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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:パルシステムで愛と協働のまちづくりを( 100 )

パルシステムでは2000年ごろから論議スタートし、団塊世代がどどーっと定年退職し地域に帰るころを見計らって、個配(あわせ配送)にかわる新事業を考えてきた。
その支援組織名を「セカンドリーグ」となずけたのだが、誤解されやすい名前であり、団塊の動きも再雇用で働き続ける人が多くて、地域に帰っても新事業起こす人が少なすぎて、新しい事業(セカンドステージ事業)として全県の足並みそろえることができずに、連合会理事会決定履行度(80%)で僕自身が定年退職してしまった。
支援しようとしていた事業を自分で担うことになったのは良いのだが、あっというまに10年たち、そろそろ振り返りが必要かなーと考えてfacebookに投稿してみたら興味深いコメントをたくさんいただいた。良い機会なので紹介しますね。以下はコピーです。
「セカンドステージは永遠である。その理由は(わけ)は、その人生局面(FP用語ではライフステージ)のうちなることば(つぶやき)は、『これでよいのか、これじゃーだめだ、なんとかしたい、なんとかするぜ、何かやりたい、それは何か』という問いかけだからである。」おれのこの一言から論議が活性化しました。
しかし担当部署名は、「セカンドステージ事業部」(SS)というのも考えたのだが、なんとなく気に入らないので、やめた。セカンドの意味だが、未だに「二番目」とか「二軍」=セカンド、または野球の守備位置ではないかと思い間違っている人がいるのは、やむ負えない事実だと思う。認識間違いを指摘しても「おもいこんでいる」のだからなおしようがない。なおすひつようもない。なをすててみをとる、こういうことでいこうとかんがえていたら、あっという間に定年退職。secondの意味ですが、例文として、「do you hane a second idea on your presentation.」とか「Cuba economy is standing on a second stage.」というのがあるとおもう。とてもすてきなことばだ。カストロのことばだよ。パルシステムも生協業界では異端児扱いだったが、その建設過程で、リーダーたちは自問自答したであろう。「これでよいのか、これではだめだ。なんとかしたい、なんとかしよう。」そんでもって、一人班、2人班をみとめ、今のパルシステムという仕組みが(最初は仕組みは共同、一部に個配、やがて「あわせ」に)できていったんでしょ。セカンドを他の英語であらわすと、オルターナテイブ、ingフィユーチャー、ネクスト、ニューということになるかな。もう一つの、足元の未来、次の、新しいということかな。
いちにっさん、とかいちばん・にばん・さんばん、では辛いですね。最初に伸さん(連合会の元理事長)に誘われてセカンドリーグ支援室で働き始めた頃、高校野球部の同窓会できかれた、「おいよっちゃん、おまえ生協の2軍はじめたのか?」って。まじっすよまじ。これくらいわかりづらいんですね。セカンドリーグ神奈川の六角さんからメッセージいただき、連合会の松本さんからも気の利いたコメントいただいたので紹介します。(続編で)




by issei_tachikawa | 2019-05-18 10:18 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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不破哲三さんの『未来社会論』が出た。なんと資本論をベースにしている。素直に驚ける。なぜかというならば・・・
資本論は別名、古典派経済学批判である。マルクスは当時出回っていた経済学をあらかた(?メイビー)読んで、商品から始まり恐慌に終わったであろう(完成以前に亡くなったので)資本主義経済の原理を記述し後世に残した。
不破さんはこの書で、「生産手段の社会化」を未来社会の基本概念として見直そうとしておられるが、自分には???である。「社会化」、中身はなんであろうか?
株式会社が今の日本のメジャー企業、未来社会ではどうするのだろうか?これが第1の疑問。
第二の疑問は、協同組合の中の、労働者協同組合、社会的協同組合(福祉)、生協、信用、漁業、林業、保険と共済などはいかなる位置をしめるのであろうか?
そして第3の疑問は、商品⇒貨幣⇒資本⇒蓄積(拡大再生産)における、欲望・必要と生産のからみをどこまで計画できるとかんがえているのか、である。
他にも、わからんことがやまほどある。このことにかんしては、50年以上考えているが未だによくわからない。まあ、読みながら考え直してみよう。
まえふりながすぎ!
生協に係り始めた頃、「拡大、配送、供給高、前年比103パーセント」などという用語に初めて接して強い違和感感じたことを思い出す。
営業、配達、売上、前年比3%増(又は3%減)ではいけないと教えられたのだ。
何故ですか・と聞いたら、答えは、以下の通りでした。
1つ、営業では一般企業の営利目的事業と一緒になる。生協事業は組合員が主体で、出資・購入(消費)・経営が三位一体の事業だから、営業といわずに仲間を増やしていく拡大というべきだと。
2つ、配達業務ならもの(商品)運んで仕事終わり。生協の配達は、組合員とのコミニケーション、生産者の思いを消費者に伝えながら、社会を非営利協働に変えていくのが仕事。だから思いをつたえるという意味で、配送という。
3つ、売り上げは営利目的の企業が使う。生協はこころをものを媒介にしてつたえていくのいだから、需要に対する供給の高を表現するべきだ。
4つめの理由はよくわからなかった。
配送者は地域担当と呼ばれていた。
それがいつのまにか、社会適合的なわかりやすい営業・配達(ドライバー)・売上に変わってきているような気がします。
なのに相変わらず、前年比103%103%はそのまま。ふしぎだ。
つい最近まで(2000年代)前年比、目標比、数値管理方式、仕事の標準化さえできていなかったのですから、ゆっくりゆっくりみなおしですなー。
現場は忙しくてそれどころじゃないか、すみません。年よりの独り言です。
★さんきゅうハウスご近所の「立川病院」の庭、クローバーでいっぱい。四つ葉のクローバー探してあるく。おみつのみつけたやつは見事だったね。

by issei_tachikawa | 2019-04-23 12:38 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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1968年3月のBUND第7回大会へのかかわり方(特に2日目への)めぐり、党が分裂し、いずれのセクトの主張にも納得できず、自分で1つの派をなのるにはあまりにも未熟であったがために、70年安保改定阻止闘争には「個人」として係ることになった。
廻りがどんどん就職していくのを斜めに見ながら、問いかけが始まった。
1つ、俺(たち)はなぜベトナム反戦運動(anpoフンサイnitteiダトー)をはじめたのか
2つ、BUNDを選んだのはなぜか
3つ、社会党、共産党などの野党とBUND及び新左翼系党派の違いは何だったのか
4つ、反戦運動は何をめざしていたのか
5つ、全共闘運動と新左翼運動(大学だけでない全国バリケード、中高大・専門学校や出版企業でもが問いかけたこと)今への継続視点、あかつきこうどうたい、バリ破壊の問題点、義兄と、ゼミの教授と、クラス学習会)
6つ、ベトナム・砂川・さんのじ(一坪共有化運動)、女性・部落差別糾弾、沖縄など先住民視点欠落、農・林・水産業視点欠落、地域を語った書物は1点だけ?
『成長の限界』(ローマンクラブレポート、メドウス夫妻?がでたのは確か、1972年?
50年以上たつのに、まだ結論はだせないでいるが、総括の視点はできている。
理論・運動・組織と3つに分かれる。

まずは「理論」、思想と言っても良い。
1.マルクス、エンゲルス、レーニン、ローザ、グラムシ、毛沢東、カストロ、ゲバラなどの優れた革命家の思想に係る点。
2.ソ連、東欧、中国、キューバ、ベトナムなどの社会主義建設に係る点
3.日本の運動と組織論(ヨーロッパ、とくに南欧と比べる)
ダメなところはたくさん気づく。
1つ、自然と人間などという2項対立的認識論、存在論はどうしようもないな。先住民の立場に寄り添っていない。アイヌ、琉球、世界各国の先住民から学ぶべきだったのだ。
2つ、弁証法と史的唯物論も大きな問題を抱えていた。対立物の統一的認識というのは、自説の正当性を合理化し、意見の違いを認めないで、解決を急ぐあまりに、内ゲバの思想的根拠をも形成したのではないか。量より質の変化という視点も、幼すぎるというか、「日本思想」をないがしろにしていたことにも関係してくる。否定の否定というのにいたってはあまりにもさみしい。あまりにもとげとげしい。
3つ、空想より科学へという史観、科学的社会主義へというエンゲルスの主張も誤解だらけであった。R、オーエン、協同組合主義は、1970年代以降見直しされて来ていること、日本の生協運動において元新左翼の人々が活躍してきたことが救いになるが。

次に「運動」だが、反戦運動は非戦、または平和と民主主義の改良運動で構わなかったのだろう。ベヘーレン(今時のシールズ、新しき公共)でよかった、いやその路線を広げるべきだったのかもしれない。レーニンの『帝国主義論』の丸写し的な戦略論、岩田弘の『世界資本主義論』のコピーみたいな第6回大会の戦略綱領は、心底幼稚であった。分裂後に岩田氏いわく「私の理論がまちがいだったというのではなく、使い方を間違えたというべきなのです。」と。果たしてそういう問題か?
1967年10月8日の羽田、1968年1月の佐世保、10.21の新宿、などで新旧左翼の行動を対立的にしか作れなかったことが悔やまれる。

なにゆえに、1つの野党の中での論議と行動として、切磋琢磨できなかったのか?「違い=小異を認めて、残しながら大道につく」視点が必要であった。同じ社会民主党でもドイツ・フランス・日本では現状での影響力で違いがある。
労組依存、中央集中型で地域活動希薄、有名な政治家で地域とか近所で人気があったのは浅沼稲次郎さん。あとは?
これは、共産党があいかわらず「党名変更」に真っ向から取り組めない原因の1つにもなっているような気がする。

マルクスらが主張していたコミュニズムには、協同組合主義、サンジカリズム、アナーキズム(究極の自由追求、あらゆる権威・権力へ監視行動)、アソシアションなどの伝統的な主張が含まれていたのではないか。インディビジュアル(これ以上に分割不可能な個体性に根差す)が根底にないとなー。あと、パリコミューンは負けたが戦争認識と軍隊配置で敗けたきらいが強い。クワンジュ蜂起失敗も残念である。

あとどうしても気になること。宗教(とくにキリスト、アラー、ブッタ)がわかっていなかった。岩田さんのジョークは今でも忘れられないよ。「アヘンですよ。」といって、スリッパを頭に載せ、「これで頭痛が治るというような思い込みでしょうね。」ともおっしゃっていた。わかってないかったんですよね。人々の苦悩の歴史が。(だから十字軍の総括なのです。)そして神道の深い意味が。神仏は習合していたのです。神社仏閣というではないですか。

それから民族独立運動へのかかわりにも大きな問題がありましたね。ベトナム民族解放戦線、北ベトナム、中国、ソ連のからみにも認識不足があり、チベット問題、拉致問題への態度にもあらわれていました。北米の指導者、日本の保守陣営の指導者にも逆の認識不足が見られましたね。「将棋倒し」(マクナマラ)理論がその象徴でしょう。

これで今日は締めくくりますが、反戦運動や教育(大学だけではない!)のさなかに「おれは日本人だ。日本が好きで何が悪い。」と言えない雰囲気ありましたねー。日本思想には、大変優れて学べる点がたたあったにもかかわらず、脱亜入欧をくりかえしていた。まだまだ間に合います。前に進みながら総括継続です。
(信頼には掛値がありません。可能性は無限です。お前を信頼してる、理由?そんなんかんけーねー、うらぎってもかまへんかまへん、おかまはん)
あーこのにほんじつにいきにくいわ、ウーマンの村本に乾杯!宮台さんにもサルー!
森野君に会いたくなったニャー。新生保守への道は任侠左翼道でもある?
つぎの読書は、『わがともマキャベリ』(やはりナナミさんの作品)、そして『峠』(河井継之助秋義、作者はシバリョウ、1968年の作品)ね。



by issei_tachikawa | 2019-03-21 06:54 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)

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高齢化が進んで就労人口は減り、石を投げれば・・に当たる社会になる。10年後には村町の半数はなくなる。(限界集落)
福祉事業が脚光をあびる。
これに関して明るいイメージをもちたいものだ。
高齢者用集合住宅、特養、老健、老人ホーム、サ高住、パルシステム東京では昨年からサ高住に関する論議が進んでいる。賛否両論あるが、提案する側に「がんばれ!」っていいたいな。
新規事業提案について特に何が必要なのか?
1つ、成功事例の調査研究
2つ、入居者のターゲット、絞り込み(収入算出)
3つ、福祉社会についての明るいイメージ
3つめからいきましょう。100歳以上が夢ではなくなりつつあります。死の直前まで健康で活躍していた人の元気の秘密を調べきること。おもろい事例がわんさとあるはずですよ。
例えば、泉重千代、木村次郎衛門、日野原重明、きんさんぎんさん(の娘さんたち)、いっせー(これは冗談)
長寿男女とも日本一の長野県の、ある村に絞り込んで調べてみてもおもしろい。もちろん山梨県の譲原とか、女の方が長生きなんて思いこんでいると、ぎゃふんとする結果が出る場合もある。(『日本の長寿村・短命村』)
生協は、元気で年をとっている組合員がまとまって人生楽しみながらあのように行ける場づくりにも経営資源をとうにゅうしてはいかがかなー、と思う。
1つめですが、手元に資料があるのは、オレンジコープ、ケアタウン小平、ふるさとの会、2005年から2007年にかけて、チャンプルーの会で他にもいくつか調査したことがあります。ちょうどけやき台団地建替え委員会ができるとこだったと記憶しています。
2つめ、今提案されているサ高住、25万円も毎月かかるのでは、いったい誰が入れるのという気がします。年金で暮らせるくらいの生活費でないとね。10万から13万がせいぜいではないかな。
集合住宅の1階は共同スペース。銭湯、コミカフェ、食堂、カラオケ、映画会、健康麻雀・囲碁・将棋・花札・トランプなどの遊技場、アトリエ(絵画、焼き物、創作活動)医療スタッフ駐在所、図書館、多世代(こども、高齢者、男女、他民族)交流スペースなどなど。2階から上は個人または家族単位の居室にするとよい。
地域の人も、ここの施設を利用できるようにする。地域に開かれたコミカフェ、銭湯も地域に開かれている。
食堂、コミカフェなどで使う食材はパルシステムから「福祉価格」で購入できればさいこうだな。
居住者の組合員、ご近所の組合員が、自慢の料理をコミカフェや食堂で披露できると良い。ボランテイア?には依存しない方が良いかな。
イベントとして面白いのは、例えば、生前葬とかね。
死生観、善悪、政治的文化、動物と一緒、根本的に文化革命していければ楽しい。
庭では、サっカー、グランドゴルフ、わざわざ金使って遠くまでいくよりも、身近で楽しめればさいこーだね。このような場づくりのために、パルシステムはなにができるだろうか。
★★★グリーンコープの福祉活動基金、BIGISSUEの基金、調査はすすんでいるのでしょうか?

by issei_tachikawa | 2019-02-16 22:30 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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イッセーが入協したのは1986年3月、営業(拡大と言えと言われていた・・笑い)やりだしたのは6月から。しばらくの間新規加入者には「3人以上でないとは入れません」(共同購入ルール)を押し付けていましたが、2つの事が気になり始めました。
1つは、キョードー行ってるが、実質名前だけ3名でいつも取ってるのは1人みたいなひとが増えていた。あと、仕事に出る女性が増えてきて、共同購入=愛と協働の実践といってすませてはいられないのではないかと考えた。
2つは、なぜ1人ではいけないのか?の事業上の答えの重点は、採算でした。ならば1人=1世帯でもたくさん(月4万、5万)とってくだされば、十分採算取れるはずだという確信が生まれたのです.そこで、コース再編を考えました。1コースを、1人、2人、3人以上の班が、バランスよくおさまるように再編するのです。奥田さんが名案を出してくれました。用意したツールは、模造紙、ゼンリン地図のコピー、ピン(赤、黄、緑)、タコ糸です。ゼンリン地図の上から班の所在場所にピンを刺していく。1コースに赤黄が偏在しないように注意しました。目で見ての判断ですから、パソコン操作のようにはいきませんが、なんとか採算あわせながら1人でも生協できるようにしたのです。
ですから、受注は卵1パック、豆腐1丁、牛乳(こんせん72の前75のときかな)1ッ本で受けました。当時のセーキョーは、卵5kg又は10kg、豆腐6丁、牛乳12本(1ダース)で受けていました。豚の1頭がいなんてのもあった。すさまじい共同購入の理念推進。おつかれさまでした。先輩たちのご苦労は笑えません。
発注は、そのままやりますから、センターのは共同購入の仕組みで届きます。これを個人用に仕訳しました。小規模でしたから、みんな自分でやりました。昭島の市場迄卵パック買いに行く途中、疲れてたのか不注意もあって生まれて2度目の交通事故、赤信号無視してバイクをはねました。
配達時は、特別のお届け票をつけて、各車両の担当者に頼みました。毎日毎日これをやりきる。良いことしたなーと満足しています。
請求時は、追加入力です。1人の方は、本当によく動いてくださいました。個人情報なのでお名前は明かせませんが、今でもパルシステムの経営に熱心にかかわっておられる方の中には、昔「独り班」という蔑称に耐えながら、まじめにせーきょうやってくださったかたが何人かおられます。
因みに、これは立川生協で理事をやっていた時の1987年のたいけんですが、千葉でも同様の体験された方とつい最近お話しできました。知る人ぞ知るかたです。あえてだれなのかはいいません。本人了解とってないので。そのさいに嬉しかったことがひとつ、生協トップだけではなく、1人の職員が彼女に協力してくれて、その職員とは連合会で友達になれて、年賀状かわす仲に。いやーうれしいなー。
新しいことやる場合に、抵抗はつきものですが、新事業の未来に確信をもてるかどうか。確信持てなくても、なんかこう、むかついてやったろかーおもえるかどうかがぼくとしては人生の重要ポイントです。「1人でも入れる方が広がるよね。ひろげないとつぶれるかもしれない。ここまできたらツービック、ツーフェイルだ。」
★蛇足ですが、東村山センターで、丹治さん、長谷川さん、滝さんだったかな、かれらが担ってきた仕事の組み立て方は、委託配送という仕組みつくりをのぞけば、立川の桜が丘で始めた仕組みづくりににているのではないか。
あと、千葉の松戸センターで実験供給しはじめた「あわせ配送」の仕組みも、1987年の立川方式に本質通じていたようなきがします。

by issei_tachikawa | 2018-08-14 10:13 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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わたぼうしは、パルシステム神奈川ゆめコープ定年退職者3名(平尾、平本、佐野)が中心で運営されている農場ですが、いつもさんきゅうハウスの食卓を潤してくれます。今日は、平尾さんが配達してくださいました。さっそく、寮食、わがやの夕食で炒め物、明日は食堂で使います。ありがとう!その場でミニトマをかじったら、おひさまの味がしたよ。くうちんさい、ぴーまん、茄子は、酢味噌で炒めました。さっぽろ生(くろ)はスペシャルロングサイズ!うまかったー!わたぼうしさん、カムサハムニダ。
油揚げは、近所の吉澤商店さんから、国産大豆使用だよ。電気製品は、シンカイ電気さんから、コーヒー豆は、近所のまめきちさんから、割烹は「てっちゃん」オンリー
by issei_tachikawa | 2018-08-02 22:57 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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近代ヨーロッパ文明は、地球に大変な苦労を強いてきている。資本主義?だけではない対抗基軸にあるはずだった国々の責任も免れ得ない。
町に生きる野草を抜いてはいけないよ。「雑草などという草はございません」
大地も空も、海も川も、森も林もすべての生き物は、人間の所有物ではありません。
国境、宗教や政党の対立、消すことの難しい憎悪や嫉妬の感情、消してくれる大いなる力、自然の則を信じてまいにちこつこつと天職遂行しております。
今日も「さんきゅうハウス」や。
一哲兄の歌、エクアドルとハポン連帯で、掲載します。
「地に這うて 草花自力で 繁茂せり」
もうひとつ
「遥かなる インカの姫や いもと豆」
因みに、今朝のごはんは
チャイ1ッぱい、ラパンのさつま芋パン1つ、リンゴふじ4分の1、クリ2つ、種無しプルーン2つ
昼は、さんきゅう食堂、シェフはナリタン、じんちゃんがお休みで交代して冷やし天ぷらそばかな。500円で一般開放です。
1時からフードバンク立川会議、場所は総合福祉センターだよ、まちがえんな(と自分にいいきかせる)
夜は、たまにはそろそろてっちゃんの味に飢えてきていていきたくなるが、金ないんで25日までがまんや。

by issei_tachikawa | 2018-05-23 09:21 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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立川市で空き家が7000戸以上もあるらしい。もっとも、その理由、家屋の状態(集合住宅か一戸建てか、または)、周辺の利便性などは、調査していないのでよくわかりませんが、首都圏では、それなりの建物が遊休していることは間違いない。
和歌山にオレンジコープがある。九州にはグリーンコープがある。どちらも魅力的な新事業をしていると聞きます。
オレンジコープ(笠原専務)は、売れ残ったマンションを20個以上買って、組合員が年金で暮らせるくらいの負担で、終の棲家にした。
(以下はイッセーのイメージも入ってます。事実を脚色してあります。こうなったらいいなーと)
パルシステムでリビングホーム(シェアハウス)を地域に作っていきます。
1階は共同スペース。2回以上は各自の部屋、夫婦でも単身でも住める。
1階には、コミカフェ、カルチャーセンター(健康麻雀、囲碁クラブ、学習室、音楽室)、子育て支援ルーム、共同浴場もある。
医者も看護師も、ケアマネや社会福祉士などの専門家もいる。
元気な高齢者が、元気でない高齢者を助けたり、両親働いている子どもを支援したり、庭ではサッカーなどスポーツもできる。
全ての共同空間は、地域にも開かれているので、コミカフェには地域の人もお客さん。
ボランテイアもできます。調理、介護、麻雀指導、子供食堂などなど。
近所の老人会では、近所の公園で、輪投げやグランドゴルフ、太極拳などやっていますが、同世代だけでは張りが少ないのではと感じます。せっかくのキャリア、経験、技術などが子供など多世代とチャンプルーにすると生きてきます。
あと、さんきゅうハウスでは、2000年に河原生活調査を始めて以来、路上生活者は減り始めて、今では4名、駅周辺も含めて10名はいかないまでに減っています。
これは、18年間の運動の成果でもありますが、屋根の下で眠れるようにはなっても「不健康にして非文化的、最低の」生活を強いられているひとも少なくありません。
医者の言いなり、薬漬け、運動不足過食もあり増える糖尿病2型、健康診断結果に一気一宇する日常を変えて、健康長寿の恩恵を「困っている人」助けにまわせる場がほしい、と切に願います。
パルシステム頑張れ!
「協同組合の全社会化」は、いかなる地域社会を創出できるか?ワーカーズさんや、社会福祉協議会さん、お寺や教会、SB(CB)の連携協働も楽しみです。

by issei_tachikawa | 2018-05-19 09:32 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)

改めてパルに感謝です。イッセーのようなやつ(どんなやつかはひとそれぞれ、笑い)が31年間もつきあえている仕事場をつくってくださっているみなさまに、心の奥底からありがとう・おおきに・グラーシャス。

ありがたいことの1つは、何10年ぶりかの出会いを楽しめたということ。無茶ちゃ園の創設者片山さんは、ベトナム・ホーチミン市で地域活動に余念がない。ベトナムは僕らの青春の原点、民族独立戦争で北米とキリスト教十字軍をこてんぱんにやっつけた。ぼくも死ぬまでにはぜひ行きたい国。彼は、あいかわらず、裸足でサンダル姿、60年代の学生運動からのつきあいだとすれば50年だね。

あと、野中章久さん(東北農業研究センター)とは30年ぶりかな?かって「首都圏コープ」本部が御茶ノ水の総評会館に曲がりしていた頃、彼は明治大学の大学院生で、未法人の連合会に係っておられた。今は福島の原発放射能汚染調査・対策にも係っておられるらしい。元気で何より。

とても全員紹介は無理ですが、あと1名は、瀬戸修一さん。1990年に会ったきりだと思うから、27年ぶり、かっては「さきたまグリーン生協」(埼玉県、今は合併してパルシステム埼玉のセンターになっている)の専務で、連合会ではシステム部にいた。今は札幌で果樹園経営、奥さまはアジアの方だと思う。彼と特別に親しい理由はいくつかりますが、当時は21生協ものが事業連合していて、営業会議の報告会に行くと成績がばれる。びりっけつ(つまり事業規模は小さい順で底辺3生協)がさきたま・立川・花見川だったので、自然に仲良くなっていたということもおおきいかな、めいびー。

他にも宮醤油さんの先代と後継者の息子さん、沃土会の息子さん、かっての旭愛農会(今は?)の金谷さん、納豆のカジノヤさん専務等の元気な姿を確認できたのはうれしい。三澤さん(共生食品2代目)もあいかわらずだ。農業生産者や漁業、林業関係の方は息が長いね。やっぱり「生きる」とは土(大地、海、空)に人が交わるということなんだね。

2番目に良かったのは、パルブレッドの橋本さんにお願いして、今年度の経営者の方(井口さんと寺尾さん)にお礼がいえたこと。三多摩フードバンク4年目ですが、パルのパンを生活困窮されている方々に届けつづけられるのもパルブレッドさんのおかげなのです。

あとも一つは、流通業者の経営者にもあいさつできることはありがたい。流通サービスの奥山さんとも20年ぶりくらいかなー。稲城のセンターで2年ほどお付き合いしていただいた。身体の相談にも乗ったことがある。パルシステム個配は生協内部や世間からも「共同購入の破壊になる」として猛反対されたのに、なんとかここまでこれたのも、ひといえに配達部門を担っていただいた流通企業さんあってのことです。だからぼくらは、彼らを「同志(パートナーさん)」と呼びます。若いドライバーのすさまじい離職率だった、2000年代初頭の経験が、頭を横切ります。いつも身を引き締めて経営しないとね。

というわけで、大変有意義なOB会でしたので、準備してくださった皆様に心から御礼申し上げますが、出てこないOB職員たちのために「1時間くらいなんでもありフリートーク」の時間帯を設けても良いかなーと感じました。つまり昔ばなしばかりではなく、かといって元気を声高に叫ぶのでもなく、身体が弱ってる仲間や故人にも思いやりの気持ちをこめたトークタイムがあると会自体がもっと面白くなる。

僕らは身体と心しだいでまだまだこれから10~30年くらいの地域活動をできるのです。課題は、協同組合(生協だけではなく、ワーカーズとか農林水産、信用・住宅・福祉・エネルギー、大道芸などの分野)社会の創造です。埼玉の太田さん、山梨の五辻さんもすでに活動されていて、五辻さんはテレビ出演もされたとか。

「ゆりかごから墓場まで」地域の暮らし課題に責任持てる生協のいっかくとして、しっかり役割りを果たしていきたいなーと感じながら帰ってきました。

成長の限界、人口減・少子化時代、グローバリゼーションの矛盾の付けを無理な成長路線(インフレ2%なんて!)に頼るのではなく、地域の本源的なニーズを動きながら掘り起こしていくことが、これからの独立国家としての日本を豊かにしていく道だと思います。

●最後になりますが、多くのパルシステムOBの方が、さんきゅうハウスNPO活動会員になって下さっています。その方々にも直接日頃からのご支援のお礼を言えて、他の方にも「さんきゅうだより」を渡すことができました。とても有意義な一日になりました、事務局の皆様に御礼申し上げます。


by issei_tachikawa | 2017-10-31 09:20 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(2)
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さんきゅうハウスとして、神馬さんと2人で、コーヒー(フェアトレード、自家ガス焙煎、地場産直)販売しました。なんと、1ッぱい100円、これも地域のご縁があればこその話。53杯売れました。おいしいという感想をたくさんいただきました。改めて、まめ吉さんにありがとう。
入場者は550名、組合員だけではない。200名近くの新規出会いがありました。9名が新しく組合員になられました。ぼくがここにきたのは1986年、31年前、その時の供給高は9600万円位、組合員数は不明ですが、おそらく150名程度。1家で月に53000円くらい買っていた?1週で13000円か!1985年までは幌付きで薄汚れた(笑い)トラック3台しかありませんでしたが、1986年に職員6名と倍に増やして、拡大命路線を歩んだのでした。
このあたりの詳細に関しては、当ブログ( )にお寄りください。
3時に終了しても、センター内の水たまりに石を投げこんだり、手でカイ彫りしたりして遊んでいる男の子がいました。
時々こっちを見るので、手を振る。向こうは無視して、いつまでも遊んでいる。誰も止めに入らない。いい感じやなーおもいながら、ぼくは大沢さんが迎えに来てくれるのを待っていましたが、センター内でカンパ食品の試食会やっていたので見に行ったら、そのこの母様に会えました。おおらかな感じでした。だんなもいっしょ。いいねー。
立川センターは、引越しで昭島センターとして再スタートするそうです。車が60台くらいあるのをみながら、時間の流れを楽しみました。
出店されたのは、青果では沃土会、食品関係では共生食品、カジノ屋さんなど、左隣はご近所のNPO「シニアメートサービス」さん、右となりは「ハートのんびる」さん、おつかれさまでした。
また来年も会えますように。さんきゅう
ガーデンに新しい花が咲きました。ほととぎす、鳴きつる方をながむれば、ただ「さんきゅう」の寮ぞ残れる。(イッセーでまかせ)新選組の歌が聞こえてくるぜ。明治は遠きにありて近くにもあり。あきらめない急がない、20年アクション。
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by issei_tachikawa | 2017-10-07 16:55 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)