5.4)屠場を観察する〈鎌田慧『屠場』)
2011年 09月 03日
ベジタリアン(肉食からの撤退)について話すと必ず出てくる批判が、「植物だって命でしょ」というもの。「ベジタリアンは偽善者か」とまでいわなくても、「肉抜き食事なんて考えられない。」というのは大方の意見です。ぼくも30歳中ごろまでは、おおらかに何でも食べていました。それが約30年の間にだんだんと肉食から撤収して今では牛と鶏はゼロ摂取、豚をラーメンに入ってきたとき少し食べるくらいです。
卵と牛乳は最近実験的に再開しています。ですからソフトなベジタリアンなのですが、肉が大好きな人でも屠場〈牛豚の墓場)の現場、農家から出荷される泣き別れのシーンを見たらどう感じるのだろうか?そこで働く人の気持ちや雇用についてどのように考えたら良いのかを考えています。(市民大学講座 カリキュラム5.の4)の部分を書いています。)
そしたら鎌田慧さんが昔そのテーマで書いてたことを思い出して昨日買ってきて、読んでみると、これはもう絶句です。とても僕には全部読めません。つまりこの取材とてもオレには無理だと感じました。それと、もう肉は食べられないな、改めて他の動物含めて、牛さん、豚さん、鶏さんを殺さない社会を目指すべきだと思いました。
取材現場は品川の芝浦屠場(都営)、5-6ページ、23ページには、豚と牛の屠殺シーンが記述されている。「囲いに追い込まれた牛は、額に銃撃(ピストルの銃口から針が出る)を受け、全身硬直する。と側面の鉄板がひらかれ、(後略)」とある。労働者はナイフを持って待機し、額に開けられた穴にワイヤーを通して神経を麻痺させ、のど元をかっきって放血するという。ここまで読むのも辛い。
今では誰でも当たり前に食べている肉だが、肉食禁止令解除は1872年(139年前)、それまでの1200年間は4月から9月までは肉食(農耕用の牛馬、家畜の犬と鶏、人間に近い猿が禁制対象になっていた。鹿や猪は対象外だったらしい。
で、やっぱりそうだったのかと思い出したのは部落差別との関係。長らく禁じられてきた動物殺傷の仕事をさせらてきた人たちが部落ごと差別されてきた。この事実は、今の芝浦屠場にも残っているらしい。編集部からの依頼もあって鎌田さんがこの事実を描いた狙いは反差別の労働運動支援だったらしい。
それについては俺も共感する部分があるのだが、しかし、やはり肉食への拒否感はさらに強くなってしまいました。屠場は東京都直営なのに、現場で働いてる人は「ただ働き」が多いんだと。(20ページ)何だか福島とか原発労働をイメージしてしまいます。

