どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:足元から社会を変える(政治・社会革命)( 261 )

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精密な読書感想文ではありません。これは1964年くらいから1985年までの「戦争」体験と重ね合わせた読書感想文、塩野さんに寄り添いたい人は自分で読んでね。
3つの感想、1つめ:これは上から目線の戦争史だなー。参加した兵士たち、傷つき逃げまくっていた兵士、手柄話、兵站になった庶民の意識と行動などは、描きづらい、というか、文節的な思考になじまない「先住民」の意識と行動を描くためには、書き手の想像力がものをいうのではないか。「想像力が権力を取る。」(リィマジナション ナラッシュ ル・プブワール、フランス語)1968年5月革命(パリ)のトイレの落書き、プロテストソング(泥棒警察)
2つめ、戦争史を紐解きたいという欲望は、二度とやらないぜ、やらせないぜという決意と行動の「メダルの表裏」(吉本)だと思う。1960年代からの自己史、新左翼の「ブント」(革命の通達⇒◎戦、第7回大会まで)の総括、1970年代の「ベトナム解放=民族独立戦争(ゲリラ&正規軍戦争)、1970年代から1985年までの「一坪共有」運動などにからむ「ウチゲバ」、これを「今を変える行動」つづけながらやりきることに「喜びを感じる」。
3つめ、日本の政治的文化、社会的な文化では、「自慢話」が否定的にしか取り上げられないのに比べて、(今やっているNPO活動=さんきゅうハウスも本質同じ)ヨーロッパの「カトリック」や「イスラム」は、2つの「神」(双方が一神教)が激突するので、死生観が全く違うのだなー。タタカイを、戦争を美しく飾り立てる、しかし実際の戦闘過程っていうのは、兵士の募集から参戦動機、継続の動力などは、かなり「えぐい」ものだったのではあるまいか?
ベトナム戦争で派遣された55万人(アバウト)と44万人の脱走兵、明治のクーデター、など日本がらみの戦争史では、「エコノミックアニマル」たちの動きが、兵站を保障してきたに違いない。(しかし、動物に悪い言葉だなー、「打算的な経済人」としてはどうか?)ベネチアなど今のイタリア(昔ローマ帝国)諸都市の参戦、おおもうけとベトナム特需。
おっと、もう3時カー、昨日のカフェ、ケテイさんの「おまかせセット」、メンチはソースも醤油もなにも要らないで絶妙のあじつけだったなー。ごちそうさま。
あと、アパッチのところにダメ連の取材(インターネット実況中継)が入るんだってさ。インタビューアーは、ぺぺちゃんと・・・・くん。


by issei_tachikawa | 2019-02-15 02:58 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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裁判は2018年5月14日に始まりました。昨日(2/6)で第3回目、結審はいつになるのか、まだ見通しも立っていません。
東京原告団は都内の56名の方ですが、そのうちさんきゅうハウス利用者は11名、中でも神馬幸悦さんは、副団長の大任を引き受けて昨日は意見陳述最初でした。
用意した文章を読み上げたのですが、本当に誠心誠意でかたられる厳しい生活の現状報告、週3回の人工透析、毎週木曜日さんきゅうカフェでの労働、自炊を心がけ、電気ガス水道の使用も節約して、かつかつの状態で頑張ってきている。
すでに2013年から3段回にわたって引き下げれれているのに、さらにまた月額1000円から約5000円の切下げ、これでは友達と会食したり、ちょこっと遊びに行くことさえできなくなる。
引き下げ理由が審議されているのですが、国が引き下げの理由の1つとしてあげている「デフレ」は偽装されたものであり、憲法第25条に違反するものだと思います。
昨日の裁判の冒頭に、裁判長から、「デフレ根拠として、平成20年の消費者物価統計を起点にされていますが、なぜ平成20年なのですか?いいかえれば、なぜ平成19年や21年ではいけないのですか?」ときかれた厚労相お抱えの弁護士は、即答できませんでした。
結局次回までに、文書で回答するという約束をしたのですが、あきれてもの言えませんでした。
原告側弁護士もおっしゃるように、平成20年の1月の消費者物価指数は、100.7、比べて同年11月のそれは101、若干ですがインフレです。
このようなシビアな議論にたえるだけの、統計上の信頼性が揺らいでいます。財務省(森友学園)、文科省(加計学園)、外国人問題(厚労省、内閣府)、そして最近の厚労相(雇用保険過少給付)などなど、良い機会ですから、国家的な膿を摘出する政治的な手術が必要だと思います。
国会議員の給与上がってるんでしょ。企業の内部留保はたまる一方、実質賃金は下がりっぱなし、アメリカから無用の兵器を買わされて、もうこれ以上黙って見過ごすわけにはいきませんね。
憲法変える年ではなくなってきてますね。消費者物価10%も危うい。安倍内閣ふうぜんのともしび、生保引き下げ裁判も勝利まで戦い抜きましょう。
生活困窮されている方は、高齢者、生保申請しないで頑張っている方にも多く見受けます。年金生活も楽ではない。すそ野を広げた取り組みが問われます。
次回以降の予定です。
5月15日(水)2時半から 第3回口頭弁論
9月4日(水)2時半から 第4回口頭弁論
11月6日(水)11時半から 第5回口頭弁論
場所はいずれも丸の内線霞が関の東京地裁です。傍聴可能枠は昨日は98でした。
裁判開始前に、裁判所前で集会、裁判終了後は、衆議院議員会館に移動して報告集回う。身近な友達、家族などにもこえかけて、みなの力で頑張りましょう。

by issei_tachikawa | 2019-02-07 22:55 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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辻説法でとつぜん「おまえらは・・だろ!」とののしられることがあります。こちらも感情的になって失敗したことも有り、今では以下の点に注意を払うことにしています。
1つ、その人は個人として発言しているのか、組織なのかを見極める。
2つ、これは論争(論議、コミニケーション、意見交換)なのかイデオロギー闘争なのかも考えてすすめる。
3つ、相手は9条にかぎらずその時の課題について、生成・発展・現状の認識をどの程度持っているのか判断する。
4つ、とくに、相手さんが、日米関係(安全保障条約、地位協定、合同委員会、自衛隊の動き)などについて、どの程度の知識を持っているのか確かめることが重要。
質問しまくること。
5つ、できるだけ一致点を探して、最後は握手デモして「また会いましょう」的にわかれられるようにもっていく。共通の課題として、いま面白いのは、沖縄の県民投票、4月の統一地方選挙、7月参議院選挙、9月 立川市長選挙。
1つめですが、個人の場合は、「日本の国土防衛」についてまじめに考えてきた人が、つかかってくることもあるので、こちらは感情的にならないように「努力」し、誠心誠意9条はこのままがよいの「事実・理屈」を説明する。
2つめですが、相手が何らかの団体の利害・政治主張をうのみにして一方的に攻撃口調で来る場合は要注意、そのようなひとと大声でやり合うことは得策ではありません。うまくかわすこと。はやめにきりあげてしまうのがよい。逃げるが勝ち?
3つめ、4つめですが、井筒さんの講演記録のコピーは大変役に立ちます。9条を今の状況で変えると誰がもっともよろこび、誰が得をして、誰がめいわくをこうむり、不幸になるのかがよくわかってきます。法律論議を超えて、「防衛」の実際という土俵で話しをすすめること。戦争の歴史=平和はあるいみ「幻想」
5つめは、自分がよくわかってくる利点もありますよ。なんでこの活動してるのか?学生運動始める前(1965年)に、「孤立」して読書世界に入り、たった一人で世界をあいてに、「なんで生きるのか?」「人間とはなにか?」といつめていって、あげくのはてに十二指腸潰瘍になってしまったときが、懐かしく思い出せます。
対立は一致のチャンスをつくってくれます。重要なことは、1人1人が9条について、だまっていないこと、自分の意見を世の中に発信し続けること。

by issei_tachikawa | 2019-01-15 11:56 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
今までに寄せられた意見をつれずれなるままに書き綴ってみます。
1つ、お前らは共産党だろう。共産主義は嫌いだ。
2つ、中国、北朝鮮に動かされてるんだろう。
3つ、9条があるからなめられるんだ。
4つ、自衛隊は違憲ではないのだから、憲法に明記するのは当然だ。
5つ、米軍がいなくなれば中国が攻めてくる。竹島、南シナ海、その他
6つ、韓国も北といっしょになって日本を攻撃しかねない。
7つ、普天間基地永久化に参戦するのか
8つ、9条はアメリカにおしつけられたのだ。独立国家なのだからそろそろ変えなくてはならない。
まだまだ思い出すかもしれませんが、20代30代からの意見は、まったく出ませんでした。文句言ってくるのは、40代から50代、男性で、一見するとサラリーマン風がおおかったようです。
「9条変えないと自衛隊に気の毒だ。」という意見は、立川駅頭ではでませんでした。これは意外でしたね。
まじめに日本国憲法や日米地位協定、日米安全保障条約めぐる極東・世界情勢の変化(歴史)について勉強してると思われる意見は皆無でしたね。
意見は「右」「安倍内閣支持」なのに、インパール作戦、明治のクーデター程度の勉強さえしていない、東條英機は知っているが大川周明については全く無知、これでイッセーをやっつけられるとおもっているのでしょうかね。
簡単に反論の手順をお見せしましょう。
1つめ、駅頭アクションのグループは、共産党でもなにとうでもなく、市民の集まりです。共産主義ゆうのは、コミュニズムの語訳、左右どちらもわかっていない。資本主義の次は何主義なのか?いまのところ未来社会をグローバルにローカルに、一国的にも規定できた研究者はいません。
2つめ、ぼくら、中国、北朝鮮とは全く関係ありません。
3つめ、むしろ逆です、9条があったから、今までの「戦争」現場で死者を出さずに済んだのです。歴代の自民党内閣は痛いほど共感してくれたはずですよ。エコノミックアニマルとかいわれても、経済成長できたことも、9条のおかげ、一国的ではありますが疑似平和(思い込み、みせかけ)を享受できたのも9条のおかげです。
4つめ、今の日米合同委員会をそのままにして、自衛隊が明記されると、憲法学者の80%以上が違憲とした安全(戦争)法の集団的自衛権、アメリカ連合軍の防衛、駆け付け警備、危険な補給活動などすべてが野放図に実行されてしまいます。自衛隊が世界の戦場でアメリカ軍の2軍的役割を強いられることになります。
5つ、6つ目も一緒に反論:鉱物資源の乏しい島国日本、経済的な魅力はありますが、今までに占領された体験はたったの1度だけ。つまり武力侵攻と領土(部隊)の保持に金などがかかりすぎる。さすがのフセインが隣国にいたとしても、武力侵攻はしなかったでしょう。
経済と軍事を一色譚にして危機あおり、国民を恐怖のどん底におとしこんではいけませんね。
7つめ、普天間返還当然の要求です、辺野古移転にも反対です。2月24日の県民投票実施は法的な正当性があります。やらない5市は、憲法違反です。
8つめ、NHKでも報道された、当時の幣原首相のことば、おもいものがあります。9条で非戦、戦力不保持、国の交戦権否定をいれたからこそ、国際社会に復帰できたのです。「自虐的」という安倍さんの表現は、何を言いたいのか???
トランプから言い値で買わされる役立たずの侵略用兵器、思いやり予算、オスプレイ民家の上とびまわっても何も言えない日本政府、墜落事故後すぐにそのたいぷの飛行機が飛び回る、この関係をゆるしてしまっている日本政府=安倍内閣こそが不平等条約の根底(こんてい)にあるのではありませんか。

by issei_tachikawa | 2019-01-14 21:18 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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さくねん1月から毎週月曜日最近は2時から3時まで、JR立川駅デッキ(今は南口、春になったら北口)で、男性4名、女性4名(常連は2名)でやってます。
さかのぼれば2015年9月の戦争法(安保法)、テロ等国際犯罪防止法などの反対署名もいれれば、それなりの実績ですね。
何筆集まってるのかね?集計は、そうがかり行動実行委でやってるのかな?最近あまり中央のことには口出しテル余裕がないので、立川は相対的に自立して取り組んでいるということでOKでしょう。1500万はいってるのでは?(希望的観測)
いろんな人に会えるのが楽しみです。
今まで印象的だった出会いをいくつか紹介しますね。
1つめ、去年の春だったかな。1時になってもデッキは万席(大道芸人の場所取り合戦白熱)なので、いったん自宅に戻り、鋭気を養ってから夕方街宣に切り替えて、7時ごろまで辻説法しました。
1人の男性がずーっと最後まで無言で聞き入ってくれていました。背の高いがっしりした体格で、高倉健風のかっこよさ、黒のシャツがよく似合ってました。
僕の話が終わるや否や、スート近づいてきたので、瞬時緊張しました。やばいときもあるからです。しかし、目が好意的で、いきなり第1声で「あなたのおっしゃることは僕も正しいと思う。」といってくださいました。
何についての共感かと聞けば、「テロリストなんかいない。いまテロに走っている人たちの中にはかって政府の高官だった人も多い。彼らがアメリカの侵略戦争で野に下り、今かいらい政府と戦っているのだと思う。」とおっしゃる。
なるほど1つの見方ですよね。カテゴライズ(テロリストの)からは、憎しみ・憎悪・対立しか生まれない。個別現実(事実)を知ろうとする努力は、行とし生けるもの=民主主義の国づくりをやり主体に要求されているのだと思う。2人は固く握手して再会を約束して別れました。かれは、某大企業の社員として、フセイン治世下のイラクで働いていたということです。
それからたくさんの方と出会えましたが、「9条変えるべきだ」という意見にも、誠心誠意対応してきました。「自衛隊がこのままでは気の毒だ。」という意見もありました。今日は会話が長引いて、30分話しても決着できない。でもここが正念場なので、頭にある「・・対応手順」に従って話していたら、インパール作戦の結末(司令官牟田口の逃亡=まるで鳥羽伏見の慶喜だわ)の話にいきついて、平和が良い、戦争
原発は、推進責任者がなげやりという点で良く似て居るという点で、ようやく話がおちついて、明治のクーデター評価でも意見が一致で来ました。(小栗上野介、大川周明くらいは知っておくとめりはり付けた9条論になりますよ。スイスの民兵についても調べておくと良い。インターネット知識でも十分)
彼の父さんは陸自勤務だったそうです。「9条変える変えない決める前にやらなければいかんのは日米地位協定見直しですよね。独立国家として情けない。」そうそう。
★純米酒「卒業式」で亀井さんからいただいて飲んだ地酒、今日で一時断酒を決めました。ただし永久にではありません。一時的な対応です。
たばこもそうですが、ぼくは禁欲は好みませんが、やめたっておもうと、うそのようにやめられるのです。理由は経済ですよ。選択肢がないのです。さけたばこなんかのんでたら、月13万の年金ではくらせませんから。酒、外食、自販機、若干の交通費以外の文化費はもともとゼロに近いので、これからの偶数月14日の預金残高がプラスになるかマイナスになるかたのしみです。


by issei_tachikawa | 2019-01-14 18:39 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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昨年11月から始めた駅頭署名活動、本日で2018年度は一区切りです。ちょうど20枚分(100筆)集まったので、来週の「総がかり行動」事務局に提出します。
今日はオスプレイ横田から出ていけ!署名も始めました。
この1年間ほんとうに真剣に勉強できてよかったです。第一次学生運動(1965年から1970年3月まで)と40歳までは、日本国憲法などはあまりというか「まったく評価していなかった。」というのは正直な事実です。
理由は簡単に言うと、ベトナム戦争への協力加担でした。平和の美名の裏側では、何百万人もの命を大量殺戮し続けた米国と連合軍があり、実戦部隊は出さなかったものの、特需で大もうけしてきた大商社・大銀行などに張られた「エコノミックアニマル」という蔑称、動物に悪いわ。
日本の政治権力者と支配層は「ベトナム・アジア人民の生き血を吸いながらあほな経済急成長」をじつげんしてきたという自覚も乏しく、民衆側にも根源的な自己内反省はうまれていませんが、ぼくはこの間の署名活動を通じて、戦後史の反省を行うことができました。
この点が、いわゆる「9条守れ」=護憲派の運動とイッセーのそれとの違いでしょうか?つまり9条はたしかにすばらしいし、戦争放棄・軍隊不保持・国の交戦権否認は正しいのですが、自衛隊が日々おかれている米軍極東軍事司令部とのシビアな関係への切開抜きでは9条論争に勝てないのです。
今この時期に問うべきことは以下の事です。
1つ、安倍内閣に「改憲提案」する資格はあるのか?
2つ、この時期に最優先するべき政治的課題は何か?日米地位協定改定を推進できる議員を育てること。
3つ、今9条に「自衛隊」を明記したら、もっとも得をするのはだれか?アメリカ極東軍事司令部
4つ、仮に9条がなかったら、過去の戦争への自衛隊(現場部隊)のかかわりはどなっていただろうか?
5つ、来年の統一地方選挙、参議院議員選挙(ダブル選挙もありうる)で、どのようにして、護憲内閣をつくるか? 以上
来年は7日からスタート、場所は南口デッキに変更します。毎週月曜日、2時から3時までやってます。あなたもぜひ!


by issei_tachikawa | 2018-12-17 17:29 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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フランスが燃えているらしい。なんと燃料値上げ法案、半年間執行猶予するということを首相が発表した。厚かましい嘘八百のごうまんAB内閣とはえらい違いだ。
その違いの根にある民衆運動なのですが、フランスに比べて日本をくさす切りくちはあかんとおもいます。
日本の場合は徳川から明治期がチャンスだったのですが、ものの見事に「長州クーデター」で権力は移り、自由民権・米騒動・ええじゃないか・城東農民運動などなど皆潰され、共産党もがんばったが壊滅し、アナボル論争は時代的な限界を露呈して、日本の民衆1人1人に「究極の自由」意識がそだたないままにあというまに72年なんですね。
フランスは一味違う。1789年フランス大革命は、普仏戦争敗北(反戦闘争)がきっかけで始まったのだがルイ16世処刑まではよかったが、ロベスピエールの独裁が失敗して、ふたたびナポレオンに権力がうつってしまう。立憲政治今一歩だった。
1871年パリコミューンも惜しかった。ソビエトロシアをまたずに史上初の市民政治が生まれるチャンスだったのに、逃げてゆく政府軍を徹底的にたたけなかったコミューン政府はすぐに崩壊してしまう。クールベ、ビクトルジュゴー、ブランキ、〇円含めておつかれさまでした。
そして1968年五月、戦いの火の手はソルボンヌ大学ナンテール分校からだった。ベトナム戦争は世界中に反戦運動を広げた。日本も同じく立ち上がった。ベトナム戦争の間違いについてはもう繰り返す必要がない位明白になっている。プールの落成式に出席していた文部大臣が反戦運動で逮捕された学生の釈放を要求する学生運動のリーダーに対して「出来立てのプールに頭入れて冷やしたらどうか」と暴言はいたのがきっかけで、フランス全土が騒乱状態になった。ドゴール慌てたであろう。ゴミ収集労働者、警察官、墓場労働者までもが学生に連帯してストライキに入った。
この運動のリーダーの一人、D.コーンバンディは今もドイツ緑の党で活動しているという。活躍した労働組合はCFDTやFOだったと聞く。日本では、新左翼とかサンパといわれた学生運動と社会党のダラカンをつきあげた反戦青年委員会が大活躍した。
どうですか?暴力・非暴力を、カテゴライズして語るだけでは、問題解決はないとおもいませんか?
いま日本でフランス民衆に連帯して「世界一国・・・・」を語るつもりはありませんが、暴力論と内ゲバの本当の総括は、映画や論評でも必要ですが、むしろ生涯現役の活動家人生を歩みながらやるほうがいいよとおもいませんか?
(そろそろ73歳ですが、まだまだこれからです。戦争法廃止、原発廃炉、格差是正、憲法守り公文書改ざんしない内閣を!)
★毎週月曜日2時からの3000万署名アクション、やりきるぜい!

by issei_tachikawa | 2018-12-05 13:16 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)

俺流のチラシ撒きなど

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何しろここに住み始めて32年だつので、チラシ撒きながらの出会いが楽しめる。昨日は30年ぶりで豊島さんに会った。
チラシは山本洋輔さんの議会活動報告お手伝い的なものですが、4年に1回いくだけじゃー口先だけでの地域になってしまうので、イッセー通信やチラシ撒生きながら、コミニケーションを創っていきます。
豊島さんの家は砂川8丁目、立川生協村と言われていた通りにあります。共同購入はじめたのがたぶん、1980年くらいだから、俺は30代、彼女は20だいだったんだよな。
近所は武川、武藤、矢の口、佐竹、後藤、土屋、高崎などなどそうそうたるメンバーが住んでいます。矢の口さんは85歳になられたとのこと。むすめさんは埼玉に引っ越してお孫さんということ。
武藤さんちには、珍しくあかりがついていた。おともだちがきているらしい。豊島さん土屋さんとの立ち話がいつまでたってもおわらない。
終わらない歌をうたおう、なんてね。
チラシは500枚預かった。今日は6丁目を撒きます。天気が良いので気持ちも良い。チラシ撒いてから午後は「健康麻雀」です。
広報は社協の「あいあい通信」+口コミ、I・T・S夫妻の4名はすっかり定着してくださっています。月3回、第1第4土曜日と第3日曜日に、さんきゅうカフェは「麻雀クラブ」になります。参加費500円、運営資金の足しになりますので、貴重な収益事業です。囲碁、将棋、花札、トランプなどのリクエストも受けています。そのつどリーダーがかわります。リーダーはOBがやってくれます。
社会運動で「地域」を初めて意識したのは、1980年代初めの京都でしたが、当時は・・・・で寮を追われて、次の活動場所をどこにするか考えての選択で、地域といっても「イメージ」でしかありませんでした。
あれから約40年、ここ(砂川)でくらしつづけてようやく地域のひだがみえてきたかなーというところです。

by issei_tachikawa | 2018-12-01 11:24 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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http://space.geocities.jp/tama_stitch/access.html
ステッチ・マルシェ、要は「手作り品の青空市場」のこと。詳細に関しては、上記のブログを見てね。
32回も続いたんだと感無量です。言い出したのは、誰?オウナーは、青木栄司さん、この近所では知る人ぞ知る。彼の祖父は、青木市五郎さん、伊達判決を生み出し、砂川にあった米軍基地(今は横田に移転)拡張計画を実力阻止した反対同盟の行動隊長です。副行動隊長が宮岡さんで、立川生協の砂川8丁目時代(柴崎センターの次?)の恩人です。砂川闘争についても写真集が2冊、『米軍基地を返還させた砂川闘争』(ヤマス文房)と『ベトナム反戦闘争と砂川闘争』(?)出ています。これについても今回は触れません。超党派で反対運動が盛り上がりました。
今帰ってきて、これから打ち上げです。毎回必ずと言ってよい位打ち上げします。3つのお店を順番に使います。(これはオウナーのアイデア?)
今回は、タマジョー南口下車のクッチーナ、6月市議選、ようすけといっしょに、選挙前にこべつやったなー。あと、さんきゅうカフェにも「まさるさん」といっしょにきてくれたっけね。もとは、セブンスポット、立川生協時代の職員遊び場です。懐かしい人もおるやろ。
マルシェってフランス語、なんとなくエレガントな感じ、でしょー。そうなんです、フリマーとは違うのです。「ビンボー人ついて行けへんわ。」なんていわんといてや。これは場の趣旨なんですから。個性をださないと、継続力は生まれない、個性的な市場ならお客はついてくる、と主催者は考えているのです。
さんきゅうハウスは、毎回、まめ吉コーヒーを販売しています。まめ吉さんは、FB(フェイスブック)もなさっていますから、友達申請するときは、イッセーから聞いたといえば、絶対拒絶されますので、言わないこと。ははは!もちろん冗談や。
今日は62杯も売れました。運営資金の補填になり、参加スタッフ2名の就労支援準備にもなり、たくさんの友達や恩人との交流にもなり、ありがたい限りです。
いつまで続けるのか?たぶんオウナーしだいでしょうか?いずれにしても毎回毎回よんでいただき、心の奥底から感謝申し上げます。
それと、ステッチはコミカフェとギャラリーも兼営していて、さんきゅうハウスのスタッフや市民活動の仲間も働いています。その信頼があればこそのお呼びだと思います。そして、搬入と搬出、販売活動には、さんきゅうハウス理事やスタッフの皆様がボランテイアで働いてくださいます。みなさまの愛と協働有らばこその継続事業なのです。改めて心の奥底から御礼申し上げます。


by issei_tachikawa | 2018-11-24 18:00 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)

出会いで充実のサンディ


第28回砂川秋祭りに向かう
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第28回砂川秋祭りに向かう途中、猫返し神社近くの信号で、山下洋輔さん(ピアニスト)と会う。なんとチャリこいでいる。背も少し曲がってる感じで、ややふけたかなー。お互いにというより俺が急いでたんで、声かけなかった。さいちぇん
砂川祭りでは、30年ぶりくらいで半田君に会う!なんと、俺が行かない間に出店者常連になっていた。鹿島からくるという。この人と話すと、50年分の時間がスリップする。1966年行動羽全学連大会から1968年B第7回大会、その後の「分裂」と・・・・について。おれはまだ真剣に考えている。
秋祭りは参加者も増えて大盛況、ラストは「さっちゃん」のソロで盛り上げたが、半田君がOさんとつなげてくれて、これまた20年ぶりくらいの話。NWで那覇に行ったんだと、そこに定住している元・・・がいるとのこと。いいなー。
祭り終わって帰り道、行に山下さんと会った信号で、イッセー通信読者と出会う。「山本さんよかったねー。」といわれたので、ありがとうございましたとお礼をいう。「まだ27なんで、5期やれよ。そんでもまだ57才、楽しみで死ねねーよ。」という話。
そして我が家についたら、近所の◎さんが、年末ライブの日程確認に来てくれた。「連れがあるかも」とのこと。◎さんは、下北生まれの下北育ちで、彫金し、おれより1つ上だが、よく話す。通信読者でもあり、おれのことセンセーとちゃかす。
このように、今日の日曜日は出会いの宝庫です。
夜は福助ライブなので、さらにプラスアルファを満喫しました。じゅんこさん、あっちゃん、今日もありがとう!「力をぬけー!」(エミリイ)
祭りでの9条改憲阻止3000万人署名、たぶん60筆以上集まったのではないか。さすがだ!
 

by issei_tachikawa | 2018-11-11 16:36 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)