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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動( 281 )

c0219972_13323925.jpg「今日も、さんきゅうハウス支援の送金がありました。
15件64500円です。

1000円、2000円、3000円といった小額のカンパが多いです。「一言メッセージ」を読むと、豊でない人が貧困にあえぐ人に心を寄せてくれるという気持ちがひしひしと伝わってきます。ありがたいことです。
大災害の中でも、ホームレスの人たちに気持ちを向けてくれる人がいるのです。」(大沢豊)

さんきゅうハウスは、立川市高松町商店街の大東京信用組合本店の近くにあります。ホームレス(野宿者)の就労・起業支援中。風呂・洗濯・めし・生保申請・コンサル・葬式・炊き出し・食事会などやっています。
派遣村・反貧困ネットワーク・命と生存の家とも連携しながら、野宿者が綺麗さっぱり変身して仲間を見つけて仕事を創れるようになって欲しいです。
時々自宅から米、もち、果物などを持って遊びに行きます。食事会では高齢単身住まいの方や障害者の方のの交流も企画しています。

3月で福祉機構の助成金が切れました。毎月40万円の経費がかかります。慈善事業ではいつかは限界が来る。だから自立起業か就労をすすめていますが、当面の活動資金を寄付で捻出しています。空き缶条例反対、被災者支援、弱者同士の交流をテーマにシンポジウムもやりたいです。あなたも参加しませんか。
by issei_tachikawa | 2011-04-03 00:51 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)

野宿者支援と被災者支援

c0219972_9171790.jpg立川では大沢市議のサポーターを母体にして、野宿者(路上生活者、ネットカフェ難民、ホームレスとも言われる)支援のために「さんきゅうハウス」を立ち上げた。風呂・洗濯・めし・交流・生保申請・コンサル・入院、そして言いたくないが葬儀まで受けている。特殊法人からの助成金事業なので3月末で資金がなくなる。あわてて寄付活動の計画をたてていたら3.11が起きてしまった。やばい!
そしたらある野宿者が言った。「俺達よりも向こうの方が困ってんじゃないの。」と。支援者の一人は言った。「困ってる人ほど他人の痛みを感じれるんだよね。」と。色々と悩みながら「不幸の比較なんて出来ない。昔三里塚に集中して一転突破すると言う考えもあったが、結局それぞれの持ち場=地域の暮らしに直結する課題を解決することで繋がることだ。」と自分に言い聞かせるように運営会議で発言した。だからさんきゅうハウス運営資金カンパ活動も同時にやっています。こういう状況下だからこそ・・・・

1、花見は無期延期になりそうです。やむおえないですね。その気分になれないし。「報告書、新しい助成金申請が終わったら4月下旬~5月にスタッフの慰労会をやりましょう。」という案に賛成です。
2、4月5~6日に福島県いわき市に立川から2名+アルファの調査隊が出ます。福島原発から50キロの被災地でもあり原発避難先でありながら放射能の影響も心配されているところです。いわき市議の受け入れで静岡市議のグループが放射能測定器などを持ち込んで測定しにいくのに便乗し同行するそうです。議員グループにもカンパを呼びかけるそうです。賛成!
3、調査にいく運営委員の知り合いにいわき市でホームレス支援をしている人がいるので、さんきゅうハウスとして、とりあえず物資とカンパを持っていきます。「ホームレス支援グループにお米50キロ、下着類、靴下30セット、カップめん100コ。+現金1万円。総額4~5万円相当。カップめん以外はさんきゅうハウスの在庫でなんとかなるということです。物資カンパは府中派遣村にも呼びかけます。」とのこと。

こういうときこそ、困ってる人、弱いもの同士が手を差し伸べあう時です。

◎噂では、小泉内閣のブレーンだった大学教授が震災復興街づくりのビジョンづくりを政府から(?)依頼されているとか。それも原子力発電推進を前提にして。許せねー負けるな!
by issei_tachikawa | 2011-04-02 09:13 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)

さんきゅうハウス当番日

新しいスタッフさんが何から何までやってくれるので手持ち無沙汰でボーっとしながら考えている。
こんなとこでもなけりゃOさんとここで話してるなんてことはなかったですよね。」
「そうですねー。」
なんてやり取りをしていると、利用者さんが入ってくる。最初の人は常連さん。直ぐに風呂、んで昼飯は、魚肉ソーセージと卵の炒め物、漬物(野沢菜)、味噌汁(具は豆腐にわかめ)。2時間ほどくつろいでから再び市内へ。
「今日は少ないですねえ。」と話をしていたら、2人目の方が。50代の男性、初利用らしい。料金についてたずねる。無料ですといってもまだ何か済まない信じられないような表情。
「どこかで聞いてきましたか?」
「ともだちから。」
と聞いただけで、すぐに入浴してもらった。名も知らぬ友達どうし、野宿者と支援者、細かいことは聞かないで風呂・飯・着替え・休憩・コミニケーション&コンサル・生活保護申請サポート・血圧測定、緊急の場合は入院手配などもしている。
「こんなとこでもなければ・・」と言うのが実感である。知らない人同士がさんきゅうハウスで出会える。はたからみれば何の変哲も無いただのアパート1階の2DKだが、ぼくらにとっては憩いの場所なのだ。
利用者の方が「そうかおれはたまたま野宿に追い込まれたんだ。まだこれからやり直せるんだ。なんとかやってみよう。」と一念発起できる場所にもなればうれしい。
ここを拠点にして、他の地域にも同じような共同空間が増えるといい。社会的弱者(高齢単身者、障がい者、養護施設居住者、子ども、在日など)が集える場機会(シンポジウム、デモ)を創ると良い。格差と貧困の無い社会には程遠い現実ですが、急がない・あきらめないで着実に歩んでいこう。
◎記者会見はやめて、主要新聞各社、TV局に寄付要請文を送付することにしたそうです。「利用者」のお誕生日会などの提案も出ています。
◎立川市女性総合センターアイムに、5月22日(日)午後の予約に行ったら、CIL(立川自立生活センター)の野口さんに会った。久しぶりー!「今どのへんで活動してるの?」と聞いたら「東京周辺」(笑い)と言う答えでした。60歳少しやせ気味ですが顔色も良くて元気そうでした。
by issei_tachikawa | 2011-03-09 13:52 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
c0219972_2181971.jpg寄付された方から、以下のメッセージ(葉書)をいただきました。読んでみて言葉が出ませんでした。
「『さんきゅうハウス』のパンフを読み見ました。多摩川河川敷で野宿している人達を何の感情も持たずながめていた自分が恥ずかしい気持ちです。小生が寄付している山谷野宿者支援協議会(正式名は忘れました)も同じような動きです。色々気づかせていただきありがとうございます。なを改めて三多摩野宿者人権ネットワーク福田代表に10万円送っておきました。」
さんきゅうハウスの支援、事業計画無し、展望だってはっきりしないのに、何でこんなに真剣になってるんだろうか?自分の胸に手を当てて確かめます。
そういえば昔、南武線で立川から稲城センターに通う途中、是政橋から河原の小屋(ブルーのシート)を眺めていただけの自分を思い出しました。その僕が、今はBIG ISSUEの佐野さん、服部さん、目白の販売員さん、立川市議会議員大沢さんや地域のみなさんとの出会いを通じて、どうにかこうにかホームレスの問題を待ったなしの緊急解決課題として感じ取れるようになりました。
「オレだって変れたんだから、もっと多くの人に気づいてもらおう。日本社会から非自発的な野宿者を無くしたい。」というのが第1の理由です。
第2の理由は、「野宿者への見方、関係性の変革です。」友人に話すと「あの人達は落伍者でしょ。自助努力が足りないですよ。そもそもやる気がないのでは」と言われたことがあります。その場では「いろんな人がいるんですから」と言って、何人かの事例を伝えるのですが、それだけでは納得してくれません。どうすればよいのか。1つの案は、出会いの機会・場をつくること。さんきゅうハウスに来てもらうとかシンポジウムを企画するとか。寄付金をいただいた方に、こちらの状況を伝えることも大切です。川崎のNPO法人のパンフレット『頭痛の種』は参考になります。
第3の理由は、他の地域での取り組みを知り、つなげることです。立川の取り組みを継続しながら、他の地域の取り組みともつなげていくと、もっと力強い運動ができます。行政、大学、他のNPO、金融機関、生協、生産者メーカー、フードバンクなどともつなげていきたいです。
継続力を発揮するためには、善意(志金)を集めて繋がりながら、地域事業を立ち上げて野宿状態からの自立を後押しすることです。
by issei_tachikawa | 2011-03-06 15:53 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
c0219972_19575390.jpgさんきゅうハウス事務局から電話で、郵便局の清掃していたAさんが亡くなって、身寄りがないので立警の霊安室でお通夜をするから参列してもらえないかと要請があり、9:00に駆けつけた。弟さんが来ていた。あと、指定管理者側の責任者の女性と支援者数人であの世に見送った。支援者から聞けば、労働時間は7時-6時、休憩1時間の10時間、最低賃金さえ支給されていなかったそうだ。(東京都は821円)雇用者のNPO法人は、知的障がい者と同様に「訓練生」扱いだったといっているらしいが、いいのがれでしょう。死亡推定日時は金曜日の夜なのに、発見されたのは月曜日朝とは、どんな職場なのだろうか?いずれにしても、野宿生活から職場に復帰しても、このような孤独な死にかたをするとは。今はただAさんのご冥福を祈るばかり。
・11:00からは、モノレール立川北駅付近の路上で、緊急物資を配った。立川市内と隣接区域では100名前後の方がホームレス状態でいる。これって平成22年12月の活動なのか、1930年代の都心での活動なのか、この間の経済成長が何だったのかを象徴していると思う。23名の方には、パン2つ、みかん、下着、薬(希望者のみ、胃薬と風邪薬、選べる。今回は5名だけが受け取った)などを、河原で寝ている方(人数は?)には、お餅を付けて配った。三多摩野宿者人権ネットワークでは、これを10年間継続している。今日の反省点は、ハローワークによる年末の宿泊施設紹介斡旋情報を的確に伝え切れなかったこと。この情報は一昨日新聞等でも報道され、25日に反貧困ネットワークも新宿でビラ撒きで情報化されていた。ぼくも気づいていたのだが、まさか立川ハローワークではやっていないとか、府中に行けば取り扱ってもらえるという事実までは知らなかった。あわてて、府中ハローワークに電話したが業務終了とのこと。次回は要注意だ。
・あと、行政の方が1名、少しはなれて見守っておられたのが印象深かった。
・河原での物資配給活動は、所在確認やコンサルも含むので、夕方までかかるという。ぼくは、予想外のぎっくり腰のため帰宅した。元旦のお雑煮パーテイには参加します。一応楽器はもって行きますが、非常にやりづらい。ま、なんとかやりますが・・・
・現場を一歩離れてチャリ走らせると、いつもの「ヘイワな」立川市の風景が目の前を過ぎていく。
by issei_tachikawa | 2010-12-31 13:13 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)

生きがい、希望って何?

c0219972_1122410.jpg・ビッグイッシューの販売支援に大沢事務所までチャリで行く途中の話し。
・藤田さんから話しかけられる。
「どこいくの?毎日違う方向じゃない?」(F)
「木曜日は家がない人の応援ボランテイアですよ。」(イッセー)
「すごいな、おれなんかにはできないことしてる。」
「いや、藤田さんにくらべりゃーぼくなんかまだがきですから。尊敬してますよがんばって。」
「ほかに何やってんの?」
「いろいろやってますけど金にならないことのほうが多いですよ。金んなるのは2つだけ。でも金なんて要るだけあればいいんですよ。」
「そうだな。ほんとにそうだ。もちすぎるとろくなことにならない。」
(藤田さんは75歳、近所のクリーニング屋さん、赤いダウンジャケットに黄緑の直帰、帽子も赤のいでたちで毎朝7:30から柏小学校の通学生徒の安全サポート(今時信号無し!交差点旗振り)をしておられる。)
ビッグ・イッシューの販売員とのやりとり
「忘年会ではすいませんでした。」
「え!何かしたの?そうか切れたんだー。オレも若い頃は酒呑んでよくしっぱいしたよ。」
彼は忘年会の席上でこう言い出した。
「こんなこといつまでやってるんだと思うと嫌になる。仕事する気力が出ない。」と。
周りの人が突っ込んだり、はげましたりするのを聴きながらヤバイ雰囲気を感じていたが、11時で退散した後なにかのトラブルがあったらしい。賀川だったらどう対処しただろうか?彼ならみんなを自分の家に呼んで共同生活を今から始めるかもしれない。彼とオレ(ら)の違いは、時代状況や地域性、個人的な考え方の相違のほかに、目指す世界(実現したい目的)の違いを感じる。どっちがいい悪の話ではない。今は貧困や格差が公然と認められてしまっていて、町の中に明らかに非人間的・反自然的だと思われる事実が転がっていても、多くの人々は、中には申し訳ないと感じる人もいても、見てみないふりをして通り過ぎる。
少数の人がボランテイア支援をするが、長続きしない。続けられること自体が非常に幸せ=特権的な生活状態にあることを証明しているのではないかとさえ考えてしまう。いやそうじゃなくて、自分の利害をかえりみずに人助けに身をとおじる人だって少なくないはず。
希望ってのは、今を変える運動にかかわり続けている行為の中でだんだんと「・・をやりたい」気分に変っていくものなのかもしれない。信仰のように普遍的(時間、空間、霊感)であり続けないで、やるきは上下するが、こういうテーマで話せる相手がいたり、先にあげたトラブルの帰りに止めてくれる友達がいること自体も希望の象徴だと信じたい。神の国うんぬんはこのような地域での人と人のつながりの現実性に裏打ちされた未来としてイメージされるのであれば、それは個人の自由の領域だと思う。賀川さんに聞きたくてもすでにあの世の存在なので、来年1月十四日の熱海に集まる皆さんに聞いてみようか。生き物の多様性、母なる大地への感謝のこころと行動(モラレス大統領の宣言)、植物の健康と動物(人もあるいみそうだ)の健康、などが今の僕の関心ごとの1つ。
(なんとかしたいこと)
周りから若くしてガンで亡くなる人をなくしたい
孤独死、生活習慣病(とくに糖尿病)、自殺で亡くなる人をへらしたい。
みなが天寿をまっとうできるような身体と心と関係性(社会)をつくりたい。(自己管理論)
対策を打つ前にやるべきことは、事実の調査と認識、歴史と歴史性の整理把握、方法論的には、事実・歴史・現状・情勢・内外比較・理論・実践(対策、改善指導)となる。
by issei_tachikawa | 2010-12-16 10:58 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
c0219972_111391.jpg・セカンドって何か?二番目と答える人がまだまだ多い。実は「オルタナチブ=もうひとつの」というのがこの間の論議の結論です。でもなかなか理解が難しいのは、その人が自覚しないとソウはならないという事実があるからだと思う。つまり、その人がセカンドステージに立たされているのにそれを「もうひとつの生き方」を選べるチャンスとして自覚するためにはそれなりの努力が必要で、結果は運の良し悪しにも規定されるということなのだと思う。
・セカンドステージ、言いかえれば人生の節目または一局面(チャンス)なのだとすれば、これは個人・組織の誰もが人生で何度も経験するステージになる。あるひとつの事例:「子育て真っ最中で自分のやりたいことができない。夫は仕事ばかりで、家事の全てが自分にのしかかる。もういやだ!と感じても逃げる場所はない。腹をくくりながら考えると「もしかしたら自分と同じような悩み抱えてるひとっているかも」ときづいた。近くのコミカフェにチラシを置いてもらったら、何人か仲間が見つかって協働保育をすることになった。」これは、セカンドステージを有効に生かした例なのです。
・逆のばあいはいつまでも子育ての負担は個人だけにのしかかるリスクがつきまとう。子育て終了後は、セカンド=もうひとつのステージを意識して活用しやすい。なんといっても金銭的・時間的・精神的な余裕が増えるのだから、「地域で何かやりたい」と思って、テーマを絞り込み、仲間を見つけたり、単身で起業したりすることが可能になる。これをセカンドステージ事業の幕開けとしてとらえることはそれほど難しくはない。
・セカンドステージって何?と考えると、他にも例は無数に出てくる。来年定年退職が迫っている、いよいよ卒業して就職だがなかなか採用通知が来ない、長い間のサラリーマン生活で貯金もたまってきた・家のローンも終わっったしそろそろ独立しようかと考えているなどなど。
・セカンドリーグ支援室の役割は、たくさんのセカンドステージに立つ人々(個人も組織も)を経営資源的に応援することなのだと思う。2007年度と2011年度(来年度)の事業内容・経営資源の状態を比較してみると面白い。ようやくここまできたけれど、まだまだこれからだね。準備は整いつつありますが、パルらしい中間支援組織として自立するためには何を充実させねばならないか、今一歩突っ込んだ論議が必要だと思います。
・都会の農と食 ネットワーク、NPOへのセカンド供給事業
・埼玉、千葉、神奈川、東京、そしてすべてのエリアの地域セカンドリーグとの有機的な事業活動
・理事、委員、組合員活動のリーダー達の地域活動の継続推進サポート
・協力会、生消協との連携協働、賛助会員拡大営業活動(キャンペーン型も一案)
・実践起業塾修了生NWと地域セカンドリーグとの連携、『のんびる』で出会ったNPOなどのCBプレーヤーとの連携
・CMSの採用に伴ってレベルアップしたWEB広報機能の充実
・「あったかいお金」を回す仕組みのセカンドステージ、どこと手を組んで6W2H?
いずれも楽しみな課題ばかりですね。昨日はセカンドリーグ忘年会、神田の「なみへい」(川野さん)で賑やかに行われました。川野さん、スタッフの皆様、お世話様でした。グラーシャス!
(写真説明)
岩手県九戸郡軽米町から茨城県つくば市JA谷田部への「しいたけ原木」(こなら)の出荷風景。里山再生につながるセカンドステージ的事業です。つまり菌床栽培に比べて、てまひまかかって価格は3倍近くで市場競争力低い原木栽培を農家が選択するには、それなりの決意と人々の連携協働、たすけあいの気持ちが必要です。飯泉さん(JAつくば)、木下さん(軽米町産業開発)、小川さん(ジーピーエス)などたくさんのみなさんの連携協働は「これでいいのか」「これじゃだめ」「こうしたい」「こうしよう」の気持ちのつながりでつくられています。まさにセカンド=もうひとつの事業ですね。時空間、性、年令、民族などの壁を溶かして、多様な人々がつながって新しい地域を創造して行きます。セカンドってのは、永遠のing(現在進行形)なのかもしれません。

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by issei_tachikawa | 2010-12-04 14:03 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
c0219972_9282985.jpg・ポイントは、休み中に地域で何人とコミニケーションしたか、その濃淡・会話のテーマや所要時間
・2010年10月7日木曜日
朝7:30 BIG ISSUE支援のために大沢事務所にチャリで向かう。
最初の踏み切りで、藤田さんから「国勢調査どう?終わった?」と聞かれて答える。約3分のやりとり。事務所で販売員の人4人と話す。Kさん、Yさんはお休み。シニアハウス柏(地域お弁当事業を立ち上げるための調査)について大沢さんと話す。八王子駅の販売員さんに豚汁をあっためる。とてもおいしそうに食っていった。「おかわりは?」というQが欠けていた、ごめん。他の人は時間が無くて食べられなかった。
帰ってから9:00にクリーニングにののかのシャツ(仕事着)を出しながら、受付嬢と冗談かましあう。
コープ東京の上北台店に水(脱塩素&トリハロメタン)をもらいにいく。ついでにホシイモとカブを購入、いきなり袋にテープを張るので厳しく注意した。これで何度目だろうか。店長はそのつど謝り改善を約束するがまたもとの木阿弥になる。交代する人の数だけ説明すること。これは退けない。(共著『百万人の人間力』vol.1彩雲出版154ページ)
家にシンカイデンキさんが来る。チデジ対応の営業。「そんときはたのむから。」といいながら、心の底では「なんで今急いでやるんだよ、もっと最優先すべき課題は五万とあるじゃん」とつぶやく。ついでに、近所の高齢者生活状況について情報交換。柏町団地で昨日孤独死がでたそうだ。ぼくもお弁当配達の経験を話し、今住んでる住宅群の立替構想を話す。けやき台団地でも同じ問題が重大化している。この際だから、1階に共同スペース(食堂、浴場、運動場、娯楽交流施設=コミカフェ、図書館、介護・医療・ケアNWの事務所)2階から上に個人スペースをという集合住宅に替えてはどうかという。資金、合意形成などについてクリアすること。この話には熱が入って長くなった。15分くらいか?
昼飯食ってから昼寝が毎日の楽しみ。秋はとくに良く寝れる。目が覚めたら3:30、あわててサラにチャリで向かう。韓国生協研修のこと、イッセーの物忘れなど会話が弾む、5人と。
というわけで、今日は1日で25人の人とコミニケーションできた。所要時間は1時間半くらいか。テーマは多岐にわたった。この活動が自分の活力源のひとつになっていることは間違いない。
by issei_tachikawa | 2010-10-07 20:25 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
デトロイトは北米ミシガン州東部にある都市、標高は最高で204m、カナダとの国境に接している。人口は1950年代の180万人がピークで、今は約90万人、世帯数33万、家族数21万、中心部と郊外に分かれている。中心部は黒人80%の他、イスパニック、アジアン、メヒコなどが多いが、郊外人口の90%は白人だという。
失業率が50%だと、ヒエー!犯罪も多い。やられる危険度は全米でもトップクラス。1960年代は、ベトナム反戦運動、公民権運動からめてブラックパンサー(武装蜂起⇒政治革命路線の黒豹党)も活躍した都市でした。それでも、フォードの生産開始から1990年代のGM進出以降つい最近までは自動車産業の拠点だったが、今は放置すれば廃墟の町。工場閉鎖、白人は郊外に逃亡、都市の店や住居は空き家になったままで庭には野草が生い茂りの風景。
しかしすごいなと思うのはここからです。
デトロイト全体を農業都市にしてしまおうという事業活動が活発になっているとのこと。いくつかの取り組みを紹介します。

①Mark Covigton(38歳、男性)
元は専属の環境コンサル、失業して他地域に住んでいたが2年前に母と一緒に戻り、ジョージア通りコミュニテイセンターを設立した。いくつかの廃墟の庭を畑に戻して、コーン、玉ねぎ、にんにく、じゃがいも、果物などを植えて、近所の人々も農作業に参加し、自由に収穫できる仕組みをつくった。空き家を利用して子供たちや近所の人が集まれるコミュニテイセンターをつくった。映画会などもやるという。マークさんいわく、「これが社会革命になるかどうかはわからないけど、自分は地域で求められていることをやっているという自信がある。」と。

②Rich Wieske(中年の男性)
市内に60以上のミツバチ農場をもち毎年蜂蜜1300kgをつくって販売している。NPO法人銀座ミツバチプロジェクト(『のんびる』2009年9月号12ページ)を思い出すね。

③William Myers(70歳、リタイアした自動車工場労働者)
やはり空き地で農場をしているが、フェンスは無い。ボランテイア&チャリテイ労働に頼っているが、収穫などに関する細かなルールは決めていない。目高舎農園(武蔵村山市で林夫妻を中心に300坪の自主耕作をしていた。市民農園と違うのは会費4000円払えばどこ耕すとかいつ何を収穫するかは自然次第という)を思い出した。2009年だけで900もの都市農場がオープンしたという。

④ちょっと毛色が違う大企業もデトロイト農業に参入している。Hants Farms(マイク・スコア社長)16.2ヘクタールもの農場を経営している。スコア社長いわく、「小さい経営よりも大規模化する方が、雇用を増やして、税金増収につながり、デトロイトを農業都市として再生させる道を拓ける。」と。市長の都市農業への関心も高くなっているようだ。この点に関してはもちろんNPOなどからの営利企業的やりかたえの批判もでているらしいが、スコア社長は「お互いの良い点を生かせばデトロイト再生に取り組めますよ。」と話している。

⑤NPO連合組織(a city-wide alliance of NPO)Shar Foundationも立ち上がっている。ここの訳がうまくできません。どなたか英語に詳しい方教えてください。英文は以下の通り。
「which aims to farm up to 809hectares in6-to12.14-hectare pods:like Hants Farms plans、these will be run as agricultural businesss」

●同様の取り組みは、クリーブランド、バッファロー、ニューヨーク、ロスアンジェルスでも始まっていて、25都市にまたがる組織(Taja Sevelle=デトロイトの歌手?元はプリンス プロテージってのはなんじゃろ?)も構想されているらしい。Cornucopia(NPO)で検索するともっと詳しい情報が入手できるかも。



暑中お見舞い申し上げます。イッセーよしむら
by issei_tachikawa | 2010-07-20 09:46 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
・日本って村社会、日本人は集団主義とかいわれてきた。でも小泉・竹中主導の市場原理主義ですっかり様変わりしてしまった。昨晩、BIG ISSUE、セカンドリーグ支援室、パルのパン屋さん、ゼネラルプレスの有志で新宿野宿者のみなさんにパンの配給をしたところ、都庁の受け入れスペースには500人以上が泊まっていたとのこと。格差がどうのこうのではなくて絶対的貧困が放置されていることが問題なのです。
・ところで、一人ぼっちだなーと身につまされたことってありますか。ぼくは、20代の後半であります。或る年の正月、崎山さんのアパートに転がり込んでいた。コタツで彼は自慢げに年賀状をぼくに見せたが、それは行き着け呑み屋からの1通の賀状だった。彼に来たのはこれだけ。でもふーたろう生活だった俺にはゼロだった。
  それから何年後か、京都の山科駅で乗り換え通路を歩いている途中で体内をかけめぐった不安の渦。「もしも今ここでオレが倒れたら誰か本気で悲しんでくれるだろうか?」と言う問いかけに確信的答えは出なかった。やばー!一人ぼっちじゃん。
・あれから30年以上たって今では、メルとも、笛とも、米とも、地域のともだち(地トモ)、パルとも、中学高校野球ともだち(野るとも)、政治活動ともだち(政とも)、CBやNPOともだち(コミとも)、そして分類不可能のなんとなく友達(腐れ縁みたいなのも含む「なんとも」など約200~300名のオレから勝手に友達といえるやつら)がいる。とりあえず親戚・兄弟含めるとセーフテイネットらしきつながりがいつも見えているの他者や社会のことに気を使う余裕がもてるのはありがたい。(マジに・・・)
・そしてできれば、NPO法人 NALCさんでやっているような時間預託と地域通貨を組み合わせたような仕組みが全国ネットでできるといい。いろいろ考えていたら、株式会社ナカショク(新潟県新発田市)の社長 本間さんから「農業やる気のある人なら20~30人は受け入れますよ。」というメールをいただいたので、BIG ISSUE 服部氏と相談しています。派遣切りなどへの対応策の1つとして、野宿者就労事業育成のモデルにでもできれば良いと思っています。この動きに学生、ボランテイアさんがどのような形で係ってもらえるかもポイントだと思います。スパンの長い取り組みになるねこれは。あわてないで着実に進めていこう。

by issei_tachikawa | 2009-10-27 21:42 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)