湖に荷物を運ぶ晩には、1人で大型冷蔵庫を背負ったのには驚きました。すでに70歳は超えていたはずです。車山の上でスキー中に右足首を骨折したら、左足だけで1人で帰ってきたという武勇伝も懐かしい。

芳郎さん、あなたに誓ったことを僕は、子供らは必ず実行します。ストロング・ウイルをありがとう。瑠璃子さん、順子も元気です。ゆっくり休んでください。合掌
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by issei_tachikawa | 2013-11-11 09:59 | 尊敬する日本人(そんにち)シリーズ | Comments(0)
c0219972_22222032.jpg午前中、肌寒い東村山産業祭の路上で20曲演奏、なんとギターもチャランゴもおる!これは幸せの極地です。そばにいた豚さんも笑顔に見える。

c0219972_2223965.jpg午後は多田さんの奥さんに会いに行った。その前に彼とであった場所(JR国立駅南口下車、大学通り右側、増田書店と紀伊国屋の間くらいの路上)に行って合掌。左写真で2人が立ち話している付近に彼はで店を出して「音具」を売っていて、ぼくは初めてケーナを手にした。

c0219972_2223249.jpg奥さんとながなが積もる話をしたら、何とぼくが最初に吹いたケーナの製作者がそこにいて、何とその方(西山さん)がこの店(puka、tika)の主でした。

c0219972_2223383.jpg帰ろうとしたらドア右側の壁にアゲハチョウが!これは多田さんの生まれ変わりに違いないと思いました。ドアを開けても逃げないのですよ!

c0219972_22235483.jpg6:30からは小平市中央公民館で「どんぐりと民主主義part5」シンポジウム、鼎談の写真左から、中沢新一さん、中央は村上稔さん、右は國分功一郎さん、ためになる話をたくさん聞けました。住民投票結果開票に向けて活動されている馬場さんとも再会し握手激励。「しつこく」やりましょう。あきらめない、いそがない、まけません。
そうだ、「ボリビア」の福岡さんはケガをものともせずに特注のサンカをつくってくださいました。こころの奥底からムチヨグラーシャス。夜帰ってから光太(長男、25歳)との話も弾みました。
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by issei_tachikawa | 2013-11-09 22:23 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)