どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa
チロリンとまっちゃんの結婚式(松屋)の日、式場直前でトヨオカにあったら、「それでいくんですか!」と驚いている。俺にはぴんと来なかった。だって、NEWのプロテストTシャツ(しかも文書はイングリッシュだぜ)に短パンにセッタ、しかも自分でバリカンの短髪、夏らしくていいじゃんといったが、トヨオカはどうしてもまずいという。ちょうど彼は、バックに着替えたGsを持っていたのでそれをはいて式場に入った。
その後のことは覚えていないが特に問題は生じなかったのか、オレが非常識だったので眼中に無かっただけで周りには苦労させたのか、よくは覚えていませんが、式場には革ジャン、ジーンズとTシャツ姿はたくさんいたと思うよ。でもさすがにパンツはいなかったか。(30年前のこと)
パンツといえば、22歳まではいつもお袋が買っていて、明治生まれの彼女にとってパンツといえば真っ白のブリーフかトランクスだったらしく、おれもそれしか知らなかったので、30過ぎてはじめてはいたへインズのカラーパンツは短パンだと思っていた。これで周りとぶつかることも。
「パンツで外に出てはいけません。」ととめられるたびに考える。なんで?
親父は自室でスッポンポンになってから手ぬぐいでカバーしながら堂々と風呂に行く。中世のある都市では、風呂(公衆浴場)は広場の真ん中にあり、脱衣は各家でやり、みんなはオレの親父みたいにおおらかに風呂に向かって歩いていた。日本の銭湯は日本固有の文化かもしれないけど、似たようなのはいろんな国にあったのかもね。アラブはサウナ、フランス人やヨーロッパの人は風呂嫌いが多いといわれるが本当か?
人は人に対してどこまでOPENまいんどできるのか?
心開けば人は幸せ・・・そうそう
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-08-01 13:12 | エッセイNOW | Comments(0)
c0219972_19435090.jpg病院で生むのは避けようと2人で決めた。助産院での出産に立ち会ってまれな体験!

長男は拝島の金子さんで出産。陣痛から誕生まで12時間以上もかかった。陣痛が激しくなるたびにアンテナのような頭髪が見え隠れして、母体がいきむと引っ込んではまた出たりの繰り返し。妻は日頃水分摂取量が少ないのに紅茶やドリンク剤を飲まされてお腹いっぱい苦しそう。金子さんのやりかたに疑心暗鬼になったり、緊急事態を想像してしまったり心中おだやかではなかった。でも「お産は病気ではなく自然の神秘的な営みなのです。」と自分に言い聞かして耐えた。産声を聞いた瞬間、国分寺のおばあちゃんと抱き合って喜んだ。

次男の時は助産婦さんの不幸で急遽近所の病院に入院、知らせを受けて職場からかけつけたら直ぐに生まれてしまった。控え室で男子誕生と聞いてほっとするイッセー。3人目(娘)は福生の森田さんにお願いした。1人目に比べればとても楽で、80歳を越えていたお姉さま(助産婦)が大きな赤いリュックを背負って横浜から応援にかけつけてくださったのも頼もしく思えた。朝焼け時国分寺の実家に帰る車中で、3児の親になれたことの幸せと責任をかみ締めていた。
  
これまで家族全員ほとんど病気らしい病気をせずに大きくなっていることは、自然治癒力、自己回復力への信頼のたまものかなと感謝している。因みに、わが家では発熱、腹痛、頭痛、腰痛、下痢・嘔吐、咳、かゆみ、腫れなどは「体が病気を治すために起こしている反応」として考えているので、怪我、交通事故、歯痛以外で医者とか薬に頼った事はほとんどない。長男が小学校卒業までは玄米ベジタリアン食、ほとんど完璧に生協食品の手作り料理で育てた。最近子供らは自分の稼ぎで自由に、コンビニ弁当や添加物まみれの食品も食べているが、家では妻が毎日、パルの食材を使って手作り料理を食べさせようと奮闘している。本当に頭が下ります。せめて土日位はと思って、スパゲッテイ、カレーなどはオレが当番で作っている。ぼくもそうだったので、3人も年をとるにしたがって「お袋の味」に戻ってきてくれると信じている。

【注】子ども達の生年月日、出産時刻
光太 1988(昭和63)年11月5日 午前5時頃?
進吾 1991(平成3)年2月12日 午前2時22分
野花 1994(平成6)年1月31日 午前4時30分?
因みに自分は自宅で午前5時過ぎに生まれ、妻も日の出前に生まれている、不思議だ。

●『湧』(隔月間、地湧社発行、264号)の記事に共鳴して掲載しました。吉村正先生の『いのちのために、いのちをかけよ』(地湧社)おすすめです。「命の現場から①岡野眞規代」の文章も感動的です。
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-07-30 12:34 | 家族、地域家族 | Comments(0)
c0219972_14191778.jpg【起】怖いといえば、昔、地震雷火事親父とか言われていたが、今怖い親父などは見かけなくなってしまった。先生社会でも物理的な強制力(平手打ちでさえも)を発揮すると父兄からの抗議、教育委員会からの指導・処罰に短絡する風潮が支配的になってしまった。このような問題意識さえ希薄になりつつあるのかもしれないとかんがえるとヤバイと感じる。
 人間誰でもいくつになっても怖いものは残る。オレはどうしても蛇が怖い。連れ合いはねずみが。ゴキブリは誰からも嫌われている。(彼らを汚くしたのは人間の都会密集型生活=環境破壊的な社会なのだが)幽霊なんて大人でマジに(理性的な世界で)怖がる人はいないかもしれないが、深夜のうすッ暗い裏通り(夜道)ですーっと目の前に現れたら悲鳴を上げるかもしれない程度には怖い。
 昔は近所に暗がりがたくさんあった。家の中でもトイレは独特で、深夜に一人で行くのは怖かった。大きくなるとだんだんすれてきて、今では全く怖くなくなってしまった。(内山さん風に言うと「きつねにだまされなくなった」というのだろうか)これは文明化=都市集中的な近代工業社会においては大変残念な事実であり、少し昔の純粋なこころと関係性のありようについて見直し=復活のくわだてがあったら面白い。
【承】比べて恥ずかしいという感情は、イッセーの辞書には無いかと思うくらい不思議な感情である。例えば、毎日の山手線で、ストレッチをする。爪先立てて足首を回転する運動から始めて、最後は鉄棒につかまって1駅揺られるだけで足腰とくにひざの柔軟性が保たれる。ケーナを駅頭や街中で吹くこともある。生協関係者に会うこともある。反応は人それぞれで、投げ銭してくれたり、見ない振りして通り過ぎたり。
【転】昔はそんなことをしては家の恥といわれたり、半面で旅の恥は掻き捨てなどといわれて旅先ではしょうもないことをしてもサバサバしたり(特に男は)?環境活動をしていても個人のモラルについてISO14001などの事務所管理でやりすぎるとかえって孤立したり、環境認証企業からも指摘されたりする。日本の文化って不思議な面がある。一方で「照れくさい」は江戸の文化なのか?よくわからないが、恥ずかしいよりは定常的な文化としてもいいような気もする。ま、しょうがねーかということ。
【結】恥ずかしいかどうかの分かれ目は、自分が周りを見つめる力をもっているか、見られる側に回ってしまうかではないか。言い換えれば「きもったま」が問われる。こういう感情は文明化の進展に伴って次第に薄められていくが、その進展はきわめて遅いようだ。
となれば早く気づいて見る・見られるの位相を逆転させて生活スタイルを整える方が楽しくくらせるし、幾分かはストレス発散・健康づくりにも効果的ではないかと思う。
日本的な横並び一直線文化を越えてゆっくりと社会を変えていく、これは楽しいよ。
◎関連して面白そうなテーマ。一神教と多神教、無宗教? 宗教・信仰・迷信、デカルト的思考、
中世ヨーロッパの闇、「白い人々」の自然・有色人種・キリスト教以外の宗教へのスタンス
ブッシュとオバマの裏表
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-07-27 14:51 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
c0219972_9511784.jpg・一言で感想を:いやーためんなりましたむしろ励まされました。
・サラリーマン化していた意識を変えるきっかけになりました。
・驚いたこと
港の近くは緑が無い。ほとんどの木や草が焼けたままになっている。観光地だったとこなので悲惨な感じがした。
スーパーなど店が無い。田舎(すみません)の万屋しかない。
子供がいない。高齢者ばかりが目立つ。
夜中に火山ガス(NO2)警報が何度もなる。そのたびに目を覚ますので眠れない。しかたがなしに日記をつける。
池に行ったら男性高校生が2人遊んでいたが、ブラックバスしかいなくなったという。小魚はみんな食われてしまったらしい。イヤハヤ
・感動体験
到着した時の救援センターは、草ぼうぼうで廃墟同然でしたが、草取り貫徹したらベンチとかブランコが出てきた。聞けば元は千代田小学校だったのだと。似たような話:阿古(アコ)部落のAさんはご主人を亡くして86歳の単身独居生活。帰島しても庭にはびこった萱とか竹をかれないので手伝ったボランテイアの鎌が何か固いものにぶつかった。草を刈ってみたら「太郎の墓」と書いてある。周り囲んでみんな泣いたんだってさ。
「風の家」(日本医師会が寄贈したロッグ造りの保養所)での交流会の時に、島歌のライブを聴けた。シマウタというと沖縄が有名ですが、三宅にも伝わる歌がある。何人かで回しで歌うのですが、基本のメロディだけが伝承で、あとば歌詞とかは即興アドリブ自由なんだと。
ワイナマユ(若い川、アンデス音楽バンド)で演奏中に、最近禁句にしていた「三宅島がんばれ!」が腹の底から飛び出しました。
・辛かったこと
毎日3回仕出し弁当、おかずは魚(海の幸!)と漬物(きゅーりのきゅーちゃん)これを2週間続けると芋が猛烈に食いたくなる。
毎日白米で生野菜を食わないと便秘になる人が出る。ぼくは圧力釜持ち込んで玄米を炊き、朝は生野菜・果物・豆乳ジュースを飲んでいたので便秘にはならなかったが、「キャベツが食べたい」という人のために、お店でキャベツ、キューリ、トマトを買ってきてだしたら喜ばれた。翌朝、「おかげさまで出ました。」という報告をもらってぼくもうれしかった。
移動は全て車、散歩は禁止されている。歩く、走る、登るは毎日の生理的欲求なので禁じられるとつらいが、この際我慢するしかないと割り切って、任務終了後、玉川上水についてからシントン(鷹野台)まで約5kmをひたすらあるいた。心底気持ちよかった。
それまでは、芋食ったり、歩いたりがこんなにも楽しくてありがたいことだと感じたことなんて無かったのに。欠乏体験が感謝の気持ちを目覚めさせてくれました。
・余談ですが
食えることのうれしさと感謝の気持ちに気づいたのが、5日間の断食(ハンスト)明けの王将です。
字を読めること、字の存在自体がうれしいと感じたのは、留置所の壁に貼ってある掲事物を読む時でした。
おしっこ、うんちできることの気持ちよさは脱腸で入院手術して回復した時でした。
自分の手を見つめる。五体満足、家族もおるし、仕事(収入)もある。土地といえだってあるのに、満たされない感情に支配されることが多い。まだまだこれからだ。あと56年はがんばろう。
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-07-25 17:47 | 災害を天恵として | Comments(0)
社会を変える力をもっていますね。霞ヶ関(国会)、都道府県市区町村議会や政党や宗教団体以上です。TVでバナナがダイエットに良いと流れると、お店の棚からバナナが消えてしまったり、選挙の結果をほほ正確に予想できたりするのですからね。
・政治(団体、リーダー、党員、サポーター)と宗教(団体、リーダー、信徒、サポーター)の話題については、何でもありで報道すると良いですよ。ル・モンド紙、ジャパンタイムスなどが事例。
・その際に下手に要約したり、分析評価しないで、主張の全文か最重要部分の全てを掲載する方が事実と真実が伝わりやすいと思います。
・特ダネ=本日の緊急ニュースについても、全部を心がけてください。例えば、九州のどこかで小型の船が遠洋航海上でエンジン・計器のトラブルを起こし長期間(?)漂流後に救出されて、インタビューした記事の新聞報道で、一番良かったのは「隔日新聞」でした。船長のコメント全文が掲載されたので彼が飢餓(飢え死に)寸前の状態でどのようにして希望を維持したのか、空腹状態に耐える、自分を励まして生き延びることを通じてこそ食い物や作る人への根源的な感謝の念が沸いてきたことなどが伝わりました。
・それから、これは難しいとこですけど、今の世界を動かしている力の背景にあると思われる動きについては、継続して毎日報道し続けてください。例えば、イラク・アフガニスタン・沖縄・立川(日本に米軍基地がいくつあるのか、その周辺の騒音・田畑家畜植物の被害)などを、資源(天然ガス&石油パイプライン問題)、国債発行の問題とからめて粘り強く追及してください。
・日本人は勤勉真面目な人が多いので忙しくて過去(歴史)を整理してこれからの生活や政治に生かしている人がまだまだ少ないようです。あの小泉&竹中政権ばかりが、市場原理主義で日本と世界を格差と貧困の海にしてしまったといわれますが、自民党政権って50年間も続いていたんですからね。その間にたまった膿(うみ)が、どれだけの期間あれば出し切れるか?小生にもわかりません。
吉田茂は英雄なのか?池田隼人の所得倍増計画と世田谷区岡本の(日本全国の)自然破壊、田中角栄の列島改造(破壊)、米軍基地は本当に日本の安全のために存在するのでしょうか?
・沖縄戦争、サンフランシスコ条約、日米安保条約と米軍基地の管理権・軍隊指揮権、立川の砂川米軍基地拡張が中止され「伊達判決」が出されたにもかかわらず、最高裁で全員一致で葬り去られた事実、ベトナム戦争は間違いだったと元国防長官(マクナマラ氏)が悔恨と反省の(読んでないので内容は保障できませんけど)書を出版していること、中谷巌氏も『資本主義はなぜ自壊したか』で新自由主義・市場原理主義に基づく「構造改革」を自己批判(内容については?だが、ともかく間違いを認めたことが竹中・小泉・郵政民営化推進者との違い)などについて継続的に報道してほしいです。
・ぼくの意見は国民の何パーセントに支持されるでしょうか。メイビー今は2~3%くらいかな。でも上記の期待にこたえてくださるマスコミさんだけと仲良くするのではなく、どんなスタンスのみなさんとも笑ってコミニケーションしながら、56年間の人生を燃焼させるつもりです。
ボーイズ ビー アンビシャス イン デトロイト (ビー=みつばち)
[PR]
# by issei_tachikawa | 2010-07-24 07:08 | エッセイNOW | Comments(0)