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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:映画・演劇・スポーツ( 23 )

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ぜひ投げかけてみたいのですよ、以下の10問をね。
1つ、なぜ野球をはじめたのですか
2つ、プロをこころざしたのはいつですか
3つ、なぜプロになりたかったのですか
4つ、野球人生に満足なのですか、周囲との違和感を感じたことはありませんか
それに悩みくるしんだりしたことはないのですか?野球やめようか?とかないんですか。
5つ、野球の何が好きなのですか、気の置けない野球友はどなたですか。
6つ、ピッチャーから投げられる変化球ですが、「手元で変化する・・」という表現は正しいですか、スポーツ物理学、心理学、生物学的観点から答えてください。
7つ、剛速球(150kmとか)ピッチャーの「球が手元でホップする、延びる」という表現については、いかがですか
8つ、打った瞬間にもっとも飛距離が遠くなる打点、つまりあなたのバットのどこで、ピッチャーから来る球のどこを打った場合がホームラン可能性を高めるのですか
9つ、野球人生で、誰かにお礼をいいたいとすれば、3人あげてください
10(とー)、これから何をしたいですか、野球(スポーツ)と政治(的立場,意見、支持政党政治活動)に関して何か意見がありますか
他にもきいてみたいことがありますが、このへんでやめときます。
因みに、ぼくは、「イチローに似てますね、そういわれません?」って聞かれることがあります。最初は少し驚いたり、内心ほほえんだりしていたのですが、ぼくはぼくであり、かれではないし、自己判断では造形的な違いがありすぎみたいにみえるのですが、なのに、なんで似てるって感じさせるのかなーって考えました。
その答えを出す前に、以上の問10こを自分の73年間にぶつけてみると、面白い事実がみつかりました。
2人の相似点:おれもまだ野球やってる、ライフワークとして、トレーニングが大好きで野球やってきた。でも、武道(極真空手、天念理心流)、マラソン(ジョギング、ウオーキング)、卓球、登山、ハイキングも大好きなのです。サッカー、テニスは見るだけですが好きです。(相方に恵まれてる、自分で言うことです。)
そしてぼくは、日本の文化、面白いし、大好きです。とくに島部(三宅、佐渡、種子島、琉球、そして島国ニッポン全体も!)を愛しています。辺境最深部に惹かれているのですが、先住民をないがしろにしてきた「やまと」の歴史的犯罪行為には、異議ありです。
2人の相違点(メイビー):おれはその違和感を基底にして、50年以上「政治的な活動」との距離感を楽しんできています。念のためいっときますが、おれはコミュニストでありアナーキストではありますが、共産主義者ではありません。また、信仰をもつかたがたが大好きで、自分にも信じる世界はあります。神も仏も習合、イエスはともだち、ムハマンドにもあこがれて、ヒンデイの世界にも興味ありです。
ですが、やはり「パチャママ」、アイヌモシリとの距離感を大切にしながら、生きていきたいのです。
イチローさんの答えは???
そうだ1つ質問追加だ!
あなたが日本野球に見切りをつけて大リーグ選んだ野茂英雄先輩について、なにかコメントありますか?
あなたが向こうにいくまえの日本マスコミの評価、ちょー低かったと記憶していますが、今の評価では絶賛ですよね。それも「努力」(形成過程)というより「成果」(結果)を強調してる論調がほとんどですよね。
なにか違和感感じませんか???


by issei_tachikawa | 2019-03-24 04:17 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)

甲子園目指して

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野球に限らず、スポーツや運動会)競技なんかは大嫌いだった。
できるだけ流れに乗らないようにしてきた。例えば、運動会の準備体操、わざと逆にやった。まわりが前屈のときは、おれひとりあおむけ、みんなが左に曲げたらおれはみぎに、流れと逆に進んでみたい。俺は生まれつきこうだったのか?
こうだったのか?いやようくわかりませんが、毎年甲子園の季節になると、高校3年の夏を思い出します。
神奈川大会準決勝、相手は武相高校、ジャイアンツの原監督のおやじが監督だった、よな?
ぼくは法政二校、何人かのプロ選手を生み出していました。ジャイアンツの柴田、日本人大リーガー第1号の村上、大洋ホエールズ(現:DENA)の的場と村越、東映フライヤーズ(現:日ハム)の是久などなど。鶴岡一人さんの息子もいた。
甲子園で夏春連続優勝したこともあり、夢と現実は重ね合わせて見えていた。
1964年夏、監督は平尾友二。ボランテイアではない、謝金払っていた。
彼は、準決勝の先発に中川を出した。当時の法政2校は中川、鵜沢、北島3人のエースがいたが、誰が見ても総合力では鵜沢が一番だった。
千葉県館山市、法性寺のせがれ、単距離が速くて、千葉県大会優勝、100m11秒だったかな。スピード、球の切れ、度胸、カリスマ性など、鵜沢が一番だった。
比べて、中川はスピードがいまいち、北島は性格的に若干??があった。気が弱いというかいまいちなにかんがえてんのかようわからない。
なのに準決勝で中川に先発させた理由は、決勝で使う鵜沢を温存したのだと思う。いや、監督の判断理由はわからない。上意下立つ、軍隊的気質の高校野球部で監督の批判などできなかったというのが、いっせーの言い訳です。(いまだに悔しい)
いずれにしても、ここ一番の勝負では、鵜沢を使うべきだというのは誰しも認める判断だったと思いたい。準決勝勝たねば、甲子園にいかれんのや!鵜沢に2戦連続で投げさせる手もあったじゃろー。
しかし、平尾さんは準決勝の先発に中川を送った。あっという間に5点取られて、途中で鵜沢と交替してからは、武相の強力打線をぴたっと抑えて、4点かえして9回の裏、だめだった。最後のバッター誰だったけ?
控室に帰ってきて誰かが泣きだしたら、おれもわれ忘れて、壁を爪でこすりながらくやしさをぶつけてないた。もう涙が止まらない。いつまでないていたのだろうか?
これほどの悔しさ、これほどの欲望(・・したい、甲子園に出たい)を感じたことって他にあるのだろうか?
南福岡代表沖学園が初戦突破した。なぜか注目しています。


by issei_tachikawa | 2018-08-06 16:38 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
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日本がサッカー弱い理由は、その歴史の短さもさることながら、3つに絞り込めると素人ながら思う。
1つは、何でもやれ過ぎる環境にある。食にたとえるならば食いすぎや!おのずとハングリー精神やどうしてもサッカーという気迫は育ちづらい。ブラジルとか南米しかしらないけれど、テレビも冷蔵庫もない家庭で育つ子もざらにいる。ゲーセンなんかもないから、学校から帰ったら空き地でサッカーっていうのは実に安価で手ごろな遊びなのだろう。つまり生活に根差したスポーツになってる国のサっカー少年は強くなれる可能性が高いということかな。
2つは、基礎体力の問題。日本の子らは、車社会で育つ子が多い。家ではエアコン完備、駅やビルでもエレベーターやエスカレーターは常識。歩いたり走ったりが日常生活では「ウオーキングとかジョギング、さらにはマラソン」みたいに制度化されたところでしかなされなくなる。金のあるやつはジムに通って汗流せるが、イッセーのような◎美(貧)は別にして、生活の中に運動を習慣ズケるのはたいへんてまひまかかる。むりしてつづけるとやらされかんがたかまってきて、すぐにやめてしまう。南米、アフリカ、アジアの子らはどうなのか?たぶん、日本みたいないたれりつくせりの環境で育たない子の方が圧倒的に多いんじゃないの?これが基礎体力の違いにつながるんではないかなー。大谷、田中(MLB)などすごいなおもうけれど、故障が多いのも気になる。
3つめは、民主主義革命の伝統の話。哲学と政治的文化の話。野球と比べると感じるのは監督やコーチ、そしてチーム全体のマネジメントが、日本はサッカー向きではないのかもしれない。
日本野球のマネジメントは、かなり世界レベルでも上位だと思う。ぼくは法政二校から法政大学1年まで野球部だったのでかなり確信もっていえる。だから世界の舞台でも十分通用する。
しかし、サッカー選手に同じようにマネジメントをどこまでてきようできるのか?ぼくはサッカーど素人なのでよくわかりませんが、野球に比べてさらにもっと「個人の動物的原始的な人間力」が問われるのかなー思う。
つまり勝手な動きも時には有効度がたかくなる、のかも。ここはあまり自信もっていえませんが、どうでしょうか?
いずれにしても昨晩のブヤ駅周辺の群衆の盛り上がり、まるで力道山がルーテーズやシャープ兄弟と戦っているときのテレビ観戦みたいだったね。クライマックスのテレビ視聴率55.5%!この一体感、非日常のエネルギーが戦争に向かわないことを切に祈っています。米朝会談実現、米韓合同軍事演習中止歓迎、オスプレイ横田飛来反対(気持ちは阻止ですが、大昔に流行った議論、団塊受け狙い風笑い)
そしてあらためて、九条は世界遺産であること、ぜったいに変えてはならないことを強調したいと思います。3000万署名やりきりましょう!

by issei_tachikawa | 2018-06-20 10:27 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)

1枚のはがき

なぜか真夏になると思い出す言葉、「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないのでなんの風情もありません。」『1枚のはがき』、は新藤兼人さんの遺作、戦闘シーン無き反戦、だからむしろ非戦(不戦?)映画。

by issei_tachikawa | 2017-08-20 09:43 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
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あきらさん

ぼくが、どちらかといえば余り気が乗らない集会にでかけたのも、あなたがムモンカン情報をくださったからです。
窪島さんを高校にあげるように家庭訪問を繰り返された中学のセンセー、東中野かに(?)すんでいらっしゃる96歳の画伯、
すてきですね。
あと、彼の言葉
「日本の戦後ってのは大きなやかんにほんの少しの紅茶葉入れて煮込んだ、色は濃いが紅茶の味しない飲み物、またはそのやかんそのもの」
と言っていましたが、言いえて明!自分が「世界革命浪人きどり」であこぎなバイトしていた当時を思い出すと恥ずかしい。
それから、
「戦没画家たちは平和とか反戦のために画を書いたんじゃない。」というのも唸らせる。
さらにまた、無言館だけでなく
信濃デッサン館にも足をはこんでくれという呼びかけにも魂が揺さぶられました。
ずーと泣きながら聞いていたようなかんじ。でもそんなはずはない、たくさん笑えた。
彼が東中野(?)でやってた「カウンターが水平じゃないので客がグラスから手を離せない飲み屋」とか、「あっというまに万札(板垣退助?千円札か?)がたまるサンドウッチ・カフェ」の話は笑えますね。
あと、絵を集めるときの苦労話も面白い。九州と上田を2往復とか。「あのくそばばー!」なんてつぶやきも、おれのききまちがいかなー?
「僕はこういう場で話をすることに、呼んでいただいてうれしい反面ではなんとも言いようのない気恥ずかしさ(うまく伝えられません、イッセー挿入)を感じます。」という言葉にも彼の現存在を感じました。

画家が死んでも、絵は「もう一つの命」を伝え続けるのですね。
「つよしを力ずくでもつれてくべきでした。ざんねん。」(これはイッセーのつぶやき)

いっせー
★写真は、さんきゅうハウスの庭ですくすくと伸びる被ばくハマユウ、提供者はケテイさん。
★★★「僕が無名の頃にぼくを信頼して絵を提供してくださった遺族のかたには、ほんとうに心から感謝しています。」という言葉を、ぼくは家族に、妻に、さんきゅうとパルシステムとグリーンズジャパンの仲間たちに捧げます。みんなありがとう!グラーシャス・あ・ら・ヴィーダ
by issei_tachikawa | 2016-12-10 21:02 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
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ええもんみさせてもろた、いいだしっぺの和雄ちゃん、実行委員会のみなさま、きてくれたなかまたち、みんなまとめて
おおきに・ありがとう・さいちぇん!
「子どもの里」がすごいと感じる点3つ。①チャンプルーであること。子どもも大人も、女も男も、おっちゃんもおばちゃんも、日本人も在日や外国人も、「健常」と思い込んでる人も「障がい」者も、みんな里にくれば仲間やねん、という文化が根付いている。もちろんその根っこには、カマ(釜ヶ崎)西成という地区がある。タタカイと生活でもまれて、特別な眼でみられながらも、どっこいおいらたちはここでいきていくんやという自信を失わないで、ここまでこれた。
②制度化されたグループホームなどでは、対象の絞り込みが行われているが、「子どもの里」には、自分の家がある子も来る。お母さんが怒って迎えに来るシーンもある。子どもはかえりとーない、今日はここにとまるんやと泣きじゃくる。それでも母は説得しようとねばるが、その晩はついに子供が勝った!
③シンゴ(主人公の1人、高校生、知的障害がるという設定だが、そうは見えづらい。)は身体がでかいのと、差別されてきた体験があるのとで、他者に暴力的な対応することが多い。職員から指導が入る。「なんでなぐるんや、ええのかそれで!だめやろ。」の繰り返し、謝れない自分の自覚と対面する無言のシーン。
いろいろみてると、なんやこれって、いまのおれたちが、さんきゅうハウスでいつも見ている風景にそっくりじゃんという気がしてくる。
終了後の立ち話で和雄ちゃんがいわはった。「さんきゅうは大人の里やなー。」と。
by issei_tachikawa | 2016-11-23 15:38 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
 市内はお祭りムードの先週金曜日、立川市女性総合センターアイムで、『ホピの予言』上映会でした。昼の部70名、夜67名の方が集いました。

 監督の辰巳玲子さんは、にろちゃんこと二口さんの知り合いということで楽しみにしていたのですが、なんのことはない、昔からの共通の仲間が2人いました。
 1人は、ケケちゃんこと石岡くん。ザ・ロンゲストウオークでデニスバンクスらと一緒に歩いた人、ぼくがベジタリアンになる(ただし40歳くらいから60歳くらいまでね)きっかけになった人。海辺で塩をつくってた。優秀な大工さんでもある。今は広島在住。
 2人目は、石谷政雄上人。日本山妙法寺の方ですが、たまたまさんきゅうカフェの前で出会えました。以降、国会前で1回、さらに奥さま(?)同伴でカフェにおみえになった。聞けば北海道旭川市に道場があり、インドでは地域の人で応援をいただきながらお寺をつくっておられるとか。

 いだしっぺは内田君でした。5月だったかな、電話で「ホピの予言って知ってますか?」と聞かれた。チェルノブイリの記憶がよみがえり、当然知っていますと答えた。
 「映画会やりたいんですが、協力してくれませんか?」と誘われて、すぐに乗った!最近のイッセーではめずらしい。事業計画なんてあたまになかった。不思議な力が働いた気がします。

 夜の部終わったのが9時半、かたずけ終了して、辰巳さんの宿泊先になってくださる菊池びよさん
、主宰の内田君、辰巳さん、ミュージックアーテイストの菅野さん、下北でカフェやってる女性と打ち上げ。ちょうど須釜さんと府中の女性も隣同士でざっくばらんに感想を述べあいました。

菅野さんは、「浄化の時代っていわれますが、底つくまでは落ちてゆく、何をやっても『白い人たち(北米+ピューリタン連合軍?・・・イッセー挿入)』の行動をかえることはできないというのは納得できません」という、ホピのことばをどう解釈するか?「神格化してはだめだよ、自分の頭で考えなさい。」ということかも
 あと、北米史と現状における「善・悪」の2項対立図式への違和感を感じる人もいた。さらに「原発再稼働の政府を応援してます。」という女性にも、辰巳さんは手をやかれたという。

 これらすべてが「主体」の自立性、自然界の多様性の尊重を問いかけているのではないかと思う。
ホピとは平和を希求している人々のこと、つながりを大切にして、祈りながら行動する。決して暴力的なやりかたはとらない。非暴力直接行動の開花を念じるのです。

  要は、私たち一人一人が地球の細胞だという実感をもてるのか,大地の痛みを感じられるか。
むづかしくない。だれでもホピになれるんです。

わたぼうしのみなさんから、有機野菜いただきました。
今朝の朝食は、ミニトマとコーヒー
一緒にみてくれたみなさん
来てくれてほんとうにありがとう!
by issei_tachikawa | 2016-08-28 22:04 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
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1986年につくられた映画ですが、まったく色あせていません。原爆、原発、侵略戦争などの世界から「ホピ」(平和)に向かう道のりは厳しいですが、ホピ族長老の予言にもいちど耳傾けましょう。
「地中に深く眠っているモノ(ウランをさしていました)を掘り出して使ってはいけない。ヒョウタンに灰が詰まったものが空からふってくるから。」
北米先住民は広島・長崎の原爆製造前にウランの採掘に反対して戦いました。その予言に耳傾けなかった北米州政府は、彼らを逮捕しました。
あれから80年以上たっていますが、原爆も原発も戦争もなくなりません。何が必要なのでしょうか?
ぼくは、1980年代に、ロンゲスト・ウオークに参加した日本人(KEKEちゃん)とであってから、自分の「ホピ」(平和を祈る主体)について、考えて行動し続けています。
8月26日、金曜日は、立川のアイムホールで上映会、宮田監督(故人)の遺志を受け継いで、全国で上映会されている辰巳玲子さんのお話も聞けます。
前売り受け付け開始しました。イッセーまでどうぞ。080-5192-1463、メールは、a064kys@ac.auone-net.jp
by issei_tachikawa | 2016-07-14 10:03 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
たまたま昼飯作りながら久しぶりに甲子園チャンネル入れたら、鹿児島対和歌山の初戦展開中。結果は鹿児島のギャクテン2:1だったが、最後のシーンが身につまされた。12回の裏1-1、1アウト1塁3塁で、セカンドゴロだから、真っ先にバックホームなのに、セカンドがファーストベースに送球、当然3塁ランナーがホームインしてサヨナラだった。
こういう信じらんないプレーをぼくもしたことがある。高校2年の野球部練習試合で、マーシーこと村上正則さんから1二塁間ライト前ヒットで出塁したぼくは、次の打者がショートに鋭いゴロを放ったのを見て、ファーストベースにもどろうとしてしまった。怒りまくる監督から直ぐに交替の指示が
あのときの失敗と甲子園初戦での失敗では重さが全く異なる。あの和歌山のセカンドは、これまで何度もファインプレーしてきたのに、土壇場でこの始末。この負い目を一生ひきずっていきていくのか、さらっと忘れて別方向に歩むのか、ぼくにはかかわれない青年の未来のことですが、なにはともあれ、ここまで来るのも大変なことなのですから、おつかれさまのことばでねぎらいたいと思います。
ぼくらは、夏の大会準決勝で。5:4、武相高校に惜しくも敗れて、3年間の夢ぶっとび、控え室の壁をかきむしりながら悔し泣きでした。
でも、まけおしみではなくて、野球で成功しなくてよかったーと感じる今日この頃であります。
熱中症 どこか他国の現象か われ常温で元気持続です
都会のコンクリート、車そのものの割合を限りなく減らしていこう。それも脱原発につながると確信しています。8月29日の金曜日はなるべく、JR立川駅北口空中広場でダツゲンあくしょんやりますが、シナリオはありません。思い思いのやりかたや格好で、通行する人に訴えましょう。「だまってらんない会」
by issei_tachikawa | 2014-08-13 16:03 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
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映画見たら子どものころを思い出した。僕の実家は東京都の世田谷区岡本ですが、最寄の駅「吉沢」の多摩川よりに「部落」があった。といっても実際だれがすんでいたのかは分からない。朝鮮人家族もいた。その一人とは『マブダチ』でいっしょに牛乳配達のバイトしたり、出入りの話を聞いたり楽しかった。彼のアニキは中学校でバン張るくらいのすごうでで、オレも怖かった。日本人の友達ってオレぐらいしかいなかったのかもしれない。 彼の名はSイチロウ、中卒で的屋になり、出入りで人刺してお勤めして帰ってくると、電話してきた。マイアミで会ってその話を聞く。やばい話しばかりなのでまだかけないナー おふくろはオレに「あの部落にいっちゃーだめだよ。」といいながら、自分は結構頻繁に通っていたようだった。何をしにいってたのか?イントレステイングだがもう聞けないのが残念。
それから何十年もたってから『橋のない川』を読んだ。部落問題を少しは感じ取れたと思っていたが、どうもまだまだのようだ。石川さんの悔しさ、彼の辛さ、自白に追い込まれた理由などについては映画見るまではぴんと来なかったのだ。 「おれだったらサツに脅かされてもやってねーのにやったなんてことはいわねーと思う。」みたいな会話を友達としていたのがほんの数日前の事実なんだ。 それがどうだろう、1回映画みただけで判ってしまったような気がしてくる。石川さんは少学校もろくに通えなくて、逮捕された当時は文もう状態、おまけに一家の生計を担っていたアニキのことを警察が出してきたので自分がかぶるしかないと感じたことがあるらしい。 映画見ていると永山則夫さんのこともおもい出す。政令101号事件、背景には網走の家庭の貧困が浮かんでくる。あれを映画にしてくれた進藤かねと監督もすごいし、SAYAMA事件を映画化してくれた金さんと陣内(じんのうち)さんにもありがとうだな。まだまだわからんことが多い。人と人が素朴にコミニケーションできる地域をつくっていきたいな。
(今後の上映予定です)
4/19(土)19:00開場 保谷こもれびホール
5/17(土)14:00開場 調布市文化会館たづくり
5/21(土)第1回14:00開場、第2回18:30開場 武蔵野スイングホール
5/31(土)19:00開場 八王子クリエイトホール(生涯学習センター5F)
6/15(土)14:00開場 ルネこだいら中ホール
(チケット予約、問い合わせは) 映画『SAYAMA』製作委員会 tel/fax 042-316-5882 メール:info@sayama-movie.moo.jp hp://sayama-movie.com/ ★入場料は当日券1200円、前売り1000円、高校生以下は500円です。
by issei_tachikawa | 2014-04-14 21:48 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)