「俺の人生、思い通りにしかならない。」?
2023年 12月 15日
でも考えてみなおしてください。「思い」って何でしょうか?
想定、予想、過去の事実をふまえているのでしょうか?
もしかすると、それは「思いこみ」に近い、というよりそのものではありませんか?
例えば、原発裁判、福島の原発爆発の原因が、想定外の大津波による電源喪失によるものだったのか、東電幹部の意図的なさぼりだったのか?
殆ど関連データが最近公表されていないので、もうマスコミも話題にしませんし、庶民も忘れているでしょうが、10m以上の津波対策の必要性についての政府機関の提言を、東電経営者が無視したところに問題の本質(電源喪失による冷却水切れによる水素爆発)があることは明らかであるというのが、告訴団側(ぼくも一員ですが)の主張です。東電の主張は、相当に意図的であり、「大丈夫だ」というよりも、「いざという時には経営者は最大リスク(即死越える被爆)からはなれたままであるからという安易な「沈黙」が続いた結果が、2011年3月事態だったのではないかな。
一般論と個別具体論は、方法論的に別に論じるべきですが、原発だけではなく他の課外も含めて、ぼくの思いは「みなが安心して暮らせる世の中が欲しい」です。
できるの?無理でしょ?所詮日本は亜米利加の「植民地」ですからという議論を乗り越えたいのです。
文章は未完成です。年金が支給されたので、これから支払いに走ります。(師走の西鶴、笑い)

