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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:パルシステムで愛と協働のまちづくりを( 103 )

賀川豊彦と大宅壮一

二人の共通点:正義感、貧困・差別・戦争などを放置する世の中への憤激(怒り⇒激昂⇒憤怒)、青年期の或る期間、共産主義(マルクス主義、唯物論)を正しいと思い込んで活動したことがある、キリスト教の洗礼を受けている。その後二人とも共産主義とは決別している。
二人の相違点:贖罪愛(神の愛、アガペー)への信仰を維持質しつづけたどうか(賀川=yes、救霊団、イエス団。大宅=no)。社会変革の継続=生涯の活動・運動状況、実績・・・賀川=協同組合運動、労働運動、農協活動、共栄火災、中之郷信用組合、世界連邦、1930年代の平和活動、戦後・・・日本社会党での政治活動。大宅は、ジャーナリストとして文筆活動、講演活動、死後⇒大宅文庫がオープンした。
【興味深いつながり、人間の2側面】
 人間は、徹底して自分の世界に沈潜して何かを追求し極めたいという欲望(小説、研究、創造、表現など)と仲間、同士を求めて人と結合し社会的存在(諸関係の総体)として了解しあいたいという欲望を併せ持っているのではないか。天才と呼ばれる人の中には、この2側面のどちらかが異様に強くその人の実績を作っている人がいる。賀川の場合は社会性が、大宅の場合には、個体性が際立っている。
 一見すると両者は対立物のようだが、実は相互に愛し合いひきつけあっているようだ。どちらに転ぶかは単に個人的な選択力に規定されるだけではなく、周りとの関係性、義理のしがらみ、男女交友関係、利害関係など様々な要因がかかわっている。それから案外ばかにならないのが、身体=健康上の理由に基づく天啓を受けているかどうかもその人の人生を大きく左右することになる。賀川の場合は、肺結核による切望的な状況下でのおつげ(天啓)があったといわれる。これを真面目に受け止めて生涯それを信じて贖罪愛に献身した賀川の人生は果たしてその後の日本人」にとっていかなる意義と意味を提起しているのか。
  他方で大宅には明らかに個体的に完結する諧謔精神を感じる。彼とて人間性に対する信頼を失ったわけではないのだろうが、賀川のように首尾一貫した贖罪愛信仰は持ち得なかった。目の前の周りの人間たちの日々の現実性(現象)の中に無限の好奇心の対象を発見してしまう自分を肯定せざるおえなくなるのだ。
  したがって問題は賀川か大宅か、という二者択一ではなくて、どちらも面白いというあれもこれもの多元的な付き合い方で学んで生きたいと思う。2人のことを話しているといつの間にか自分のことを語るようになっている。これはなんなんだ???人間っておもしろい。今日は、13:30から有楽町の商工会館で「賀川豊彦とともに明日の日本と協同組合を考える」講演会&パネルディスカッションがある。前田さん、斉藤さんとオレの3人でいきます。閉会は16:30、その後も楽しみだな。
●昨日の帰りの車中で「賀川豊彦の協同組合主義が今日の日本社会に問いかけるもの」(加山久夫=賀川豊彦記念松沢資料館館長、明治学院大学名誉教授)を読んだが、「協同組合」と「主義」って言う言葉が俺の頭の中で溶け合わなかったように思う。23年前、オレ(たち)は、なぜ立川生協にかかわったのか、その後おれは何度もやめたくなったしやめようとしたのにここまで続けた理由は何だったのか(継続力の要因、ポジ、ネガ)
セカンドステージって何か、セカンドリーグ(支援室、地域リーグ、地域NW)は何をやりたいなか・何をしようとしているのか、2007年から3年間かかわってきてオレのアウトプット、アウトカムは何なのだろうか。
  1つ確実にいいきれること。オレは変わった。もう一度10代の気持ちに帰って社会・パル・自分を考えられるようになった。入協前というか地域生協をやっていた頃の経験が今ようやく活かせるようになった。言い換えると何かに向かって準備が整いつつある。これもセカンドリーグで仕事をしている=させていただいている=自分でつくってきたおかげかもしれない。ようやくこれからの3年計画もできあがりつつあるし、1日1日をしっかり楽しんでいこう。さーて今日もいくぜ!
  
by issei_tachikawa | 2009-11-28 09:51 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)

箱根組織革新研究会

c0219972_16214531.jpg森繁久弥氏が昇天された。96歳、朝目が覚めたら「知床旅情」が口をついてとびだした。歌いながら思い出したのは、箱根組織革新研究会のFIラリー。
(FIラリー)というのは要するにハードなウォークラリー競争によるリアルとバーチャルが渾然一体となった「研修」なのだが、最初のガイダンスで、「今からみなさんが体験するのはいわゆる研修ではありません。息抜きしたくて来た人は今すぐに帰ってください。」といわれる。ほほーなかなか挑発的ですなー面白そうなのでやってみようという気分になった。でも何故か内心しらけた気分がきえないままに本番にはいる。
・最初にやったのは、マップづくり。コースを数人で回って、要所毎の目印を見つけて、地図に記入し、自分のチームメンバーが回る際の案内書をつくる。やってみるとかなり時間がかかる。同じところに行ったのに記憶がづれていたり、それぞれの記憶した「事実」を出しあいながらマップに落としていく。
・本番の前半結果はビリ!(ブービー)だった。チームはまさに尻に火がついた状態になり、約10人がリーダーを交代して一丸となって後半戦に挑戦し、10チームの中で3位に上昇した。所定の時間に近いところでゴールしないと負けなのでラストの100mくらいはまるでマラソン大会の直線ゴール直前という感じで、和歌山市民生協の大山さんと励ましの声かけあって走った。暗闇の谷底に落ちそうになる場面もあった。
で、何が良かったのか?
①現場の「事実」を自分の目で見て確認した情報を整理し、情報化し、チームで行動する事の意義を学んだ。
 事例:地図づくり
②組織は人なりを実感できた。人と人とのコミュニケーションの徹底が今まで想像もしていなかった人間力を生み成果をもたらすことを体験できた。
 事例:F1ラリー 前半ビリから後半3位への上昇
③肉体的、精神的「限界」に挑戦できたこと。人は変わりうることの現場的証明をチームでできたこと。
 事例:3泊4日の研修が2泊4日(徹夜が1回)になっても大丈夫だった。
それで何を得たのか?
1)友達ができた。当時の、コープ広島 常務の岡村さん、とちぎコープの豊田さん、Fコープの増田さん、東葛市民生協の野手さんなどなど。岡村さんを通じてコープ出版編集長だった矢野都紀子さんとも知り合い、『生協運動』(現NAVI)「アフター5」に載った。『のんびる』8月号『交遊記』で紹介したのも彼女です。12月には彼らと久しぶりの呑み会をやります。
2)やればできるという自信がついた。(付け焼刃的だったかもしれんませんが)
問題というか課題も生まれた。
①箱根の「事実」と職場の「事実」とのづれに呆然として立ちすくんでしまう人が多いのではないか。そもそも生活(食事、洗濯、掃除、子育て、家事区、近所、地域など)の基盤から隔離された空間で集中学習した成果は着陸地を見つけられない戦闘的飛行士をつくるだけに終る危険を孕んでいる。
②事前に入念な健康チェック(診断すれば全てがわかるわけではない!)をしないと大事故が起きるリスクも高い。実際に研修中にお亡くなりになった方もいると聞く。
③人はいつでもどこでも熱くなれるわけではない。モチベーションの高い人、低い人いろいろいるのが人間的組織の事実であり、生産性向上を最優先させる企業社会は多くのメンタルや人間関係のトラブルを生み出す危険がある。
●藤田一(はじめ)先生からは、「あなたのような上司の下で働く部下は不幸だと思う。」といわれたままなので続きの論議をお願いしたいところです。まあ、いろいろ問題も残っていますけど、「知床の岬にはまなすが咲く頃・・・」と歌いながら、研修最後の打ち上げでケーナ(花祭り)を吹かせてもらい、豊田さんと団結踊りに興じたシーンを思い出しています。みんな肩組んで泣きながら歌ってたな。

by issei_tachikawa | 2009-11-11 12:10 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
 c0219972_9332215.jpg山本さん、前田さん、イッセーの3名で松沢資料館(賀川豊彦記念館)に行ってきました。来年3月6日のシンポジウム(ユーアイ基金構想と賀川豊彦・・・仮称)の打ち合わせのために。
 加山久夫館長(明治学院大学名誉教授)と山本さん、前田さんとのやり取りを拝聴しながら、「それぞれなかなかの見識だなー」と驚いたり、自分の協同組合への係りの過去を振り返ったり、3月のシンポジウムをセカンドリーグ(地域セカンドリーグ&支援室)機能のレベルアップの為にどのように活かそうかと考えながら聞いていました。
  1977年から78年にかけて『モンドラゴンの経済』を訳したときにホセ・マリア・アリスメンディアリエータ(アリスメンディと省略)という神父さんに興味を抱いた。モンドラゴン協同組合連合は生協関係者なら知る人ぞ知るバスクの協同組合連合体で今も発展している。アリスメンディは1930年代は新聞記者で一度フランコに逮捕されて死刑判決されたのだが、助命されて地域に入ったときに、中央政府ともうまくやりながらバスクの発展と自立をめざすには協同組合方式が良いとみた。
  若い活動家を誘ってウルゴールという家電生産組合を作る。彼の机の引き出しには「毛沢東語録」が入っていたという。彼は主義や所属組織で人を分けてしまうのではなくて、個性豊かで生身の人間から組織を構想していく。ここは賀川とアリスメンディは似ている。「世界連邦構想」の閣僚的メンバーには、現在民主党、社会民主党で活躍する大臣クラスの人から、なんと福田康夫さん、中川秀直さんまでが入っている。200人委員会には共産党の方も入っているという。もしかすると旧新左翼からも誰かが?ならもっと面白い。でもこれってイタリア、フランス、南欧の政治世界ではそれほどユニークなことではないかも。かって1968年フランス・パリ5月革命の指導者の一人、ダニエル・コーンバンディはそのご「緑の党」に係り、今でもEUの政治に少なからぬ影響を及ぼしていると聞く。団塊世代の同士諸君、あと30年の間に何とかしようぜ!
  話を、元に戻します。両者とも貧困、差別、独裁政治、戦争に反対する正義感も共有する。事業家としての発想もある意味破天荒であると同時に着実にひとつひとつ実現して聞く経営者としての才能や人望も持ち合わせている。たまたま2人はジサスとであってクリスティアンになったが、場合によっては別の宗教や思想の洗礼を受けていたかもしれないという興味もわく。記念館で初めて聞いた賀川豊彦の声はとても澄んでいてここちよい。4歳で父を、5歳で母を亡くし、里子に出されていじめられ、孤独の環境で訪米し、まさに『次郎物語』(下村湖人)だね。当時の彼にとっては、虫や鳥や草とのコミニケーションが心を癒し、ローガン博士が親父代わりだったのかもしれない。ぼくが1977年に翻訳した『モンドラゴンの経済』の著者もたしか何とかローガンという人だったと思う。何らかのつながりがあるのかもしれないので調べてみよう。

三浦さん、前田さん、山本さん、3人とも気持ちのいい笑顔だね。悲しみのどん底から這い上がってきた人々の笑顔、おもいやりと優しさが、天からの啓示を受け止めて世直しの原動力になるであろう。「赤子になれ!」(豊彦)悲しみを乗り越えて無邪気に楽しみながらやろう。

賀川が献身生活を始めた貧民窟の地図、一軒長屋、トイレや風呂は何十件に1つしかなし。でもそこには生き物本来の友愛と協働がライブしていたのだと思う。あなたは、サポーター?プレーヤー?プロヂューサー?それともコーディネーターかな。傍観者、評論家という立場もあるか。

後列中央の精悍な表情の若者が賀川豊彦、「天国屋」という一膳飯屋を開店したが無銭飲食が多くてすぐにつぶれた。でもめげずにブラシ工場、賀川洋服、農民組合、信用組合(中之郷!)、共栄火災、生協づくりなどに精力的に係った。とくに関東大震災、大水害などでは天賦の能力を最大限に発揮したといわれる。うーんなんとなくわかるぞ。
賀川は化学将棋とか分子カルタなどもつくって教育素材にしようとしたが、当の子どもたちには難しすぎたらしい。(満点大笑いか)
)賀川論の中では大宅惣一のが面白い。でも愛と革命、女性論、セックスと人間論、欲望と宗教と神についてはかなり??だな。天皇制とか天皇裕仁論については「雑草という草はございません。」というセンスについての評価は同じだ。つまりアイシンクソーということ。天皇制とか神道が侵略戦争に短絡するのでないことも当然だと思う。

人生最も大切なのは、人の笑顔だね。
by issei_tachikawa | 2009-11-06 19:26 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)