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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

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早朝急に納豆が食いたくなり、温かい飯にぶっかけてたべたら、いやー極楽境地。朝食べた納豆菌は、夜になっても息から外に出てくるらしい。
これに目をつけたある企業の品質管理部は、O157大流行の年にある実験をした。毎日1回納豆を食べた人、食べない人で、O157が入ったときにどうなるか?
実験結果は予想通りで、納豆食べている人はO157菌を摂取しても、発熱とかの異常現象は起きなかくて、逆も真なりであった。
そこで問題です。玄米と納豆は相性が良いか悪いか?
ぼくは納豆にはやはり白米、それも炊き立てが似合うかなと思っていた。逆に、酵素玄米だと折角の酵素が、強烈な納豆菌酵素にやられてしまうのではないかと。
この問については結論が出ていないのですが、今日、国立のあひるの家で、質問してみたら、美しい声の女性店主がこういわはった。
「べつべつにたべたらいいんじゃないの?」と。
この会話を隣で聞いていた主人さんが、おっしゃった。
「かっこむからねー、やっぱはくまいじゃーないと。」って。
この会話を思い出しながら、夕食は納豆でした。大粒と小粒両方買ってきた。そうそう、昨日の「しあわせくらぶ」で、勝家くんが、「関西の人は納豆嫌いで・・」といっていたので、一般論(カテゴライズした意見)の問題性について、指摘させていただきました。
やれ、日本は・・とか日本文化の西東とか、外国に関しても「洋行自慢」型の各国論を展開する人がいますが、ちょっとおまちをですね。
納豆菌と長岡式酵素玄米酵素の相性については、実験中で、結論に至っておりません。理屈はさておいて、ぼくは納豆には白米が似合うと感じています。あと、御寿司もね。玄米寿司、アンビリーバブル?

by issei_tachikawa | 2018-11-26 19:47 | 気・血・道、医・食・農 | Comments(0)
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http://space.geocities.jp/tama_stitch/access.html
ステッチ・マルシェ、要は「手作り品の青空市場」のこと。詳細に関しては、上記のブログを見てね。
32回も続いたんだと感無量です。言い出したのは、誰?オウナーは、青木栄司さん、この近所では知る人ぞ知る。彼の祖父は、青木市五郎さん、伊達判決を生み出し、砂川にあった米軍基地(今は横田に移転)拡張計画を実力阻止した反対同盟の行動隊長です。副行動隊長が宮岡さんで、立川生協の砂川8丁目時代(柴崎センターの次?)の恩人です。砂川闘争についても写真集が2冊、『米軍基地を返還させた砂川闘争』(ヤマス文房)と『ベトナム反戦闘争と砂川闘争』(?)出ています。これについても今回は触れません。超党派で反対運動が盛り上がりました。
今帰ってきて、これから打ち上げです。毎回必ずと言ってよい位打ち上げします。3つのお店を順番に使います。(これはオウナーのアイデア?)
今回は、タマジョー南口下車のクッチーナ、6月市議選、ようすけといっしょに、選挙前にこべつやったなー。あと、さんきゅうカフェにも「まさるさん」といっしょにきてくれたっけね。もとは、セブンスポット、立川生協時代の職員遊び場です。懐かしい人もおるやろ。
マルシェってフランス語、なんとなくエレガントな感じ、でしょー。そうなんです、フリマーとは違うのです。「ビンボー人ついて行けへんわ。」なんていわんといてや。これは場の趣旨なんですから。個性をださないと、継続力は生まれない、個性的な市場ならお客はついてくる、と主催者は考えているのです。
さんきゅうハウスは、毎回、まめ吉コーヒーを販売しています。まめ吉さんは、FB(フェイスブック)もなさっていますから、友達申請するときは、イッセーから聞いたといえば、絶対拒絶されますので、言わないこと。ははは!もちろん冗談や。
今日は62杯も売れました。運営資金の補填になり、参加スタッフ2名の就労支援準備にもなり、たくさんの友達や恩人との交流にもなり、ありがたい限りです。
いつまで続けるのか?たぶんオウナーしだいでしょうか?いずれにしても毎回毎回よんでいただき、心の奥底から感謝申し上げます。
それと、ステッチはコミカフェとギャラリーも兼営していて、さんきゅうハウスのスタッフや市民活動の仲間も働いています。その信頼があればこそのお呼びだと思います。そして、搬入と搬出、販売活動には、さんきゅうハウス理事やスタッフの皆様がボランテイアで働いてくださいます。みなさまの愛と協働有らばこその継続事業なのです。改めて心の奥底から御礼申し上げます。


by issei_tachikawa | 2018-11-24 18:00 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
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2時から3時まで「身体発見動場・体話カフェ」、講師の趣味でこう名付けていますが、漢字転換できねー。新しいワードにしてから、やりかたわかんねーので、1回1回苦労する。まあしょうがねーかおもって、カラダといれて転換、ウゴクと入れて転換、講師は「道場と対話とは違います」とおしゃるので、おっしゃる通りにしています。
1時間はあっという間に過ぎます。OBが2人参加してくれるのはうれしいね。どひまでしょうし、食ってばっかしでは身体壊すし、何とか依存症ではシャレンならないしね。参加費は1000円+バダイの頭割り、今日の参加者は5名でしたから、1名当たり200円の場所代負担になりました。
びよさんのペルー公演土産話に花が咲きました。リマ、クスコ、アヤクーチョ、いったことないけれど懐かしい。彼女の話聞きながら、インカのタタカイにおもいをはせていました。4万人以上のインカ軍が、たかだか150くらいのピサロ騎馬隊(白馬)にやぶれる。なんかにてるんですよね。でっちあげ「菊の御門」にあたふたとなって敗れ去った鳥羽伏見の幕府軍に。
新入居者の門馬さんの似顔絵かきで苦労してます。肖像権主張されてるので、さんきゅうだよりに写真載せらんないので、手書きで行くといったのはよかったのですが、なかなかうまくいきません。桑島さんいてくれたらなー。
けんちゃんは、対話カフェに参加してくれて、失くしたマフラー(イッセーお気に入りのグレー)発見してくれました。このひと不思議な超能力もってるんだよな。
健ちゃんは愛されキャラだね。「ほんとはサー、自分で隠しといて、あとでみつけたてがらばなしじゃねーのかー。」なんていっても怒らない。ジョーク通じるってのはきがやすまるね。まじばっかしじゃーつまんねえーし。

by issei_tachikawa | 2018-11-20 19:31 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)

つぶやき

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・退陣の鐘がなる、ゴーン・・・
・カリフォーニャの山火事は、世界侵略のたたりかはたまた「現代十字軍」の末路か
・憲法知らない、憲法守らない、政宗(セイシュウ)一致=日本会議内閣に改憲提案する資格なし。安藤巌、椛島有造、表に出てこい!
・えっつ!パソコン打ったことない、たぶんマウスとかクリックゆってもにゃんにゃんにゃにゃんの大臣が情報セキュリテーだって!こりゃーきわめつきですわ。
・なんどもなんどもなんどでも、でるわでるわの経理ミス(埼玉出身か、県の恥だな、これでも内閣とは?)無い核ということか。信念無し、頭んなかは金ばかり
・さんきゅうの「長老」が逝った。89才、そして残された「長老」は、83才、健康診断など受けた記憶がないという。歯が1ッ本も残っていない。おいおい「おいはめこしひ」ではなかったのか!
・いってこい労働(裁量労働制)実態調査結果もうそはっぴゃく
・外国人労働者の方が消えた理由は「より良い賃金求めて」だと。安倍内閣は、日本語の小学校1年からやらせなおしだな。
・9億円札をあっというまに1億円にしてしまえる手品師の集団、これまた麻生集団、入団要件は、平気で嘘つけること、しらをきりつづけること、死人に口なし、つめてーもんだぜ。
・消費税2%上げて、2兆円増収したとおもったら、バラマキで同額失う?わかりずらいというより、経済政策と言えないな。
・下院で大敗北なのに、勝った勝ったの自分ファースト、小池・トランプ・日米ではなくファーストどうしの連合だい。
来年の統一地方選挙、参議院議員選挙(衆参同時にシンを問うべし)、原発再稼働の是非を国民投票にかけよ!
・くそ熱い東京でオリンピック、マラソンだけではない。これでテロられたら地獄絵巻だぞ。オリンピック興味なし、いかないいかない、当然です。テレビもほかそうおもってます。だってみないんだもん。
・なのにNHKの「攻撃」が強まっています。皆さんご用心、おやすみなさい。
◎画像は、ワイナマユ年末ライブ会場になる「with游」の、きりたんぽ定食、いまがたべごろかな。



by issei_tachikawa | 2018-11-19 21:19 | エッセイNOW | Comments(0)

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なにしろみんな遊びに貪欲だった。団子になって遊んだしノリがよかった。

光太中学生、進吾と野花が小学生の頃、台所に特設リングを設けて殴りあった。グローブは座布団で代用。分かったこと:下は思い切って殴りかかるが、上はセーブしてなぐるので、誰も傷つかない。人に殴られると人を殴った場合にどれ程痛いのかがカラダでわかる。心配した事故や怪我は起こらなかった。

同じ頃、近所の公園を制覇していた。国立・水の公園、東大和・森の公園と郷土博物館(プラネタリウム)、その他柏町団地の運動場、砂川や野山北公園などで泥んこになって遊びまくらせた。雪が降ってきたら待ってましたとばかり、夜でも砂川公園でそりを走らせた。泥んこになって還ってきた子どもらを風呂場で洗うオカアは大変だったでしょう。

圧巻は、宅地造成で伐採され山のように積まれた空き地での泥合戦。誰かが石つぶてを投げることもあったが誰も怪我しなかった。

近所の金魚屋さんのことを「水族館」と呼んでよく遊びに行き、前のお店(ヤクルト)のおばさんからプレゼントをもらうのが楽しみだった。

東大和の駄菓子屋さんは結構受けていた。

柏町団地では、団塊世代のような缶けりもやった。

お芝居を3人で自作自演した。長新太さんの絵本が人気だった。

昭和記念講演の花火の日には、屋根に上ってナオベエばあちゃんの手料理をつまみにビールを飲んだ。子供がふざけて人を押すのでヒヤヒヤした。落ちたら怪我ですまなかったろう。これはリスクの高い遊びだった。中古を解体し家を新築中の足場を夜に上り下りして遊ぶこともあった。

家族で映画を見に行った。せんと千尋(ちひろ)、星になった少年(主人公が進吾そっくり)

絵本、童話(グリム、スプーンおばさんなど)の読み聞かせをしないと寝付かないので、毎晩のようにせっせと本を読んで聞かせた。『おふろやさん』では、アドリブの読み方も工夫して受けた。

『14匹のシリーズ』はみんな大好きだったな。こっちも楽しい貴重な時間を過ごせた。

2008年秋葉原での無差別殺人を見て 「そういう気分になることはある。」(進吾)という。でも、うちの子供たちは絶対にやらない(出来るはずが無い)と言い切れる。親からの暴力的仕打ちを受けていないし、将来を期待されて育っている。

3人とも友達に恵まれている。悩みを相談する相手もいる。

人を好きになり、でも失恋したり、裏切ったり裏切られたりは何度も繰り返しているが、その体験を通じて他者に優しくなれる。自分が傷ついて癒されると他者の痛みにも共感しうるのだ。

3匹との共生、植物自然とのコミュニケーションが彼らのやさしさを育んでいる。

テレビを個室で独占するような家庭文化を容認していたらこういう人間にはならなかったであろう。

ガス抜きもうまくやってきたし今のところ我が家の共育は成功しているといえよう。

しかし1家庭の幸せにあぐらを書いていていいのか?「誰かにやられてたまると、違う誰かにやりかえしてしまう。」のが人間、弱い者がさらに弱い者をたたいてしまう。世間ではやばい状況だ。せめて我が家が地域の駆け込み寺になってくれれば良いと思う。


by issei_tachikawa | 2018-11-17 21:35 | 家族、地域家族 | Comments(0)
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まさる大活躍、朝から「さんきゅう」に来て仕訳、スタッフの1人からガス台(なんとラーメン付き!)いただいてご機嫌でした。寒い日にラーメン、これで年越体制の基本ができる。「寝袋ありませんか?」と言われて探しています。イッセーブログ読者の方で、使わない寝袋、ゆずって下さる方いませんか?あと、ちいさな冷蔵庫も新入居に必要です。
その新入居者=「門馬君に会いたい」とまさるがいうので、3階の部屋まで呼びに行き、カフェでゴタイメーンっとなった。
門馬君は、最近、日野橋下生活から「さんきゅう」住人になったばかり、12月発行の「さんきゅうだより」で紹介しますが、「顔色よくなったねー。」とまさるがぽつり。「あんたもなんとかせねば」というのが俺らの言い分。まあ、ゆうっくりゆっくりね。だんだんとよくしていこう。(でも「自立」とか「社会復帰」なんていわないぜ)
星さん、健ちゃんも加わって「まめ吉」コーヒー飲みながらしばし談笑。
久しぶりに央線陸橋まで、4人で約3kmのすべてを回りました。「あさはら」さんには、まいどまいどしつこいといわれそうですが、生保申請のおすすめを継続しています。今日も断られました(笑い)
「死刑判決されたらよろしくお願いしますよ。」と本人。
「大丈夫ですよ、看取りますから」って冗談かわす。あったのが7年前ですから、それなりに気心しれてきて、ジョークも通じるようになってきました。いいね。
隣人のAさん(もう80近いんでしょ?いや越えてるかも)は、そば食ってました。よく歩いてるみたいで、良いことだね。寒くなるからなー、さんきゅうをうまく利用して生き延びましょうね。
天気の良い日は、チャリこぐ気分もサイコーだね。走ってるとキジやカラスや、いろんな鳥たちが「おりて」きます。叫びながらすすみます。
Hくん(住居不明の「現役」)いつものベンチにいなかったので、「Hくーん!」と3回大声で連呼しましたが、でてきませんでした。
お昼は、2人に、ウチナン店で、定食御馳走しました。たまにはこのくらいのラッキーがないとね、やってらんないよね。
SHJからの食品が3時過ぎに到着し、管理人とイッセーが立ち会いました。月2回次回は12月7日になるようです。生鮮品はすぐに必要なところに届けないといけないので毎回緊張します。幸い今回はバナナ(2本×6)と春菊4袋だったので、寮食などですぐにさばけました。
フードバンク立川の方は、総合福祉センターに食糧の備蓄が一定できつつあります。FD(フードドライブ)ははずみがついてきた。これからは配布の仕組みをどうするか楽しみなところであり
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ます。かならずできますよ、この確信が重要ですね。



by issei_tachikawa | 2018-11-16 18:48 | 三多摩フードバンク&フードバンク立川 | Comments(0)

出会いで充実のサンディ


第28回砂川秋祭りに向かう
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第28回砂川秋祭りに向かう途中、猫返し神社近くの信号で、山下洋輔さん(ピアニスト)と会う。なんとチャリこいでいる。背も少し曲がってる感じで、ややふけたかなー。お互いにというより俺が急いでたんで、声かけなかった。さいちぇん
砂川祭りでは、30年ぶりくらいで半田君に会う!なんと、俺が行かない間に出店者常連になっていた。鹿島からくるという。この人と話すと、50年分の時間がスリップする。1966年行動羽全学連大会から1968年B第7回大会、その後の「分裂」と・・・・について。おれはまだ真剣に考えている。
秋祭りは参加者も増えて大盛況、ラストは「さっちゃん」のソロで盛り上げたが、半田君がOさんとつなげてくれて、これまた20年ぶりくらいの話。NWで那覇に行ったんだと、そこに定住している元・・・がいるとのこと。いいなー。
祭り終わって帰り道、行に山下さんと会った信号で、イッセー通信読者と出会う。「山本さんよかったねー。」といわれたので、ありがとうございましたとお礼をいう。「まだ27なんで、5期やれよ。そんでもまだ57才、楽しみで死ねねーよ。」という話。
そして我が家についたら、近所の◎さんが、年末ライブの日程確認に来てくれた。「連れがあるかも」とのこと。◎さんは、下北生まれの下北育ちで、彫金し、おれより1つ上だが、よく話す。通信読者でもあり、おれのことセンセーとちゃかす。
このように、今日の日曜日は出会いの宝庫です。
夜は福助ライブなので、さらにプラスアルファを満喫しました。じゅんこさん、あっちゃん、今日もありがとう!「力をぬけー!」(エミリイ)
祭りでの9条改憲阻止3000万人署名、たぶん60筆以上集まったのではないか。さすがだ!
 

by issei_tachikawa | 2018-11-11 16:36 | 足元から社会を変える(政治・社会革命) | Comments(0)
さんきゅう関係者が逝くと、いろいろ論議が生まれることがある。
先日、長老の澤井さんが、89歳で他界された際の、土壇場の対応の話。「とまとがたべたい。」とおっしゃったらしい。
近所でもあり、かれともっとも親身になって付き合ってきた大沢さんが、最後までトマトは出さなかったという話を聞いて、ある人は「そんなー、死ぬ間際なんやから、好きなもん食べさせてあげればえんちゃう。」といった。
あなただったらどうしますか?
どちらが人間的?ってかんがえてしまうと、すぐその場でのたいおうにいきづまるかもね。他の人に聞いてみたら、やはり最後ぐらいは本人が望むものを食べさせてあげたいという人が多い様でした。みな、介護職なんだね。
こまったこまった。あれからずーとかんがえていますが、今日の判断ではぼくも大沢さんの判断と同じです。
本人が望むといっても、腎臓の状態など詳しく知っている人が見た医学的判断を尊重するべきだと思います。
おそらく、あのとき、何かを口に入れてしまったら、目を閉じる間際は苦しみのたうち回る危険があった。
それは避けたい、避けるべきだと大沢さんは判断したのだと思います。
空海の成仏、いや空海でなくとも、お坊様が亡くなる際に、断食⇒入眠という経路があります。感謝の気持ちにつつまれて、気が遠のいてゆく。
ご臨終の間際は僧のような気分で・・・

by issei_tachikawa | 2018-11-06 18:04 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
さんきゅうハウスの理事やスタッフは20名くらいだと思いますが、大沢、吉田、イッセーの意見の違いはいかんともしがたいようです。
こんなに違うもんどうしが、よーなかよーやっとるなーと自画自賛。
どれくらい違うのか具体例をだします。
1つ、先日、堀内さんが山梨に引越しで退寮される際に、敷金をお返ししました。ところが彼は、「世話んなるばっかりじゃー申し訳ないので、これは運営資金の足しにしてください。」とおっしゃって、大沢さんに差し出したら、彼は受け取らずに、堀内さんにお返ししたそうです。
これだけではないのです。今までも地元の農家から頂いた野菜を(フードバンクのではありませんよ)地元のコミカフェに売りに行く際に、「ただでもらったのに換金してもいいのですか?」と聞かれて、なんか不思議な感じがしたことがなんどかありました。
生協の「活動家」(多くは女性)からも、「もうけていいんですか?」と聞かれたことがなんどもあります。
問題は2つあります。
1つは、資金提供者の「こころのバランスシート」の話。堀内さんはとても誠実な方で、正直を絵に描いた様な人ですから、まじめに「世話になるばっかりでは気が済まない。」と感じておられたのだと察します。
2つは、さんきゅうハウスというNPO経営の話。小さな収益にこだわるのは、大切なことではないかと思われます。寄付してくださるのは、寄付者ご自身も年金生活でかつかつの生活が多い。それをさらに削って寄付してくださる。ありがたいことです。いただいたものを素直に受け取って、事業資金にしていく視点が必要だと思うのです。さらにこの話をぜひ「さんきゅうだより」12月号に載せたかったなー。
このことを、昨日、別のスタッフにお話ししましたら、予想通り大沢さんと同じ意見でした。「いま、ちいきで、誰が困ってるのか」を真剣に考えてるんだね。
それはそれでよくわかりますが、心のバランスシート、事業運営、広報など多角的な視点から個別案件に対応していただけたらなーと願います。
(今日の中間的結論的な評価)
要は、当事者への寄り添い度の違いかなと。堀内さんはとても外見上は控えめな方だったので、さんきゅうハウスへの入寮おすすめが遅れました。
カンジイの部屋が空いたのでそこに入りましたが、正直ずーとここにいてほしかった。でも、お姉さまが出て来られて、どうしてもということなので従いました。
病院紹介状を取りに行ったとき、無料でしたので、この旨伝えて数日後、ハウスの玄関でたったまま僕の来るのを待っておられて、いきなり右手をつかまれて、気持ちですからと渡されました。
ぼくは身銭切ることも多いので、金がない日はそういう金が救いになります。感謝していただきました。
もしかすると、こういう状況でもお金を受け取らないスタッフは、それなりにかけいに・・が?いやいやこれは、断言できませんが。
人助けは自己救済かな・・・
「あなたの一言で人は傷つき
あなたの一言で人が元気になる。」(比叡山にて)

by issei_tachikawa | 2018-11-06 12:59 | さんきゅうハウス・カフェ・対抗文化活動 | Comments(0)
山本芳郎、命日は2012年11月7日、87歳、死因は肺がんでした。ブログを探したら今まで4回、彼について書いています。2012年12月25日、49日、2013年11月1日、3回忌、2016年8月6日、そして2018年11月4日、7回忌でした。亡くなる前にも2010年
10月1日に書いています。
今まで書けなかったこと、どうしようか悩みます。少しだけ書かせてもらいます。
1つは、彼は僕だけにしか話してないことがありそうです。小さい頃のおやじとおふくろの話し声に痛く感じた体験。兄さんとのやりとり。住宅ローンの組み方の事などなど。今思えば信頼されていたのかもしれません。「ずーっと結婚に反対されていた。」というのは僕の思い込みだったのかもしれません。
2つめは、囲碁の話。近所の碁会所に毎日のように通っていた。ぼくはそこにいったことがありませんが、「ガス室のようだ。」といっていました。副流煙の害を察するに、本人はたばこ吸いませんでしたから、ぼくが碁の相手できていたら、と考えると残念であり、すまないなーと感じます。
3つめは、主義者的な強さの事です。保谷のおじちゃん(哲郎兄)にも通じる強さを感じさせる人でした。27年間のお付き合いで、外食したことが1度もありませんでした。残業で遅くなっても途中で食べないで家で食べる。不思議でしたから理由を聞いたら答えは、「家族の未来のため」というもの。いやー、ことばを失います。こつこつとためてきた「資金」で、どんだけ救われたか。改めて、芳郎さんありがとう!
1985年の暮れだったとおもいますが、西国の以前の家にお邪魔した際に、だめだしされました。結婚はどうしても認められないとおっしゃる。
理由は、父と母で違いました。父は、「生涯稼得賃金シミュレーション」に基づいて反対しました。母(瑠璃子さん)の反対理由は、「いやだからいやなんです。」というもの。どちらもかえってそれからの労働と生活の励みになりました。
小学校4年くらいからレールから脱線して紆余曲折、波乱万丈で生きてきた僕にとっては、反対されればされるほどに、やる気が高まっていったのです。
ということは、立川生協の奇跡的拡大を支えてくれていた陰の功労者は、結婚に反対してくれた両親だったといえなくもない、ですね。
勿論、年食って子宝に恵まれたことも幸運でした。病気しないで、事故には会っても死なないで、家族5人ここまでこれたのも芳郎さんあればこそです。
墓の前で坊様がおっしゃっていました。「相続というと財産のことばかりが取り上げられますが、一番大切なソウゾクは、個人をしのびながら集まられるみなさんのこころなのです。」と。マジにそう思いますね。
来年はいくつか嬉しいことが起きそうです。吉村、吉田、山本、草野、伊藤、佐藤、高橋、草間、菊間、宗、奥山、鈴木、親戚ってありがたいものです。芳郎さんありがとう、瑠璃子さんありがとう長生きしてください。アラハンお祝い準備せねば。
【生涯稼得賃金シミュレーション】
その時芳郎さんは、日経新聞の切り抜きを僕に見せながら、「あなたがこれから20年どんなに懸命に働いても、普通のサラリーマン40年間に稼ぎためる金額の、半分又は60~70%くらいしか残せないでしょう。ということはうちの娘に保障できる幸せもその程度でしかないと言えます。」とおっしゃるのです。
反論できませんでした。できませんよ、無理です。僕だって、父親の立場で、40過ぎようとしているのに無一文のホームレス状態の男に、むすめをあずけられませんから(大笑い)
結果的に彼の予想数値はみごとに外れました。ぼくは少し配達しただけで、常務になり所得は15万円(全職員一律)でしたが、3年で5億円の目標も超過達成し、1987年か88年には生協新聞で「前年比伸び率NO.1」になりました。
仕事、面白かったな。好き放題やらせてもらった。道なき道を歩ませてくれた、生協の神様に、サルー!

by issei_tachikawa | 2018-11-06 10:03 | 家族、地域家族 | Comments(0)