何がわかったのか・・3.11大地震・津波・原発爆発から2年たつが
2013年 03月 12日
1つ、災害時に国家や行政などは、災害対策マニュアルも含めてまったくあてにならないということ。うそつき、事実隠蔽さえ行う。スピーデイの公表が遅れた事実に端的に現れている。国家権力は何を恐れているのだろうか?なぜ放射能危険箇所に向かって住民を避難させてしまったのだろうか?まったく信じがたい間違いです。
2つ、間違った時に気づいて誤り反省して再出発する気がないと言うこと。東京電力の経営者や原子力発電の安全性を強調し推進してきた学者や企業や経済産業省のお役人達、そして北米からの強い要請で国民をだまし続けてきた自由民主党を観察していると、イスラム原理主義のような気分になってしまいそうである。これでどこまで我慢しなければならないのか?
3つ、「痛みのシェアー」といっても、津波で家族を失った皆さんの悲しみ、餓死していった動物達の無念、自殺された酪農家と残された遺族の悲しみなどを感じるにつけて、こちら側の鈍感さ、第三者的なかかわりばかりが気になって、一向に気分は晴れることがない。でも、こちらはこちらでいろんな問題をかかえている。さんきゅうハウスも毎日生きる死ぬの瀬戸際的な活動が続いています。NPOの財政はどこも厳しい。でもこちらはこちらの課題から逃げないで、手を差し伸べあって助けあいの地域を、その場とネットワークをつくっていけば、困難を乗り越えていく東北のみなさんと少しは一緒に語り合える機会を持てるかもしれない。
なんかとりとめのないブログになってしまいました。1つ忘れてならない事実があります。東京の立川市で活動するイッセーは、3月11日以降の事態(原発爆発・放射能汚染、「無計画脅迫」停電など)があったから脱原発に改めて取り組み始めたのです。「継続は力なり」などとは恥ずかしくていえません。でもチェルノブイリ後のように、無関心の増加で運動を風化させることはできませんし、今回はそうはならないと見ています。事実を追い続けて、原因や責任の所在を明白にしながら、対策を提案していくこと、その地道な努力の積み重ねが、新しい地域の創造をもたらしてくれるに違いないと願っています。やれることはみんなやりきりましょう。(組織と個人)

