どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

ギリヤークからまたまた元気をいただいてきました

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ギリヤーク、ありがとう!写真集(鬼の踊り)見たのは、1980年、熊野寮の部屋で。京都で孤立する自分は、たった一人で大地の上で演技する彼の生きざまに感情移入してしまいました。
憧れていましたが、まさかねー、直で話せるとは思ってもみませんでしたが、い風来のグループ展(上野美術館、い風来の土偶の背景にカンジュ蜂起の画が出ていた。)見て、外に出たら目の前にギリヤークが。
演技終了後慌てて片付けしているところに、ぼくは声かけました。というより「あれ!?日本にいたのー?」という調子でした。
そしたら「うん、今度はブラジルに行ってやるんだよ。日本でやると反応が鈍いんでさみしいけど、パリとかリオじゃーおわるとお客さんから抱き疲れたり普通でね。日本は寂しいね。」なるほど、アイシンクソーだねと感じました。
それから、しばらくたって、電話で「パフォーマンスを8mmでとらせてくれませんか。」と懇願したのですが、固い決意で断られました。「映像で残すことに意義を感じません。むしろいまここで1回限りの表現、コピー不可能性にぼくはこだわっているのです。」といってました。「テレビとかマスコミも出ません。」ということでした。
1968年10月に渋谷のハチ公前で街頭演技を始めてから、変わらぬ出し物、裸一貫大道芸だけで食ってきた心意気、マジでかっこよい。
でも、昨日は新作として「果し合い」が演じられました。チャンバラが好き、アラカン(嵐勘十郎)のファンだそうです。
新作披露の意気込みはわかるし、応援するために来ているのですが、目の前のかれは88歳で数年前からの原因不明の病で立っているのがやっとという感じ。
身につまされる1時間、でも観衆は誰一人として帰らない。2時に始まり3時まで1時間のパフォーマンス、それでも誰も帰らない。
演技終了後の彼を取り囲む人の輪は広がるばかり。おれは何か心配になってきて、人の流れを観察し続けました。
やがて左側の人々は一人二人と立ち去り。ギリヤークを囲む人の数も10人位に減ってわかったことが一つ、写真集にサインしてもらってるんだね。へー、俺の神経とは違うんだね。おれは一刻も早く彼を解放してあげたい。早く家に帰らせて横になってもらいたい、そう願っていた。
まあでもいいさ、価値観の違いの溝を埋めようとは思わない。だだかれが最後に言った一言は忘れないでいてほしい。「身体もこんなんですが、あと2年は頑張ります。」というギリヤークを改めて応援しようと思う。
ワイナマユも最年長が来年は77歳ですが、80歳になっても今程度の、いや今よりパワー低下しても良いから、できる限りの表現活動を続けようと思いました。
さんきゅうハウスも死なない。ワイナマユもまだまだこれから。
ギリヤークさん、ありがとう!グラーシャス・ア・ラ・ヴィーダ

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by issei_tachikawa | 2018-10-09 17:19 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)