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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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ぱっと見,なんで?と感じる体験でも、根底で何かの赤い糸が見えることがある。真夏に思い出すことが多い。今日もそうだ。
ジンセーってタタカイだなーとしみじみ思う。これが面白いのです。小学校3年時に何と家庭教師だって!センセーはもうなくなられたんだろーなー、相方の野口君(早稲田はいったんやろ?)は見るからに優等セーだった。おやじが、カキョー付けた理由は本人からは聞いてないが、たぶん、6大学のどこかに俺をいれたかったんではないか。
ジンセー最初の戦いが始まる。相手はおやじとエリート志向の社会。
見事に脱落し、不良仲間に連帯絆をみいだした。小学校4年から中学校3年までに、世の中の「やばいこと」(犯罪⇒おなわになる)かなりやった。かつあげ、まんびき、けんか、エロ映画鑑賞、授業蜂起、集団ですでごろなどなど。
中学校1年で最初の救世主現る。長野龍哲先生と横溝正人先生、よこみぞさんからは、英語への興味(学習と表現動機)を教わった。長野さんには、野球部入部をつよくすめられた。この習慣(野球が生活の一部化する)が今でも続いている。
これで不良が治ったわけではない。試合に出向いた先で相手の番長つかまえてごろまいてくるくらいだから、野球と不良は両立していた。(とおもう)
高校になると様相が変わる。まるで軍隊なのだ。3年は神様、1年はニンソク、牛馬のごとくこきつかわれる。たまに下級生でレギュラーになったりして、にらまれて潰された人もいた。K島くん、バットで腹なぐられて、内出血し、転向余儀なくされたり。
下級生の不満が次第に鬱積していき、ついにストライキ決行!この戦いは、見事に勝利した。監督命令で主将が謝罪したのだ。
この体験、学生運動⇒社会運動にいきているように思う。戦いの原点、ひとそれぞれなのでしょうが、僕の場合はおやじ・学校・企業経営者(政府権力・警察機動隊・自衛隊については若干位相が異なっているが)を相手にして、弱気側に立って、いばってるやつらをなんとかするということらしい。
でも、弱みがある。家庭環境の違いだろうか?在日の人たち、いままでなんんかつきあってきたけれど、やたらつよい。家庭内でいじめられて育ってきた人、壮絶な孤立のなかで一人で自分を支えてきた経験が、そのひとの永遠の今(だからたたかい)をささえているようだ。
そこで、音楽、ミュージシャンたちと出会う。最初はズージャ(ニュージャズ、コルトレーン、山下洋輔トリオ)、今ではフォルクローレとアフリカの太鼓(ジェンベ)どちらも一切の権威や権力を認めない、究極の水平的な秩序、平たく言えば絶対自由を求めるエネルギーで満ちている。今日と明日は「きゃんたま」だな。あぱちゃんともながい付き合いになりそうだ。ビバ、アイヌモシリ、大地のカミ「ぱちゃまま」

by issei_tachikawa | 2018-08-26 11:20 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)
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30年くらいのつきあいになるかなー、彼はもちろん日本人だがケーナ吹いてる表情は、十分すぎるくらいにアイマラ族だ。
ぼくらはロス・サバドス(毎週土曜日に練習ね)のメンバー。2人とも笛にこだわってるので何かとぶつかることも。
ミュージシャン同士は結構シビアなものなのです。同じアンデス音楽やっていても10人10色、好みはみんな違うのがフツー。なのにお互いよく我慢してやってきたと思う。感無量だわ。
ある日彼が突然、「僕今日でやめます。」ていいだした。おどろいたぜ。体張って止めたが止まらなくて本当にやめてしまって数か月、カルカスの公演がRISURUホールであり、ちょうど彼と会ったので、「何してるの?」ってきいたら、なにもやってないっていう。「だったら遊びにおいでよ。」とさそったら、意外にすんなり復帰してくれた。のは幸いだったが、どうもイッセーとは一緒にやりたくないらしい。
ちょうど、もう一人の女性が他のグループをやめて来ていて、この人は「丸尾さんだったらやりたい。」とおっしゃるギター弾きだったのでいままで、4人のグループなのに、6時から7時までと、8時までのグループに分かれて、2.2でで練習している。
まるちゃんのレパートリーは、たぶん100曲以上、1970年代のラジオとLPでおぼえたそうだから、そのイメージの固さは強烈なものがある。
自分のイメージが絶対優先なのだろう。おれがあわせられればよいのですがとても無理。それでもいつかは4人で楽しめる日が来るであろうと夢に見ています。
まるちゃん、全生園のライブの時、進吾が4年くらいかなー。ステージで遊びばれまくってた。まるちゃんは、しんごをだきかかえて、「おとなしくしてないとだめだよ!」って言い聞かせていた。
その子も今は27歳、ののかには会ってないかも。「まごができたよ。」て言ったらとても驚いていた。彼は母さんの介護で毎日大変なのです。きばんなはれや!

by issei_tachikawa | 2018-08-25 22:00 | 気になる友達シリーズ | Comments(0)
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「秋深し隣は何をした人ぞ」、これは軍部からの弾圧でぱくられたわが大センセー(宇野弘蔵氏)の作品、少し涼しくなったので、今日の麻雀クラブは大勢きてくれるとうれしいにゃー。今日は龍也殿から「出勤命令」がでているので、いやいや喜んで参加します。どっちなんや?「どうせやるならきもちよく」ですぜ。そよ風が吹いてくるとようやくケーナが恋しくなる。イッセー体操もやりたくなる。朝の砂川公園がきもちE。この季節はやはり公園だな。般若心経などもあぐらくんでとなえています。死ぬまでに9万回唱えるんだよ、と先人からのメッセージが。今日は蝉がないとらんなー、2.3日前には「クマゼミ」もないとったけどなー。10時ンなったらまめ吉にいこう。そのまえに、ジュース造りは俺の仕事。1つ、ニンジン4本2つ、レモン1個3つ3つ、リンゴ2個4つ、生姜少し素材は先週のパルは出し忘れたんで、あひるでかってきた。ニンジンの酵素を信頼して、アスコルギナーゼのビタミンC破壊力をレモンで中和し、コップ1ッぱい一挙に飲んじゃいます。これは、星野義彦氏から学んだ知恵、効果のほどは彼の実績とおれの実績と何十万人もの方の実績がありますが、誰にでもというわけにはいかないかも。世に出回っているほとんどの健康法は「結果解釈」(提案者の自己体験)に基づく提案としてみる方が良いでしょう。事実⇒原因(比較研究)⇒対策という視点が必要です。ガンで苦しんでいるみなさまが、1人でも救われますように、祈りを込めながら。★写真の男性は、米軍基地拡張反対同盟員のなかでたった一人の小作さん、加藤さん、ジョーダンが好きな方でした。彼のお誕生日会をステッチでやっていましたが、本当に残念でしたがなくなりました。でも生まれて初めてのハーモニカを皆の前で吹いてくれました。てれやさんだったんだね。思いでに浸りながらまえにすすみ、またたちどまっては思い出す。生きていること、身体がふつーにうごくこと、どこもいたくないこと、ありがたいことですね。

by issei_tachikawa | 2018-08-25 08:37 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)

ぼけ丸とイッセー

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ぼけ丸の70歳記念コンサート、待ちに待ったわりには、あっという間の7時間だった。彼と出会ったのは、総評会館だったと思う。
懐かしいと感じる人も多いでしょう。約30年前、当時彼は今のあきる野市にいて西多摩生協の職員だった。俺は立川生協の、だった。
総評会館で彼が歌ったんだよね。何かの懇親会だろうな。しかし、印象深いのはそのあとの彼の脱サラ人生、俺もなんども考えたが、気が弱い優柔不断のおれにはまねのできない決断、セーキョーやめて、国立(谷保)に「かけこみ亭」を開いた。
彼と何回あったのかなー?店に行ったのは、5回くらい、あとは、おれたちの結婚披露宴(1986年6月タマジョーの「ラルゴ」今は「サンエトワール」)で喜怒哀楽うたってくれた。ただ働き、ごめんね。
その他、砂川の秋まつりや「反基地マラソン」などで一緒したこともあるが、それほどマブダチ(心底はらわって旨酒かわしジンセー語り合った仲)でもない。
なのに彼のコンサートには、かなりまえからいくぜ!って決めていた。迷いがない選択、ということは比較という西欧的(いい加減な表現ですんませんが、ほかにいいよーがねー)知性の思考をデリートして決めていた。
その理由について考えてみました。
1つ大きいのは、彼の生き方への尊敬の念、とかなわねーなーという憧憬(うらやましい)だと思うのです。
学生運動(べとせん阻止ノタタカイ)に青春のエネルギーの相当部分を割いてしまったという点では似て居るのですが、1968年3月10日で「新左翼」的な運動と組織の作り方に失望し、パシリに過ぎなかった自己の限界を感じて、約10年間の「ひきこもり」を経験したのに比べて、どうも彼はずーっと、ずーっといままで「仲間」とつながって生きてきている、んじゃないのかなー。メイビー・ファクト⇒真実
そのさいの手法というかツールというか、身体のいちぶかしてしまっているギターや太鼓の力を感じるのです。
おれもアンデス音楽とアフリカの太鼓(じぇんべ)やってますが、かれらのようなフリースタイルで楽しむステージは未経験なのです。やってみたいが、なかなかハードルが高い。
ここんとこ突破できるのか?検討させてね。ヒントは、トロンの『丸出しのエクスタシー』出版記念のセッションだな。あれは20数年前、水道橋のYMCA会館だったな。デリジュドー吹きまくるトロン、周りはたくさんのジェンベがおはやしおはやし、おれは勝手にケーナ吹きまくった。チョー気持ち良いよい。
しらふだったな。でも、ぼけ丸コンサートはよっぱらいのミュージシャンが数人、もうへろへろなのに、うたわすれそうなのに、ステージ上がってセッションするんだよね。おれもやりたかったが次ね。(笑い)
念のためつけ加えますが、応援にかけつけてくれたミュージシャンの演奏で良かったのは、「ストーカーと呼ばないで」というどう見てもストーカー女性,太田すせり、木曽の山奥から出てきた感じの絵本屋のおやじさんの歌、たくろーを師匠とするシンガーの脱USソング、国分寺エクぺの2人、バラライカの人(名前覚えられません御免)=力づくバンド、などなど。よっぱらいばっかりではないんだよ、な。しらふもおる、ひとそれぞれ。
ぼけちゃん、まとまらなくなっちまったよ。みなさん、よんでくれてありがとう。来年もやろうぜ。死ぬまでライブなんだよおれたちは、な。

by issei_tachikawa | 2018-08-22 11:28 | 尊敬する日本人(そんにち)シリーズ | Comments(0)
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ギターをご近所の友人に1台あげて、1台は貸しました。人の笑顔、いいなー。
そしたらチャランゴのチューニングしたくなって、電池を買いに。でもまだそのまま(笑い)
剛司に電話して、畑仕事の打ち合わせ。依頼先農家も納得。来週29日(水)午前中にやりきることにした。
そこでフードバンク立川会議とだぶってることを見つけて、信雄さんにてテレ、担当お願いしました。Nくんのことも報告、とりあえずいいかな。
10時から試合終了までは、甲子園に張り付け。拍手喝采かんせー!ご近所迷惑限りなし、でも気にしない。
おかあがくれた「かんとく」(日ハムの)経由のコヒーを入れてブラックで飲む。酸味がおいしい。モカブレンドかな。
バケツ稲に水もあげた。ついに、稲穂が!3つほど見つかりました。
繁樹君、桑の葉いつかりにきてくれはるんやろかと、なぜか関西風。
朝飯は、巨峰(種有り)5つ、トースト1枚(天然酵母、パルの)ミルクテイ
昼飯はカレー
夕食はラーメン(今日は「餃子にしよう」2つ入り)具の定番は、キャベツ、わかめ、冷凍コーン、きむち。
野球見てたらムショウニ酒が飲みたくなったので「真澄」の冷やを1っぱい。じつにきままでゆったりした休日でした。
おっと、イッセー体操と日々の御唱念および「開経偈」はまいにちやってるよ。ねこのブラッシングと猫砂の掃除も俺の担当。

by issei_tachikawa | 2018-08-20 19:31 | エッセイNOW | Comments(0)
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東京都立立川国際中等教育学校 教科「人間と社会」

協力団体からのアンケート回答 20180811~17

特定非営利活動法人 さんきゅうハウス理事長:吉村一正

活動に参加した生徒さんについて

全体的な生徒さんの様子

初日からリラックスして、カフェの調理場での手伝い、フロアでの掃除・配膳・接客対応などもよかった。ホームレス体験談聞いた後にも11つずつ質問できました。

2日目のフードバンクでは、無料食堂、無料スーパーなどの仕組み説明聴く彼らの目は輝いていました。

問題やトラブル、気になった点

トラブル等ございませんでしたが、もしもの場合の「ボランテイア保険」などには入られているのでしょうか?(これは前回の回答にも書きました。)

体験活動について

この体験活動を受け入れて

・良かった点

夏祭り食材買い出し、なす・ピーマン・キャベツなどのカット&袋詰め、

カフェの運営、フードバンクでの仕分け・配布活動で3名の方の参加は貴重でした。

路上生活者からの生の声が生徒さんに直接届いた事も前回と同じく深い意義あり。

「昨日家で何を話しましたか」の質問への答えが面白かったです。ピーマンのプレゼント、喜んでいただけたようでこちらもうれしい。高校1年生と話ができる、我々としてはこれだけでも幸せです。

あと、カフェ及び食堂での売り上げ貢献に感謝しています。

・改善が必要な点

参加者の皆様は、事前に「さんきゅうハウス」HPくらいはご覧になってこられると

コミニケーションが更に円滑になると思います。

名札を付けていただけると助かります。

(受け入れ側の改善点)

生徒さんの呼び方は、名前で、呼び捨てが逆に仲良くなってコミニケーションを促進すると思います。地域(さんきゅうハウスというNPO)と学校・起業、比較研究のベース。個別授業はAT=対抗文化の伝承実践も可?

来年度の受け入れについて

ご希望があれば、喜んで受け入れさせていただきます。

その他要望など

担任のセンセーが夏祭りに参加してくださったことは一同嬉しい体験でした。地域に開かれた社会教育の実践、どうか長続きしますように。継続こそ力なりですから。参加された生徒さんには、8月の予定表を差し上げました。再見


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by issei_tachikawa | 2018-08-19 02:31 | さんきゅう寺子屋(BAKA大改め) | Comments(0)
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高松町へのパン引き取りは4名で行き、【仕訳】は課外授業の高校生3名とイッセーで、河原5名分、OB等8人分に袋詰めしました。1袋当たりの個数は8位、食パンが6斤あり、それぞればらして3切れずついれました。

残堀橋付近の「まさる」は、フードバンク活動を始めています。毎週木曜日、総合福祉センターへのピーマン引き取り、毎週金・土の地域パンの引取りなど。自然農家との連携事業にも巻き込もうと思っています。

【配布者】は、東京都立立川国際中等教育学校(旧称:都立北多摩高校)1年の生徒さん3名とイッセー4名でした。

日野橋下、川岸のN波さんは相変わらず川岸のコンクリートの上に寝ていますが、体力の限界に近付いているように感じます。爪が異様に伸びて居たり、足の垢(あか)に路上生活の年輪があらわれて、すぐに就労は無理っぽい。先日の河原回りチーム情報によれば、東京サポートから出てきたとのこと。さてどうするか?

この間調子が悪そうだった、M間さん、調子は回復しているらしいですが、今日も睡眠中。

N平さんとは、もう6年以上のお付き合い、今日もマンガ読んでいて、元気でした。

高校生から質問が、「ここ(日野橋の下)で暮らしていてつらいことは何ですか?」への答えは、「台風と蚊」でした。笑えませんね。泣けてくる。

Aさん(80歳は越えてる)は、今日も外出中、元気なのは何よりです。顔見るとGの催促されますがめったにあげません。こっちのふところがもちませんから。

【パン以外の配布物】は、SH(セカンドハーベストさんから)の麦茶2パック、アルファ米(わかめ)、ポットに熱湯入れて現場に持参し、その場で注入して置いてきました。

全員がマイハシ・マイスプーンもっています。

★資源ごみがたまっている様子ですが、こちらで何とかする方が良いかも。

★マサルとは行き違いになったので、後でテントに届けてから帰宅しました。



by issei_tachikawa | 2018-08-17 21:08 | 三多摩フードバンク&フードバンク立川 | Comments(0)
みなさん
8月20日(月)カフェは、夏休みとします。
日頃のご利用に改めて感謝申し上げますとともに
これからもよろしくお願い申し上げます。
この情報拡散していただけると助かります。
イッセー(さぼてん)

by issei_tachikawa | 2018-08-17 09:17 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
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イッセーが入協したのは1986年3月、営業(拡大と言えと言われていた・・笑い)やりだしたのは6月から。しばらくの間新規加入者には「3人以上でないとは入れません」(共同購入ルール)を押し付けていましたが、2つの事が気になり始めました。
1つは、キョードー行ってるが、実質名前だけ3名でいつも取ってるのは1人みたいなひとが増えていた。あと、仕事に出る女性が増えてきて、共同購入=愛と協働の実践といってすませてはいられないのではないかと考えた。
2つは、なぜ1人ではいけないのか?の事業上の答えの重点は、採算でした。ならば1人=1世帯でもたくさん(月4万、5万)とってくだされば、十分採算取れるはずだという確信が生まれたのです.そこで、コース再編を考えました。1コースを、1人、2人、3人以上の班が、バランスよくおさまるように再編するのです。奥田さんが名案を出してくれました。用意したツールは、模造紙、ゼンリン地図のコピー、ピン(赤、黄、緑)、タコ糸です。ゼンリン地図の上から班の所在場所にピンを刺していく。1コースに赤黄が偏在しないように注意しました。目で見ての判断ですから、パソコン操作のようにはいきませんが、なんとか採算あわせながら1人でも生協できるようにしたのです。
ですから、受注は卵1パック、豆腐1丁、牛乳(こんせん72の前75のときかな)1ッ本で受けました。当時のセーキョーは、卵5kg又は10kg、豆腐6丁、牛乳12本(1ダース)で受けていました。豚の1頭がいなんてのもあった。すさまじい共同購入の理念推進。おつかれさまでした。先輩たちのご苦労は笑えません。
発注は、そのままやりますから、センターのは共同購入の仕組みで届きます。これを個人用に仕訳しました。小規模でしたから、みんな自分でやりました。昭島の市場迄卵パック買いに行く途中、疲れてたのか不注意もあって生まれて2度目の交通事故、赤信号無視してバイクをはねました。
配達時は、特別のお届け票をつけて、各車両の担当者に頼みました。毎日毎日これをやりきる。良いことしたなーと満足しています。
請求時は、追加入力です。1人の方は、本当によく動いてくださいました。個人情報なのでお名前は明かせませんが、今でもパルシステムの経営に熱心にかかわっておられる方の中には、昔「独り班」という蔑称に耐えながら、まじめにせーきょうやってくださったかたが何人かおられます。
因みに、これは立川生協で理事をやっていた時の1987年のたいけんですが、千葉でも同様の体験された方とつい最近お話しできました。知る人ぞ知るかたです。あえてだれなのかはいいません。本人了解とってないので。そのさいに嬉しかったことがひとつ、生協トップだけではなく、1人の職員が彼女に協力してくれて、その職員とは連合会で友達になれて、年賀状かわす仲に。いやーうれしいなー。
新しいことやる場合に、抵抗はつきものですが、新事業の未来に確信をもてるかどうか。確信持てなくても、なんかこう、むかついてやったろかーおもえるかどうかがぼくとしては人生の重要ポイントです。「1人でも入れる方が広がるよね。ひろげないとつぶれるかもしれない。ここまできたらツービック、ツーフェイルだ。」
★蛇足ですが、東村山センターで、丹治さん、長谷川さん、滝さんだったかな、かれらが担ってきた仕事の組み立て方は、委託配送という仕組みつくりをのぞけば、立川の桜が丘で始めた仕組みづくりににているのではないか。
あと、千葉の松戸センターで実験供給しはじめた「あわせ配送」の仕組みも、1987年の立川方式に本質通じていたようなきがします。

by issei_tachikawa | 2018-08-14 10:13 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)
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2010年暮れ大沢さん(当時立川市議)から、さんきゅうハウスに誘われてあっという間に8年の間、「違和感」とのたたかいだった。「孤立無援」といえば「ええかっこしーやね」というちゃちゃも飛びそうだが、マジに孤立感が強かった。
なんども引きこもりそうになった。(実はパルシステム連合会でも似たようなストレスはいやっていうほど味わってきて、何回もやめることを決意した。)
その理由の1つが、個人情報保護、または肖像権保護の方法についてである。
2011年「さんきゅうだより」創刊号を見ていただきたい。掲載されている写真、食堂とかお花見とかの写真、参加者の顔が「黒帯」になってるんです。
犯罪者ではない、悪いことしてるんでもない、ダダ世間の差別と偏見が強く、面が割れるといじめられたり襲撃されたり、最悪命を奪われたこともあった。だから、メデイアを製作する側は、「載せてもよろしいですか?」と確認して、許可をいただいた場合のみ掲載するべきであることは当然なのである。
がしかし、ある人に聞いてみたら、「顔隠すのは当然なのです。身を守るために。」という答えでした。その瞬間から、「情報公開の方法」を問う長い旅が始まりました。
有る年の暮れ、利用者全員(25名)アンケートを個別面談方式で実施しました。10の質問の内2つが重要でした。
1つは、メデイアに自分の顔写真やキャリアが載ることに同意できますか?
2つは、今の自分を不幸だと思いますか?
1つ目の答えに勇気づけられました。
25名中の10名の答えは掲載に肯定的で、その中でも7名は「悪いことしたんじゃないんですから、正体隠す理由なんてありませんよ。さんきゅうハウスの宣伝になるんでしたらどんどん使ってください。」と答えられました。
これで安心して『のんびる』の記事掲載が始まりました。
毎年12月に、総合福祉センターでヒューマンライブラリィ(人間図書館)をやっています。今年で5人目ですが、さんきゅうハウスからも、「図書」になってくださる方が徐々に増えています。これも活動の成果の1つだと確信しています。
反貧困、個人情報保護、これを推進していくにあったり大切なことは、「優しいまち立川」てなんなのかなーという運動目的だと思います。隠すことは1つのやりかたであり、むしろオープンMINDとクローズドまいんどを、個人自由に選べる社会が暮らしやすいのかなーと思っています。
資本主義=トランプいいなり政権の統治のやりかたは、1人1人をばらばらにして、一緒させないこと。個人情報保護法、特定機密保護法、テロ等防止法も本質はおなじです。民主の側の対抗文化は、「つながる・動く・変えていく」だと思います。
あと、質問2つめへの答えですが、回答者のほとんど全員が「ホームレス体験していま生活保護利用してること」を不幸だと感じていないことでした。
不幸と不運、彼らは運が悪かったのかもしれないが、どん底地獄を体験したこと自体は不幸ではなくて、「さんきゅうハウスと出会えてむしろよかった」と感じてくれているのではないかと思いたい。(夏祭り余韻でした)

by issei_tachikawa | 2018-08-13 09:25 | イッセー心理学、行動哲学、唯身論 | Comments(0)