どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa
c0219972_11124355.jpg・元西砂小学校校長、1946年7月生まれオレとタメ年、52才の時学校で豚を飼おうと提案した。
・西砂町の養豚化軒中2軒の子が在学していた。「子どもがからかわれたり差別されないか心配だ。」という酪農家からの疑問が突きつけられた。
・全ての疑問を父兄、教職員から出してもらって全てに回答した。わからないものについては、仮説を提示して納得してもらった。
・いろんなことを発見した。「豚は綺麗好きなので、決まったところしか排泄しない。ブラッシングが大好き。」「当時の小学生は今18歳前後、大学生もいる。豚を馬鹿にするような人には育っていないと確信している。」ベジタリアンになった子はいるだろうか?これはオレの質問。
・「校長がかわったときに6年生の生徒が『豚を飼ってください。』と頼みに行ったんですよ。」とうれしそうにしゃべる。2人顔見合わせて高笑いした。小学校教育当面の目的成就か?
・いずれにしても小学校当時、彼のような先生には出会えなかった僕が40年以上の寄り道・裏街道・脱線転覆紆余曲折を経てベジタリアンになり、すんなりとライフプラン通りの進路を歩んだ人が社会常識の範囲内での食を守っていたり、人生いろいろなのは面白い。ベジタリズムについて話す前日にとても参考になるコトを聞けてよかった。
・熊での打ち上げ(マルシェの)から一緒に帰ってきて、明日のレジメを上げた。サラの10年誌『さらばあさんの覚めない夢』も差し上げるつもりで出したら購入していただいた。かえって恐縮です。
・自宅在庫が減ったので、来週月曜日に補充しよう。
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-11-27 23:54 | 共育、子育ち、おやじの背中 | Comments(0)
c0219972_1433553.jpg北海道襟裳岬、徳川末期から開拓民が入植し「豊饒の海」といわれていたが、木を切りすぎたために、森林は砂漠化し、強風にあおられた砂が海底に堆積して、赤潮が発生し昆布漁は壊滅状態だった。年間270日、10m以上の風が吹き荒れ、海底に堆積した砂のせいで、昆布が取れなくなってしまったのだ。
50家族が漁業で生計をたてていた。生きるか死ぬか、引越すかとどまるか死活をかけたタタカイが続いていた。主食は芋、かぼちゃ。鳥も住まない、たまにカラスが飛んだり、野狐がうろうろするような痩せた土地。中島みゆきのバック(地上の星)が心に染み入る。
若い漁師達は、何度も寄り会い所に集まって行政、議員、北大などからも人を呼んで話し合った。飯田常雄(故人、当時26歳)は、首うなだれている皆に向かって(自分自身に向かって)言い切った。「この海とふるさとをぜったいに蘇らせる。」と。そして1970年夏、浜辺に黒松を植え始めたのだ。しかし1週間くらいで松は枯れ始めた。理由は、塩水含んだ地下水。そこで排水設備をつくったが、今度は強風で種がすっ飛ばされる。当時を振り返って北大林学部教授の東氏は語る。「今の技術では無理と思ってました。ただごとではない。人間業ではない。今までの研究史でも事例が無い。」と。
この問題を解決したのが、ゴダだった。浜辺に打ち寄せられる屑の海藻を見ていて飯田は思いついた。「ゴダで種を守れないだろうか」と。やってみたら成功。そのうえ村の長老の言葉にもみなが勇気付けられた。長老いわく、「いつの日か流氷が押し寄せて、海底の砂を洗い流してくれる。」と。
飯田常雄の息子、英雄は故郷と家業を捨てるつもりで高校進学、しかし1975年12月、過労で常雄が倒れ母親から家に呼び戻された。父が倒れた、ほって置いたらかあちゃんもと考えると選択の余地はなかった。長男の責任。昼は土木工事のバイト、夜に少しばかりの漁をして食いつないでいたある日、「海が少し青くなってきていた」という。「病み上がりのおやじがツルハシ振るってる姿みて胸がきしんだよ。」と英雄はいう。
そして1984年の冬、夜が明けると巨大流氷が海を覆いつくしていた!氷の塊が海底を掃除してくれたので、翌年は大きな昆布がたくさん取れた。
1992年6月、砂漠のほとんど全てが森に還った。50年間闘い続けた人のドラマ、日本にもすごい人がいる。思いを言い出す、言い切る、あきらめないで続ける、言いだしっぺでリーダーを家庭が支えてくれた。「とうちゃん、あんたはほんとうに立派だ。」とおくさんの雅子さんは語る。「何度も逃げたいと思った。でもそのたびに踏みとどまらせてくれたのが父ちゃんだった。」ともいう。こころ温まる同志愛、いいなー。
(注)韓国、ソウルのチョンゲチョン(清渓川)復活の話も「 」付きで評価しますが、日本にも襟裳だけでなく、野付漁協と北海道ぎょれんとパルシステムで連携協働した植樹活動、玉川上水自然生態系の復活工事の話など良い取り組みは少なからずあります。あきらめない、あわてないでこつこつ動きましょう。神田川の自然生態系も復活されることを夢に見ています。
◎以上は、安藤忠男さん(建築家)がコメンテーターとして登場したNHKアーカイブス「2001年のプロジェクトXアゲイン」の感想です。ステッチ(家の近所のコミカフェ)の設計は、安藤さんの流れを組む千葉さんが担当されました。これも何かの縁でしょうか。
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-11-19 14:33 | 農、林、水産 | Comments(0)
c0219972_9351910.jpgようやくまとまりつつあります。完成度70%?くらいかな。
1.イッセーよ、あなたは「ベジタリアン」なのか?あなたが考える「ベジタリアン」(生き方)とは何か。(ジベタリアン(笑い)、ビジ?テリアン(賢治))
2.最近(2007年4月からの変化)の食(育つ、運ぶ、食う、出す、循環する。イッセーの1日、四季折々)・運(運動)・交(コミニケーション、交流)
家族
近所付き合い、地域、コミュニテイ
職場
社会運動(非戦、エネルギー自給=環境、生協、CB、沖縄=日米関係、亜細亜関係の作り変え、ハン貧困・格差、音楽・舞踏大道芸)
3.なぜベジタリアン生活になったのか
吉村家の食宅、(母は明治生まれ、牛乳、バター、ケーキ、肉すべて体が拒絶)
第1の転換点は?18歳時? 第2の転換点は、30代、ログハウスと自然食品店づくり(ケケ、H、マリちゃん)
病気(十二指腸潰瘍、急性「肝炎」?、脱腸(がいそけいヘルニア)、腹痛、右あご下にこぶ、入協後初めての病欠=たぶんノロウイルス)
からだの声との対話(腹痛、屁こき虫、毎年のように風邪ひき、原因不明で3日間ダウン)
4.ベジタリアン生活に切り替わってよかったと思うこと
本当かな?
他の生き物(命)にやさしくなれた(ごきぶり、背高泡立ち草・ひめじょーん・はるじょーん、桑の木(自宅)、ヤモリ、嫌いだった蛇など)
人に対して、社会現象に関して???傾聴力は向上、コーチ、ファシリテーター、CBCも板についてきた?
だんだんと健康に(病気しなく)、やりたいことにテマヒマかけられるようになった
それだけかい? もっと根源的なコトにつながる事実は出せないのか?
5.根源的な問いかけ
アニマル・ウエルフェア(思い、理念、使命、事業、活動、欲望など)
いのちの循環、延命と感謝(祈り)、野草、ごきぶり・蚊・あり、蛇
酪農と養鶏(パルの産直ガイドブックをベースに)
農業(自然農、有機農法、減農薬、GMO、国産産直、地産地元、国際産直)
6.50年カレンダービジョン 夢は大きく長く楽しみながら  「あわてない、あきらめない」
ラスト:今日の合言葉 今ありがとうを誰に
・・・・以上ですが、他に以下のことを考えています。
たくさんの「なぜ」と「イフ(あのとき、もしも・・」
こだわり
自分に向けたキーワード
絶対にしてはならないこと、インカの戒律
本来は不要又は要改革(生活習慣、制度、生産物、情報、文化など)
要・不要を真剣に論議すべきコト、モノ、ヒト
やっぱり捨てがたい
マジに影響受けた人、尊敬している人
よく受ける質問
「好きなものを食べて健康であるのが良い。」(我慢、禁欲は△又は×)
「加工度の低い(限りなく生に近い)、旬にとれる、地場で育った、安い食物が体の自然に合う」
腹八分目医者不要
自分自身が自分の名医(究極のかかりつけ医)
栄養学・医学・社会科学を使った人・モノ・社会の総合的な認識が変革のアルファでオメガでもある。
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-11-14 13:14 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)
c0219972_9362818.jpg・クリスチャンが主といえばイエス・キリストですが、ボクの主は、主食の主、つまり米、玄米です。何十年もかけてようやく長岡式酵素玄米に出会い、2年半が経過しました。
・今までの食生活、体調、暮らし方(家庭)、人間関係、仕事などで大きな変化がでたようなので報告しておきます。
食生活:今までよりもずーっとシンプルになりました。酒を呑まなくなりました。1人の時は欲しくないのです。一時期浴びるほど呑んでいた酒も今はあまり欲しくない。飲酒量が減るに伴ってコーヒーも減りました。今はステッチでイノマタ・コーヒーをありがたくいただく位です。コーヒーが減ると、不思議なことに喫煙(もらい、タダモク)もなくなって、Nさん、Kさんには寂しい思いをさせてしまって、ごめんね。息子はほめてくれる?(冗談)全部つながってるんでしょうね。
新井先生からは、「おかずは1日に小皿一杯くらいにしとくといい。」「1週間に1回はハレの日をもうけるといい。」「果物は1日にりんご4分の1」とかいわれましたが、これはひとつの目安だと理解しました。おかずの基本は、米麹漬けもの(かぶ、人参、きゅうりの3色がいい)、味噌汁(旬の野菜、豆腐、わかめ、しいたけなど入れる。なめこは苦手。魚貝類は避ける)、魚(焼き魚では鮭はダントツで多い。次はかつお、さば、いわしくらい、でっかい魚、遠洋漁業対象は避ける)
卵、牛乳はチャイで少しだけ。逆にこんせんプレーンヨーグルトが増えている。
体調:からだの声が聞こえないので少し心配になるくらいに快調。1日にストレッチ30分、歩く・歌う・軽く走るを2時間くらいやっても疲れない。野球やっても足腰痛むことがない。若干?なのは、便通がありすぎる日があること。時には3回以上の日も。その翌日朝は白州の水だけで済ますと、すぐに復調する。
家庭:子ども3人とも反抗期終了。これは大きい。とくに次男の成長振りに目を見張るものあり。「あなたの一言が人を傷つけ、逆に人を元気にもする。」がわかってきたのか。毎朝、星野式ジュースを作っている。ジューサー、ミキサーではなくて、おろし器ですったものを両手で搾っている。雑菌でからだが鍛えられる効果あり。とくにこの数年間、家族で内科の医者にかかったものはいない。
人間関係、仕事:コレも順調。怒りとかイライラがなくなったわけではないが、感謝、悲しみの情が勝るようになってきている。親父がきづいた神道(日之御教ひのおしえきょう)との対話も進んでいる。
まとめていうと、いつでも暖かい玄米を食えることはほんとうにありがたいと思う。日曜日に1升たくと夫婦2人で1週間くらいで食べきるまえに、また1升炊いて、古いやつは左に寄せて、左から食べていくのですが、保温ジャーは2升入るので洗わない。それでも大丈夫なのは発酵しているからなのだろう。ここがとても日本の食文化に忠実で神秘的で面白い。
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-11-14 12:36 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)
c0219972_1050272.jpgNHKニュース、共同通信の記事、タンポポ舎の通信によりますと、「もんじゅ」を運転している「原子力機構」によると、 「もんじゅ」の復興の見通しは全く立たないとの事です。
『もんじゅ、落下装置の回収不可能 運転計画に大幅遅れか: 日本原子力研究開発機構によると、福井県の高速増殖炉原型炉 もんじゅの原子炉容器内に8月に落下した「炉内中継装置」内 部に損傷があり、つり上げによる回収が不可能であることが9日、 分かった。今後の回収作業は予想以上に大掛かりとなり、運転 計画が大幅に遅れる可能性が高まった。 損傷は落下の際の衝撃でできたとみられ、9日の調査で判明。
 装置は今後、使えないことも分かった。 落下したのは燃料を運ぶ重さ3・3トンの装置。高さ2メートル
 までつり上げた所で落ち、過去2回の回収作業はいずれも警報が 作動して中断した。』
 と報道されました。
たんぽぽ舎では、地元福井からのよびかけにこたえて、「核開発 に反対する会-代表・槌田敦」と共に12月3日(金)~4日(土) 「もんじゅを廃炉に全国集会」への参加を呼びかけています。
・「もんじゅ」の着工前に公開ヒアリングがありました。1980年代の新潟、たしか柏崎?公開といわれていたのに建設反対の人は入れませんでした。ちょうど京都にいた僕は、友人たちとバスで現場に乗り付けて、近くの公園でほとんど徹夜の抗議集会やデモンストレーションを行いましたが強行されてしまいました。
もんじゅの語源は、「文殊」(3人寄れば・・高僧)で、よくまあ使ったもんだなーとあきれます。使っても減らないエネルギー源といえば聞こえはよいものの、じつは放射能廃棄物の永久垂れ流し、どこかの地域にしわ寄せがという矛盾を孕んでいる装置です。今が廃炉にするチャンスです。 税金1兆円超のムダ使い・浪費を断ち切るチャンスです。
「地中に深く眠っているものを掘り出して使うなどしてはいけない。」(ホピ族の長老)
「故障しない機械は造れない。どんな達人でもミスはする。事故のない原子力発電は存在し得ない。」(イッセー)
スりーマイル島、チェルノブイリ、茨城県東海村、そしてたくさんの事故、チェルノブイリ規模の爆発が二度と起きない保障はないのです。『まだ間に合うのなら』(1987年5月 甘遮 たえこさん・・著者名、漢字違ってたらすいません)
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-11-10 10:37 | 脱原発・自然エネルギー産業の拡大 | Comments(0)