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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

ベニート、ワイナマユにこころの奥底から、グラーシャス

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昨日の続きです。ベニートという名の由来は、ベニート・ファーレス、詳しくは存じませんが、メキシコ革命のリーダーだった。彼がメキシコ留学中に大家のおかみさんがつけてくれたとか。そっくりなんだってさ、ベニートに。
彼と会ったのは「中南米音楽センター」(新大久保)、このころパル連本部は、御茶ノ水⇒本郷3丁目⇒茗荷谷と移っていましたが、仕事帰りに毎週(だったよな?)通ってたんですね。ワイナマユというバンド名、コスキン・エン・ハポンにことは省略ね。
ベニさんと会ったのは、ケーナ教室(ワイナ結成前)の練習時ですが、いつもデパートなどで配られる紙袋に楽器いれてくるんですね。なんか、日雇いのおっちゃんみたいで、某大手銀行の支店長だなんて、夢にも・・でした。あと、タイかカンボジャかアジア系の人だと思ってました。メキシコ生まれかもとも。それから付き合うこと25年くらい?いままでいままでこの印象あまり変化なし。良し悪し別で、日本人っぽくないのです。
その理由、数か国語ペラペラですから、日本で外国人と交流するときは、必ず相手の母国語でしゃべってる。特にうまいのは、スペイン語、タイ語、英語だね。中国語、韓国語もなんとかいける。ただし、フランスは縁がなかったらしい。イッセーとどっこいかもね。まあこの点で、日本人っぽく感じない理由はおおむね納得していただけますね。
それともう一つ追加すると、どこいってもその現地のひととすぐに仲良くなってしまうとか。男なのに、わかれしなに、オーバージェスチャー的に手ー振ってくれる、これってうれしいよな。
そうだ、さんきゅうハウスのシンポジウムで、記念講演してもらったこともあるな。ちょうどアメリカのウオール街近くの(?)公園占拠の社会運動(1%対99%、格差告発の反貧困)が起きた年だった。大企業の経営者が「さんきゅう」応援してくれて、さらに格差を告発するアメリカの運動をプラス評価するような講演するってのは、聞いていて大変共感しましたよ。うれしかった。ベニさんありがとう!
今は引っ越しましたが、以前は東大和市内に住んでたので、帰りの西武線では萩山までいっしょ、家族ぐるみのつきあいになりました。
わが家でテレビがなかったので、彼が引っ越すときに、くれました。ついでに、ファミコンもついてきた。3人の子供らは、長男が中学1年になった年、テレビもらいにいくときの彼らのはしゃぎようは永遠に忘れません。いまでも思い出に浸りながら目頭が・・・です。
ベニさん、ワイナマユとさんきゅうハウスを支えてくれてありがとう!補聴器がついたので、あたらしいレベルで新生ワイナマユ、もっと楽しくできそうだね。新曲に挑戦しよう。
★アメリカ大統領選、バニ―・サンダース候補が当選しますように、お祈り中。


by issei_tachikawa | 2019-04-11 09:27 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)