立川市議会議員(大沢豊)活動振り返りを整理してみました
2018年 04月 14日

5期20年分ですから、アウトプットを整理するだけでも大手間で、アウトカムに至ってはやろうとしてもわからんことが多い。でも専門家(CBC、元AFP)の端くれであり、いったんは研究者として生き抜く気持であったイッセーとしては、意地でもやり遂げてみたいと思います。
まだ完成ではありませんが、今日のところは中間報告です。
Ⅰ:彼が立川でやり遂げた仕事の最初は1981年に始まり、1986年に実現したJR立川駅でのエレベーター設置運動です。これで車いすの人でも電車に乗れるようになった。野口さん、高橋修さん、仲間との出会いがあり、立川市内の障がい者解放運動の活動家や当事者がつながれる機会と場所をつくりました。
Ⅱ:1993年に「障がいを考える会」をつくり、知的障碍者の作業所、のちに宿泊施設となる「いろりん」もつくりました。立川生協とも連携して、びん・段ボール・缶のリサイクル事業も推進しました。びんは山村硝子、段ボールはマスコー製紙、缶は?を通じて、リサイクルされました。現状は?
Ⅲ:1993年に「みすずの会」をつくり、日の出ごみ処分場の環境破壊に抗議し、2800名の地権者を集めて、トラスト運動に取り組み、2000年10月の強制収容に対して戦い抜き、2001年には都庁へ抗議行動も。都知事は石原慎太郎でした。
Ⅳ:1998年6月、島田清作氏が7期で議員活動に節目をうち、大沢豊が後継者として推薦されて当選( 票獲得)モノレール開通前の調査を行い、車いすでの乗降しやすいように改善させました。
Ⅴ:反基地・反戦運動にも熱心でした。米軍基地拡張実力阻止(超党派で)の伝統を育て、市議会でイラク戦争反対の決議をあげさせ、自衛隊官舎へのちらし投入裁判は、2005年、無罪判決を実現しました。2018年4月、オスプレイ横田配備反対運動に続いています。2016年には沖縄の宜野湾市長選の応援にでかけ、辺野古ゲート前で抗議活動にも参加しました。
Ⅵ:2000年から河原、駅周辺、公園などで暮らす路上生活者からヒアリング調査を開始し、2005年には高松町の事務所にてBIG ISSUE販売支援を開始(2018年現在、6名が活動中、通算で 名が「自立」し、1名はパルブレッドで就労継続中です。
2010年12月に、高松町でアパート1室で食事・入浴・洗濯・相談サービスを始めて、2012年からは羽衣町の新館に移って、さんきゅうハウスを経営しています。1日当たりの利用者は、最盛期20名以上、今でも平均10名が利用しています。路上からアパート・寮・シェアハウスなどに移れた人は150名以上。
さんきゅうハウスには、生活保護受給者が生活し、年金と両方で暮らし課題解決に取り組むのを支援しています。OB(元路上生活者)のネットワークができつつあります。「健康にして・文化的な・・・・」生活とは何かを論議中。
刑務所から出所者の受け入れにも熱心で、再犯防止に貢献しています。
Ⅶ:議員特権廃止にも取り組みました。2007年、永年表彰者の絵画(一点30万円)廃止提案し実現。グリーン車で視察旅行もやめさせ、議員年金も廃止しました。
Ⅷ:立川市施設20数か所の電気購入元をPPS(㈱エコネットなど)など)にすると節約できる金額を試算し議会で報告・提案し、超党派で達成し、2017年度までで3億円以上を節約しました。
「立川方式」として、全国の脱原発・再生=自然エネルギー推進運動を後押ししています。
Ⅸ:2011年3.11以降は、福島の子どもたちの保養所を設けたり、放射線測定器で市内各所の被ばく程度を調査して公表したり、給食センターの食材放射能の測定公表を市に迫ったりしてきました。(生活者ネット、市民の党、みどりの党が連携)
Ⅹ:障がい者優先調達法、生活困窮者自立支援法、障がい者差別禁止法についての取り組み
Ⅺ:三多摩での脱原発・反貧困・非戦議員ネットワーク推進にも力を入れています。参加議員数???(八王子、羽村、国立、小平、小金井、三鷹、日野、その他)
★大沢豊のひととなりを知るには、これを聞いてみるのが早道ですよ。
宮城まり子(91歳、日本のマザーテレサ?)ガード下の靴磨き
https://www.youtube.com/watch?v=X4j1X-_wdeQ

