心底うれしかったこと、あるかなー、あるある
2023年 03月 15日

それから29歳までは、何やってもまるでだめだったのですが、30歳で4年目の「大学院受験」に合格の知らせを受けた直後の日雇い現場での俺がよみがえってくる。
場所は忘れましたが、建築現場の穴掘り(基礎工事、根切り、スコップで)の10時の休みに、京都大学経済学研究科に電話して確かめましたら、「33番ですかー入ってますー」という事務の方の返事が天使の声みたいでした。
うおー!ってほえあがりそうないきおいで、掘った掘った、隣で見ていた崎山さんが笑顔で、お祝いしようといってくれはった。「これで辛かった受験勉強と日雇い重労働生活も終わりだ」という喜びをかみしめていました。
でも、それはそれとして、そのまえに3日間のテストの最後の科目への回答ができたその日の夜に、ぼくは一人で「入学祝」をしていたのです。なぜかの説明です。
最後の科目は「経済政策」でした。出題範囲がめっちゃひろい。ビスマルクからニクソンショックまでで、どこからでるかもうよそうしようがないくらいなのですが、何となく前の晩に、1930年代の帝国主義国の経済政策(不況対策)を比較検討せよというテーマのノートを読み込んでいたのです。
山カンテキ中でした。もう間違いなく合格するとおもっていました。經濟原論、経済史、外国語2つ(英語とフランス語)も自信がありましたので、毎年の習慣で試験前は、断酒・禁煙・禁セックスでしたので、その晩はホテルで一人祝いでした。ダンヒル赤吸いながら、サッポロ黒ラベルで乾杯したら、テレビに笠智衆さんが!まさにおめでとうの時間が流れました。
あれって、50年前?いや1980年だから43年前だね。それからのうれしかった(歓喜一番)体験は・・・辛抱だけがではありませんでしたが、40歳で拾われて結婚できた式の翌朝、畳のイグサの匂い嗅ぎながら「うれしい」をかみしめていました。あれからもう37ねんたったんですね。
次に小躍りするような喜び、どこでいつ?楽しみだな。

