1986年末から1987年頃の立川生協(現在は、パルシステム東京の昭島センター、八王子センター、府中センターの一部)の職員会議)
おれは、「拡大」(いまではいつの間にか「営業」)の責任者&現場だった。パートさんが多いときで10人位で動いていた。職員は俺一人(常務)
一番困ったこと、「一人なんですが、どうしても立川生協に入りたい。」という仲間にであったときの対応でした。とりあえず、名前(組合員登録)だけでも3人以上の形式ルール(共同購入の)クリアするために、家族親戚の名前使うという裏技も使ったが、それもダメな場合どうしたか?
質問1,「今までどこでとってましたか?」
質問2、「立川生協のどこにほれたのですか?商品だと何が欲しいのですか?」
質問3,「家族は何人?月にいくらくらいとりますか?4万以上と約束できますか?」
3番目がなかなか効果的でした。1人班でも、4万から6万円取っていた(実はいまでも、我が家は「共同購入4人班、置き場固定式)ですが毎月4万円は取ってます。)
これが全エリアで一挙同時に増えたら、又考え直さねばいけませんでしたが、夜の職員会議で、5人から問い詰められても大丈夫でした。「共同と1人班(今では「個配」)合わせたコース」つくれば、事業採算は大丈夫、これで大手と真正面から勝負できるという自負がありましたので、武蔵村山のFさん、高松町のMさん、桜が丘団地のSさんなどを積極的に加入していただき、中には理事にまでなっていただき、さらにレアケースですがいまでも連合会やパル東京で働いてらっしゃる方もいます。
ですが、あたらしい仕組みは、一挙にできるわけではない。最初は足元でも風当たりが強い。ここをクリアするためにはどうすればよかったのか?
1つ、注文は「共同で受ける」
2つ、発注も同じく「共同でする。」ということは、卵5kg、10kgとか、牛乳1ダースとか、豆腐6丁などのロットは尊重せざる負えません。
3つ、センターには「共同」スタイルで納品されますから、限定された商品は詰め替えます。卵ケースは、昭島の市場で買ってきます。配送車の担当に趣旨説明して、特別に詰め込み、お届け票も手書きでした。
4つ、請求書には追加入力でした。引き落としでは別の苦労はしましたが、システム的な苦労は追加されなかったと思いますが、どうかな?
このやりかた、後で聞いたら、東村山センターで、3生協の「個配事業」実験展開時にやったやり方に似てるというか本質同じだと思います。
あと、共同と個配を「合わせてコース再編していく」やりかたは、のちに、松戸センターで実験展開した時の仕組みづくりに通じています。
それから1つ大事な報告があります。立川生協での実験的なやりかたで、現場職員と役員(とくに理事長や専務理事)が共同したという事例をきいたときには、本心うれしかったです。
これをやりきったかたは、元エルコープ理事長の本郷靖子さん(いまはアズナチュラル代表)と根本幸夫さんです。
あと、あけぼの生協でも、同じような実験展開があったという情報もしりましたが、詳細については、詳しい方がおしえていただければうれしいです。
オリンピックくそくらえ、テレビやめました、こころすっきりです。GAFAからも、何時の日か卒業するつもりです。人類はたくさんの発明によって、地獄への道を歩みつつある。やばいですよ。
原発、飛行機、インターネット&スマホ-アイホーン、車、免疫破壊の毒薬(なにが「抗がん」でしょうか、厚顔無恥?)、虫がつかないトウモロコシ(モンサント)だって、冗談止めてくれ。
2時から、さんきゅうハウス会議です。世代交代、マンセー!