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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

善人と悪人、さんきゅうハウスで歎異抄

以前から親鸞がすきで50歳前後から『歎異抄』をいつも持ち歩くようになった。すでに文庫本3冊目になった。2冊目は友人にあげた。今内ポケットにしのばせているのは、京都弁バージョンとノーマルの5:5版、著者は京都ネイテイブではないが、「親鸞が当時こういうことばで伝えようとしていた」浄土真宗の教えの実践編として大変面白い編集だと思う。

BIG ISSUEの販売にかかわる○さんは、口が悪い。態度がなってない。仲間につらくあたることが多かった。そのつどぼくのこころがきしむ。注意することも考えたが本人の主体的判断、霊感が訪れるのを毎週火曜日に祈ること数年、最近の彼は変って来た。

仲間を馬鹿にしなくなった。バックナンバーの棚整理を進んでやりきった。毎週バックナンバーの注文が出る。リピーターさんがついてきたことの証明だと思う。そのうちの1人はかなり身近にいる人(女性)ですが、○さんがどこで寝ているのか心配だとか、最近の体の状態はどうかなど聞かれる。

○さん実は、体は最悪の状態から少し浮上したもののいつまたどん底にはまってもおかしくない状態だと思う。彼だけではない。路上生活ではまともなものが食えないし、様々のストレスを抱え込んで身体も心もぼろぼろになる寸前、いやすでにぼろぼろの人もたくさんいる。

ときどき『歎異抄』の3章をおもい出す。今朝もそうだった。声出して読み上げてみる。要は、善悪の世間の基準がさかさまであり、悪人はホンガンタリキにすがるしかないので真っ先に往生するべしとしているとことが光る。長い経文を暗記する必要も無い、辛い修行を潜り抜けないと仏になれないということでもない。たったの1回でよいから、心の奥底から1回、「ナムアミダブツ」ととなえれば往生間違いなしと言い切る。

西欧の一神教が善悪の2項対立にこだわるのに比べて、浄土真宗の考え方はとても現実的で普遍的に感じる。最近あるお寺の住職が集会で配ったチラシが縁でさんきゅうカフェを訪れてくださり、これからの連携協働を約束してくださった。

やさしくなってきた(他者の痛みを感じられる)○さんは、まだまだこれから良い方向に変わっていってくれると願う。人の笑顔、それが人生究極なのではないか。みんながありがとうをいいあえる場所に育ってほしい。「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人おや。」「善人だにこそ往生すれ、まして悪人は」 本願他力、他とは自然、八百万の神々、インテイ、パチャママ
by issei_tachikawa | 2014-02-26 11:03 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)