どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

失うことは得ることだに補足します

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「得る」という言葉は多様です。ありがたいと感じる、ありがたみに気づくことでもあります。
例えば、2005年でしたっけ?三宅島からの避難者帰島支援のとき、2週間毎日3食同じような仕出し弁当でした。野菜と芋が食いたくて、帰りの船中、自販機のポテトフライをむさぼるように食いました。あと、火山ガスのため移動はすべて車、2週間も歩くことができなかったので、帰ったらすぐに玉川上水散歩に出ました。鷹の台迄、往復3時間のウオーキング、歩けるってこんなにすてきな気持ち良い事なんだと気づきました。
次の事例は、50歳だったかな?入院手術のとき。部分麻酔が効き始める前に、頭の中で右足が延ばせないというイメージが固定してしまって、ずーっと苦しい思いでしたが、実はとうにまっすぐになっていた事には麻酔が覚めてからきづきました。
あと、一時できなくなった排泄活動が復活したときは、なんて気持ち良いのかをしみじみと味わいました。
さいごですが、2011年東電による、あの「無計画停電」の夜、まっくらの近所を散歩した時、なんて夜空が美しい事か、月があおいってかんじたのもその時でした。
そうだもう1つ追加ね。箱根の組織革新研究会参加時、3泊5日のすさまじい「研修」、風呂にも入れないで4日間過ごし、5日目に入浴した瞬間、お風呂のありがたみに気づいたことも思い出しました。
これらがすべて、貴重なホームレス体験の意味合いに関係しているように感じます。失ってみて初めて感じるありがたみですね。
家族、仲間、大切ですね。失わないうちに気づいたら、「いつもありがとう」いいあおうね。

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by issei_tachikawa | 2018-10-19 22:18 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)