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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:気になる友達シリーズ( 34 )

治代さん、林君に4つのメッセージ
1つ、ごめんね:武蔵村山市市議選(補選)、2人とも違う時期に数票差で敗れた。2人の人生に相当な変化が。おれは、パル連現役だったことを理由にして、中途半端にしか応援できなかった。失敗だった。有給休暇申請してでも、大沢⇒山本レベルの選対できたはずだ。これは一生悔やみ、懺悔、申し訳ないという感情として残る。
2つ、許してくれ。2人の関係性を「相互依存」としかとらえられていなかった。
ある日の大南地区会館で。何かの集まりのあとで、ポップコーン作っているとき(メイビー)林君のやりかたに、治代さんが茶々入れた。林君ははげしくいきどおり大声でどなりかえしていた。仲が良いんだなーという印象。×の夫婦は、たいていは相互忖度でどちらかがいかれててしまう。メンタルに来るか?フィジカルに来るかはわかりませんが。
3つ、ありがとう。元旦の山梨県・・での「七草セット」収穫支援労働中。あまりの寒さに畑にあった「自販機」でコーヒー買ってしまった。「光太君の事かんがえろよ!」って怒鳴ってくれた。こんなにまでして、自説を貫いてくる友達、他にはいない。因みに、ぼくは今でもたまーに、自販機使ってしまいます。もちろん林君には内緒ですし、光太は30歳になって他県にいるからみられることはありません。FBもやらないだろうし、安全地帯だ。(笑い)
4つ、愛してる。贈る言葉。この手の集いの目的は、追悼しながら生きてるもの同士に希望を与えること、いやいや、それを再確認し合うこと。そして、こういうことでもないと、なかなかあえないもんどうしをつなげてしまうこと。だから「故人のおひきあわせで」っていうじゃないですか。社会を変えよう、いっしょに。2019年7月ダブル選挙、チャンスだ。治代さんからのメッセージが聴こえる。「悲しみを乗り越えてね。」って。
エパー ル・プブワール ダンモ シュレコマンス マビ(言葉の力を信じて、人生やり直すんだ。)は林君には、知性の力が残っている。比較:西部邁さん
思いでプラス:くにさんファミリィ(3人の子供たち、ゆりこさん)。桑の実。朝鮮学校と拉致問題(未解決)、お弁当配達
以下は私事ですが・・・
〇うれしかった:昔の共同保育で育てられ、今は千葉の某所で百姓を営んでいる女性、くにさんとゆりこさんの間に生まれた女性から、受付で23年ぶり(なのに)、「ケーナもってきてないんですかー。わーざんねん、ききたかったのにー。」っていわれたこと。
〇ありがとうをいえる、感情のひだをすべて伝えられる、意見の違いを忖度しなくても良い存在が家の中にいること。ことばにできません。しかしこれは何十年に及ぶつきあいからできてきたつながりです。日記帳には書いてあります。

by issei_tachikawa | 2019-06-10 04:06 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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目高舎の林君、生涯の伴侶、治代さんを失った悲しみを抱きながら、今日の追悼の集まりでしっかりと挨拶してくれた。
頭の中が知らなかったことでいっぱいになった。
2人とも誕生日が一緒で10月8日生まれ、1946年生まれ、おまけに2人とも旧姓林なのだ。高校生から一緒で、彼は一ツ橋に入ったのだが、彼女は大阪?の姉様に呼ばれて、貿易関係の学校?(会社か?)に入った。
大きな風呂敷に荷物をもっていったらしい。途中で出会った女性が「大変でしょう、もってあげましょうか?」と声かけてくれて、頼んだのは良いが、先方についたときにははぐれていたという。
姉様に「あんた荷物は?」と聞かれて、気が付いたのだ。ときすでに遅し、やられた!と思って探していたら、なんと頼んだ人が後から到着したんだと。
ここで「2つの教訓を得ました。」と林君、1つは人を信じるな、でも、2つは、人を疑うなでした。37名の参加者、悲しみに涙していた人もみんな一緒に大声で笑えた。
彼の話聴きながら2つの事を考えていた。
1つは、クルプスカヤがレーニンに行ったと言われるセリフ、「あなたは人の事を厳しく批判しすぎる。その批判の矢はあなた自身にも突き刺さる恐れがある。世の中人を信じるべき理由は幾百万あるが、疑うべき理由も幾百万」というような。本願他力かな?
2つは、彼の事、治代さんに依存といっていましたが、なかなかどうして。亡くなってから心配していたが、彼には、知の力がまだまだみなぎっているように感じる。いやそうはいっても辛いのかもしれないが、集まってくれたみなにこれだけの笑いを提供できる彼の知性の力に驚き、尊敬してしまいます。
同様のシツエーションに置かれたら僕は同じようにふるまえるだろうか?(間違いなく答えはノー)
あと面白かったのは、メダカヤ通信のスタート。彼らは一時世界巨木巡りにこっていたらしいが、海外旅行といえば餞別だの見送りだの騒々しいので、空港から親戚友達に手紙を出した。それが通信発行の切っ掛けで、1980年にスタートし、40年間続けて、今1065号にまでいったということ。すごい!
もひとつ、ずーっと同棲だったのに、入籍した理由は、都営住宅応募のためというもの。世間の常識にとらわれない彼らの生き方に乾杯の一日でした。
団地集会室からかえりしなに、彼の部屋で、手挽のコーヒーをごちそうになりました。まえにも書きましたが、人間いつ行くかはわかりませんが、残されたものの使命は、先だった人の分まで生き抜くこと、残された時間空間を楽しんでよいのですよ、いやいや楽しまなくっちゃということなのです。
「またイッセー通信もってくるからね。」いって帰ってきました。

by issei_tachikawa | 2019-06-09 19:30 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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まるはの女こと治代さん、73才で先日亡くなった。こじんまりとした葬儀だったが、焼き場の休憩室の窓ガラスからモンシロチョウが見えた。もぎけんさんのように治代さんだと感じた。戻ってきてる。それから1ッ週間たって、今朝、林君から「目高や通信」が届いた。なんと通算1065号、これだけの期間続けているミニコミ、他にあるだろうか?ぼくは知らない。
林夫妻とは不思議な縁で結ばれている。竹馬の友のようでもある。立川生協では異色のおしどり理事やっていただいた。その前の出会いが衝撃的だった。
昔の拡大は、何やるのも生まれて初めて、その時はちらしに返信用の葉書をつけたのだ。今ではありふれたやりかただが当時はとても新鮮で村山団地に入ったのはあれが初めてだったと思う。
丁度彼らは、都営住宅の敷地内に奥多摩から間伐材を仕入れてログハウスを建てて、交流場にしていて、最初に上がり込んだ時に何時間いただろうか?というくらいに意気投合した。昔話、今話に花が咲く。
さっそくぼくもメダカや会員になった。会費4000円でシュウシンなのだ!協働耕作の畑には、堆肥のための生ごみをせっせと運んだ。こどもらが小学生だったときでもあり、とてもすてきな環境教育、親子協育になったと思う。
奥多摩の桧原村でお泊りの合宿したな。子どもらがなげあう枕バクダン、あの騒々しさに耐えられればなんにでも耐えられる?というくらいに子どもらは、いやいや大人も元気だったね。
てっちゃんとであったのもここだった。鮭をまるまるやいてくれた。うまい!すこしよってケーナ吹いたが、うまく吹けない。
そんとき治代さんが、「よっちゃんのコンドルなかなかとばないねー。」といってくれた。あたまにきた!そして練習に励んでいまでは、なんとかメロデーは吹けるようになったがタンギングはあいかわらず。
あと、「ほぴの予言」上映会の話で、先住民がウランの壁で作った家にすまわされていたという衝撃的な話をしているときの、彼女の一言。
「うらんでるだろうねー」だと!ちょっとびっくりしたよ。3人の輪の中ではだれもだれもおこらないが、公には言えないギャグだとおもう。でも彼女がいえばなんとなくとおってしまう。
治代さん、花が好きだったなー。育てるのも見るのも,描くのも。喜代三さん(林君、だんな)と3人で「生前葬」やったね、50歳時に。外は台風で嵐だった。素焼きの甕(埋葬の曲)も吹いた。
そうだ2人評価なんですが、2人の人当たり、月と鼈(すっぽん)?のようなのですが、実は2人の共通項についてはなかなかわかりづらい。
その象徴の1つが、マルクス兄弟の映画なんですね。2人とも冗談が好きなんです。ピンチのときにそのセンスが生きる。
いま、彼女の冥福と喜代美さんのこれからの健康を祈りながら、もういちど素焼きの甕を吹こう。そして彼女の分まで人生燃焼しよう(イッセー通信5月号にも掲載します)


by issei_tachikawa | 2019-05-07 20:18 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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30年くらいのつきあいになるかなー、彼はもちろん日本人だがケーナ吹いてる表情は、十分すぎるくらいにアイマラ族だ。
ぼくらはロス・サバドス(毎週土曜日に練習ね)のメンバー。2人とも笛にこだわってるので何かとぶつかることも。
ミュージシャン同士は結構シビアなものなのです。同じアンデス音楽やっていても10人10色、好みはみんな違うのがフツー。なのにお互いよく我慢してやってきたと思う。感無量だわ。
ある日彼が突然、「僕今日でやめます。」ていいだした。おどろいたぜ。体張って止めたが止まらなくて本当にやめてしまって数か月、カルカスの公演がRISURUホールであり、ちょうど彼と会ったので、「何してるの?」ってきいたら、なにもやってないっていう。「だったら遊びにおいでよ。」とさそったら、意外にすんなり復帰してくれた。のは幸いだったが、どうもイッセーとは一緒にやりたくないらしい。
ちょうど、もう一人の女性が他のグループをやめて来ていて、この人は「丸尾さんだったらやりたい。」とおっしゃるギター弾きだったのでいままで、4人のグループなのに、6時から7時までと、8時までのグループに分かれて、2.2でで練習している。
まるちゃんのレパートリーは、たぶん100曲以上、1970年代のラジオとLPでおぼえたそうだから、そのイメージの固さは強烈なものがある。
自分のイメージが絶対優先なのだろう。おれがあわせられればよいのですがとても無理。それでもいつかは4人で楽しめる日が来るであろうと夢に見ています。
まるちゃん、全生園のライブの時、進吾が4年くらいかなー。ステージで遊びばれまくってた。まるちゃんは、しんごをだきかかえて、「おとなしくしてないとだめだよ!」って言い聞かせていた。
その子も今は27歳、ののかには会ってないかも。「まごができたよ。」て言ったらとても驚いていた。彼は母さんの介護で毎日大変なのです。きばんなはれや!

by issei_tachikawa | 2018-08-25 22:00 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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来週月曜カフェ、昼から貸し切りもどきでやります。参加者以外の方も入れるようにしています。手の込んだ料理はできませんが、きよしシェフの誠心誠意でおもてなし致します。
さて藤田俊紀さんですが、10年ほどのお付き合いですが、いろいろな点でユニークです。
1つは、おやじ同士が同じ師匠の弟子になっていたという事実です。72年間で初めて出会いました。
師匠の名前は、西勝造、病気の原因の1つである生活習慣にメスを入れて、食い改め、体操で免疫力を向上させ、自立訓練で精神を鍛える民間療法のパイオニアです。
近代西洋医学に頼らずに多くの医者や知識人に影響を与え続けているようです。いわゆる6大法則の実践はなかなかむづかしい。でも続ければ必ず身体が答えてくれます。何十年単位での回答ですから、癌細胞対策としても一定有効性を主張しうるかもしれません。
藤田さんと2人で、はじめてさんきゅうの近所のうどんやでいっぱいやったとき、おたがいのおやじのことを聞いて、おたがいにびっくりし、同志発見の気分にも浸りました。
2つめですが、2人ともおやじとはぶつかって、藤田さんは西式無視の生活をしているようですが、僕は6大法則の90%は体得し、自己流の健康法を日々実践しているのが違いといえます。
3つめですが、藤田さんは今まで、国立の富士見通りで気功治療室を営み、さんきゅうハウスには、毎週金曜日、手弁当(ボランテイア)で気功治療を続けてこられました。何十人もの利用者や地域の方が彼のおかげですっきり気分を回復されたと確信しています。
がしかし、彼はある日「どうしても割り切れないストレスが溜まっているのですが」といってぼくに話しました。聞けば「みんなおれに治してもらっているとおもっているようだが、それは自分の免疫力、自己回復能力=自然力のたまものなんだということを知らせたい。」とのこと。
4つめ、小さな小さなワークショップが始まったのが約半年前かな?しかし、インドでの修行などを通じて、都会から農村に移動することを決意されたのです。
残念ですが、しかたがない。気心しれたかたで、彼の旅立ちを祝いたいと思います。
3月5日(月)昼から、さんきゅうカフェで壮行会とお誕生会をやります。参加費は1000円、無収入の人、貯金ゼロの人はタダです。
そうだ、お雑煮会とおなじくノンアルコールですからね。資金の寄付とお菓子や飲み物の持ち込みは大歓迎です。
★写真は、うどん教室でもお世話様の藤田さんらいぶ風景

by issei_tachikawa | 2018-03-03 15:50 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)

不思議な1日でした

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麻雀クラブで、国士無双たっせい!ぼくは、小学生の頃からやっていましたが、国士は初めて、配牌時にいーしゃんてんだったのですから驚きです。
次のびっくりは、さんきゅうハウス「農園&花畑」に、ケティさんが植えてくれた「被ばくはまゆう」の花が咲こうとしています。「明日開くよ。」って師岡さんがいってました。明日は、カフェなので、見たい方はぜひ!
そんで極め付けの3つめは、しげおちゃんこと、久富から電話が入ったのです。なんと30年ぶりやで!彼と出会ったのは、熊野寮A棟3階のころ、おれは30歳で入学、彼は27歳だった。
塚集会(にきそし)の話を熱心に聞いていたかと思ったら、「じゃいこか」て立ち上がる。そのまんまですよ。着替えも荷物もなにもない。サンダルはいて、援農へ。2人は1時間後には「人民列車」に揺られていたのです。
現地での会話も彼らしい。田んぼにくちばしの長い白い鳥がいる。指さして「あれなんだかわかる?」て聞いたら、「トリやろ。」と笑顔で答えるんです。大笑い三四郎だよ。
寮ではいつもニーチェ(またはショーペンハウアー)だったなー。非歴史的考察の「動物とひと」のところ声出して読みながら泣いたっけなー。哲学書読みながらなけたのなんて、人生あんときだけだよ。
貧乏学生には立ち読みが良く似合う。京都四条の・・堂で閉店時刻になってもニーチェ読んでいる。女性店員がおそるおそる「おきゃくさまー、そろそろ・・・」と声かけると、長髪ひげ面にたまげたものです。
あのときは理学部3回生でしたが、ヅカの分裂騒ぎに巻き込まれて、退学し、あたまおかしくなって砂川にもきた。立川生協でバイト中は柏町団地の我が家にいそーろーだったな。そのままいてくれたほうがよかったのですが、群馬の高崎で先輩がやってる塾の講師やるからといってでたきりになってしまった。時々、ながーい手紙が来た。世界金融危機、天皇制の歴史と継続理由、などについて。
そのうち便りが途絶えてもう30年近くがたつ。実は死んだのかもというこころづかいで、じゅんこにはいえなかった。
そしたらこんばんのでんわだよ。「NPOの映画製作手伝ってる。立川生協で世話んなったひとにビール券送りたいので」ということ。「会いたい!今すぐこい!」といってしまった。
きっと再開できる、と信じています。
●写真は、被爆はまゆう。詳細に関しては、ウキぺディアで。

by issei_tachikawa | 2017-06-15 00:00 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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なにしろユニークな人、かっこいい、人望が厚いね、ワイナマユ(若い川、アンデス音楽バンド)のリーダーです。安定感がすごい。風の谷のナウシカで風海(実はとてもきれいなんだけれど)オームに攻められた風の谷の長老みたいな人なのです。映画見た人はわかるよね。なにがあっても動じないんだね。
奥さまとは、卒業後の世界旅行中に、メキシコで結ばれて、結婚した。1970年代の初めだろうね。そのころ撮った写真見た、もー松田優作(つみきくずしの)だよ。やたらかっこいい。
奥さんはニコタマ小の卒業、なんと俺の同窓生だった!こんなん初めてや。トマドーレス(アンデス音楽バンド、スペイン語で酔っ払いたちの意)のチャランゴ奏者。
夫婦なんだから一緒にやっても不思議ではないのに、「家ではいっかいもやったことない。」んだってさ。そっかー。これって第1の不思議。
そして第二の不思議、インドの歯医者で歯を抜かれて、ケーナの音がしょぼいので、須川センセーを紹介したのですが、「うちではできない。」とことわられた。「ここまでほったらかしでこれたのなら、今更僕の言うこと素直に聞くとは思えない。」というのが断りの理由でした。
そのまま彼に伝えたら、自分で須川さんまで足運んで、ひざずめだんぱんしたら、なんと須川さんはやる気になって入れ歯ができた。さあ、これでケーナの音が変わるぞーってぼくは内心期待していたのですが、裏切られました。それから数か月たって、彼は練習することを決めたそうです。
とりあえず、ロングトーンかな。リズムきざみながら、Gは4オクターブでるのでやりがいがある。3オクターブ目
のミからファまでがうるさくなくだせるようになったらまあまあだね。血圧高いので心配ですが、逆療法ってのもありかもしれない。
かれはプロのフリーカメラマンでしたが、焼き物、ものづくりのうでまえも一流です。ぼくはかれがつくってくれたカップでコーヒーをのみ、彼の茶碗で酒をのみ、かれの茶碗でごはんをいただいています。
幸路さん、いつもありがとう!ワイナマユの年越コンサート、荻窪with游は10回目かな、12月23日(土)です。ウエイテイングフォーゆー。

by issei_tachikawa | 2017-04-02 13:29 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)

歓迎!梅野久吉様

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熊本から来てくれた梅野さんは、パルシステムと連携するミカン農家、30年の付き合い、市場外流通、世直しの同志です。
ちょうど立川グランドホテルで生産者消費者協議会交流会があり、さんきゅうハウスに寄ってくださいました。ありがとう!
思い出話とこれからの話に花が咲いて春爛漫、プリマベーラ・チョリータ!
みかん20kg注文しようっと!
翌日の「イッセーの一人が足り」ラブ・レターもおもしろかったよ。

by issei_tachikawa | 2017-03-04 17:43 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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思いがあふれ出て筆進まず締め切り迫る。昨日エイやで書いたらまあなんとかかっこが付きそうです。題は「病は気からを考える」ですが、2つの点が書き足りません。1つは、プラシーボ効果とノーシーボ効果、2つは免疫力を下げる生活習慣からどうやって抜け出るかです。「つめがあまい!」って怒られないように何とか完成させます。
目高舎はメダカヤと読み、約40年前に(たぶん)武蔵村山団地の林喜代美&治代夫妻が立ち上げた環境・たすけあいなどの市民活動グループ。
林さんらは旧姓も林、誕生日も1946年10月8日で同じ、おまけにその日は「木の日」です。出身は2人とも千葉県かな?木が2つで林、三つで森だね、まあなんて環境的なんでしょうか。
でもね、性格は真逆だよ。ないしょですが(ぐふふ・・・)
2人と出会ったのは1986年、おれが40歳、緑の黒髪時代!立川生協で初の「返信はがき付営業ちらし」で資料請求されたのでお邪魔したら、ちょうどお昼をごちそうになり、意気投合してしまったのでした。竹馬の友、3人ともためどし、学生運動経験も共有し、今では「シンクグローバル、アクトローカル」も同感できました。その場で4000円の会費払って、会に入会し、さっそく畑の協働耕作開始。
その畑変わってました。200坪くらいの耕地、会員は30名くらいだと思いましたが、どこがだれの耕作地なのか決まっていない。収穫もいいかげんで、必要な野菜を勝手にもっていっても文句言われませんでした。いい加減なイッセーにぴったしじゃん。当時はまだ車もってたもんで、夜に子ども3人乗せて、たい肥造りに行ったら、エンスト起こして死ぬ思いしたことも。
光太(長男、今27歳、11月5日生まれ)が金子助産院で生まれてすぐの餅つきにつれていったら、首が座ってないのでがくっとなってしまい、みんなに心配かけたなー。
20年前、大嵐の日に学園公民館で3人の生前葬をした。50×3=150歳の生前葬、ワイナマユで「素焼きの甕」(大好きな埋葬曲)を演奏したなー。
みんなで日野原村キャンプ、ここで鉄あにいと出会う。しゃけを焼いてくれた。彼はその直後に会社やめて「割烹鉄ちゃん」を開いて今に至る。
夜の宴会で「コンドル」吹いたら、治代さんが「よっちゃんのコンドルなかなかとばないねー。」なんて同情気分でいってくれましたが、こたえたぜこの一言は(今では笑いとばせるけど)
その後団地の庭に「勝手にログハウス」建ててしまった。うそだろと思ってたらほんとでした。奥多摩の森林組合から間伐材を安く仕入れたんだろうな。そのログハウスのなかに、元武蔵村山市長宍田さんも応援要請に来てくれた。まだ当選するかどうかわからん26歳の若者に目になんだか変革のエネルギーを感じた。
それから数年して市議補選チャレンジ、時間差で2人ともチャレンジして2人とも惜しくも次点でした。ほんの数票差だったからなー。おしかった。敗因は選挙活動のやりかたが素人だったこと、補選だから組織票がものを言って負けたのだと思う。おれもまだ生協職員現役だったので大沢選挙(立川市議5期目)のようには全力で応援できなかった。ということは、これからでも可能性はまだあるじゃんということだな。
そして団地建て替えで2階建てから10階のマンション1階に引っ越すころに彼の方がうつ病になってしまった。一時はくちがきけなくなって心配した。でもおれは回復を信じて彼の家に通い続けた。かれは俺が行けば元気になる。思い込みではないとおもう。治代さんもそういってくれる。
毎月のイッセー通信配布時には必ず寄る。茶飲み話に花が咲く。かれらが出している『目高舎通信』などはそろそろ1000号に達する。イッセー通信はようやく41号目、まだまだです。
林くん誘って山梨の生産者の「七草セット」づくりの応援にいったことがある。正月の寒風吹きすさぶ田んぼから出たら、自販機があった。かいろがわりのつもりで買ったら、林君に「こうたくんのことをかんがえろよ!」って怒鳴られた。いいかえせなかった。彼とは天国でも友達だと思う。ケンカもできる、むつかしいはなしもできる、ジョーダンも通じる、笑って良い朋、その近所に暮らすありまた楽しからずだなー。
by issei_tachikawa | 2016-05-08 10:30 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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ワイナ・マユ(アンデス音楽バンド名、ケチュア語、若い川の意)で25年つきあってきたベニートこと山口憲明さんが、ついに退職することに。やったね!これで好きなことに集中できる。あらゆる意味でおめでとう!ぼくは彼のことをベニさんと呼ぶ。太田さんはベニちゃん、幸路さんはベニートまたは山口くんかな。三者三様でおもしろい。彼について語ろうとすれば、胸いっぱいで整理し切れませんが、3つに絞り込みました。
1つは、彼が誰にでも好かれる。好き嫌いないの?ってきいてみたいくらい不思議な事実です。理由は?彼は大企業のトップにいながら、アンデスなどの先住民的な性格をしっかり大切に育ててきているのかなー?人のいやなところが気にならない?朴念仁?いやいや、よくわかりませんがなにしろ集客力だんとつなのでありがたい。4月13日に退職祝いのコンサートを、六本木のリンコンデサム(エスニックレストラン)でやりますが、50席たぶん満杯です。
2つは、日本人にみえないんですよ。ほんまや。顔の表情、立ち居振る舞い、姿かたちすべてについてそういえます。何人に近いかなー?メヒコ、またはタイ、またはネパールかな。何ヶ国語しゃべれるのか?たぶん一番上手なのは英語、仕事で海外経験ながいし、ゲーム機器の営業市場拡大の率役者だからね。うまくなって当然だ。あと、スペイン語もなかなか(だろう、としかいいようがない、おれには詳細わかりませんので)タイ語は、女性から教わったみたいなので、相手がわかる人、ネイテイブだったりするとぷすっ!てなこともあったなー。
3つめ、心の朋(とも)です。これについては感謝の気持ち込めて書きます。あるときぼくがワイナのギタリスト誕生パーテイ前の呑み会で暴言はいて、主催者がやめるはめになってしまったとき。翌朝、電話してきてくれて、「彼はねー、もともとワイナマユには違和感感じていて、意識無意識はさておき、やめるきっかけを探していたんじゃないかと思うよ。だから」気にしなくていいよ」といってくれた。いやー、泣いたね。やめていった人の事実(深層心理)については確かめられませんが、うれしかった。
逆に彼がやめそうになったときには、ぼくは電話して、必死にひきとめる努力をしました。このときにも目頭が・・でした。サラリーマン生活50年、銀行に28年、今の会社に22年、2人の子どもを立派に育て、フォルクローレ、登山やトレッキング、ジョギングで仲間が増えて、これから人生後半スタート、べにさんほんまに長い間おつかれさまでした。まだまだこれからですし、わがままな弟ですが、よろしくお願いいたします。
●写真右側がベニさん、左は幸路さんです。ワイナマユにサルー!
by issei_tachikawa | 2016-02-13 10:55 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)