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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

どうしてもすらっと使えない言葉、「戦後・・年」

c0219972_19142119.jpg冗談言うなよという感じ。日本経済=政治・文化の発展を振り返り見れば、戦争が国づくりの常套手段になってきた事実が明白になる。

あえて言おう。日清、日露、第一次大戦、第二次大戦(日中、日米英)、朝鮮戦争などなど。

しかしそれ以降もわが国の経済発展を支えてきたのは戦争だったのだということを一瞬たりとも忘れてはならない。まじだぜ。

1967年10月8日、学生と青年労働者の集団が羽田空港突入を目指して、穴守橋、稲荷橋、弁天橋上で戦っていた最中に京都大学文学部の山崎博昭君が亡くなった。マスコミは装甲車を奪った学生を犯人扱いした。しかし哲学者梅本克己氏はこういいきった。「ベトナム人民の民族解放のタタカイを軍事力で押さえ込もうとするアメリカと佐藤政権に問題がある。」と。

戦争は、「別の手段による政治の延長である。」残念ながら、純粋な経済成長などは、わが国においては達成し得なかったのだ。ベトナム戦争遂行の裏側では、財閥系の商社や武器製造関連企業は大もうけしてきた。いわゆるベトナム特需といわれたのがそれである。

ベトナム戦争で北米連合軍は壊滅的敗北をこうむり、これでかってのモンロー主義に戻るかとの期待もよそに、その後も世界中で戦争と核開発・軍事力拡大政策を続けている。湾岸戦争、イラク戦争、アフガン戦争、かってのコソボなど北米とそれに追随する国国の介入で真の平和が実現できたことがあったのか?答えは否だ。

日米安保条約、沖縄の軍事基地、日本中に置かれているアメリカ軍基地、これが今までの経済成長を補償していた基盤なのだ。ここを変えれば日本社会は地域をも住みやすく出来る。長い取り組みが必要になる。ぼくは50年以上もこういうことに首を突っ込んでいるが、まだまだコレからが本番、安倍のアホのミックスを脱原発の推進力に変えてしまう裾野を広げよう。そのためには、戦後などという言葉を、自分の言語体系から上書き(デリートに近い)することだと思う。都知事選、93%が投票したいといっている。

70%でもいけば宇都宮さんは勝てる可能性がある。選挙をも楽しんでしまえる文化を足元から築ずいて行こう!
◎写真はホビット村の風景
by issei_tachikawa | 2014-01-16 19:02 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)