オレにとってケーナって何か
2011年 01月 16日

「心と身体の一部です。」
省みればこの25年間、いや40年間、音楽への係わりは人生そのものだった。(詳細に関しては、2010年12月26日ブログで)数知れぬ出会いと別れを繰り返し、今また新しい友達とであった。
サバドスの練習が終わる。メンバーの反応を確かめたいのだが何となく気後れする。まだまともに吹けないから。細身のケーナに替えた直後は高音が裏返って聞き苦しかったり、左手親指がずれてしまったり(音が違ったり出ないことも)、唇でタンギングしてしまったり、要するに自分でもイライラするのだから、他者の評価は押して知るべしなのだ。
でも、リーダーから「音があってるから気持ちいいよ。」と言われたので一安心です。この点だけは自己評価と他己評価が一致している。だから確信がもてる。
今までは周りよりも少しピッチが低いことに身体が反応して力んでしまい、音を合わせるための無理な努力をするのに汲々として楽しめず、または1人で異様に盛り上げて演奏後に付けが回ってダウンするとかの悪循環が多かった。これからは少し余裕のケーナを吹けると思う。
聴かせようと無理するから音が死んでしまう。要は好きなように、思い通りに吹くこと。周りの音は無理に聞こうとしなくても自然に自他が溶け合って聞こえてくるような気がする。
まだまだ先は長いな。奥行きは無限、宇宙のかなたへ飛んでいく霊魂、余裕ができたらソプラノサックスにも再挑戦したい。ジャンベと亜細亜の歌(サランヘや朝露)、韓国や中国の絵本にもね。
ケーナと大道芸。人との出会いの酵素(触媒)、励ましあうためのツールでもあるな。
いずれにしても俺が死んだら一緒に棺に入れて欲しいモノのひとつがケーナなのです。

