
結論から言えば、彼らは絶対におかしくない。異常でもない。世間の目がおかしいのだ。
精神病院がその象徴である。
かって1970年代だったか、ミッシェルフーコーの講演を聞いたことがある。通訳がいたんだろうがあまり日本語での印象はない。
逆に、彼の口調(切り口)の鋭さは今でも背中で感じ続けている。
いわく「資本主義社会はほっておくと制度化する。既存の社会主義社会も本質で似ている。家庭、学校、職場、病院、刑務所などの文化は、ほとんどすべてが制度化で疎外されている。個人の自然本性が日々抑圧され続け、
金とか地位に安住できない純粋無垢な人々は、制度の「外」に放り出され続ける。」
この状況は今も変わっていないのではないか。
今さっき、ため年の友人に電話を入れた。やたらせき込んではいたが、電話にはでてくれたのでうれしい。かれが「鬱になってしまった」と知らされたのは、昨日のこと。困っている人が何人かいる。無視できないので、そのひとを助けるべく、14日の「学習会」に参加することにしたが、それは上薬でしかない。
彼の他にも、同年で60歳越えてから、発症するケースがいくつかある。
皆男性である。相方の苦労を察するに余りある。
へたすれば、女性が自滅する。
介護疲れ、厳しい。
膵臓に来ることが多い。すい臓がん、これはなかなかなおりにくい。5年生存率数%といわれる。早期発見できない場合が多い。
おれに何か解決策があるわけではない。本人とおくさんと、いっしょに悩み続けるしかない。
そのときに、支えてくれるのは何だろうか?この答えもひとそれぞれかとおもうが、たまたま最近仕入れている「河辺の生わさび(ねっこ)」をみると、大きな元気をもらえる気がする。
わさびは、葉元から切って、そこから順次摺って食すのだが、葉っぱと枝もすてないで、味噌汁に入れて食うそれまでは、写真のようにお皿において、白州の水で命の合掌をする。
植物と動物、動物と人間、なまけものと「しーちゃん」(105歳の雌猫)とおれ、その命の持続力には明らかな違いがある。その違いから何を学び、10年後の「政権奪取」に何をもって貢献できるのか?
これから、しばらく、MMTの勉強にはいります。
本能にめざめよ!