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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

カテゴリ:バンド・演劇・大道芸活動( 78 )

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おれの音楽遍歴、いつから?中1頃の三橋美智也の古城を皆の前で大声で歌ってた頃からとすれば60年かー!高校の野球部ではバケイション(弘田三枝子)が18番だったな。でも楽器やり始めたのは、ズージャがやりたくて、テナーかっちまってからだな。
あこがれたコルトレーン来日コンサートは1967年だったか?でも当時はミュージシャンという生き物に差別と偏見もっていたので、グループサウンズブームでありながら「髪の長い(長髪)奴らは???」というより好きくなかった。
それがいつのまにかキャバレーで兄貴のバンドに入れてもらってテナー吹きまくってたのが、1974年?くらいかなー。それからだと今から45年前だ。
当時のキャバレーで踊りまくる客の風景、1990年ごろソウルのキャバレー風景によく似て居た。
4つのキャバレーで仕事ができた。ライブもいやっていうほどきいた。1968年の新宿ピットイン、山下洋輔トリヲデビューライブにもいた!ハッピー
高木元輝の絶叫スタイルのテナー、ノーリズム楽器でソロ吹きまくりの1時間、誰も退屈してなかったとおもう。不思議な空間だったなー。政治と音楽と映画と芝居と、漫画や小説さえも「革命前夜幻想」に浸らせてくれるのには十分すぎるほどだった。
あのままミュージシャンやってたらなー考えると面白い。
でも、世話んなったひとが反対で、20代後半で大学院挑戦を決めた時に、テナーは質に入れた。当然流れた。志は高いのだがなにせ金がない。先立つものもかせぎながらの受験だから結構大変で、毎晩のように友川カズキさんの世界(爆笑)
それから10年間くらいは、またまたノーミュージック生活だったのに、たった1ッ本のケーナとの出会いが俺の人生をよりいっそうカラフルにしてくれた。
まっちゃんがくれたウニャラモスのテープ、擦り切れるくらい聞いた。そして暗譜してしまったが吹けるようになるまでは長い時間が必要だった。
多田克美さん、渡辺淳子さん、福岡稔さんとの出会い、ワイナマユ、サバドスの皆さんとの出会い、約30年間アンデス音楽(フォルクローレ)を楽しんできた。
そしてジェンベに出会ってしまった。わがふるさと北アフリカのどこか、地平線に沈む夕日みながら祭り知らせる太鼓が鳴り響いてくる。
ジェンベ教室の先生は、KINGの佐野篤さん(あっちゃん)と津田侑佑さん、生徒10名位で、毎月第2第4火曜日の6:30から8:30まで、ステッチギャラリーホールで練習してます。明日はセンセー不在なので自主練らしい。見学自由ですから気楽においでやすといいたいですが、おれはパルシステム東京のコミュニテイワーク連絡会終了が6時なので出れません。見学は6/11とか25日の方が良いかな。


by issei_tachikawa | 2019-05-13 20:51 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
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昨日の続きです。ベニートという名の由来は、ベニート・ファーレス、詳しくは存じませんが、メキシコ革命のリーダーだった。彼がメキシコ留学中に大家のおかみさんがつけてくれたとか。そっくりなんだってさ、ベニートに。
彼と会ったのは「中南米音楽センター」(新大久保)、このころパル連本部は、御茶ノ水⇒本郷3丁目⇒茗荷谷と移っていましたが、仕事帰りに毎週(だったよな?)通ってたんですね。ワイナマユというバンド名、コスキン・エン・ハポンにことは省略ね。
ベニさんと会ったのは、ケーナ教室(ワイナ結成前)の練習時ですが、いつもデパートなどで配られる紙袋に楽器いれてくるんですね。なんか、日雇いのおっちゃんみたいで、某大手銀行の支店長だなんて、夢にも・・でした。あと、タイかカンボジャかアジア系の人だと思ってました。メキシコ生まれかもとも。それから付き合うこと25年くらい?いままでいままでこの印象あまり変化なし。良し悪し別で、日本人っぽくないのです。
その理由、数か国語ペラペラですから、日本で外国人と交流するときは、必ず相手の母国語でしゃべってる。特にうまいのは、スペイン語、タイ語、英語だね。中国語、韓国語もなんとかいける。ただし、フランスは縁がなかったらしい。イッセーとどっこいかもね。まあこの点で、日本人っぽく感じない理由はおおむね納得していただけますね。
それともう一つ追加すると、どこいってもその現地のひととすぐに仲良くなってしまうとか。男なのに、わかれしなに、オーバージェスチャー的に手ー振ってくれる、これってうれしいよな。
そうだ、さんきゅうハウスのシンポジウムで、記念講演してもらったこともあるな。ちょうどアメリカのウオール街近くの(?)公園占拠の社会運動(1%対99%、格差告発の反貧困)が起きた年だった。大企業の経営者が「さんきゅう」応援してくれて、さらに格差を告発するアメリカの運動をプラス評価するような講演するってのは、聞いていて大変共感しましたよ。うれしかった。ベニさんありがとう!
今は引っ越しましたが、以前は東大和市内に住んでたので、帰りの西武線では萩山までいっしょ、家族ぐるみのつきあいになりました。
わが家でテレビがなかったので、彼が引っ越すときに、くれました。ついでに、ファミコンもついてきた。3人の子供らは、長男が中学1年になった年、テレビもらいにいくときの彼らのはしゃぎようは永遠に忘れません。いまでも思い出に浸りながら目頭が・・・です。
ベニさん、ワイナマユとさんきゅうハウスを支えてくれてありがとう!補聴器がついたので、あたらしいレベルで新生ワイナマユ、もっと楽しくできそうだね。新曲に挑戦しよう。
★アメリカ大統領選、バニ―・サンダース候補が当選しますように、お祈り中。


by issei_tachikawa | 2019-04-11 09:27 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
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ベニートの声が変わった!ギターのリズムも、ケーナ吹いてる時の動きも、なんだかよーわからなかったが今までとは違う。
コンドルは飛んで行くの歌、思い切って裏をうたったが違和感なくハーモニーしてくる。途中のケーナもおもい切り吹いても歌声(ベニートの)とハーモニーする。
なんかうれしくなってくる。あというまに1時間が過ぎた。
終わってからベニート曰く、「補聴器付けたんだよ。」と!!!!!
えー!今までまともに聞こえなかったんだー。よくやってたよなー。
もともと幸路さんの声とイッセーの声はハーモニーしていた。これにアンハーモニーのベニート声が加わって、音量は増すが、ストレスもエスカレート。
でもお客様には「楽しそう。元気が出ました。」なんて励まされてきて、まっいいかと妥協してくること25年、今晩をもって新生ワイナマユ誕生かもしれません。
ベニート75才、マサ人77才、イッセー73才、ちび・でぶ・のっぽの男に、ちびの女性が1人加わり、ゆっくりゆっくりアンデス音楽楽しんでいきます。
次のコンサートがたのしみですね。
★明日の木カフェ、メニューはお寿司ですぜ。わさびもねわさび、奥多摩から産直です。シェフはペペちゃん、終わってからみんなで、早稲田の「あかね」までレッツ・デモンストレーション、たたかいはここかーらー、たたかいはいまからー。
★ベニートは写真右側、左がマサト、うしろがおれです。紅一点は個人情報ですからのせません。

by issei_tachikawa | 2019-04-10 22:30 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
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会場「カフェ開」は、自宅を改造したライブハウス、メキシコ経験の豊かさは、フリーダ・カーロへの関心に表れている。
カーロは、様々の困難を乗り越えて独学で画を学び、シュールな絵が魅力的であると同時に、なんと、トロツキーを匿ったことでも有名らしい。知らなかった。
上記写真中央が彼である。
1938年に第4インターナショナルを結成して、国際共産主義運動に意欲を示していたが、スターリンの追っ手(秘書の恋人をよそおって近づいてきた)に虐殺された。
『スターリン伝』を執筆中であったとのこと、残念だ!
演奏中は忘れていたが、帰ってきていろいろ思い出すことが多い。
しかし、スターリンの追っ手のしつこさは、想像を絶するね。トロツキー家族はことごとく暗殺、または自殺を装った暗殺されている。JFケネデイ家も不幸だったが、比ではないね。あと、暴力革命絶対主義(新左翼の一部の)なれの果て的な「内ゲバ」とも比ではない。話題変えましょうか。
演奏自体はサイコーでした。ミスも多かったが、3日間断酒の効果てきめんで、おとのさきっぽがよく聞こえた。ユリはいままでで一番気持ちよく吹けた。
終了後は音喜多さんらと交流後、中川原のカフェ(緒方兼さんの弟さんが経営)で打ち上げしました。この時の話題の中心はベニさん、「どっから見ても・・・の・・・には見えませんね。」と言われた。そうそう、日本人っぽくもないしね。
メキシコ革命の雄、ベニートファーレスに瓜2つなのだそうだ。
人懐っこさはメキシカンと比べてもそん色なし。でもシャイな部分もあるよ。長い付き合いなんでわかるんだ。
社長はかれのことたよりにしてたんやろな。今はたいへんだろうね。
藤森さんの次のペルー大統領はネイテイブで、就任式には「ハチャウル(大いなる日)の愛ぶき=コンテスタードだったそうだね。
そうそう、ヌラさんからいただいてしまったケーナ、PINOさん制作の、だんだんと体になじんできます。ヌラさんに、重ねてグラーシャス・あ・ら・ビーダ(写真は違いますよ。これはベニさんのケーナ)

by issei_tachikawa | 2019-01-12 21:44 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
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ギリヤーク、ありがとう!写真集(鬼の踊り)見たのは、1980年、熊野寮の部屋で。京都で孤立する自分は、たった一人で大地の上で演技する彼の生きざまに感情移入してしまいました。
憧れていましたが、まさかねー、直で話せるとは思ってもみませんでしたが、い風来のグループ展(上野美術館、い風来の土偶の背景にカンジュ蜂起の画が出ていた。)見て、外に出たら目の前にギリヤークが。
演技終了後慌てて片付けしているところに、ぼくは声かけました。というより「あれ!?日本にいたのー?」という調子でした。
そしたら「うん、今度はブラジルに行ってやるんだよ。日本でやると反応が鈍いんでさみしいけど、パリとかリオじゃーおわるとお客さんから抱き疲れたり普通でね。日本は寂しいね。」なるほど、アイシンクソーだねと感じました。
それから、しばらくたって、電話で「パフォーマンスを8mmでとらせてくれませんか。」と懇願したのですが、固い決意で断られました。「映像で残すことに意義を感じません。むしろいまここで1回限りの表現、コピー不可能性にぼくはこだわっているのです。」といってました。「テレビとかマスコミも出ません。」ということでした。
1968年10月に渋谷のハチ公前で街頭演技を始めてから、変わらぬ出し物、裸一貫大道芸だけで食ってきた心意気、マジでかっこよい。
でも、昨日は新作として「果し合い」が演じられました。チャンバラが好き、アラカン(嵐勘十郎)のファンだそうです。
新作披露の意気込みはわかるし、応援するために来ているのですが、目の前のかれは88歳で数年前からの原因不明の病で立っているのがやっとという感じ。
身につまされる1時間、でも観衆は誰一人として帰らない。2時に始まり3時まで1時間のパフォーマンス、それでも誰も帰らない。
演技終了後の彼を取り囲む人の輪は広がるばかり。おれは何か心配になってきて、人の流れを観察し続けました。
やがて左側の人々は一人二人と立ち去り。ギリヤークを囲む人の数も10人位に減ってわかったことが一つ、写真集にサインしてもらってるんだね。へー、俺の神経とは違うんだね。おれは一刻も早く彼を解放してあげたい。早く家に帰らせて横になってもらいたい、そう願っていた。
まあでもいいさ、価値観の違いの溝を埋めようとは思わない。だだかれが最後に言った一言は忘れないでいてほしい。「身体もこんなんですが、あと2年は頑張ります。」というギリヤークを改めて応援しようと思う。
ワイナマユも最年長が来年は77歳ですが、80歳になっても今程度の、いや今よりパワー低下しても良いから、できる限りの表現活動を続けようと思いました。
さんきゅうハウスも死なない。ワイナマユもまだまだこれから。
ギリヤークさん、ありがとう!グラーシャス・ア・ラ・ヴィーダ

by issei_tachikawa | 2018-10-09 17:19 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)

遊びせんとや生まれけむ

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歌が生活に溶け込んでいます。毎日「さんきゅう」がよいなのでチャリこぎながら大声小声で唄っていきます。
最近ネーネーズとか沖縄系にかたむいてるんで、「花」が出てくる。まだかんぺきではない、そのうちなんとか。
行に出てくるのは「新選組」(三橋美智也)のカバー、「フードバンク立川」のうた。「たーまーのかわらーにーからすがさーわーぐ、かあかあ!」なんてやってると、本当のカラスに呼びかけられたりも。
あと、よく出るのは「ら・ペグル」とか「フランス国家」(ラ・マルセイユだっけ?、いや複数形か?)前者、3番まで歌える人は、世界中でもおれだけ?メイビー、イッツツルー。宴会芸の一つにしています。場違いになることもありますが、あえて強行した羅けっこううけたのでむでなでおろしたことも。これは、死んでも歌い続けたいな。
ジュリーアンドリュースもんからいくつか定番になってるものも。サウンドオブミュージックは、いつまでもいいね。ちょうど吸収暗記力が人生一番のころ感情的にもフィットしたのでくりかえしうたっているので、忘れないのです。
バンドでは、約50曲の歌を覚えてますが、チャリこぎながら口をついてでてくるのは、やっぱり18番の「サリリ」(アンデスの旅人、S・カジェハス作詞作曲?メイビー)ライブではいつも最後にやります。肉体の限界までなんかいやっても乗れる曲ですね。あきがこないなー。
あと、アンデスもんでは、意外にバンドでやれない曲が口を突いて出てくる。アルサミポンチョ、レクエルドス、ワージェペンテイミエント(悔恨?だよな)
帰りしな、国立音大のとこ曲がってあと5分で我が家だというときによくでてくるのは、「峠の我が家」(ちがうか?)あれあれ、みどりのおかにあかいやねーとんがりぼうしのとけいだい、ってやつね。
というわけで、今日もいろいろ問題続出でしたが、なんとか無事天職遂行させていただき帰ってまいりました。ご褒美は、なんと、「開夏」((近所の酒屋でしか売っていない一番搾り純米酒)もちろんひや!

by issei_tachikawa | 2018-08-11 22:53 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
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今までのバンド活動は、大井町グランドバロンでの「ウッドベース立ちんぼ」(注1)に始まり、ワイナマユやロスサバドスのアンデス音楽バンドとしてやるかたわら、せーきょうやわーかーず関係で、1人で楽しませることにもチャレンジしています。
グループも1人も、それぞれ面白い。1人だとおれらしさがより一層発揮されて、実に忘れられない思い出をつくってくれる。
その1つが、水曜日のライブ。ワーカーズの人から頼まれたので、引くに引けない、ぜってーやるぜ手弁当OKとおもっていたら、なんとおこずかいもらってしまいました。奇数月は助かるぜ!
最初は「むすんでひらいててーおーうって」で始めた。しかし3歳児とおもっていたらなんと、1歳児だったので、乗りはいまいちでしたが、まめ吉さんのアドバイスがあり、打楽器お囃子(パーかっしょん)たくさんもってけどろぼー方式で盛り上げたらけっこう乗ってきた。
「自慢話」が花開く。
1つ、結婚32年、子供3人、30,27,24、1回も家に鍵かけてませーん!聞いてる20代~30代のおかーさん、アンビリーボーの顔つき。(笑い)
2つ、子供2人は生まれた時のカプセル入ってませーん!暑さ寒さもなんのその、汗かいたりかじかんだり(鳥肌たてて)下界の温度に体温調整する能力は、生まれて2週間で90%完成してしまう。だから病院べーびーは風邪ひきやすい。わがやの子らは、長男、長女は、生まれてからいちども内科系の医者に行っていない。風邪薬、胃の薬、そのた内科系の薬、我が家には無い。漢方薬とも縁がない。
3つ、クーラーありますが、リモコン紛失、つけてない!でも夕方は涼しい風が窓から入ってくる。庭の自然たち(木々、寄生つた、野草など)のおかげ。向こう三軒両隣りも、庭は土に戻していて、クーラー入れてない!だから猛暑でも夕方水打ちすればさらに涼しいのです。当たり前だ野クラッカー(爆笑:ふじたまこと、必殺必誅仕事人)
そこで素面に戻ったら、なんとなんとまだ1ッ曲も吹いてないジャン。いそぎチチカカ、コンドル、サリリで決めて、コンサート終了いたしました。
ワーカーズさん、呼んでくれてありがとう!12日のさんきゅう夏祭りでは、成田誠さん&稲川ひろきさんの、ねつれつらいぶお願いしています。
みんなでもりあがりんつ。
【注1】最初のバンドのときは、テナーサックス志望だったのですが、まだ吹けなかったんでそのバンドで足りないパート(ウッドベース)をやらせてもらい、音は出さないという約束でした。ドラムやギターなどリズムセクションの音聴きながら引いてる素振りだけね。これで月給1万⑤千円だったかな。とても食えないんで、昼間は肉体労働でした。

by issei_tachikawa | 2018-08-03 18:11 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)

幸路さんからAさんへ

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「Aさん、自分の人生とお子さんの将来とを犠牲を避けて善い方に進めて行くのは多難な事・・だけど1家族として助け合い、なんとか幸せを手繰り寄せて行って欲しいです・・♪
「厳しい道への覚悟」・・痛々しくも強い母親のパワーが感じられて応援したくなります!
相談したい時は遠慮なくと機会があればお伝えしたいと思っています。
 ! Animo AOKI Familia ! (がんばれ Aさん一家)」
ワイナマユの幸路さんは、素敵な陶芸家でもあります。ぼくは、彼に作ってもらったコーヒーカップをまめ吉さんに置かせていただき、彼の事を思い出しながら朝のコーヒーをいただきます。今日もそうだった。
ともだっちっていいなー。Aさん、また会えるね。

by issei_tachikawa | 2018-06-02 22:02 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)
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ワイナマユのベニートからのお導きで、南米最高峰アコンカグア6962m登頂報告会に呼ばれた。会場は、なんと、新橋第1ホテル、報告者は本間NAOMI(奈生美)さん。若い女性一人でのぼっちまったんだと!
聴きにきてくれたのは山男・山女約150名、20代から80代までいろんな人がおる。
報告内容についての詳細は省きますが、おれにはついていけない「感動」ばかりだね。おれは弱虫なので、まんず外国まで行って山登ろうと考えることじたいに驚き尊敬の念を感じる。
そんで、山自体のリスクですが、なんと零下20度だと!ダウン4枚も着て、靴は2重靴、顔もマスクしてないと息ができないらしい。そうだろーなー、6900mっていえば、空気が薄くて、もうほとんどエベレスト、ついこないだも誰か亡くなったよなー。
さらにやばいのはトイレだ。便器担いでいくんだと。いやはやだ。そとにすると、環境破壊するので「きじうち」(ヅカ語)は禁じられている。
こういう厳しい環境を承知しながら、そこにいきたくなる本間さんの感性と聞きに来る仲間のおもいやりつーか好奇心にこころの奥底からかんぱーい!
ということで、4曲演奏しました。出来は?とてもすてきでした。
新しいケーナと、ついに出会えたからということがとてもうれしい要因です。これを導いてくださったのは、製作者のPINOさん、そしてぼくにゆずってくださったヌラさんです。とくにヌラさんにはたいへん無理なお願いを聞いていただいて、どんなに感謝しても限りがありません。
写真の左がそのケーナです。右が、元祖ルーチョ・カブールケーナ、真ん中はやはりPINOさんのケーナ、この話はじめるととまらなくなるので過去データで読んでください。「バンド・演劇・大道芸活動」で分類してあります。簡単に検索できると思います。
改めてぬらりひょん・ガールさんにグラーシャスアラビーダ
昨日の会で出会った青木さんという和服の女性の「はじけ方」も面白かった。とりあえず面白いと表現してしまいましたが、帰りしなに新橋駅に向かう途中、ベニート&アオキの会話を聞いていましたら、感じるところ大でありました。
2人とも、いろいろあって、ここまできたんだね。個人情報なので開示できませんが、やっぱりフォルクローレを通じて出会う人は「面白い」ね。アンデスの歴史、インカの悲哀、テイワナク・タイピカラ・ケチュア・アイマラ、い・ヌエストロディオーサス、ぱちゃまあだな。
人には2つあり、泣いてる人と笑顔の人と、損する人と得する人、元気人と非元気人、いじめてる人といじめられて泣いてる人、おれっていつまでも根無し草のすえぼんなんですが、やっぱり状況のなかでいじめられてる人のがわにたってしまうんだよなー、それでいていじめてる人にも救いがほしくなる、今日も開経偈か
★★★ワイナマユ恒例のwith游コンサートは、12月15日(土)6時から8時まで、忘年会もあります。予約受付開始しました。限定35名ね。申し込みはお早めに。すでに5名から予約がはいりました。

by issei_tachikawa | 2018-05-27 09:38 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)

ジェンベ教室速報!

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近所のカフェホール「ステッチ」で、毎月第2、第4火曜日の6:30から8:30まで、西アフリカの太鼓(ジェンベ)で盛り上がります。
何年目かなー?時間が消えるので忘れるよ。認知?いやいや、もりあがりすぎのおかげやろ。
講師は、宇宙ロックバンドの佐野篤さんと津田悠佑さん、ネイテイブから教わったアフリカンリズムが彼ら自身のリズムにシンクロして伝わってくる。
レッスン料は2時間位で、2500円、太鼓借りる人はプラス500円、あと場所代が約200円です。まあ、いちど見学に来てください。
アクセスは、西武拝島線玉川上水駅南口から徒歩7分でーす。イッセーの自宅からチャリですぐのところ。
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by issei_tachikawa | 2017-12-26 22:38 | バンド・演劇・大道芸活動 | Comments(0)