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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

パルシステム前史 その1 一人班を個配へ

1.共同購入オンリーの時代に「一人班」を超える(あわせ配送もどき)開始の理由
・1987年春、ぼくは立川生協(現在はパルシステム東京立川センター、八王子センター)の営業拡大責任者だった。東大和市桜ヶ丘団地「決戦」での体験。 「どうしても卵は10個パックで欲しい。」という要望が多かったので、「簡単便利」を売りにしていた大生協との競合に勝てるように工夫をした。卵の注文は1パック10個単位で受け、発注は5kgケース単位で行い、届いたケースからマニュアルで早朝パック詰めし追加お届け表を作成し配送者に頼んだ。パックは近くの市場で大量に購入した。請求時も手で追加入力した。牛乳(供給単位1ダース)豆腐(供給単位6丁)も同じ工夫をした。
・マイケル班は親戚、友人の承諾を得て登録組合員は3人だが、実質一人班。それでもあえて人と利用金額をみて合わせ配送コースに組み込んだ。1人班と共同購入班とを組み合わせて採算が取れるようなコース設計を試みたという点では後の「あわせ配送」システムに通じるものがあったと自負している。Fさんとの付き合いは連合会の職員同士として約20年後の今も続いている。
・「一人班」という呼称に生協特有の共同購入神話に乗っかった危うさを感じて放置できなかった。自分にとって組合員拡大(営業)の原点は、「美味しくて安全な産直品をもっと多くの人にも食べて欲しい。」というものだったから、1人だから入れないという仕組みはおかしいと感じていた。それに当時から、隣近所の地域共同的関係より個人宅配を切望する人は増えていた。いずれにしても、一人でも取れる仕組みをつくって生き残ることが差し迫った課題であった。
・職員会議では「共同購入を破壊するからやめたほうが良い。」という意見が多数で、はっきりとダメだしはしなくても、「吉村は勝手に一人班つくってしょうがないなー」と感じる職員や理事が多かったのではないかなと思いますが。いかが?ただし誰でもいいから一人でもどんどん入れちゃおうというような安易な考えはありませんでしたよ。「月にいくらくらいとってくれますか」という質問はしていましたし、マネジメントの範囲外で一人班が増えることにはぼくもヤバイと感じていました。でも共同購入の理念を押し付けるだけでは、どんなにステキな人でも、1人の人とは永遠にお別れだったのですからね。


●立川エリアでの取り組みはどちらかといえば地域限定だったのに比べて、東村山センターで丹治さん、滝さん、長谷川さんらがかかわって始めた実験は、調布・北多摩・南埼玉生協わかばの3生協協働の広域展開でした。いずれにしても地域の「事実」を踏まえて、地域からの要望(1人でもとれる生協の宅配を)未来を先取りした仕組みを根本から作り直したことが後の20年間の成功(継続)につながったことは間違いありません。
・配送委託会社というすばらしいパートナーとの出会い
・中途半端な部分的な宅配(ジョイントメイトなど)ではなく、生産・製造、注文案内、受発注、基幹物流、生活物流、仕分け、配達、そしてITのシステムの全てを根本から変えたことなどがその具体的な表現です。
●今後のパルシステムを構想するに当って教訓になることは、共同購入がまだそれなりの勢いがあったときに、もひとつの(セカンドステージ的)供給システム=個配を始めていたという事実。その個配も2009年度初めて前年割れしたのであるから、次の供給システムを構想しなくてはなりません。それはまちがいなく、地域という面で展開するセカンドステージ事業だと思います。暮らし課題解決事業を有機的につなげて、パルシステムらしい福祉事業を展開すれば、次が見えてくるはずです。
by issei_tachikawa | 2010-06-16 15:01 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)