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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

個別具体的事例研究が抽象的一般論の前提である

個別具体的事例研究が抽象的一般論の前提である_c0219972_1331327.jpg「日本人はなぜリスクマネジメントができないのか?」などというテーマで、論議をすすめる人が多い。自分の6W2H〔主体性論の前提〕を抜きにして、または自分が何人なのか、今何処でどんな改善課題が1人1人につきつけられているのかを捨象して、高みからリスク管理なる抽象的一般論を展開する。

冷静に考えると実に間違いが鮮明なのだが、テレビ・新聞・マスコミ主導社会ではどうしてもこうなりがちである。背景には、情報の過剰がある。世界の隅々まで、果ては宇宙の隅々まで認識したいと言う西側(?)的ナ文明思考の問題があるようだ。つまり、欲が深すぎる、理想を追いすぎる、真面目すぎる、だから生産性と効率重視の社会になってしまう。ひとことでいうなら、つまらねーと言えなくなる社会なのだ。

上記のような一般論で津波対応が論じられていることもある。おかしい。これは「日本人」の問題と言うより、東電、行政、民主党の菅政権、原子力村の面々などの対応の問題だと思う。日本人でありながら、日本人をあれこれ言う神経が非常に不思議に感じる。

もうひとつ、コストと資産の区別がついていないという指摘についてはなるほどとおもわせるものもあるが、比較事例として、アフガニスタンの米軍で、アイスクリームが支給されていることを◎として紹介しているが、これはなんとも評しがたい。滑稽に近い例だと思う。アメリカ&日本は民主主義国家、逆にかってのソ連からキューバやリビア、シリア、北朝鮮などは独裁国家と言う規定も間違っている。(東京都知事、立川市長に有権者の20数%にしか支持されていない人が選出されてしまう国のどこが民主主義なのか?)

2項対立で語れる時代ではないのだ。リスクマネジメントは、現場から語るべきである。その場の危険を感知して、指差し確認よろしく一つ一つの危険をなくして行く方法を現場の人と相談しながら考えて行く過程に、何かの真実が浮かんでくるはずである。日本人がウンヌンと言う問題にするのは?。答えはいつでも現場からだ、とぼくは自分に言い聞かせている。

???後は野となれ・・・
全て水に流す、といっても放射能(セシウム137)は無理です。
by issei_tachikawa | 2011-10-07 08:52 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)