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どうせやるなら気持ちよく、地域家族へ


by issei_tachikawa

<   2019年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧


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いっせー通信vol.70号 20190331

30年後の日本と世界(地球・宇宙)、今より良いか?悪いか?

ぼくは、前者の立場です。暗い未来予想は五万とありました。マルクスに批判されたマルサス人口論、1970年代の「成長の限界」理論(ローマンクラブレポート、メドーズ兄弟)

41歳寿命説』(西丸震哉)、そして最近のスマホによる若年性認知症急増説などなど、たしかに一定の共感を呼びます。絶望的になったりもします。

でも、それらには何かが欠落している?そうおもいませんか?

その欠落部分が、「主体性」なのですよ。ものごとを論議する際のあなた自身、俺自身、社会のどこにおいてしゃべるのですかという話です。

ただし間違ってはいけないのは、多様性の尊重のスタンスですね。身体と心の現状は日々刻々変化していき、久しくとどまりたるためしがありません。

それぞれの違いを認め合ったうえで、バランスの良い、やさしくはげしいコミニケーションを地域でつづければ楽しくできます。

30年後といえばおれは103才、子供らは50から60代、おかみさんは89才、まあなんとかいけるかなー。

過去についてはとことん悲観的で絶望の長刀ふりかざし、未来に関してはとことん楽天的で改革の剣を、あらゆる権力・権威に向け続けたい。

突然ですが、2人目のお孫さんです!

長男の光太が結婚しました、331日が入籍日です。

おやじが非常識のかたまりだと、石橋を叩いて渡る長男の気遣いは半端なかったのです。

友達にからかわれてたことも知っていました。

ぼくはPTA会長のときに、入学式卒業式でパフォーマンスするので有名になり、友達は、駅のホームでイッセーをみつけると、「あっ!かずまさー」って呼ぶんですね。愛されてたというか馬鹿にされてたっていうか、びみよーですが。

奥様は静岡の富士市で看護師さん、母さんも看護師、兄さんは理学療法士という医療家族、

先日静岡駅近の料亭で顔合わせしてきました。我が家は自然療法家族なのですが、お互いのいたらないところを補い合えればいいなーとおもいます。

「婚姻届」の保証人欄に夫婦で、記入して送ったら、「両家で1名ずつだよー」って笑われました。ここも実にわが家らしい。許してくださる先方に感謝!

電話で「出産予定日」11月と知らされたとき「おめでとう!」って叫んでしまいました。

自分でもたまげるほどの大声、今までのもやもや、すべてすっとんでしまい、彼も大喜びでした。ほんとうによかったー。

最初の孫=ののかの長男は、小林海心(かいしん)、もう1歳になり元気そうです。

尊日シリーズは続く

フェイスブックで知り合った三鷹の渡辺さん、91才になる。車いす生活は大変そうですが

感受性はいつまでも青春のようで尊敬しています。まさに人生の勝負所はここだと思う。

正直な人です、まっすぐです、野茂英雄みたい。通じるかなー?

彼は共産党員時代に徳田球一さんの配下のゲリラ闘争だった。都会では火炎瓶、農村では

山村工作隊、まさに中国革命の「農村から都市へ」の戦略丸写しの日本革命路線。

大人の目からすれば「外国事例の猿真似、日本でできるわけないだろ。」ってことになるのでしょうが、コミンテルンのあった時代、米ソ冷戦体制、正義感の強かった彼は、もう一生懸命日本の革命に献身したんですね。

それが裏切られた。今まで教えられた革命論が「共産党独裁、官僚国家資本主義」を生み出したとみなして、執拗に「反共攻撃」を繰り返すのです。正直違和感がありましたが、そのしつこさに彼の優しがを感じてしまい、義兄のM.I(故人)と重ねてしまいました。

義兄は特攻隊で終戦迎え、帰りの東京駅で「ガリ版刷りの赤旗」をもらい、何年間か自問自答し、ついに天皇制と陸軍統制派のアジア侵略に否定的な結論を導きだして共産党に入党し、86歳まで熱心な活動家だったのですが、最後は有る件で除名されたのです。

この事実を叔母から聞いたときは、本当にショックでしたが、今になってみると「彼らしい人生だったのかなー」とも思えるのです。思いのたけで生き抜きたい。正直に、誠実に。

4月のさんきゅうハウス もったいないをありがとうへ

■生活困窮者自立応援事業

ハウスに6名、地域に約50名の地域家族的つながり。

入浴・洗濯・相談サービス、相談に乗ります。

●健康麻雀は、6日(第1土曜日)、27日(第4土曜日)、21日(第3日曜日)の1時から

●身体発見動場・対話カフェ(講師は女性舞踏家、菊池びよさん、大野一雄さんの流れをくむ)は、2日と16日、第13火曜日の2時から。授業料は1000

●カフェは今まで通り木ですが、5月の連休中もやりますよ。シェフは、アイ子さん、ぺぺ、ケテイさん、じゅんこです。おまかせ定食と長岡式酵素玄米、まめ吉コーヒーが人気です。

●ステッチマルシェにもコーヒー販売で出店します。27日(土)10時から2時半まで。

◎家事代行サービスいつでも受け付けます。草取り、植栽、旅行時の草花盆栽などの水やり、買い物手伝い、通院サポート、室内清掃、ゴミの分別・排出手伝い、家具の移動など。

1時間2000円が目安です。

◎フードバンクは、5日と19日(第1、第3金曜日)にパルシステムのパンを配布します。20日(土)には、ひとり親の会「立川みらい」まで配達します。食品の無料提供場所は、総合福祉センター2階に移動しました。家庭からの食品提供も受け付けています。

●詳細に関しては、ぜひイッセーブロブで。検索ワードは  issei2nd.exblog.jp/


by issei_tachikawa | 2019-03-31 13:05 | イッセー通信 | Comments(0)

『恋愛論』をもういちど

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だれの?って我が家では「治ちゃん」で通る橋本治さんのです。トイレ文庫の1冊ですが最近全く読んでなかった。けれど、この数日間男女の仲の不思議物語についてかんがえていて、昨日の夜、「中間的集計が出た」と思い込んで、じゅんこに話したら、「どうしてもいわかんがあるなー。」という部分について再考察してみた結果を、今書いています。ということは読者のみなさんイッセートークライブのお客様なのかも。
治ちゃんの本の解説は飛ばして、さっそく本題に。
今まで出会った女性との関係(結果?)を次のように分類してみました。
1番目、相思相愛で夫婦的関係まで進んだ
2番目、相思相愛であったとおもうけれど、おもいたいけれど一線こえられなかった
3番目、おれの片思いだった
4番目、相手女性の片思いだった、とね。
それぞれの人数を数えてみたら
1は、5名(もちろん現在形含みますよ)
2がなんと、9名
3は、5名
4は、4名とでた。
先ほどの会話で、「違和感があるといわれ人た人数」は、2の9名でした。この数には自分でも驚いて、結論を練り直してみましたら、すみませんが、重要な事実に気づいていなかった自分の未熟さに気が付いてしまいました。
それは、「相思相愛」の意味なのです。最初からそうだという場合は少ないはず。僕の場合もそうでした、がしかし、今までの付き合いで、まさに「ひとめぼれ」(運命的)としかいえないのは、じゅんこさんだけだったという「事実」を再発見してしまったのです。
40歳になるまえのことでした。
自転車グループのパーテイでぼくの過激な求愛アクションを受けいれてくれた時の彼女は、なにがおきたのかわけわからんというのが実情だったのではないか。
治ちゃんはいっています。「世の中に存在する恋愛っていうものは必ずいかがわしいものなんですよ。」と。
ふむふむ、上記の分類、カウントも見直す必要がると感じて、やってみましたら、「一目ぼれしたことは人生1回しかなかった。女性と関係したこと、あいしあったことは5回あったのですが、ひとめぼれが結婚までいったのは後にも先にも1回だけ。」だったのです。これ以上は個人情報ばればれになると申し訳ありませんので
10年後にまわします。
2人を出会わせてくれた「壮絶な孤立感」の神様に乾杯!
(注)継続の裏には必ず理由がある。男女でそれぞれが違う理由の場合もあるし、同じ場合もあるような気がする。別れる理由もおなじ。10年後、20年後にどうかんがえているか?興味しんしんであります。
(注)LGBTが最近ようやく解放に向けて少し前進しているかなー?ってかすかな期待もうまれることがありますが、ぼくもいままで惚れた男性が4名います。プラトニック2、行為含む2、これは男性のオルガスムス(性的欲求充足、昇天)の特徴、「男性にも生理はある」ことに関連しているのでは。




by issei_tachikawa | 2019-03-29 19:05 | イッセーの一人語り | Comments(0)
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ぜひ投げかけてみたいのですよ、以下の10問をね。
1つ、なぜ野球をはじめたのですか
2つ、プロをこころざしたのはいつですか
3つ、なぜプロになりたかったのですか
4つ、野球人生に満足なのですか、周囲との違和感を感じたことはありませんか
それに悩みくるしんだりしたことはないのですか?野球やめようか?とかないんですか。
5つ、野球の何が好きなのですか、気の置けない野球友はどなたですか。
6つ、ピッチャーから投げられる変化球ですが、「手元で変化する・・」という表現は正しいですか、スポーツ物理学、心理学、生物学的観点から答えてください。
7つ、剛速球(150kmとか)ピッチャーの「球が手元でホップする、延びる」という表現については、いかがですか
8つ、打った瞬間にもっとも飛距離が遠くなる打点、つまりあなたのバットのどこで、ピッチャーから来る球のどこを打った場合がホームラン可能性を高めるのですか
9つ、野球人生で、誰かにお礼をいいたいとすれば、3人あげてください
10(とー)、これから何をしたいですか、野球(スポーツ)と政治(的立場,意見、支持政党政治活動)に関して何か意見がありますか
他にもきいてみたいことがありますが、このへんでやめときます。
因みに、ぼくは、「イチローに似てますね、そういわれません?」って聞かれることがあります。最初は少し驚いたり、内心ほほえんだりしていたのですが、ぼくはぼくであり、かれではないし、自己判断では造形的な違いがありすぎみたいにみえるのですが、なのに、なんで似てるって感じさせるのかなーって考えました。
その答えを出す前に、以上の問10こを自分の73年間にぶつけてみると、面白い事実がみつかりました。
2人の相似点:おれもまだ野球やってる、ライフワークとして、トレーニングが大好きで野球やってきた。でも、武道(極真空手、天念理心流)、マラソン(ジョギング、ウオーキング)、卓球、登山、ハイキングも大好きなのです。サッカー、テニスは見るだけですが好きです。(相方に恵まれてる、自分で言うことです。)
そしてぼくは、日本の文化、面白いし、大好きです。とくに島部(三宅、佐渡、種子島、琉球、そして島国ニッポン全体も!)を愛しています。辺境最深部に惹かれているのですが、先住民をないがしろにしてきた「やまと」の歴史的犯罪行為には、異議ありです。
2人の相違点(メイビー):おれはその違和感を基底にして、50年以上「政治的な活動」との距離感を楽しんできています。念のためいっときますが、おれはコミュニストでありアナーキストではありますが、共産主義者ではありません。また、信仰をもつかたがたが大好きで、自分にも信じる世界はあります。神も仏も習合、イエスはともだち、ムハマンドにもあこがれて、ヒンデイの世界にも興味ありです。
ですが、やはり「パチャママ」、アイヌモシリとの距離感を大切にしながら、生きていきたいのです。
イチローさんの答えは???
そうだ1つ質問追加だ!
あなたが日本野球に見切りをつけて大リーグ選んだ野茂英雄先輩について、なにかコメントありますか?
あなたが向こうにいくまえの日本マスコミの評価、ちょー低かったと記憶していますが、今の評価では絶賛ですよね。それも「努力」(形成過程)というより「成果」(結果)を強調してる論調がほとんどですよね。
なにか違和感感じませんか???


by issei_tachikawa | 2019-03-24 04:17 | 映画・演劇・スポーツ | Comments(0)
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立川でゼロ円ショップが始まった。今日は初日、準備が間に合わないで、さんきゅうハウスからの出品は、100キンで売ってる「物干し用ハサミ」だけ(提供者はこうえつ)でしたが、どなたかにひきとられたということ。うれしいね。
たくさんの出会いがありました。11時から12時までで終了し、出展者と企画者合わせて5名のカフェにきてくださいました。なんと予期しなかった「相乗効果」発揮!
ショップの意義(狙い)はこんなところかな。
1つ、出会いと交流の場づくり、縁結びの市場、平成の楽市楽座ともいえる。
2つ、といえば、あの親子3人組を思い出す。アートでマルシェ、逆か?大道芸、一人芝居、ライブ(ロック、フォルクローレなど)もいいなー。
3つ、商品⇒貨幣⇒資本主義を超えるマルシェ連携の創造。これって、本来のコミュニズム(自治と協働、自治又は自主管理コミュニズム)の近未来かもね。
4つ、パリのサロン的なイメージもあるね。ヌベル キュルチュール ポリチック
ここでは政治・宗教(信仰)・犯罪もタブー(禁句)ではない。ただ喋り捲りはあかんで。コミニケーションは相互関係や。キャッチボールのように行こう。
面白かった話題:
・寺山修司と唐十郎、天井桟敷と状況劇場、継承者を生み出してきたかどうか?今につながるコト。
・山尾三省と「その人のおやじ」(焼物師)が始めたアトリエは岐阜県にあった。もしかすると、藤田さんやおこのぎ君らが移住したとこに近いかもという霊感が来た!
・幼稚園のころ、おやじに連れられて、昔のほら貝にいいったことがあるなんて!こんなひとたちと出会えてうれしいぜ!
★夜はてっちゃんにいっちまいました。そしたら、なんと!2万5千円のかげとら、無料提供!らっきーすぎて怖いものが・・・


by issei_tachikawa | 2019-03-22 01:11 | 三多摩フードバンク&フードバンク立川 | Comments(0)
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1968年3月のBUND第7回大会へのかかわり方(特に2日目への)めぐり、党が分裂し、いずれのセクトの主張にも納得できず、自分で1つの派をなのるにはあまりにも未熟であったがために、70年安保改定阻止闘争には「個人」として係ることになった。
廻りがどんどん就職していくのを斜めに見ながら、問いかけが始まった。
1つ、俺(たち)はなぜベトナム反戦運動(anpoフンサイnitteiダトー)をはじめたのか
2つ、BUNDを選んだのはなぜか
3つ、社会党、共産党などの野党とBUND及び新左翼系党派の違いは何だったのか
4つ、反戦運動は何をめざしていたのか
5つ、全共闘運動と新左翼運動(大学だけでない全国バリケード、中高大・専門学校や出版企業でもが問いかけたこと)今への継続視点、あかつきこうどうたい、バリ破壊の問題点、義兄と、ゼミの教授と、クラス学習会)
6つ、ベトナム・砂川・さんのじ(一坪共有化運動)、女性・部落差別糾弾、沖縄など先住民視点欠落、農・林・水産業視点欠落、地域を語った書物は1点だけ?
『成長の限界』(ローマンクラブレポート、メドウス夫妻?がでたのは確か、1972年?
50年以上たつのに、まだ結論はだせないでいるが、総括の視点はできている。
理論・運動・組織と3つに分かれる。

まずは「理論」、思想と言っても良い。
1.マルクス、エンゲルス、レーニン、ローザ、グラムシ、毛沢東、カストロ、ゲバラなどの優れた革命家の思想に係る点。
2.ソ連、東欧、中国、キューバ、ベトナムなどの社会主義建設に係る点
3.日本の運動と組織論(ヨーロッパ、とくに南欧と比べる)
ダメなところはたくさん気づく。
1つ、自然と人間などという2項対立的認識論、存在論はどうしようもないな。先住民の立場に寄り添っていない。アイヌ、琉球、世界各国の先住民から学ぶべきだったのだ。
2つ、弁証法と史的唯物論も大きな問題を抱えていた。対立物の統一的認識というのは、自説の正当性を合理化し、意見の違いを認めないで、解決を急ぐあまりに、内ゲバの思想的根拠をも形成したのではないか。量より質の変化という視点も、幼すぎるというか、「日本思想」をないがしろにしていたことにも関係してくる。否定の否定というのにいたってはあまりにもさみしい。あまりにもとげとげしい。
3つ、空想より科学へという史観、科学的社会主義へというエンゲルスの主張も誤解だらけであった。R、オーエン、協同組合主義は、1970年代以降見直しされて来ていること、日本の生協運動において元新左翼の人々が活躍してきたことが救いになるが。

次に「運動」だが、反戦運動は非戦、または平和と民主主義の改良運動で構わなかったのだろう。ベヘーレン(今時のシールズ、新しき公共)でよかった、いやその路線を広げるべきだったのかもしれない。レーニンの『帝国主義論』の丸写し的な戦略論、岩田弘の『世界資本主義論』のコピーみたいな第6回大会の戦略綱領は、心底幼稚であった。分裂後に岩田氏いわく「私の理論がまちがいだったというのではなく、使い方を間違えたというべきなのです。」と。果たしてそういう問題か?
1967年10月8日の羽田、1968年1月の佐世保、10.21の新宿、などで新旧左翼の行動を対立的にしか作れなかったことが悔やまれる。

なにゆえに、1つの野党の中での論議と行動として、切磋琢磨できなかったのか?「違い=小異を認めて、残しながら大道につく」視点が必要であった。同じ社会民主党でもドイツ・フランス・日本では現状での影響力で違いがある。
労組依存、中央集中型で地域活動希薄、有名な政治家で地域とか近所で人気があったのは浅沼稲次郎さん。あとは?
これは、共産党があいかわらず「党名変更」に真っ向から取り組めない原因の1つにもなっているような気がする。

マルクスらが主張していたコミュニズムには、協同組合主義、サンジカリズム、アナーキズム(究極の自由追求、あらゆる権威・権力へ監視行動)、アソシアションなどの伝統的な主張が含まれていたのではないか。インディビジュアル(これ以上に分割不可能な個体性に根差す)が根底にないとなー。あと、パリコミューンは負けたが戦争認識と軍隊配置で敗けたきらいが強い。クワンジュ蜂起失敗も残念である。

あとどうしても気になること。宗教(とくにキリスト、アラー、ブッタ)がわかっていなかった。岩田さんのジョークは今でも忘れられないよ。「アヘンですよ。」といって、スリッパを頭に載せ、「これで頭痛が治るというような思い込みでしょうね。」ともおっしゃっていた。わかってないかったんですよね。人々の苦悩の歴史が。(だから十字軍の総括なのです。)そして神道の深い意味が。神仏は習合していたのです。神社仏閣というではないですか。

それから民族独立運動へのかかわりにも大きな問題がありましたね。ベトナム民族解放戦線、北ベトナム、中国、ソ連のからみにも認識不足があり、チベット問題、拉致問題への態度にもあらわれていました。北米の指導者、日本の保守陣営の指導者にも逆の認識不足が見られましたね。「将棋倒し」(マクナマラ)理論がその象徴でしょう。

これで今日は締めくくりますが、反戦運動や教育(大学だけではない!)のさなかに「おれは日本人だ。日本が好きで何が悪い。」と言えない雰囲気ありましたねー。日本思想には、大変優れて学べる点がたたあったにもかかわらず、脱亜入欧をくりかえしていた。まだまだ間に合います。前に進みながら総括継続です。
(信頼には掛値がありません。可能性は無限です。お前を信頼してる、理由?そんなんかんけーねー、うらぎってもかまへんかまへん、おかまはん)
あーこのにほんじつにいきにくいわ、ウーマンの村本に乾杯!宮台さんにもサルー!
森野君に会いたくなったニャー。新生保守への道は任侠左翼道でもある?
つぎの読書は、『わがともマキャベリ』(やはりナナミさんの作品)、そして『峠』(河井継之助秋義、作者はシバリョウ、1968年の作品)ね。



by issei_tachikawa | 2019-03-21 06:54 | パルシステムで愛と協働のまちづくりを | Comments(0)

予感的中、ありがたい

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家族をつくることに懐疑的だった僕が、40歳になって「拾われて、」、3人の子宝を授かり、いろいろありましたが孫迄会えるとは、20代には想像だにできませんでした。
でもなんとなく感じていました。おれが100歳越えても次男進吾は50代、いつも自然体で「若い世代」とコミニケーションできることが、おれの元気を支えてくれているって。
今日、長男光太の「婚姻届」に必要事項記入して速達しました。2人目の孫にも会える。相手さんは静岡在住、医療系ファミリーです。本当にありがたいことです。
社会問題の解決責任だけではない、30年後の「社会」が見たい。人生とは修行であり、毎日がトレーニングなのであります。
子どもらと家族にありがとう言いながらの73歳です。
(生かされてあることの実感強し)

by issei_tachikawa | 2019-03-13 22:23 | 家族、地域家族 | Comments(0)
3月11日が過ぎた。喜怒哀楽?しかし、深夜に目が覚める。「書いておきなさいよ。」と天から声が聴こえる。とりあえずメモしておく。
1つ、当日、1週間、何をしていたか。(自分、パル:鈴江くん、的屋くん、
ナカショクさん、募金活動、さんきゅう「おれたちよりも・・を」、家族)
2つ、その年の「活動」(10月南相馬へ、ブログとイッセー通信、さんきゅうハウス等)
3つ、伝えたい「物語」(ある看護師の涙と励ます婦長、ある漁協長の英断、清水君のむらで、岡山に避難していた小学生がかえる時のお土産は=水道水をペットボトルに入れて)
4つ、神戸、三宅島と比べる
5つ、脱原発・自然エネルギーへ、「無計画停電の夜(月が青い!、ほしがきれい!!
すべてがありがたいモノだと気づく)」
6つ、伊藤せいこうさんの『想像ラジオ』、売れた小出浩章さんの本(なんと平山さんの高校同級生だとか)
7つ、不用意に使う言葉の反省(天災・想定外、原子力村、安全神話、風評被害)
8つ、続けてきている活動(「脱」原発と非戦=祈り、辻説法は「コミニケーション」挑発)と関東大震災対応、必要な訓練は、発生後最初の3分間と3日間だけで良い?
9つ、社会歴史哲学的課題(カテゴライズ粉砕!)
10つ、飯館村支援みそづくり、来年は5回目?2月にやります。
書いてしまって、これは今晩だけでは無理だなと感じるので、今日を振り返るだけにしておきます。(正確には昨日ですが)
11時に「さんきゅう」へK君が来たので、靴下・タオル・丸首半袖下着を提供した。3.11についての会話は無し。2時からの「アクション」、Tさんが「今日はサンイチイチですよ。」というので、「黙とうしなくちゃね。」といったものの、9条に関する辻説法中に八王子の「自民党員」さんとの話に夢中になり忘れてしまったことを帰り道気づいたがそのまま何もせず「さんきゅう」へ。
4時からKMさんと3者面談後、2人だけでカフェで彼の「告白」を傾聴したが、これまたサンイチイチについては触れなかった。
夕方の定例ミーテイングは6人中3名しか集まらないので、その都度(毎日)傾聴(苦情処理になることが多いが、たまにMさんのボランテイ清掃とかKちゃんの冗談=親じギャグなど面白い話題も出る)に切り替えています。
というわけで、イッセーのサンイチイチは、無事終了したのでありましたが、テレビでやっていた「カフェ・で・モンク」の坊様に共鳴しました。曹洞宗だというのもうれしい限り。「解決できない問をなげざるおえない場合もあるのですよね。」という言葉が重い。5.2万人の避難者と言われていますが、自主避難者は入ってるの?住宅補助を切られている。許せない!
2566名の行方不明者、捜査活動はまだ続く。亡くなった方(1388名?)のご遺族に改めてお悔やみ申し上げます。
生かされている自分を見つめなおしています。ご精読ありがとう。

by issei_tachikawa | 2019-03-12 03:27 | 3.11が問かけること(自然災害、原発) | Comments(0)
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久しぶりの寺子屋ですが、スタート3時だからね、おまちがいないように。話のテーマは、母親の介護で学んだこと、ですが、今回の事故の経験、ホームレス体験、仲間、ボランテイア体験、ヒューマンライブラリィの講師として、などなどにも触れると思います。参加費は500円です。会場はさんきゅうカフェ

by issei_tachikawa | 2019-03-10 10:33 | さんきゅう寺子屋(BAKA大改め) | Comments(0)

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練馬の「ひきこもり家族会」で「子育ち体験(共育)」ついてお話しました。参加者は子供がひきこもりで悩んでいる親が7名(うち夫婦参加が1組)、ひきこもり当事者が3名でした。
5時15分からはじまり終わったら9時に!僕の体験談は30分ほどで、あとは近況と感想を述べ合う会でした。
気になることがいくつかありました。ひきこもることに罪悪感を感じて居たり、自分のこどもを救えないことへのうしろめたさばかりが強い、つまりは「引きこもり」=悪=家族の恥=世間体を気にされている感じなのです。
ぼくはちょっと違う見方です。小学校のころ、担任が「誰とでも笑顔で話せるようになりなさい。」といっていたのを思い出す。「そうかなー?ちがうだろ!」と感じてもうまく言えない自分をも思い出す。
資本主義の競争社会から脱落するのが怖くて、または生活費を稼ぐための賃金労働が所与の前提になって、毎日毎日、規則正しきマッチ箱みたいな生活の繰り返しができるひとはよいが、そのレールからいったん外れると、なかなかもとには戻りずらい。
「孤立」は、避けたい事態ではあるが、外に出られなくなる。共有する体験も思い出した、20代の9年間。たったひとりの女性とのコミニケーションが極めつけにきつかった。親子2代に重なる体験。
終わってからやっさんの家に泊まる。駅近くの「風情ある」酒屋で、一ノ蔵と濁り酒(純米)を買い、つまみはおでん、じゃがいも(メイクイーン)がそのまんま2日間につめられてでてくる。こんにゃくの・・切り見事見事、ゆで卵もよく煮詰められて美味、2時過ぎまで飲んだ。
今日は雨で駅前アクションはできないので、朝からまたのんだ。こんなん、何十年ぶり?!青春を取り戻せました。
帰り道、石神井公園の自然たち(さぎ、かわせみ、桧やメタセコイヤなど)を満喫しながら駅に向かう途中で、ハスキー犬と秋田犬連れた女性とであって、犬にはあたまからなめられました。たのしかったにゃー。やっさん2日間の幸せな時をありがとう!
(注)画像は、2/24かのラスト・キャンタマ風景です。

by issei_tachikawa | 2019-03-04 20:37 | エッセイNOW | Comments(0)
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3月1日(土)アイムの学習室で40名参加でやりました。講師は、フードバンクTAMAの事務局長:柴田晴一朗さん、立川市ひとり親家庭福祉会 立川みらいの代表:篠原輝美さん。
それぞれとてもためになる体験談でした。芝田さんらのFBは平成28年9月だから、まだ3年目なのに、昨年実績みたら年間4425トン・63件も配布されている。
月2回稼働とすれば、1回当たり184トンも届けていることになる。いやーすごい!
そして対象を「貧困状態にある子ども及び単身親家庭」と限定していることも、さんきゅうハウスと比べて違いを感じます。(良い悪いではありませんが)
篠原さんとは、3度目の出会い、そろそろこのへんでさらに深入りしたいにゃーとかんがていましたら、さんきゅう理事の高木さんが「パルパンお届けできますよ。」と発言された。保守的になっていた僕は少し慌てたが、よく考えてみたら、さんきゅうハウスだってこのてのノリではじまったのではないか。(思いあふれて、無計画でゴー発進)それに、三多摩フードバンクの参加7団体の府中緊急派遣村の配布対象拡大をみていて、さんきゅうハウスが30袋(25名)近くから7袋(7名)に減っている事実についても若干の物足りなさを感じていたので、「さんきゅう会議にはかり決定してから、相手にルールを説明し、提供先の了解もいただいてからといわずに、とりあえずサンプル展開しようか。」ときめて、篠原さんに提案した。
結果はもちろんゴーでした。3月16日(土)2時から子ども未来センターでひとり親の集まりがある。高木さんが配達してくださることに決まりました。
これで、吉田昌司さんるーとと合わせて、25袋増えることになります。この程度なら大丈夫でしょうが、念のため、来週月曜日に電話で確認しよう。
もうひとつのダイナミズム(躍動):3月19日(火)のフードバンク立川の定例会に、東都生協、生活クラブ生協(生活者ネット)からも誰かが出てくれることに決まりました。
これで都内の4生協の組合員が、一緒にフードバンクできる場とつながりができるのです。小異を残して大道につく、いいでしょ。
★アパッチは移住に準備で徹夜も辞さない状況なのに来てくれた。感謝感激です。ネイテイブ・ハポン連合より、グラーシャスアラビーダ。
★ボランテイアのみなさま、夜遅くまでおつかれさまでした。とくに司会&「事務局長」役をかってでてくださっている澤井さん、おつかれさまでした。
★あと、映画を撮ってくださった梅垣さん、こらぼ仲間のワーカーズ職員、社会福祉協議会職員の神々に、あらためてラブユー

by issei_tachikawa | 2019-03-02 11:01 | 三多摩フードバンク&フードバンク立川 | Comments(0)