胆沢(いざわ)の阿弖流為(アテルイ)に会えたような気がしました
2011年 08月 28日
ステッチで樋口さん(元三多摩食べ物研究会)から聞いた話です。たまたま秋田に山登りに行ったら、わらび座が「アテルイ北の燿星」を公演していたので見たということ。偶然の出会いは面白い。和太鼓の連打が樋口さんの心を撃ったらしい。
ぼくが教科書では教わらなかったアテルイを知ったのは1970年代の半ば?家永三郎、黒羽清隆共著『日本史』(三省堂、108ページ)、789年の桓武天皇による蝦夷征伐開始から801年の蝦夷軍敗北にいたる歴史が記述されている。もっともこの参考書は大学院受験対策で使っただけなんだけどね。
なのに何故オレはアテルイに感情移入したんだろうか?この答えは忘れてしまったが、1つ思い出すのは蝦夷のタタカイが学生運動で負けた自分らの運動と二重写しになって、人ごとではなく身につまされたということ。あと、「辺境最深部に向かって退却し、各国の先住民族が連帯してアメリカ主導の帝国主義連合の抵抗」という戦略を太田竜さんのように考えていたのかも。ボリビア、エクアドル、ベネズエラに惹かれる理由とも繋がる。
それから関連する本を折に触れて読んだ。印象的なものを紹介しますね。
高橋克彦『火怨(上、下)』(今回のミュージカルの原作らしい)
船戸与一『蝦夷地別件(上、中、下)』
八切止夫『日本原住民史』
アテルイのような英雄はアンデスにもいる。1780年トウパックアマル2世名乗ってスペイン軍に武装闘争を仕掛けたコンドルカンキがその人。ホセ・ガブリエル・コンドルカンキ、フォルクローレの曲にもなっているし、「コンドルは飛んで行く」のコンドルは、鳥になった彼に託す先住民の思いの象徴ともいわれる。(注)インカ=タワンテインスージュ(4つの州連合)が滅ぼされた1572年から200年以上もたっていた。
「今の秋田や東北にもコンドルカンキみたいに慕われている人はいるんですか?」(アンデスのような信仰は日本にも形を変えて連綿と伝えられているのではありませんか)という問への、樋口さんの答えは嬉しくもイエスだった。東北(青森?)で反原発運動やっていた男性が「・・・のアテルイ」と呼ばれていたという。いい話だなー。
わらび座についての詳細はhttp://www.warabi.jp/stages.php?stage=アテルイ-北の燿星
公演日程確認しましたが、東京・関東には来ないようです。何かわけが?アイヌと蝦夷はイコールではないと思うのですが?これも研究課題です。
◎アテルイと共に大和朝廷軍と戦ったモレも処刑されました。
◎京都の女性がアテルイと相思相愛になり、坂之上田村麻呂も気があって女性は身を隠し・・・という筋書きはミュージカル用に加筆されたらしい。
★写真は、我が家の畑のかぼちゃの花、黄色い蝶が見えますか?受粉してくれるんじゃろか?

