さんきゅうハウス仲間の想い出第二話:ノブアキこと小川信明さん
2023年 06月 10日

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当時は24時間365日営業と冗談半分マジ半分で言いふらしていたくらいに、毎日食堂開いていました。利用者の大半は路上暮らしのおっちゃんでしたから、何出しても文句ひとつ言わず、いただきます・ご馳走さまもきいたことないくらい、ただひたすら腹いっぱいになればよいというのが実情でした。
ノブアキだけ異色でした。「味噌汁がカルキ臭い。」というのです。おっしゃることはもっともなのですが、何か違和感を感じでした。
それと、いつも酒臭い。そのままカフェの厨房に入ってきて、シェフにどなられたりもしていました。
彼の「食」へのこだわり、彼が持ち込んできた『そばうち100選』(・・社?)に載っている彼の30代前半の写真見てなるほどでした。
彼は羽衣町で「本陣」という蕎麦屋さんを経営していたとのこと、それがなんで?
彼曰く「どうしても納得できるそばが打てないので悩みになやんだあげくに、畑でそばを栽培し、収穫したそばの実を、自宅に石臼買いこんで、自分で粉をつくってみた。」と。でもなんどやってもだめだめで、そのうち酒の量が増えてきて、たぶん途中からはアルコール依存症になり、奥様は一人娘連れて出て行ってしまった。
この話している彼の目が涙でとなると、ぼくもハグしあってもらい泣きでした。
そのまえは立川の暴走族、「地獄」のめんばーだったらしい。ブラックエンペラーだったひとにいわせれは、「どうしようもねーちんぴら」だとのこと。ノブアキから海岸でたいまん(喧嘩)はったときのやりかた・セリフなんかを聴けばなるほどという感じもありましたね。
そんな自分に嫌気がさしたこともあり、そば打ちで出直しをはかったのでしょうが、其の挫折経験は大きかった。
さんきゅうにきたころは、おやじさんのマンション一室に居候で、生活費もいっていもらっていたのに、皆飲んでしまってどうしようもなかったらしい。
そんなかれに起死回生の仕事をという願いで、カフェでそば打ち教室を開いた。出来はさいこうでしたね。そばについてはうるさいぼくにも、申し分の無い味でした。なのに彼は「このていどのそばしかうてないのではやっぱりおれはだめなんだ。」というのでした。もうどうしようもない。
クライマックスは、自室で開いた「日本料理」パーテイでした。かずおちゃんとおれが誘われたのですが、なんと参加費1人1万6千円ですと!その値段にびっくりしましたが、和雄ちゃんになんとかしてもらって、参加しないで金だけ支払うということで、その場は切り抜けました。いやはや。
いつも頻繁に電話よこす。出だしはいつもおなじで、「下んねー話ですみませんが・・」、まあまあと言って聞いてみるのですが、なるほど本人言う通り下らん話ばかり。それでも辛抱強く傾聴傾聴。これもいやはや。
「・・たち呼んで酒飲んでいたが、財布盗まれたみたいです。間違いない。」ということもあった。
酔いが覚めたころ、「盗られた」という財布はトイレでみつかり、なんだ。(笑うしかない)そのうち彼は来なくなりました。みんな彼のこと忘れていたと思います。ぼくもそうでしたが、あるひ社協の女神から「小川さんなくなったみたいですよ。」ときいて少し驚いたのですが、これほどまでに俺の記憶装置を占領し続けるとは!なんでや!★写真左がのぶあき、小雪ばらつくなかでのお雑煮会、七輪囲んで暖を取る。

